ソフトウェア特許侵害で訴えられた企業がFOSSコミュニティに支援を要請

 Trend Microから起こされた特許訴訟を闘うにあたり、Barracuda NetworksはFOSS(フリー/オープンソースソフトウェア)コミュニティに支援を求めた。この訴訟は定評のあるFOSSのセキュリティソフトClam Antivirus(ClamAV)を巡るもので、Barracuda社は自社のファイアウォールおよびWebフィルタリングのハードウェア機器製品と共にこのソフトウェアを配布している。

 これは、FOSSが直接絡んだ2件目のソフトウェア特許訴訟になる。ちなみに、Red HatとNovellのLinuxディストリビューションに仮想作業領域が含まれているとして、IP Innovationが両社を提訴したのが最初のものである。

 ClamAVプロジェクト自体は直接関与していないが、この訴訟の争点に関してBarracudaはすでにFOSSコミュニティの大御所、Software Freedom Law Center(SFLC)のEben Moglen氏とフリーソフトウェア財団(Free Software Foundation)の創設者Richard Stallman氏の支援を受けている。一方のTrend Microは、訴訟の範囲はかなり限定されており、FOSSコミュニティの懸念は早計で根拠のないものだと主張している。

訴訟の経緯

 侵害を受けたとされる特許は米国特許第5,623,600号で、SMTPまたはFTPゲートウェイ上でウイルス検出を行うというものだ。この特許の出願は1995年、登録は1997年4月で、その後すぐにアンチウイルスソフトウェアの大手プロプライエタリ企業SymantecとMcAfeeの両社から和解を引き出すのに使われている。和解に関する情報は公表されていないが、のちにSymantecとMcAfeeがTrend Microと協力していることから、両社はTrend Microに最低限のライセンス料を支払っているとみられる。「一般に入手できる情報を見る限り、支払いに応じた側がこの特許を危険だと思ったことを示す部分は見当たらない」とMoglen氏は言う。「だが、彼らがこれを厄介な特許だと考えていることを示す情報はいくつかあった」

 2005年、3社目となる侵害訴訟が今度はFortinetを相手取って起こされ、米国の国際貿易委員会(ITC:International Trade Commission)がFortinetの侵害を認める判断を示したことで決着がついた。

 Trend Micro側は、ただ正当な権利を行使しているに過ぎないとの立場を取っているが、Barracudaに対する今回の訴訟は懲罰的な意味合いが強い。Barracudaが和解に消極的なことから(同社のCEO、Drako氏は「多額の金が要る」とコメントしている)、Moglen氏は、この訴訟が特許法を利用して競合他社に事業から手を引かせようとするものである可能性もある、と述べている。もしそうなら、このやり方には幾分皮肉めいたものが感じられる。そもそも特許制度は自由経済の発展を目的として技術革新を促すためのものだが、この場合はある意味、自由経済への非公式な当局の介入として利用されているからだ。

 2006年後半、Trend MicroはBarracudaに対して警告書の送付を開始する。その内容は次第に強硬さを増し、Barracudaの製品からClamAVを排除するか、さもなければライセンス料を支払えとの要求が出されるに至った。Drako氏は会合の場を設けようとしたが(その試みは現在も続いている)、失敗に終わる。「正式に拒否の回答をもらったことは一度もない。だが、実際に権限を持った人物とは決して話し合いの場を持てないような気がする。先方のCEOやCFOをはじめ、重要な話ができる人物との交渉を試みているが、彼らの弁護士が認めようとしないのだ」(Drako氏)

 警告状の内容に対する不安を募らせたBarracudaは、法的代理人であるWilson Sonsini Goodrich & Rosatiを通じてカリフォルニア北部地区連邦地方裁判所に宣言的判決を求める申請を行った。これに対し、Trend Microが特許侵害の提訴に踏み切ったというわけだ。

 ただし、Trend MicroがBarracudaのほかにPanda SoftwareとPanda Distributionも相手取ってITCに訴状を提出したのは、Barracuda側の申請による連邦地裁での審理開始前の2007年11月である。Barracudaの要請により、連邦地裁の一件はこのITC訴訟の審理まで延期された(こうした状況では標準的な対処である)。

 Trend Microのこのやり方は、訴訟の管轄区を、一般にソフトウェア特許訴訟に関して比較的公正と見られている(おそらくは、この分野に詳しいシリコンバレーの陪審員にあたる可能性が高いため)カリフォルニア北部地区から、被告にとって不利な管轄区に移すことを狙ったものだ、とDrako氏は述べる。「ITCは被告側にとってきわめて厄介なところだ。証拠開示の量に上限がないため、証拠開示要求への対応に7~10日もかかるし、宣誓証言の数にも制限がない。また、ITCでは事実上1年での解決が保証されている」

