特許侵害訴訟:あらすじ
登場人物
このドラマの登場人物のうち3名については説明の必要はないだろう。Red HatとNovellの2社はどちらも商用Linuxディストリビューションのトップディストリビュータだ。3つめの企業もおそらくご存じのことだろう――Microsoftだ。
上記の企業ほど有名ではない登場人物があと2名ほどいる。「特許の買収/開発/ライセンス/執行を生業とする」Acacia Technologies Groupと、Acaciaの子会社で「既存/新興ライバル企業の特許活動を調査/偵察する顧客の手助けをする」IP Innovation, LLCだ。
出来事
10月4日、ロンドンでのプレゼンテーションの場でMicrosoft社CEOのSteve Ballmer氏が、Red Hatの顧客はMicrosoftの知的所有権を許諾を得ないまま使用していると述べ、したがってRed Hatの顧客はMicrosoftに対する補償の支払いを命じられるべきだとした。それに対しRed Hatは10月14日、同社は特許の侵害はしていないと否定し、さらに「Linuxに対する特許侵害訴訟というものについて、世界中のどこにおいても、過去にも現在にもその存在を聞いたことがない」とした。
一方10月9日、Acacia TechnologiesはIP Innovationの代理として、元々はXeroxが出願したもので現在はIP Innovationの所有である3件の特許をRed HatとNovellが侵害しているとして提訴した。訴訟では、Red HatとNovellが配布しているLinuxベースのオペレーティングシステムに、両社とも使用許諾を得ていないユーザインターフェース要素が含まれているということが申し立てられている。
以上のような一連の出来事に対してたちどころに反応が起こり、現在も白熱し続けている。
アナリストたちの見解
GroklawのPamela Jones氏は、訴訟についてのBallmer氏のまるで千里眼で見通したかのようなロンドンでの発言と提訴のタイミングが非常に近かったという点を最も早期に指摘した一人だった。Jones氏は、10月1日にAcaciaの上級副社長に任命されたばかりの元Microsoft知的所有権ライセンス担当ゼネラルマネージャであるBrad Brunell氏をはじめとする複数のMicrosoft社員がAcaciaに雇用されている模様であることから、今回の訴訟のお膳立ての一部にMicrosoftがレッドモンドから一枚かんでいる可能性があるのではないかとしている。
それではMicrosoftがわざわざ関与する理由とは何なのだろうか? もっともありがちな答えは、Windows製品の課題や弱点、そしてMac用のAppleのソフトウェアにはつき物の制約に消費者が不満をますます感じるようになるにともなって成長している、Linuxベースのオペレーティングシステムの市場シェアを奪い返すためだ。
しかし舞台裏でMicrosoftが何らかの操作をしていたり、下心や隠された意図が働いていたりしているわけではないだろうと考えている人もいる。元特許商標庁審査官で現在はワシントンDCを拠点とするSughrue Mion法律事務所の弁護士であるRichard Turner氏は「この訴訟は一晩で準備できるような類いのものではない。この訴訟のための準備や調査は、Ballmer氏のコメントよりもずっと前から進行していたはずだ」と述べている。さらにTurner氏は、この訴訟に特に新しい点はほとんどないとし、オープンソースコミュニティからの注目を浴びている理由は「単にオープンソースコミュニティがかなり反特許であるため、あるいは少なくとも反ソフトウェア特許であるために過ぎない」とも述べた。
またTurner氏によると「今回の訴訟に、平凡な特許訴訟ではない何かを感じさせるような点は特に何もない。ある製品がオープンソースであるというだけで、他の人による先行アイデアを(たとえ故意にではなくとも)コピーすることが許されるわけではない。おそらくこの訴訟によって、より多くのオープンソースの発明者たちが特許を使って自分たちのアイデアを守るようになることに拍車がかかるのではないだろうか」とのことだ。
さらにTurner氏は、Red Hat自身も数多くの特許出願を行なっていて「今年だけでもすでに25件以上もある」ことを指摘した。
