Sambaプロジェクトがすべてのオープンソース開発者にWindowsプロトコル文書を提供へ
今回の発表は、Sun MicrosystemsがWindowsと相互運用可能なソフトウェアを開発するためにMicrosoft Active Directoryの文書をMicrosoftに要求したことに端を発する、ほぼ10年に渡る訴訟に終わりを告げるものだ。Microsoftに要求を拒否されたSunは、欧州委員会に対して申し立てを行ない、欧州委員会はこの問題に対して5年間に渡る捜査を開始した。捜査はにわかに相互運用性の問題の枠を越え、ソフトウェアのバンドル問題にも拡大した。
フリーソフトウェア界の各グループは、当初からこの捜査を興味深く見守ってきた。Sambaプロジェクトの共同設立者の一人であるAndrew Tridgell氏は、この訴訟についてのまとめ文書の中で次のように述べている。「フリーソフトウェアコミュニティにとって最大の関心事は、独占禁止法を扱う司法の仕組みが、フリーソフトウェアのライセンスという事情によってより複雑化した事案を適切に取り扱うことができるのかどうかということだった」。
とは言え直接的にSambaプロジェクトのメンバーがこの捜査に関わるようになったのは2000年を過ぎてからだった。Sambaプロジェクトのもう一人の共同設立者であるJeremy Allison氏と、プレスリリースによると「ヨーロッパSambaチームリーダー」であるVolker Lendecke氏と、FSFEのCarlo Piana弁護士の3人は、オペレーティングシステムなどのソフトウェア間での相互運用性を実現するためにはプロトコルの文書が必要であるという事実についての証言を行ない、捜査に協力した。
特に2003年11月の口頭尋問では、文書なしで相互運用性を実現することの困難さについてAllison氏が証言して、GNU/LinuxによるWindowsネットワークの管理を実現するSambaプロジェクトの存在が競争の存在を証明しているとするMicrosoftの主張が真実でないことを証明する一翼を担った。
2004年3月欧州委員会は、Microsoftは独占状態の濫用を行なっており、同社のネットワークプロトコルについての文書を競合相手に提供することを命ずるとする判決を言い渡した。それに対してMicrosoftは即刻控訴した。
控訴手続きが始まって間もなく、Sunや、Allison氏の当時の雇用主であったNovellを含む訴訟に関係する企業が、Microsoftと示談による和解を成立させた。その結果としてAllison氏が訴訟への関与を控えるように要求されたため、Tridgell氏を含むSambaプロジェクトの他のメンバーや、カーネル開発者のAlan Cox氏を含む他の支持者たちだけで控訴審に対する準備をしなければならなくなった。控訴審は2006年4月になるまで行なわれず、また控訴が棄却されたという事実は2007年9月17日になるまでアナウンスされなかった。
一方、欧州委員会はイギリスのコンピュータ科学者Neil Barrett氏をこの訴訟の評議員として任命し、Microsoftが公開する文書を評価する役割を課した。Microsoftは判決の要求に従った内容の文書を公開していると何度か主張して、何度も却下された後にようやく認められた。
控訴審判決の公表後数週間が経ってから、Microsoftは文書の閲覧条件を発表した。すなわち文書の希望者は、特許保護なしで10,000ユーロ(14,400ドル)を支払うか、その料金に上乗せして特許保護付きの開発者数に比例した料金を支払うかのどちらかを選ぶことができるというものだった。
「当初のわれわれの反応は、落胆以外の何ものでもなかった」とTridgell氏は書いている。その理由は明らかだ。特許侵害で告訴される危険にわざわざ身をさらすようなことをしたいと考えるフリーソフトウェアプロジェクトもないだろうし、だからと言ってロイヤリティ支払いのために開発者数を管理することもフリーソフトウェアプロジェクトには不可能であるためだ。しかしBarrett氏による計らいによって、SambaのメンバーはMicrosoftのCraig Shank氏に接触することができ、この数週間において両者は、SambaプロジェクトがMicrosoftに10,000ユーロを支払えば契約成立という、完璧ではないながらもより受け入れ可能な契約にこぎつけることに成功した。Allison氏によるとこの費用はSambaプロジェクトの旅費/経費予算から支払われる予定とのことだ。
契約の要点
Sambaプロジェクトは、PDF形式の契約書本文と、Microsoftの当初の文面と最終的な契約内容との相違点を示した注釈付きの版とを公開した。契約書の法律用語文章は読む気がしないという人には、Tridgell氏によるまとめも用意されている。Allison氏は取材に対して「基本的にはこれはNDA(秘密保持契約)だ」と説明した。
契約書ではFile/Print(ファイル/印刷)、User and Group(ユーザとグループ)、General Networking(ネットワーク一般)に分類されたプロトコルが20ページに渡ってリストアップされている。この契約の下では、ライセンシーは申し込み日から10日以内に希望する文書を受け取ることができることになっている。また、サービスパックのリリース時には最初のベータ版のリリース時(あるいは最終版のリリース時の15日以上前)までにアップデートを受け取ることができる。さらにMicrosoftは、文書内の誤りや脱落の修正を提供することについても同意している。特に解約がなければ契約は5年間有効であり、その後は契約を延長することもできる。契約の満了後、契約に署名した人は文書を最後に利用してから3ヶ月間は情報について秘密を保持する義務がある。
