ISOはOOXMLを標準規格候補から降ろすべきではないか

 MicrosoftによるOffice Open XML(OOXML)のISO標準化申請を受けてISO加盟各国の代表機関が出したコメントに対し、国際的な標準化団体ECMA(European Computer Manufacturers Association:欧州電子計算機工業会)が最近になって回答を出した(ただし、実際の2,293ページに及ぶ回答書の内容は非公開)。このECMAによる提案内容はジュネーブで開かれるBRM(Ballot Resolution Meeting)で議論され、その後、各国の代表機関は当初の投票結果を見直すことができる。しかしMicrosoftの対応からは、1年以内にOOXMLの4つの仕様を実装して相互運用を可能にしたうえで各仕様をクローズ化しようとの意図が明確に読み取れる。状況がどうあろうと、このような欠陥仕様を国際標準化すべきではない。

 主要部であるOOXML 1.0(現在のECMA 376)以外の3つの追加部分の詳細は不明だが、フランスの開発者Stephane Rodriguez氏はブログ「Defective By Design」のコメントのなかでこれらについて簡単に言及している。

  1. Office 2007(つまり、OOXML 1.0と文書化されていない仕様や修正のすべてを合わせたもの)
  2. OOXML 1.1(内容は2月の会議の結果次第)
  3. Office 2009(OOXML 1.1と文書化されていない仕様を合わせたもの)

 認定を得るためにECMAおよびISOに提出されたOOXML形式はOffice 2007に実装されていないばかりか、少なくとも現時点で提案されている形式は今後のOffice 2007やそれ以降のバージョンで実装できるようにも思えない。何千という技術的な変更が必要になるにもかかわらず、Office 2007は出荷済みであり、Office 2009もすでに開発が進められているからだ。

 OOXMLの実装および相互運用は不可能に思えることから、MicrosoftにはOOXMLをオープンスタンダードとして実装する、あるいは容易に相互運用可能なものにするつもりはなかった、と結論付けるのが妥当だろう。Microsoftのビジネスモデルは常に閉鎖的な取り組みに依存しているが、OOXMLもまさにそのとおりのものであり、どんなベンダでもそれを基にして相応の製品を作り上げることができるオープンスタンダードとはほど遠い。

 どうやらMicrosoftは、OOXMLがいかにクローズドなものであるかを世間に理解して欲しくないようだ。また、ECMAの提案する変更点をOfficeに実装することがほとんど不可能であることも知られたくないらしい。Office 2007の多様なファイル形式を標準化するために必要な変更を加えてOfficeのコードを書き直したり、以降のバージョンのMicrosoft OfficeをOOXMLに合わせたりするくらいなら、確立済みのOpenDocument Format(ODF)を実装するほうが容易ではないかと思えるほどである。

 Microsoftの経営陣は、知的財産権の問題やほかの標準規格との不整合をはじめ、OOXMLのISO標準化に対して加盟各国の代表機関から出た同様の異議申し立て事項など、重要な項目について沈黙を守っている。Microsoftの代表者もECMAもこうしたOOXMLへの反対方針に関しては議論を避けている。MicrosoftはOOXMLの認定プロセスを“専門家に委ねる”ことを求めており、議論は本質的に技術的な内容に限定すべきだと主張している。OOXMLの一部機能を非推奨としてプロセスを混乱させているのも議論回避策の一環といえる。また、Microsoftは移行フォーマットであるにもかかわらず、OOXMLの移行マッピングの表を公開していない。さらに、同社はそれまでのバイナリファイル形式に関する競合他社向けの今後の公開情報について曖昧な言及をするという形で“壁”の強化も図っている。特に、OOXMLに絡む知的財産権に関する曖昧性は相当なもので、FOSS開発者はもちろんのこと、プロプライエタリソフトウェアの開発者にさえ、バイナリ形式(.doc、.xml、.ppt)のドキュメントからOOXML形式へのマッピングには関わりたくないと思わせるほどだ。

 依然としてMicrosoftは米国の反トラスト法訴訟における強制命令の条項の適用下にあり、一定のミドルウェアAPI仕様を開示する必要があるのだが、Officeのファイルサポート用ネイティブAPIで使われている中間ファイル形式の仕様はまだ開示されていない。だが、用意された壁はそれだけではない。

 DRM、Sharepointタグ、パスワード、Devmode(Windowsがプリンタやディスプレイの設定情報の処理に用いるメソッド)への依存、GUID(標準であるUUID[汎用一意識別子]のMicrosoft Windowsおよび.NETにおける独自実装で、各種アプリケーションがオペレーティングシステム内部のリソースを調整および識別するためのもの)、移行タグ、VBAマクロをはじめとする隠されたシステム依存性を持つMicrosoft OfficeのOOXMLファイル形式については、競合アプリケーションはもちろん、ほかのOSでも完全な相互運用性の実現が事実上不可能であり、OOXMLファイルはMicrosoft環境に依存したものになっている。

