GNOME FoundationによるOOXMLの擁護とそれを取り巻く波紋
この問題の核心部は至って単純なものである。そもそもの発端はGnumericスプレッドシートのメインメンテナであるJody Goldberg氏から、同氏が継続して取り組んできたTC45-MというEMCAの技術委員会へのサポートが同Foundationに対して求められたことであり、この委員会はECMA 376標準に関するOOXMLの提案を改善するために活動してきたのだが、それが本年9月に失敗に終わったOOXMLをISO/IEC標準に採用させるための支援活動と一般的には見なされていたためであった。以前に同委員会におけるNovellの代表を務めていたGoldberg氏であるが、同社の退職後はGNOME Foundationにより同委員会への代表に就任させられたという経緯がある。
この問題を複雑化させているのは、GNOME FoundationがOOXMLの標準化をサポートする一方でODFを脇に追いやろうとしている様子を示す間接的証拠の存在である。GNOME創設者のMiguel de Icaza氏は現在Foundation評議会に籍を置いていないものの、同氏の行ってきた.NETやSilverlightなどのMicrosoft系テクノロジをGNU/Linuxに取り込もうとする活動は、de Icaza氏の個人的な意向ではなくFoundationとしての方針であると往々にして受け取られている。そのためde Icaza氏による昨年9月の発言にて、OOXMLは“優れた標準”であるが悪意あるプロパガンダの犠牲者になっているという主張は、フリーソフトウェア系コミュニティの多くによってGNOMEによる背信行為と受け取られたのである。
また昨年行われたMicrosoft-Novell間の提携の際にGoldberg氏がNovell側の代表者であったという事実が、この疑惑を更に色濃くしていると見なす向きも存在している。その他GnumericでのODFのサポートはOOXMLのサポートよりも“非常に難易度が高い”とするGoldberg氏によるブログ記事も、多くの人間が抱いた疑惑を解消する効果は薄かったようである。
このブログ記事中でGoldberg氏は技術的側面を述べるよう努めており、かねてよりGnumericの目標の1つはMS Excelとの互換性確保であって、相対的に難易度の低いOOXMLのサポートの選択は驚くにはあたらないはずと主張している。しかしながらこうした主張を一歩離れると、同ブログ記事中にて、OOXMLの普及活動に大きく関与しているMicrosoft社員であるBrian Jones氏とGoldberg氏との間に関係があることが示されていたことから、Goldberg氏の主張が好意的に受け取られることは大きく妨げられたようである。
この論争がOpen Document Fellowshipメーリングリストにて激化したのは、先月のことである。その際の経緯は、昨年実施されたOpenOffice.orgテンプレートコンペのスポンサーとして知られるWorldlabel.comのRussell Ossendryver氏が、この件に関して現在何が進行しているかの疑惑に関するGNOME Foundationに対する公開質問状を自身のブログに掲載したことがきっかけとなり、即座にSlashdotにて「GNOME Foundation Helping OOXML?」(GNOME FoundationはOOXMLを支援するのか?)という投稿がされたという流れになる。
この先月末のSlashdotへの投稿記事については、GNOME Foundation Boardの広報担当を務めるJeff Waugh氏からのコメントが返されたものの、今日に至るまでこの論争は燻り続けている。またOssendryver氏はその私信中にて、標準規格の専門家でブロガーとしても知られるAndy Updegrove氏およびFoundation for a Free Information Infrastructureに属しISO委員会での活動経験を有すAlberto Barrionuevo氏が、こうしたFoundation側の活動についての懸念を表していることを引用している。
その他の反応として、例えばBoycott Novellサイトに掲載されたRoy Schestowitz氏のコメントでは、「GnomeはMicrosoftの広報活動に肩入れして、オープンソースおよびオープン標準を攻撃してその活動を鈍化させる行為に走っているよう感じられる」とされており、また同Foundationのメーリングリストに投稿されたRichard Stallman氏からの提案では、GNOMEはKDEを見習い「MicrosoftによるOOXML促進活動を支援しない旨のアナウンスを同様に行うべきだ」とされている。また最近Stallman氏からは、Foundation側からのリリースに遅延があってはならない旨の警告が出されており、Waugh氏の体調不良による返答の遅れがあったという事情を速やかに説明するべきだとされていた。
このような否定的な反応が出される中で、Goldberg氏からLinux.comに対して伝えられたのは、「当事者である私に何が実際に進行しているのかを確認しようともせず、同士打ち的な攻撃に走るFLOSSコミュニティの態度には失望させられます。このような動きは一種の自傷行為のように感じられてなりません。現在のコミュニティは、ECMAでの私の活動をMSが悪用しようとしているという懸念に囚われすぎているため、こうした状況に陥っているのです」という意見である。