契約には、フリーソフトウェア開発者にとって興味深い点がいくつかある。一つには、これはやや余談になるが、第7節において、文書を使用することによって起こるかもしれない、第三者からのいわゆる知的所有権の訴えからライセンシーを保護することにMicrosoftが同意しているということがある。この条項はMicrosoft自身がフリーソフトウェアに対して特許を行使すると脅迫していることを考えると、皮肉な気がする。
より重大なこととしては、第5節によって、ライセンシーはこの契約を結んだことを公表することができるが、Microsoftが公表することはできないということがある。この規定は、Microsoftが自らの目的のためにライセンシーを利用することはできないということをより確実にするものだ。つまり例えばMicrosoftがこの契約をもって、独占状態が存在しないことの証拠としたり、ライセンシーが特定の技術や方針を支持していると主張したりすることはできないことになる。また第10節第5条項(a)によるとライセンシーは、この契約を結んだことによって、Microsoftの主張する特許に異議を唱えたりMicrosoftの行動について欧州委員会に申し立てたりすることを禁じられることはないとのことだ。
もう一つの重要な点は、第5節第8条項において、ソースコードのコメントやコード内の変数については秘密保持契約が適用されないということが明示的に規定されていることだ。この規定がなければ、文書を利用してWindowsのプロトコルと相互運用可能なコードを書くことが困難になったり、元の開発者以外の人によるコードの変更がほとんど不可能になったりするだろう。
しかしおそらく契約書の中でもっとも重要な点は、第2節第1条項(b)において、別紙Bに記述されている条件を満たす者――要するに、法人格を有する正式な法人やそれと同等のものか、あるいは個人である場合には現住所が記載されている、役所発行の身分証明書を提出することのできる者――に対して、ライセンシーがプロトコル文書の利用を二次ライセンスすることが許可されていることだ。SambaプロジェクトがPFIFを設立してフリーソフトウェア開発者が文書を利用できるようにすることを実現できるのは、正にこの規定があるためだ。実質的にはこの規定は、Sambaプロジェクトの望むところである、文書に対する無制限のアクセスには及ばないものの、Microsoftが望むよりは多くのアクセスを与えている、妥協の産物だと言えるだろう。
妥協点はもう一つある。それは、ライセンシーやサブライセンシーに対して特許保護が与えられていないとは言え、添付書類4で、特定のプロトコルに関わる恐れのある特許が明記されていることだ。Allison氏によると「Sambaは特許侵害をしていないとわれわれは考えているので、特許についてのリスクはないと思う」とのことなので、特許を明記することに実質的な意味はないのかもしれない。しかしそれでもなお、自分自身で判断したいという人にとっては少なくとも、どのようなリスクを負うことがあり得るのかについての感覚をつかむことができるだろう。またAllison氏も述べているように、「この契約がわれわれにとって良かった点は、特許のリストを得ることができたということだ。そのリストを確認することにより、今後も特許のリスクはないことの確信を得ることができる」ということもある。
PFIFとサブライセンシー
Sambaプロジェクトは今回、文書を利用するための10,000ユーロの料金の支払いと、SFLC(Software Freedom Law Center)の派生組織としてのPFIF(Protocol Freedom Information Foundation)の設立とを行なった。Allison氏の説明によるとPFIFの設立は「Microsoftと契約する上で、法人格が必要だったからに過ぎない」とのことだ。多くのフリーソフトウェアプロジェクトは法人格を有していない――そのために最近の例ではBusyBoxライセンス違反の場合も、訴訟はプロジェクトではなく開発者たちが個人として起こした――つまりフリーソフトウェアコミュニティの普通のメンバーにとっては、PFIFの設立によって、文書を利用するために必要な手続きが簡素化されることになる。
PFIFが実際にどのように運営されるのかという細部については、現時点ではまだ未定だという。しかしAllison氏によると「正式なオープンソース開発者」であることを証明できればおそらく誰でも文書を利用できることになるだろうとのことだ。
契約にこぎつけるためには妥協も必要であったとは言え、Allison氏が今回の決定に大喜びしていることは間違いない。Allison氏はSambaプロジェクトを代表して、取材に対し次のように答えた。「われわれにとっては前進となる大きな一歩だ。皆、長い間このことに取り組んできたので、非常に嬉しい。とは言っても本当のところは、実際に文書をこの手にするまでは、まだ信じられないという気持ちもする」。
Bruce Byfieldは、Linux.comとIT Manager’s Journalに定期的に寄稿するコンピュータジャーナリスト。