 おそらくこの訴訟をITCの管轄下に置くためだろうが、Trend Microの訴状には、ClamAVは世界中のFOSS開発者が手がけたものなので輸入ソフトウェアにあたる、と記されている。米国のWebサイトであるSourceForge.net(このサイトはLinux.comサイトと同様、OSTGが運営している)にある同プロジェクトのページから容易にダウンロードできるというのにである。Barracudaと同社の広報担当者によれば、Trend MicroはBarracudaが自社製品向けに独自のマザーボードおよび電源ユニットを輸入しているとも主張しているようだ。だが、Drako氏は「どこでも買える普通の市販コンポーネントなのだが」と話している。

 そして2007年12月、ITCはこの訴訟の審理に同意する。訴訟のスケジュールの詳細は、2月末に決まる予定である。

 一方、Barracudaはこの訴訟を公表することを決めた。「気持ちのうえでは容易な決断ではなかったが、最後には『事態が事態だけに公にするしかない』ということになった。それに、オープンソースコミュニティでは判例として参考になるかもしれない」(Drako氏)。また、Drako氏はRichard Stallman氏に会ったりSoftware Freedom Law Center(SFLC)に相談したりもしていて、SFLCではこの訴訟におけるBarracudaの支援策(Blackboardのeラーニング特許の際に行った特許の再審理など)を検討している。

Trend Microの姿勢

 当初、Trend Microは訴訟が進行中ということでこの件に関するコメントを避けていた。しかし、報道関係者からの度重なる要請を受け、バイスプレジデント兼総合弁護士のCarolyn Bostick氏と知的財産顧問John Chen氏がLinux.comの取材に応じてくれることになった。

 だが、彼らTrend Microの法務担当者はこの件に関する了見が狭く、FOSSコミュニティの潜在的な不安や判例としての重要性に配慮しようとはしなかった。

 「実際、この訴訟の本質はオープンソースとはまったく別の部分にあります」とBostick氏は話している。「長年の実績がある当社の特許を侵害して製品を販売している会社に対する訴訟なのです」。彼女が再三強調するように、この特許はウイルス対策そのものに関するものではなく、SMTPまたはFTPゲートウェイを利用したウイルス対策の特定の実装に関するものである。このITC訴訟に関係するほかの企業が完全なプロプライエタリ企業であることを指摘したうえで、彼女は「知的財産権を問題にしているこの訴訟をオープンソースコミュニティの問題として扱おうとするのは、少々見当違いではないかと思います」と言った。

 すると、FOSSコミュニティ内の組織が自分たちにも危険が及ぶのではないかと不安がっていることを知っているChen氏が「そういう包括的な発言はどうかと思うが」と口を挟んだ。

 それを認めたBostick氏は改めて次のように語った。「今回の特許の問題はウイルススキャン機能の特定の実装を対象にしたものです。それにこれは米国特許なので、米国内での知的財産の侵害しか対象になりません。また、率直に言いますが、当社は現時点でClamAVを国内で使用しているほかの企業を一切認識していません。ですから、オープンソースコミュニティにこれ以上不利な影響が及ぶことはありません」。ところが、しばらくあとでオープンソースコミュニティに及び得る影響について再び質問した際には、彼女はこう答えている。「可能性というのであれば、それは常にあります。ただし、私が言えるのはこの特許についてだけです」。

 一方、Chen氏の返答は次のようなものだった。「実に答えづらい質問だ。というのも、FOSSを脅かそうとしたことは一度もないからだ」。

 FOSSや非営利の使用については特許保護を実施するなど、Trend MicroがFOSSコミュニティの不安を緩和するための対策を講じる可能性があるかどうかについて尋ねたところ、Bostick氏は今回の訴訟の基本的な部分に立ち返って次のように答えるだけだった。「当社が調査している例は非営利の使用ではありませんし、当社の特許は権利範囲がしっかりと定められています」。さらに、言葉を換えて同じ質問を繰り返しても、Chen氏の答えは「その件についてはまだ何ともいえない」というものだった。

 また、訴状における輸入の定義がどのような影響をFOSSに与え得るか、つまり、この定義が是認された場合にITCがFOSS関連の特許訴訟を優先的に扱うことになる可能性について、Bostick氏はこう述べている。「必ずしもそうはならないでしょう。むしろ、とても考えられないことです。皆さんの考えていることには論理的な飛躍があるように思います」

 Chen氏の意見もほぼ同じだった。「この訴訟の潜在的な重要性について、人々は考えすぎではないかと思う」

 「事実をしっかりと見つめれば、人々の不安は和らぐはずです」とBostick氏は言う。「大げさな結論を出すことには慎重になるべきです。これはオープンソースに関する訴訟ではありません、そういう捉え方は単なる見当違いです」

