イスラエルのGPL違反訴訟が和解

 イスラエルで2年にわたって争われてきたGNU General Public License(GPL)違反を巡る訴訟が法廷外で和解した。その結果、イスラエルにおけるGPLの法的位置づけは曖昧なまま残されることになった。

 すでにLinux.comで報告したように、この訴訟は2006年初めにInternational Chess University(IchessU)のCEOであるAlexander RabinovitchがJ、avaベースのチェス・クライアントJinを開発したAlexander MaryanovskyにIchessU用チェス・クライアントとサーバーの製作で協力を打診したことに始まる。Maryanovskyはこの話を断り、IchessUは自力で所要のソフトウェアを製作した。しかし、それはMaryanovskyに言わせれば「私のコードが95%と彼らのコードが5%」というものだった。

 Maryanovskyはこの問題をRabinovitchと直接話し合おうとしたが拒否されたため、フリー・オープンソース・ライセンスに詳しく、Electronic Frontier Foundationのメンバーでもあるイスラエルの弁護士Jonathan J. Klingerに対応を依頼した。

 MaryanovskyはRabinovitchとIchessUを提訴し、IchessUのソフトウェアはMaryanovskyを著作者として認めておらず、またクライアントはプロプライエタリー・エンドユーザー・ライセンスで提供されているため、GPLに抵触すると主張した。また、IchessUが開発したオーディオビジュアル・モデルはMaryanovskyのコードなしにコンパイルできないため派生物だとも指摘。さらに、不誠実交渉と著作権侵害も申し立てた。その上で、これらの損害に対して110,000シケル(25,000ドル)の支払いを求めた。少額なのは、30日以内に判決が下される迅速裁判にするためだ。

 ところが、Rabinovitchが北米に移住したため訴訟の通知を送達できなくなったことから、事態は複雑化した。Maryanovskyは、Rabinovitchがこの訴訟についてLinux.comに語っていることを根拠にRabinovitchがこの訴訟を認知していると主張し、欠席判決を求めた。

 それまでこの訴訟を等閑視していた様子のRabinovitchも、この期に及んで知的財産権に詳しいイスラエルの弁護士Haim Raviaに依頼し、自身の弁護に乗り出した。Raviaは2007年4月までに詳細な答弁書を提出し、この訴訟は「売名行為として法的または事実に基づく根拠なしに不誠実に提起されたものだ。実際、原告はイスラエル国内外においてインターネットのサイト上でこの訴訟について広く喧伝している」とした。これは、Maryanovskyが自身のWebサイトに記した文章とLinux.comのインタビュー記事を指したものだ。

 被告側はGPLについて十分には理解していないようだが、これによって迅速裁判から通常の法廷手続きに移す効果はあった。MaryanovskyとRabinovitch、そして両当事者の弁護士はこのときからメディアと接触することをやめ、以来18か月間、この訴訟は報道管制下にあった。

和解

 そして、先日、JinIchessUの両サイトに同じ文面の声明が掲載され、和解したことが明らかになった。声明は具体性に欠けるが双方対等に書かれていることから、その文言は両当事者間で合意されたものであることは明らかだろう。

 声明の要点は、どちらも公衆の面前で相手を論じる際に行き過ぎがあったということのようだ。IchessUとRabinovitchは次のように述べている。

Jinの使用に関連するIchessUとRabinovitchの振る舞いは、個人的に、Maryanovskyを傷つけMaryanovskyの希望に反するものだった。これについて、IchessUとRabinovitchは遺憾の意を表明する。ここで、当時RabinovitchがIchessUと自身が誠意を持って行動し法的助言に従っていたことを特に申し添える。

 一方のMaryanovskyも、次のように述べている。

IchessUとそのマネージャーがJinを使用したことに対するMaryanovskyの行動は、IchessUの世評と名を毀損した。ここで、それがMaryanovskyの本意ではなく、侵害されたと思われた自身の権利を保護するための行動だったことを特に申し添える。

 そして、声明は次の言葉で終わっている。「両当事者はこの争いを終結することに満足を表明し、それぞれの弁護士に感謝する」「和解の内容については、これを秘密とする」

この訴訟におけるGPLの法的位置づけ

 可能な範囲で話してほしいと尋ねても関係者はほとんど答えてくれない。とりわけ、この訴訟がGPLに与えた影響について当事者の口は堅い。Haim Raviaは「両当事者が和解の詳細を秘密にすることで合意している以上、どういう形であれ私がこの訴訟に関して説明するのは適切ではない」と述べただけだった。

 一方、Klingerはもう少し協力的で、Linux.comに次のように述べている。「和解は法廷外で行われた。したがって、本件以外におけるGPLの有効性に影響はない。影響を受けるのは当事者だけだ。もっとも、当事者以外の者がこの和解をどう見るかは別問題だ。GPLとオープンソースについての認識に何らかの影響があったかもしれないし、オープンソース・プロジェクトに対する関心が高まったかもしれない」

 Klingerはこのように言うが、GPLはこの訴訟で多少強化されたように思われる。決して十分ではないが、声明にはJinが「GNU General Public Announcementでライセンスされている」ことが殊更に記されている。GPLとその有効性が訴訟の核心になければ、こうした記述は無用だろう。さらに、この訴訟が答弁書の提出から18か月間継続したことから、イスラエル法はGPLを簡単には排除できなかったものと思われる。

 しかし、この訴訟で起こったことが最もよく伺えるのは、IchessUのダウンロード・ページだ。ダウンロードしようとするとページが開き、ダウンロードされるファイルには「IchessU AVプログラム」とAlexander Maryanovskyが著作権を持つ「チェス・サーバーのためのJinクライアントとして知られる第三者のソフトウェア」が含まれているとするメッセージが表示される。ただし、そのエンド・ユーザー・ライセンスのリンクをクリックすると、標準的なプロプライエタリー・ライセンスが現れる。ダウンロード・ページではJinクライアントがフリー配布されていることが明示されているので、おそらく、このライセンスはIchessU AVプログラムか、バンドル全体に適用されるのだろう。

 これにはいろいろな読み方が可能だが、最もありそうなのはIchessUがJinからの借用を認め、そのクライアントはGPL準拠を受け継ぐというものだ。その代わり、Maryanovskyはオーディオビジュアル・モジュールは派生品だという主張を取り下げることに同意したようだ。つまり、GPL違反の可能性の高いプログラムの調査を放棄する代わりにGPLの妥当性を認めさせたのだろう。Maryanovskyが損害賠償金を受け取ったかどうかは依然不明だが、フリー・ソフトウェア・コミュニティーの大きな関心を呼んだニュースの実態は、ある程度明確になったと思われる。

 こうした推測が正しければ、Jin-IchessU訴訟は、米国でSoftware Freedom Law CenterがBusyBoxを代理して起こした訴訟のイスラエル版と言えるかもしれない。つまり、訴訟は判決を出さずに和解したが、被告が和解を選び準拠を受け継いだという事実がGPLは揺るぎないという印象を与えたということだ。これにより、GPLを無視したりGPLに挑む訴訟を起こそうとしたりする者がためらうことになれば幸いだ。

 もしそうなら、この結果はGPLの正当性が認められたのと同じように満足ということにはならない。しかし、それでもそれはある種のハッピーエンドではある。条件付きだが、フリーソフトウェア支持者にとってはともあれハッピーエンドだ。

  Bruce Byfield コンピューター・ジャーナリスト。Linux.comに多く執筆している。

Linux.com 原文(2008年10月27日)