LinuxToday.comの編集長を務めるBrian Proffitt氏も、Microsoftとの強いつながりは必ずしも認められないとする。Proffitt氏は先週のウェブ記事の中で、Microsoftが同社自身のパートナー企業の一つを訴えるということはありそうになく、さらに言えば、Ballmer氏は不正を行なっているのはRed Hat社自身ではなくRed Hatの「顧客」だとはっきりと言っていたと指摘している。とは言えProffitt氏は「どちらの側を信じれば良いのかは正直なところ分からない。オッカムの剃刀の考え方にしたがうと、この訴訟は単なる特許トロールだという、より単純な説明を信じる方向に傾くのだが、オープンソースコミュニティとMicrosoftのこれまでの経験をすべて集めて考えると、(より複雑な話であることを考慮しても)陰謀説を信じる方に傾いてしまう」とした。
さらに、問題の核心はRed HatとNovellという2社のソフトウェアベンダにとどまらないと考える人も多い。ZDNetのDana Blankenhorn氏は記事の中で、コンピュータ用ソフトウェアのように複雑なものを特許の対象とすると現行の特許法では非常に厄介なことになり、その結果「誰もが法廷に入り浸りになってしまうことで米国の革新力がすべて破壊されてしまう前に」特許法を徹底的に見直す必要があると述べている。
この訴訟が、今後数年間でLinuxベースの製品がソフトウェア市場での影響力を強め続けるのにともなってオープンソースコミュニティが直面することになる数多くの訴訟の最初の一件になるのではないかと懸念する人もいる。知的所有権訴訟を専門とするボストン在住の弁護士Edward J. Naughton氏は、そのような懸念にそれほどの不自然さはない――むしろ避けることはおそらく不可能なのではないかと述べている。
Naughton氏によると「多くの人が認識している通り、オープンソースソフトウェアはハッカーのおもちゃから大きなビジネスへと進化した。Red HatとNovellは技術業界においては最も良く知られる企業の中に含まれているし、Linuxはほぼあらゆる大企業のデータセンターで使用されている。そしてそのようにビジネス的に成功したために、オープンソースは特許所有者たちにとって魅力的な標的となっている……しかし覚えておくべきことはもう一点ある。すなわち、オープンソースのソフトウェアプロジェクトはその開発方法上、プロプライエタリな企業が行なっているような類いの特許/知的著作権関連の防護策を行なおうとしていなかったり、行なうことができなかったりすることが多いということだ。そのため、何百万行もの大きなプログラムであるLinuxが何らかの特許を侵害している可能性があるということは、決して驚くべきことではない」という。
登場人物の言い分
Red Hatは取材に対しコメントを差し控えたが、同社のウェブサイトにあるポリシー表明は、ソフトウェア特許に対する著しい軽蔑を表わしていて、特許制度改革を成し遂げるためにRed Hatが実行しているステップの概略を紹介している。さらに同ポリシーによると、Red Hatは「現実社会から逃れることは不可能であり、現実社会ではソフトウェア特許が許されているため、防御の目的でソフトウェア特許を数多く取得してきた……ソフトウェア特許に反対するRed Hatの立場と矛盾しているように思われることになるため、このようなことを行なうのはRed Hatとしては不本意だが、用心のためにこのような立場を取らざるを得ない」とのことだ。
Novellの国際広報ディレクタBruce Lowry氏は取材に対して「この訴訟については現在検討中だ。当然ながらNovellは自社の利益を守るよう弁護することになるが、Red Hatと協力して取り組むことになるのかどうかという点も含め、現段階でこの件について具体的なことを話すのは時期尚早だ」と述べた。
先週発表された声明によるとLinux Foundationは、むしろこの訴訟を好機とみなし特許制度改革の促進を狙いたいとしている。「この訴訟によって、革新的な活動に対して現在の訴訟手続きが課す無駄な出費がどれほど大きいのかが明らかになり、特許制度改革運動の唱道者であるわれわれにとってはプラスとなるだろう。われわれは、ソフトウェア特許法の意味のある改正を今後も精力的に支援し続けていくことを約束する」。