 要するに、FOSSコミュニティに向けたBarracudaのアピールはきわめて単純明解な訴訟にオープンソースを強引に巻き込むための方策にすぎない、とTrend Microの法務担当者は考えているわけだ。

訴訟に対する論評

 少なくとも、FOSS寄りの法律専門家はBostick氏とChen氏の考え方に強く反発している。今でこそこの訴訟は公になっているが、FOSSの法律専門家たちはこの訴訟の行方をしばらく追っていた。無理もないことだが、彼らはTrend Microの担当者とは異なり、まだ審理中のこの訴訟について意見を述べることに慎重になっている。しかし、Linux.comが話を持ちかけた2人の専門家は、(ここ10年広く利用されてきたにもかかわらず)この特許が無効であることを示す根拠の存在をほのめかした。

 Drako氏によると、Barracudaではこの特許の妥当性をゆるがす“先行技術例となりそうな何百件もの情報”を探し出しているという。SFLCのEben Moglen氏は、この活動の意義を認めて次のように語っている。「広い範囲でライセンスされてはいるが、本特許については米国特許庁も登録前にかなりの不審を抱いていたらしく、それには相応の理由があったと考えられる。我々のほうでも大がかりな調査を実施しているが、出願当時の1995年の状況をもっとよく調べれば、本来は拒絶されるべきものだったことを証明できる可能性がある」

 だが、この特許の妥当性がこれまで認められてきた点は必ずしも重要ではない。スタンフォード大学法科大学院の教授として知的財産権とインターネット関連法を教え、サンフランシスコの法律事務所Keker and Van Nestの顧問も務めるMark Lemley氏は「この特許が絶対的な先例になることはない」と述べている。むしろ彼は、以前の答弁はこの特許が持続する場合に影響力を持つにすぎない、と述べる。

 「原告側はロイヤリティベースで損害額を算出してくるだろう。だが、問題のソフトウェアはオープンソースなので、Barracudaの訴訟の扱いは違ってくる可能性がある。従来どおりの損害賠償を行うべきなのか、あるいはそもそも損害額をどのように算出すべきなのかもよくわからない。通常は収益の一定率として算出する。しかし、当然、FOSSプロジェクトの場合は順調なときでも限られた資金しか持っていない」(Lemley氏)

 もう1つ、今回の訴訟で考慮すべき点はITCに提出された訴状における輸入の定義である。Moglen氏にとっては、あるFOSSプロジェクトに対する国境を越えた貢献が輸入にあたるなどという考えは不可解なものでしかない。「まったく何の根拠もない主張だ。それこそ、ただ自らの利益のためにフリーソフトウェア業界に危害を加えようとするソフトウェア企業の言い分にしか聞こえない」(Moglen氏)。そんな論理的飛躍が認められるなら、輸入品のねじを使って米国内で組み立てられたコンピュータも輸入製品になる、と彼は語る。

 Trend Microによる輸入の定義について、Lemley教授はさらに懐疑的な見方をしている。「この主張には多数の問題があると思う。まず、Barracudaがこのソフトウェアを国内のサイトから入手したのではなく、本当に海外から輸入したかどうかだ。たとえ実際に輸入を行っていたとしても、彼らのソフトウェアが米国で用意されたものである以上、ITCが禁止命令を出す理由はどこにも見当たらない。せいぜいITCにできることといえば、Webサイトからそれ以上のダウンロードを行ってはならないと言うことぐらいだが、もちろん、Barracudaにはその必要がない。すでにそのソフトウェアを手に入れているからだ。いずれにせよ、ITCに提出されたこの訴状は、実際の特許クレームの実態とは関係なく、まったく意味をなしていない」

 つまり、Moglen氏もLemley教授も過去10年にわたってこの特許が効力を発揮してきたからといって、今回もそうなるという保証はなく、この件については法的訴訟と特許自体の双方が問題をはらんでいる可能性がある、と述べているのだ。Moglen氏に至っては、この特許5,623,600号を“無効特許”とまで呼んでいる。ウイルス対策が必要になる状況を生み出したプロプライエタリソフトウェアが、今度はその問題を是正する活動を封じようとしているとは皮肉なものだ、と彼は言う。

Trend Microを“卑劣な略奪者”と呼ぶRichard M Stallman氏

 今回の攻撃は、ソフトウェア特許がすべてのソフトウェア開発者にとって脅威となることの一例だ。つまり、作者の許可を得てコードを利用していても、さらには自分が書いたコードを利用していても、いつ何どき訴えられるかわからないのだ。今回はClamAVが犠牲になった。次はどのプログラムだろうか。

