ソフトウェア特許に強気で臨むEnd Software Patentsプロジェクト
ESPプロジェクトの設立資金25万ドルは、主たる出所はフリーソフトウェア財団(FSF:Free Software Foundation)になっている。『 Math You Can’t Use: Patents, Copyright, and Software 』の著者として知られ、ソフトウェア特許の廃止をずっと提唱してきたBen Klemens氏の監督下にある同プロジェクトは、FSFのほか、Public Patent Foundation、Software Freedom Law Center(SFLC)からも支援を受けている。
ESPの目的の1つは大学関係者、ソフトウェア開発者、法律の専門家、企業の幹部からの支持を取りつけることにある。当初からESPプロジェクトを支持している人々の存在は、このプロジェクトが早くもそうした連携態勢を順調に打ち立てつつあることを示している。
FSFの主宰者で創設者でもあるRichard Stallman氏は、FSFがESPを支援することについて次のように説明している。「ソフトウェア特許は、ソフトウェアの分野全体を支配する力を大企業に与える。ほかのすべてのソフトウェア開発者やソフトウェアのユーザにとっては危険なものだ。我々はソフトウェア特許を撲滅しなければならない」。FSFは、ESPがソフトウェア特許廃止という目的を果たすまで、無期限で資金提供を続けることを約束している。
一方、SFLCでは所長のEben Moglen氏が同様の見解を示し、現在の米国におけるソフトウェア特許の制度を“重大かつ長期にわたる弊害であり、長期的な脅威ですらある”と表現している。Moglen氏によると、SFLCは非営利団体なので、確約できる政治的な支援活動に制限があるという。それでも彼は「許された法的活動の範囲内で知的成果物を提供するために我々にできることはするし、可能なら、ソフトウェア特許の廃止に貢献する法案を通すことでクライアントを支援したい」と考えている。また彼は、ソフトウェア特許廃止運動をめぐる諸問題に関与する法曹界の教育支援という役割もSFLCに期待している。
Mobius Venture Capitalの創設者で会長のBrad Feld氏もまた、ESPを支持している。Feld氏は、Eric von Hippel氏(マサチューセッツ工科大学のビジネススクール[MIT Sloan Schoool of Management]でイノベーションについて研究している著名な専門家)の下で学んだ1980年代後半からソフトウェア特許に反対し続けている。彼は、ソフトウェア特許を“時間と金の多大な浪費”と呼び、(本格的なパテントトロールを除けば)「ソフトウェア特許のポートフォリオを見て企業に投資するような人物は、賢明な投資家のなかにはまずいないはずだ」と述べている。
Feld氏によれば、多くの人が信じている内容に反して、特許は投資のインセンティブにもなっていないという。彼は“会社の立ち上げ時期に時間と金を注ぎ込んで”特許を取得するという考えを退け、その理由をこう述べている。「特許取得の手続きを進めるということは、どうやってマーケットに参入するかこそが本当に重要である時期に3~4年も待つということを意味する。特許の権利を主張するにせよ保護するにせよ、実際にそこにかかるコストは特許によって得られる利益を上回る」
ESPの活動を前に進めるために、Feld氏はここ数年間行ってきた、特許をテーマにしたブログの執筆を続けようと考えている。また、カリフォルニア大学バークレー校(University of California at Berkeley)における審議会のメンバーとしての活動も、テクノロジ関連の法律の専門家Pamela Richardson氏と共に続ける予定であり、コロラド大学ロースクール(University of Colorado Law School)でソフトウェア特許の問題に取り組んでいるある常勤研究者への資金提供も約束している。
Webサイト上のリソース
ESPのWebサイトは、こうしたソフトウェア特許廃止運動の拠点として役に立つだけでなく、一般の人々に米国のソフトウェア特許の問題について啓蒙することもねらっている。さまざまな読者を想定して、ソフトウェア特許への反対意見が数ページにわたってまとめられている。こうしたページには、この問題に詳しい人にとって目新しい情報はほとんどない。誰もが特許侵害訴訟の影響を被る恐れがあることが説明され、ソフトウェア特許がイノベーションを阻害していること、数式やソースコードを特許にするという考えが基本的に不条理であること、といったよく知られている問題点が挙げられている。技術を保護する形態としては、むしろ著作権のほうが適しており、時間と金の点でも間違いなく無駄が少ない、とこのサイトは述べている。ただし、こうした問題をよく知らない人には、これらのページが学術的なものに思えるはずだ。
おそらく、もともとは法律の専門家を対象にして今日のソフトウェア特許に関する潜在的に重要な訴訟を説明したものだったのだろう。別のページには、主要な訴訟および和解の一覧が掲載されている。
このサイトで参照できるもう1つの重要な情報源が、2006~2007年のソフトウェア特許の状況に関する『The current state of software and business method patents:2008 edition(ソフトウェアおよびビジネスモデル特許の現状:2008年版)』というレポートであり、そのタイトルから、今後も発行が続くシリーズものの第一弾として作成されたことが伺える。
