Trend Microの特許戦略が火種となり、FOSSコミュニティでボイコット機運が盛り上がる
今回Trend Microが問題としたのは、SMTPまたはFTPゲートウェイにおけるウィルス検出機能についての特許侵害というものであった。既にこの特許は、McAfee、Symantec、Fortinetなどの企業に対しても同社の思惑どおりに行使されていたものであり、同様のターゲットとして選ばれたBarracudaについては、同社ハードウェア製品にバンドルされていたClam Antivirus(ClamAV)というFOSS系アンチウィルスプログラムが狙われたのである。そしてこの一件が訴訟という形を取ったのは、2006年から2007年にかけてTrend Microから一連の通告を受けていたBarracudaが、宣言的判決を求める訴えを2007年3月に行ったことに端を発している。これを受ける形でTrend Micro側も2007年11月に米国の国際貿易委員会(ITC:International Trade Commission)に提訴したが、その論拠はClamAVの開発にはアメリカ国外の人間が多く関係しているため、これは輸入品に該当するというものであった。なお本訴訟の日程は今月末に公表されるものと見られている。
寄せられた反応と意見
Barracuda側がこの件を一般に公表したのは本年1月29日のことであったが、それ以降、同社のメールボックスおよびブログに対しては膨大な数の意見が寄せられており、その中には反対および中立的な意見が一部見られるものの、大部分は同社をサポートするという支援の意思表明が占めていた。そしてFOSSコミュニティがこの問題をいかに重大に受け止めているかの裏付けだとも言えるのが、Barracuda側の主張を掲載した自社ページに投稿されたコメントの中に、支援者側に攻撃の矛先が向けられる可能性もあるため支援者名の公表は避けるべきだという要請が出されていたことである。このような懸念が示される一方で、有用と思われる深い洞察の提案も各種寄せられている。
例えばBarracudaに意見を寄せた何名かは、Trend Microが特許申請した1995年以前からゲートウェイでのウィルス検出という概念は存在していたことを示す書類を提出して、これが先行技術(既知の発明)にすぎないことを証明してはどうかという提案をしていた。「既に先行技術については20件ほどの意見が寄せられており、今のところ簡単な検討をしただけの段階ですが、その多くは非常に重要性が高いよう見受けられます」とDrako氏は語る。
そして寄せられた反応の多くで見られたのが、FOSSコミュニティに与える潜在的影響への憂慮である。SpamAssassinの作成者であるJustin Mason氏もそうした1人であり、同氏は「Trend Microの行為はBarracuda Networksだけでなく、フリー/オープンソースソフトウェアとそのユーザに対する明白な攻撃であり……、ウィルス対策用フィルタリングデバイス(その中にはBarracudaも含む)の多くでApache SpamAssassinが普及している現状を鑑みると、今回の一件は私達にとって憂慮すべき予兆だと言えるでしょう。次に狙われるのは自分の製品であるかもしれないのですから」という意見をブログに投稿している。
同様の主張はGroklawのPamela Jones氏からも出されている。「今回の一件はFOSSという開発モデルを攻撃する新たな試みの1つであり、こうしたソフトウェアの使用者にプロプライエタリ系企業が強制課税しようとする行為だというのが私の見解です。これは最初にSCOが抱いた願望であり、その後で同じ思いを共有し始めたのがMicrosoftなのです。プロプライエタリ系ソフトウェア関係者の多くは自分達のビジネスモデルが斜陽化しつつあることを感じ取っているが故に、その置き換えとなる存在を求めているのでしょう……。仮に今回の一件でClamAV側が敗退した場合、将棋倒し的に同様の攻撃が展開されることも考えられ、プロプライエタリ系ベンダがFOSSソフトウェアの利用者に対して上納金の支払いを求めてくるかもしれません」
Network WorldのMark Gibbs氏は、この件がITCで取り上げられたという点への懸念を表明している。「仮にITCがBarracudaはTrend Microの特許を侵害していると判断したとしましょう。するとこの種の知的財産所有者は、一部でもその開発にアメリカ国外の人間が関与したFOSSの使用者すべてをITCを通じて訴えることが可能となるのです。重要なのはこの件がITCで判断されることであって、この場合アメリカの国内法廷で判決が出された場合よりもその結果のもたらす制限や影響が大きくなる可能性を秘めており、ソフトウェア市場におけるFOSSの役割が複雑化して、その有用性が弱められるかもしれません」
その他のコメントの中には、今回の一件によりアメリカの特許システムの秘める欠陥が露呈された点に言及したものもある。Electronic Frontier Foundationで知的財産問題を担当するEmily Berger氏は、この件を“特許の不正な請求”であると表現することで、そもそもの主張が特許と認めるには値しない内容であったことを暗に示している。同様にGibbs氏も今回問題となっている特許は「きわめて些細な内容」を基に請求されていると主張しているし、Justin Mason氏も先と同じ投稿の中で「この特許申請時においては、当該分野の知識を有すものにとっては当たり前であった、ごく些末的な手法がカバーされているだけです」と記している。
