SunのOMS Videoコーデックプロジェクトの真のねらい

 Sun Microsystemsがオープンソースでロイヤルティフリーのビデオコーデック(動画圧縮技術)の開発を進めている。すでにDiracやTheoraといったやはりロイヤルティフリーの著名なビデオコーデックが先行しているこの分野に、なぜまた別のコーデックが必要なのだろうか。Sunによれば、答えは同社によるOMS Videoの開発プロセスにあるという。そのプロセスは徹底的かつ入念な特許調査から始まる。

 4月に公表されたOMS Videoプロジェクトについて、SunのGerard FernandoとRob Gliddenの両氏に話を伺った。Fernando氏はシニアスタッフエンジニア、Glidden氏は報道機関を受け持つグローバルアライアンスマネージャだ。

 このプロジェクトの発端は2005年にJonathan Schwartz社長兼COO(当時)が立ち上げたOpen Media Commons(OMC)イニシアチブにまでさかのぼる、とFernando氏は言う。当時はOMC初の大規模プロジェクトとなったデジタル著作権管理(DRM:Digital Rights Management)システムDReaMの陰に隠れ、目立たない存在だった。

 Glidden氏は、DRMが多くのオープンソースおよびフリーソフトウェアコミュニティとの摩擦を生んだことを認めている。しかし、OMCがDReaMの開発でとったプロセスはDRMの批判者たちから注目されたという。Sunは、DRM関連の特許と請求項の分析にまる1年を費やし、特許化されていない、または特許が失効したセキュリティシステムをベースにしてDReaMを作り上げたのだ。このときのSunによる特許調査の成果はOMCのWebサイトから参照できる。一般の人々がDRMに対して抱く印象はさておき、DReaMは、特許を保有し、ロイヤルティ収入が見込める会員組織の製品を後押しする営利団体や標準化団体の支配する分野において、オープンソースの、しかも特許のしがらみを完全に排除したロイヤルティフリーのテクノロジーとなった。

サブマリン特許は業界のFUD

 OMCには、特許情勢を体系的に調査することで、問題解決に有効な特許や異議申し立てを行うべき不当な特許など、競合陣営が主張する知的財産権を詳細に文書化できる力がある、とGlidden氏は話す。これはまさに、オープンソースの開発モデルで生み出されたコーデックに対する主な批判の1つである「サブマリン特許の脅威」を打ち破るものである。Glidden氏はこの脅威をFUD(競合他社に関する恐怖[Fear]、不安[Uncertainty]、疑念[Doubt]をあおって利益を得ようとするマーケティング手法)と捉えている。独自のコーデックでロイヤルティ収入を狙う組織がその他のコーデックの開発を阻むための煽動だというのだ。

 「こうして新たな開発の動きは封じられる。だが、強力な戦艦の艦隊で包囲されてしまうと、もはや潜水艦(サブマリン)どころの話ではなくなる」(Glidden氏)。ここでいう戦艦とは、ISOやITUといったロイヤルティを管理する標準化団体に参加している特許保有組織を指している。Glidden氏によれば、MPEG-LAはMPEGコーデック特許に関するライセンス管理のためだけに存在し、競合テクノロジにはリスクや特許侵害の問題が伴うとの考え方を広めているという。OMCの開発プロセスが、こうした根拠のない疑惑を積極的に晴らすところから始まる理由はそこにある。

 「よその特許を侵害していないとどうして言い切れるのか」という質問に答えるのは簡単だ、とGlidden氏は語る。通常は、対象分野の特許調査を行ったら、保守的なやり方に従って関連する取り組みの分類を行うことになる。「実は、こうした標準規格には既知の特許プールが存在し、関連特許の一覧はドキュメントやWebサイト、場合によってはプレスリリースにも記載されている」

ベースラインとしてのH.261

 OMCは、すでにOMS Videoのための特許調査を開始し、コーデックとしての基本的な構想を作り上げている。知っている人もいるだろうが、OMS VideoのベースはH.261コーデックであり、H.261に関する最初の特許群は失効している。H.261は古くて役に立たないという批判の声も聞かれる。OMS Videoは時代遅れのテクノロジにしばられるか、H.261をほとんど流用することなく終わって特許の失効からは何の恩恵も受けられないかのどちらかだろう、と考えているのだ。

 実は、OMS VideoがH.261をベースにしたものになるという表現は非常に基本的なレベルでしか正しくない。Glidden氏の説明によると、H.261がOMS Videoの出発点になるのは、それがDCT(離散コサイン変換)を利用したコーデックすべての源流だからだという。ちなみに、現在普及している特許絡みのコーデックの大半はDCTを採用している。しかしOMCは、OMS Videoのベース技術としてH.261の名前を出すことで、このコーデックが特許の制約を受けないことを明確にアピールできる。

 Glidden氏もFernando氏も、「H.261ベース」という表現には非常に多くの意味がある、と主張している。Fernando氏がOMS Videoの構造を解説したプレゼンテーション資料は、PDFファイルとして自由にダウンロードできる。この資料の中で彼は、我々がよく口にする「コーデック」は空間予測、モーション領域の符号化、算術符号化といったさまざまな機能を実行するツールの集まりとして捉えたほうがよい、と記している。特許でカバーされているのは、コーデック全体ではなく、それらの機能の特定の1つまたはいくつかにすぎないからだ。