11ページに及ぶレポートの大部分は、ソフトウェアは特許にならないと考えられていた1980年代からソフトウェア特許を容認する1990年代中盤へ、そしてさらに手のつけられない現在のような状況をもたらした米国特許法の経緯をまとめるのに割かれている。このテーマを短時間で把握する必要がある人にとっては、おあつらえ向きのリソースだ。
レポートの残り部分は、現在の動向に関する情報を寄せ集めたものになっている。たとえば、並の分量の特許で訴訟を起こすのにかかる費用は平均400万ドル、ソフトウェア特許の訴訟によって米国で1年間に費やされる額は114億ドルとの見積りが記されている。また、学術界全般がソフトウェア特許を受け入れる動向にあって、最近3件の調査では特許がイノベーションに何らかの影響を与えたという証拠は見つかっていない。一方、4件目の調査は特許によるイノベーションの阻害に言及している。
さらにレポートには、連邦議会に現在提出されている法案「The Patent Reform Act of 2008 (S.1145)」の暫定的な変更からすると、法改正で現状が改善される見込みは少ないとも記されている。先願主義から先発明主義への移行といった変更の提案や、損害額評価の基準設定は歓迎すべきものだが、米国特許法はソフトウェアを独自のカテゴリとして扱っていないので大規模な変更はほぼ不可能だというのだ。
ESPのサイトには、こうした情報を実践的に用いる方法が記されている。といっても“What can I do?”という見出しの付いたページのメニューの一番上に目立つように掲げられているのは、論文募集の案内である。
最優秀賞の10,000ドルのほか、4,000ドルと1,000ドルの賞も用意されている。この論文コンテストのページには「論文は、法律、経済、経営、コンピュータサイエンスなどの分野から」、「経験に基づくものや定量的なもの」が集まるだろうと記されている。ESPの立場はわかりきっているにもかかわらず、このコンテストの説明には、次のような注意書きが含まれている。「偏見の強さと研究成果の質とは、互いに相反する傾向がある。結論ありきで書かれた論文は、事実とデータが雄弁に語る論文にはかなわないものだ」
この一言は、サイト全般のスタイルにも通じるものがある。サイトの主旨は自明なのだが、全体的なトーンは理路整然とした学術的な論述調であり、反対意見に対する回答はその根拠を丁寧に示しつつ注意深く述べられている。
ESPの初期戦略
サイトが示すように、ESPの主な関心は特許問題の啓蒙にある。またESPプロジェクトには、特許に反対する企業の支援というねらいもある。特許訴訟で争っている企業や米国特許商標局(US Patent and Trademark Office)に異議を唱えている企業だ。だが、「せいぜい特許に対して疑問を呈するためのテストケースにしかならない」とKlemens氏は語る。
ESPプロジェクトは既存のソフトウェア特許を修正しようとする動きには関与しない。「現在、世の中には何十万件というソフトウェア特許が存在する。我々にはそのすべてを見直す余力はない」とKlemens氏はいう。また、自明性の高い特許の出願を困難なものにするであろうKSR社とTeleflex社との係争を契機に修正がすでに行われている特許もある。それに、こうした修正については、電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)の特許廃棄プロジェクト(Patent Busting Project)などの支援グループが以前から活動を進めている。いずれにせよ、ESPの目標は修正ではなく廃止なのだ。
少なくとも現状では、ESPは政治的活動を主眼に置いてはいないようだ。連邦議会に現在提出されている法案についてKlemens氏はこう語っている。「この特許法改正案のことで、[Patrick] Leahy上院議員はコンピュータ業界のギークたちから称賛を受けてもよいくらいだ。だが、コンピュータ業界にいる我々はこの問題にそこまで大きな関心を持っていない、というの実情だ」
これとは対称的に、法廷に対する影響力はずっと大きいように思える。「米国特許庁が最近拒絶した大量の特許が連邦巡回裁判所に回され、その一部は、特許可能な対象の範囲を真剣に考え直すよい材料になっている」とKlemens氏は話している。
Klemens氏が特に関心を寄せているのが、特許性の問題を主題としたBilskiに関する訴訟である。ここ数か月、そうした判例を探し求めていたKlemens氏は、今回の訴訟で「我々は連邦巡回裁判所から1つの検討課題を突きつけられたに過ぎない」と述べる。
現在、Klemens氏はこの訴訟への介入を進めている。「私はESPのための法廷助言書に夢中で取り組んでいる。また、我々はあらゆる原則を1つか2つの単純な原則で説明できるようにするために、ほかの組織との協力に努め、我々の考えに同意してくれる企業を探し、あるいは我々の組織自体がこの訴訟で強い主張を打ち出そうとしている」
しかし、老練なKlemens氏には、ESPの目的がそれほど簡単に達成できるものではないことがよくわかっている。「たとえBilskiに勝っても、目的達成の目処が立つというだけで、我々の闘いが終わるわけではない。自社製品による市場独占のために議会や裁判所に対するロビー活動を四六時中行っている連中がいる限り、我々は今この手につかみかけている結果を覆されることのないように、絶えず警戒しなければならない」
要するに、ESPはおそらく長期戦の構えを取っているのだ。だが、今のところは順調な滑り出しといえるだろう。
Bruce Byfieldは、Linux.comとIT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。