GNOME Foundationの立ち位置
Foundation側から出されたニュースリリースは、Stallman氏が望んでいたと思われる、OOXMLを完全に拒絶するという内容のものではない。なるほどWaugh氏からは、評議会を代表する見解として「本業界および政府が協力してオープンドキュメント規格を定めるにあたり、ODFこそが最適な候補となり、革新性と透明性を伴った前例のない飛躍をもたらすであろうと私どもは信じています」という文章が記されている。また同リリースでは「Jody (Goldberg氏)のTC45-Mへの参加は、Microsoft Office Open XMLフォーマットのISO標準化を確約するものでも推進するものでもありません」ともされている。そしてこの標準化プロセスにてMicrosoftが取った行動に対するWaugh氏の評価は、「改善を伴わない攻撃的な行為に走り、業界としての協力態勢に関心を寄せない独占主義者であることを証明したに等しい」というものである。
更に同リリースでは、標準化について“白か黒か”の決着を付けようとするコミュニティ側の傾向に対する警告が出されており、そうした姿勢を取り続けることによる革新性の阻害はパテント(特許)のもたらす弊害と同程度の危険性を秘めているとの意見が述べられている。そしてWaugh氏から行われているのが、OOXMLにせよODFにせよ、そうしたロビー活動によって標準プロセスに対する“信頼性を損なう”危険性が生じているという指摘だ。
同リリースの内容は、Goldberg氏および同氏の参加を擁護する記述に多くが割かれている。その説明によると、既にGoldberg氏は「フォーマットについての規定に対する問題点を何百も特定しており、これはFLOSSがOOXMLを実装することで多大なメリットを得られることの裏付けであって、相互運用性の確立を求めるFLOSSユーザにとっても大きな恩恵となることを示している」ということになる。
Goldberg氏も同様の論拠を用いて自身の活動の正当性を述べており、Linux.comに対しては「ECMAのTC45が再度の意見受け付けを始めるようになった際には、FLOSSコミュニティ、特に(OpenOffice.orgの)開発者が参加することを私は主張します。ECMA-376がISO標準として採用されるかは不明ですが、これが有力なフォーマットである事実に変わりはなく、その仕様が明確化されるほど、従来MS Officeだけで取り扱い可能という制限を課されていたデータを解放しやすくなるのですから」とのコメントが出されている。
こうしたFoundationおよびGoldberg氏のコメントでは示唆されるだけで明言されていなかったが、その主張の前提は、Microsoftが動員可能なリソースの大きさの故にOOXMLは正式にオフィシャルな標準の1つとなるか、あるいは同社のオフィス製品を使用しているユーザ数の故にアンオフィシャルな事実上の標準の1つとなるかのいずれかであろうということだ。つまりこうした意見から感じられるのは、オフィシャルな標準化プロセスにフリーソフトウェア系コミュニティが参加することで、ユーザの利益に沿う形でOOXMLをサポートする機会が高まるはずというものである。
論争の背後にある本質
こうした説明を聞かされる限り、GNOME Foundationの立ち位置は理性的な実用主義というものになる。もっともこの問題自身が実用性という基準で判定できる性質のものであるのかについては、議論の余地があるだろう。その1つは、フリーソフトウェア系コミュニティに偏執的なアンチMicrosoft主義者のいることをFoundation側も承知していたはずだが、皮肉なことに、自分達およびその周辺で活動している人々の行為が不透明性を感じさせていることに気づいていなかったということである。
同じく言えるのが、この件に関する懸念を最初に唱えだした人々にとっては、事態の本質は論理的な判断で片づくものではなく、忠誠心や倫理といった心情的な問題と化していることだ。つまりフリーソフトウェア系プロジェクトがMicrosoftをサポートするのは自滅行為になるだけであり、OOXMLなどはMicrosoftの一方的な都合で姿を変える名目上の標準規格になるだけだという主張を強硬に展開することは可能であろうが、現状でGNOMEの活動に異を唱えている大多数にとって、問題の本質は異なるところに存在しているのである。
私の意見を述べると、コミュニティの多くが同意するのはOssendryver氏が自身のブログで展開した見解であり、「GNOMEがECMA TC45に関与することでもたらされるのは、標準化プロセスに対する明白な破壊行為であり、それはFOSSのみならずオープンプラットフォームおよびオープン標準の確立に尽力してきたすべてのコミュニティメンバを害する行為である」という主張に沿うことになるだろう。こうした立場から問題となるのは、いわゆる忠誠心であり、サポートすべきはODFだけであってOOXMLを標準化しようとする全ての試みはボイコットする、というのが大方の姿勢であるよう感じられる。そしてFoundation側から出されたステートメントは、状況を整理するどころか、こうした立場を強化するだけのものであり、偏執狂的な主張をかえって裏付けることになっているのである。
Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。