そして予想に違わずGroklawの投稿ページは、この件における特許内容の些末性を揶揄した辛辣なジョークおよび、本来の発明者ではなく最初の請願者が特許を取得するという現行の米国特許システムを痛烈に批判する意見とで溢れかえるようになった。こうしてGroklawに寄せられた全体的な意見は、特許という概念そのものを“デジタル世界ではゴミ箱に放り込む必要がある”と要約してもいいだろう。
その他には、総合的なセキュリティ面での問題を懸念する声も上がっている。例えばCNETの記事にて「オープンソースの普及は、スパムの減少とセキュリティの向上を意味する」と記しているのはMatt Assay氏である。「Trend Microが試みているのは、実質的なセキュリティ手数料の値上げなのである。つまり現在100万台のゲートウェイで使用されているClamAVを市場から排除することは、1億台以上のPCの防備を高めることになるのか、それともセキュリティを緩めることになるのかということだ」。Pamela Jones氏も「FOSS系のアンチウィルスソリューションを排除することは、インターネットの危険度を高めるだけである」という表現で、同様の警鐘を鳴らしている。
最後にLinux Foundationの取締役を務めるJim Zemlin氏によるTrend Microによる特許戦略の近視眼性についてのコメントを紹介しておこう。「ある特定企業が、広範に利用されるオープンソースプロジェクトで作成されたコードを特許侵害で訴えることは、そのカスタマおよびコミュニティとの関係を自らの手で損なうこととなるのに、そうした影響をあまりに過小評価しすぎています。現在は、多種多様なオープンソースプロジェクトがベンダ中立で安定したソリューションを提供し、それらがコンピューティング処理の根幹部分で機能することの恩恵をソフトウェア産業の全カスタマが享受している時代です。実際私は、そうしたカスタマ達と毎日のように話をしています。これらの人々は今回展開された主張を近視眼的であると見なしており、市場競争力を失う不安におびえていることを自ら証明しているのだと感じています」
各種の形態で進められるボイコット
Zemlin氏の見解の正しさを裏付けるかのごとく、今後のTrend Microとの付き合いは願い下げにするとした内容のコメントもいくつか寄せられている。例えばCmonSpikeという名にてInformation Weekに掲載されているのが、この件を知ったので「来年からはTrend AVライセンスの更新をしません」というコメントである。
同じくArs Technicaフォーラムでは、「私はTrend Micro製品の悪評を立てたことはありませんし、自分のカスタマから同社の製品の善し悪しを問われた場合には、購入しても間違いは起こらないでしょうと説明してきました。(しかしながら)私が自分のホームサーバとワークステーションで使用しているオープンソース製アンチウィルスを訴えようとしているという話を聞いたため、今ではその考えも変わりました」という投稿も掲示されている。
以上2つのコメントはどちらも個人レベルでの見解であるが、先週金曜日にはScriptumLibreという知識と文化の自由を求めるオランダの活動グループから“全世界でのTrend Micro製品ボイコット”の呼びかけが出された。ScriptumLibreの会長を務めるWiebe van der Worp氏はそのニュースリリースにて、Trend Microの行為は「良識の範囲を大幅に逸脱したものである」と総括している。ScriptumLibreのサイトには、ボイコット賛同者が各自のWebページに掲示するためのフリーのグラフィックおよびIT専門家への呼びかけメッセージが用意されており、後者では今回の訴訟に関する情報源へのリンクやボイコット運動に参加するための手引きが提示されている。
既にこのボイコット運動は、一部有力者による支持も得ているようだ。例えばLinux.comにもRichard Stallman氏から、「私個人もこのボイコットをサポートしますし、Free Software Foundationもボイコットをサポートしますが、それは我々のコミュニティはソフトウェア特許の行使を試みる者に対抗する措置を講じる必要があるからです」というメッセージが寄せられている。
Stallman氏はTrend Micro製ソフトウェアはプロプライエタリ系であるためFree Software Foundationでは使用していない点に言及していた。「当然ながら、メンバの全員がフリーソフトウェアの擁護派という訳ではありません。それでもフリーソフトウェアに関心のあるコンピュータユーザであれば、誰でもソフトウェア特許には憤慨しているはずです。他者を侵害する目的でソフトウェア特許を使用することはすべてのコンピュータユーザに対する敵対行為であるということを、我々全員が認識する必要があります」
Software Freedom Law CenterのEben Moglen氏もこの件を承知しており、現在は特許の再審査請求を求めるか、その他の調停手段を検討しているとのことだ。
Linux.comからBarracudaのDrako代表に対して意見を求めたところ、「ClamAVというフリー/オープンソースソフトウェアを守ろうとする弊社Barracudaの姿勢に賛同した膨大な数の人々から頂いたサポートおよび、コミュニティメンバの方々から寄せられた先行技術に関する示唆について、大いに感謝している次第です」という形で、同社には多数の支援が寄せられていることが説明された。
仮に現状でTrend Micro側が認識していないとしても、最終的にこの件がフリーソフトウェアの存在にまつわる問題と化していくことは、ほぼ間違いないであろう。
Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。