 Microsoftソフトウェアへの依存性を示す例はほかにもある。たとえば、“対象ブラウザでサポートされていない機能を無効にする”という機能は、各種バージョンのInternet Explorerを最適化するためのものであり、主要な競合ブラウザであるMozilla FirefoxやOperaは考慮されていない。また、“以前のワープロ文書形式と互換性のない機能を無効にする”という機能は、OOXMLが97以降2003までのWordしか考慮に入れていないことを明示している。こうした、レガシー形式の古いファイル、新たに作成されたファイル、Microsoft Office独自のカスタムXML形式で作成されたものといったすべてのドキュメントを管理下に置こうという意図は随所に見られる。Office 2007のかなり多くの機能がECMAの仕様に含まれていないという事実は、このように閉ざされたデータを競合他社が適切に利用できる見込みがないことを意味している。とりわけ、Microsoftが公開していないプロパティを持つ非推奨(deprecated)の部分は、この先もずっとMicrosoft Officeで作成されるファイルに残り続ける。こうした文書化されていない拡張子や非公開のAPIは、Microsoftの独占状態を維持して拡大するための継続的な方策のように思われる。やはり、OOXMLはユーザを囲い込むためのものであり、決してオープンスタンダードなどではないのだ。

反対は技術的というより実利的なもの

 しかし、ISOによる標準化の本質は実利的な面にあり、単に技術的なものではない。ISOが最優先しているのは、国際貿易上の不必要な障壁を低くして競争がうまく作用する状況を作り上げることである。だが、MicrosoftのOOXMLは、ただ1社のオフィス生産性スイート(Microsoft Office)だけをISO標準化することでこうした障壁を逆に高くしようとするものだ。OOXMLとOpenDocument Formatに関するBurton Groupの37ページ分の報告書は、この点を次のように強調している。「現実的には、別のベンダがMicrosoft Officeに全面的に対抗できるソフトウェアを開発するためにOOXMLの活用を試みる可能性はきわめて低い。そのためにはかなりのリソースが必要であり、その取り組みに見合う利益を持続的に得るには相当な規模が要求されるからである」

 ある企業が1社独占の状態にあり、多くの断片的なドキュメント形式を提供していて、それらをXMLにまとめる仕様を作り上げたからといって、その企業が思いどおりにその仕様をISO標準化してよいわけはない。ISO加盟各国の代表機関は、ファイル形式による業界支配につながるチケットをMicrosoftに渡してはならない。

 理想をいえば、ISO標準はあらゆる国で適用できるただ1つの国際的ソリューションを提示すべきである。このとき、ISO標準として欠かせないのが“影響の及ぶ業界および世界中の市場の利害関係者ができるだけ広い範囲で利用/実現できる”というグローバルな実用性である。歴史的に見て、ISO標準は複数の国および利害関係者の働きかけに基づいて生み出されてきたが、こうした状況では、オープン化された手順によって透明性と合意主義が確立されている。

 だが、OOXMLの場合は違う。1社だけが恩恵を受けるベンダ依存の仕様をISO標準化することは、“どこででも受け入れられる1つの標準、1つのテスト、1つの適合性評価手順”というISOの目標に反する。今回のような形でOOXMLを採用すれば、同形式およびMicrosoftの旧来のバイナリ形式からXMLへの変換に対する同社の独占権は実質的に拡大されるだろう。Microsoftは他社によるOOXMLの利用を阻止することで、その他のオフィススイートとの相互運用を妨げると共に、OOXMLを実装不可能かつMicrosoft Windowsオペレーティングシステムに依存したものにしようとしている。

 さらに、こうしたあらゆる妨害は、オフィスドキュメントとしてISO標準化され、業界で支持されているOpenDocument Format(2006年5月に国際標準として認定)の存在を影の薄いものにしている。

 ジュネーブでは乗客の自己申告によるバスの利用システムが適切に機能しているが、この点はISOも同じである。バスには切符を購入して乗ることになっているが、切符がなくても乗り込むことは可能だ。OOXMLはもう何度も、切符を持たずにバスを利用してきたといえる。この仕様は不備があるだけでなく、正式なレビューも受けていない。また、これまで一度も実装されておらず、オフィスドキュメント向けに定められたISO/IEC 26300との相互運用性もない。どちらかといえば、国際標準として作られたものというより、社内の技術仕様に近いだろう。そろそろジュネーブのバスに然るべき検査官を同乗させ、OOXMLをつまみ出す頃合いではなかろうか。

Linux.com 原文