 特許とは、特定の技法やコード構造に関する絶対的な独占だ。大きなプログラムになると、技法やコード構造がそれぞれ何千と実装されているため、ソフトウェア特許はあらゆる大規模プログラムの開発者と利用者を脅やかすことになる。ソフトウェア特許を認めるのは愚かなことである。米国はすべてのソフトウェア特許を廃止すべきだ。

 フリーソフトウェア運動のリーダーとして、私は特にフリーソフトウェアに対する脅威を懸念しているが、カスタムソフトウェアも正当なものであり、この危険から免れるに値する。

 プロプライエタリソフトウェアの開発者もまた、ソフトウェア特許の危険にさらされている。だが、プロプライエタリソフトウェアは道義に反すると私は考えている。だからこそ、GNUシステムを立ち上げた。このシステムではLinuxを利用することで、プロプライエタリソフトウェアを使わずにコンピュータを実行できる。

 だが、ソフトウェア特許に関しては、我々全員が同じ危機に直面している。そのため、私は90年代以降、プロプライエタリソフトウェアの開発者たちと協力してソフトウェア特許への反対運動を行ってきた。

 Trend Microのように、ソフトウェア特許を利用して攻撃をしかけてくる企業は卑劣な略奪者であり、これは最低のやり方といえる。一度、思い知らせてやるべきだ。

― Richard M. Stallman

より大きな影響

 この訴訟の当事者の思惑を超えて、Lemley教授とMoglen氏が最も懸念しているのは、Barracudaに対するこの訴訟をきっかけにしてFOSSに矛先を向けた多くの特許訴訟が起こされることだ。「途方もない数のソフトウェア特許がいたるところに存在する。今回の訴訟が最初の一撃となる可能性がある。もし現実にそうなって、オープンソース業界で多数のソフトウェア特許訴訟が起こるようなことになれば、オープンソースはかなり面倒な状況に追い込まれるだろう。オープンソースライセンスはそうした状況に対処できるように作られていないからだ」(Lemley氏)。GNU一般公衆利用許諾契約書(GPL:General Public License)のようなライセンスは著作権については手厚いが、特許についてはそうなっていない。「著作権法とは異なり、特許侵害の場合は特許保有者からコピーを手に入れた場合でなくても、また特許保有者とは何の関わりがなくても告訴される可能性があるからだ」

 一方、Eben Moglen氏は次のように語っている。「特許はフリーソフトウェアの考え方そのものと対立する。物理的な装置、方法、設備とは違って、ソフトウェアでは理論的に何万というクレームの実施が可能だ。特許法をソフトウェアに適用すれば必ず、理論家がアンチコモンズ(anti-commons)と呼ぶ難解な問題につきあたる。これは、権利を過度に分割することにより、少なくとも理論上は、法で定められたわずかな所有物を持つ何千という権利所有者が生まれ、結局だれも何もできなくなるという問題だ」

 Moglen氏によれば、大多数のソフトウェア開発者が特許の望ましさについて疑心暗鬼になっているのはこのアンチコモンズとの類似性が理由であり、彼らは開発成果をフリーソフトウェアあるいはパブリックドメインにしてその権利を手放す場合でも主に防御手段として自ら特許を保有していることが多いという。

 「ソフトウェア特許を出せば自社の発明は十分すぎるほどに保護されるという想定に基づいて、企業は行動を開始している」とMoglen氏は言う。

 Moglen氏は、ソフトウェア特許を“反進歩主義的で消費者をないがしろにしたもの”と見なしている。彼はこう説明する。「小さく安価なルーティングデバイスにより、インターネットは広い範囲で劇的な変化を遂げつつある。これはひとえにそうしたデバイスに組み込まれているフリーソフトウェアのおかげだ。いまやフリーソフトウェア業界は、世界中の何百万という利用者に対して具体的なメリットを提供している」。だが、こうした発展と利便性は特許クレームのせいで台無しになってしまう。

 Moglen氏は言う。「自由は人々がコントロールするテクノロジの上に作られる。身の回りにあるテクノロジをコントロールできなければ、日常生活はテクノロジに支配される」

 Moglen氏はこうした考えから、過去に他社が行ったように秘かに解決を図るのではなく、訴訟を公にしたBarracudaの決断を評価している。「特許保有者との和解が水面下で個別に行われるたびに、自らを守るコミュニティの力が失われる。また、ライセンスされた特許にはある種の箔がつくことになる」。

 「ここにいて良かったと思える点の1つは、Barracudaのような企業 ― つまり、フリーソフトウェアを営利目的で利用していて、我々全員に影響のある問題にきちんと向き合い、対処しようとしている企業 ― に、支援を通して我々の感謝の気持ちを表す機会が得られることだ」

Bruce Byfieldは、Linux.comとIT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。

Linux.com 原文