Acaciaは正式な声明を出していないが、Acaciaの理事兼CEOであるPaul Ryan氏はInternetnews.comの取材に対して、同社は単に通常の業務を行なっているだけだと述べている。「AcaciaもAcaciaの各子会社も、会社の理念などを基準にして企業を区別することはしていない。むしろ首尾一貫して公明正大に、特許技術を使用するすべての企業から特許利用料を回収しようとしている」。
またRyan氏は同記事の中で 「Microsoftが公的にも述べている通り、MicrosoftはIP Innovation LLCに関わってはおらず、Acaciaとその子会社は特許を生み出すための投資や研究に対しては経済的な見返りがあるべきだという考え方についてのみMicrosoftと同調している」と述べている。
今後
今後はどのような展開になると予想されるのだろうか? 調査会社The 451 Groupでオープンソース調査担当ディレクタを務めるRaven Zachary氏によると「予想される結果は非常にたくさんある。訴訟の申し立てが却下される可能性もあるし、この訴訟に意味がないことを証明するような先行技術が発見される可能性もある。裁判官が原告にとって有利な判決をする可能性も、被告にとって有利な判決をする可能性もある。あるいはどの企業も和解するという可能性もある」。
Zachary氏は「訴訟の対象となっているのは非常に一般的な概念なので、侵害したのはLinuxが最初ではないと思う。実際、他の企業にもまったく同様に当てはまるだろう。今回の訴訟がLinuxオペレーティングシステムに痛手を与える可能性があるというのであれば、間違いなく確実に、他のオペレーティングシステムに対しても痛手を与える可能性がある」と指摘した。
Zachary氏によると、ビジネス界ではこの種の特許侵害訴訟はあまりにもよくあることであるため、ニュースにならないことさえもあるのだという。「しかしオープンソースの世界では、(この種の訴訟は)目新しいことであり事例も少ないため、過剰に反応している」とのことだ。
この訴訟は特許制度改革につながるのだろうか? 必ずしもそうとは限らないようだ。Naughton氏によると「技術企業、特にソフトウェアやIT産業の企業では、あらゆる特許トロールを撃退することのできる魔法のお守りかのように『特許制度改革』が掲げられることがよくある」が、「現在の特許システムには深刻な問題点があり、より優れたシステムにするための改革方法もあるだろうとは言え」、今回の訴訟で議会や裁判所からそのような類いの反応を引き出すことができるとは考えにくいとのことだ。Naughton氏は、そのようなことが起こるためには現在のシステムが言語道断な方法で悪用される必要があるが、Acaciaの今回の訴訟はそれには当てはまらないとした。
Naughton氏によると 「今回の場合は一見したところ、特許審査官が先行技術の徹底した調査を怠ったために発明者が根拠の弱い特許を取得することができてしまい、その特許を使用してロイヤリティをゆすり取ろうとしている、というようなケースではないようだ。半年ほど前にAppleがこの特許に直面して早急に和解していることから、この特許には実質的な中身があると思われる」とのことだ。
Zachary氏は、この訴訟の結果がどのようなものになろうと、裁判が長期化してしまった場合にRed HatとNovellが下すかもしれない判断に対して、オープンソースコミュニティは心を閉ざすことのないようにすべきだと考えている。「技術のライセンスを購入する方を選択するということは、有罪を認めるということではなく、単にその方が安価な選択肢であるからという可能性もあるのだ」。
Zachary氏は、示談による解決には波及効果があるかもしれないという。「もしもRed Hatがこの訴訟を片付けるためとして支払いに応じることにした場合には、今回と同じ原告が他のオペレーティングシステムに対しても訴訟を起こして同様のことを要求するだろう」。そのような筋書きは不愉快なようではあるものの、「特許トロールによる訴訟が巧妙化するにつれ」、将来的にはどのみち起こる可能性の高い訴訟だ。そういう観点からRed HatとNovellは、破産しないことを期待する株主や顧客を抱える上場企業として最も合理的な行動を取る必要があるとZachary氏は指摘する。
Zachary氏は「結局のところ、これはビジネスだ。ライセンスを買った方が安くつくのであれば、ライセンスを買うだろう。しかしまだ決め付けるのは早い――とりあえずは裁判の成り行きを見守ることにしよう」とまとめた。