 こうした区別は、特許上の問題を追跡するうえでも、OMS Videoプロジェクトでこれから取り組む作業の大きさを理解するうえでも重要になる。ITUのWebサイトを調べれば、H.261の一部として挙げられた具体的な特許が7件見つかる。しかし、Fernando氏のプレゼンテーション資料にあるOMS Videoコーデックのブロック図(同プロジェクトに関するOMCブログ記事でも使われている)で参照されているオリジナルのH.261のコンポーネントは、算術符号化と1/4ピクセル精度のモーション予測の2つだけである。

 全体的に見ても、H.261で実装されている数件の期限切れ特許は、確定済みのOMS Videoの構成にあまり関係していない。しかし、H.261の遺産を利用すれば、OMS Videoが最近のコーデックを権利侵害していると競合組織から訴えられる危険性は減る。最近のコーデックもまた明らかにH.261の遺産を受け継いでいるからだ。

自由という観点

 Xiph.org FoundationのChristopher Montgomery氏は、コーデックの開発を熟知しており、特許侵害FUDの問題にも詳しい。現在のビデオコーデックの大多数には同じ系統のアルゴリズムが使われている、とのSunの基本的な主張には同意しながらも、彼はH.261ベースの新しいコーデックに関する同社の言い分には疑問を投じている。「ブロック数を10個未満に抑えて1ページに収めたエグゼクティブサマリ用のフローチャートしか参照できなければ、コーデックどうしの違いがわからないのも無理はない。だが実際には、あらゆる部分に細かな違いがあり、当然、そうした細かい部分も重要な意味を持つ」

 「H.261をベースにして開発すれば特許の問題から解放される、またそうした理由からTheoraではなくH.261を採用している、との主張は疑わしい。Theoraでもほぼ同じ時期のコーデックをベースにしているからだ。実際のところは、(それ以降に公開された知見を少しでも利用して)前に進もうとした時点で、再び特許の問題にぶちあたることになるだろう」

 Montgomery氏は、HTML 5 Videoに関する議論を受けて書いた自身のブログ記事を参考資料として教えてくれた。そこに彼は、XiphのコーデックであるVorbisとTheoraを狙った特許FUDと何年も対峙してきた個人的な経験を詳しく記している。「問題の一端は、法的に“無侵害性”を確かめる手段がないことにある。また、特許を侵害したからといって必ず告訴されるわけでもない。こうした点で我々は常に不確実な問題を抱えることになる。だが、VorbisとTheoraはいずれも訴えを受けることなく10年間やってきた。あと10年、切り抜ければ大丈夫だろうか。それとも20年だろうか。私のこれまでの仕事は、結局のところ(独占的勢力の排除という点を除いて)現実化していない漠然とした脅威を抜きにしては語れない。特許法は公然の脅迫に利用されており、ここで言及した利権組織の大半はこうしたやり方を積極的に黙認している。これではまったく話にならない。そこで、我々はこの状況に立ち向かい、この業界をこれほどまでに機能不全に陥しいれた原因を探っている」

標準規格と信念

 Glidden氏も、W3CがHTML 5の策定でVorbisとTheoraを支持していないことを、ITU、ISO、MPEG-LAのような標準化団体が競合コーデックベンダのFUDに影響を受けている証拠として挙げている。HTML 5の策定に関与する面々が特許のロイヤルティでひと稼ぎしようと考えている限り、このプロセスで客観的な技術的判断が行われるとは思えない、と彼は結論付けている。これまで公平かつ実情に則した決定を行ってきたW3Cのことだけに、非常に残念だと彼は言う。コーデック特許でFUDに屈したとなれば、W3Cもほかの団体と同じようになってしまうだろう。

 OMS Videoに対するSunの取り組みはコーデック業界を支配する特許妄信体制への挑戦なのだ、とGlidden氏は語る。「我々は“特許を侵害していないとなぜ言い切れるのか”といったFUDに惑わされたりはしない。ひたすら特許を分類すれば確信が得られる。それを徹底的に行ったうえで考えればよいことだ」

 では、こうしたSunの取り組みは、ソフトウェア特許に対する一般的な態度にどんな影響を与えるのだろうか。その答えが出るには時間がかかるだろう。Glidden氏とFernando氏でさえ、いつになればOMS Videoの特許調査が最初の成果につながるのか、また同プロジェクトの基本設計がいつ完成するのかを予想できていなかった。

 コーデックに関する記事に寄せられるコメントを読むと、Glidden氏の言うFUDキャンペーンの証拠を必ず目にする。それは、開発者が(場合によってはユーザでさえ)特許侵害で訴えられるという恐怖であり、どんな特許が存在するかわからないし、それを調べることができるのかどうかさえわからない、という不安だ。だが、新たなアイデアや特許にしばられないアイデアは、特許化された営利目的の製品にはどうあがいてもかなわない、という考え方を鵜呑みにしてはならない。

 OMS Videoが技術的にH.264を凌ぐものになるか、MPEG-LAの市場シェアを崩せるかどうかにかかわらず、このSunのプロジェクトが重要なのは、特許相手に何をやっても無駄という意識に真っ向から挑むその開発プロセスゆえである。年間何百万ドルものライセンス料という形で消費者に余分なコストを負担させ、新たな開発を妨げているのは、そうした意識にほかならない。

Linux.com 原文