Boycott Novell:自由を守る砦か、それとも被害妄想者の温床か

 Boycott Novellほど物議を醸しているフリーソフトウェア関連のサイトはそうそうない。その名前から想像がつくように、MicrosoftとNovellの提携に異を唱えるべく2006年に開設されたサイトだが、最近ではフリーソフトウェアに対する脅威となり得るあらゆる問題を取り上げて真相を暴こうとする場へと発展している。こうした題材を扱っていることから、購読者にとってはGroklawと同じく(Boycott Novellにはこのサイトの影響が色濃く見られる)、フリーソフトウェアコミュニティを擁護するサイトといえる。だがそれ以外の人々、とりわけ記事にされた当事者から見れば、論理性を欠いた主張や不当な非難に満ちたサイトであり、フリーソフトウェアコミュニティの信用を失墜させかねない困った存在でしかない。

 サイトを立ち上げたのはShane Coyle氏だが、Boycott Novellの知名度向上に貢献しているのはRoy Schestowitz氏が書く記事だろう。まるで疲れを知らぬかのように、Schestowitz氏はたいてい1日に5、6本以上の記事をこのサイトのために執筆しており、そのうえインターネットのあちこちに膨大な数のコメントを残している。多くの人にとってSchestowitz氏はBoycott Novellを代表する人物であり、理路整然としたものから悪意に満ちたものまで、さまざまな批判が彼自身とBoycott Novellに寄せられているはずだ。

 Schestowitz氏は、Boycott Novellを次のように説明している。「(MicrosoftとNovellの)提携に関する情報をまとめたサイトで、素材の多くは(一般のメディアよりも)現実的な観点で書かれていると我々が判断したものを外部から集めたものだ。提携後すぐに明らかになったのは、非営利の団体(フリーソフトウェア派)に対抗すべく結託した両社の名前をやたらとメディアが並べたがることだった。金目当てのためだけに連中は手を組んだ。だからこそ一般の人々は反発したのだが、主要メディアからそうした声が聞かれることはまずなかった」

 「長年のSUSEユーザ」を自称するSchestowitz氏によると、フリーソフトウェアコミュニティの開発者だった自分とCoyle氏は、この提携によって「相当なショックを受けた」という。最初にSchestowitz氏は、この提携に対する意見をopenSUSEのメーリングリストで述べたが、彼の立場が認められることはなかった。そこで「両社の提携に関する自らの見解を披露し、メディアがまったく取り上げようとしない問題を明らかにすることを決めた」という。こうした決意によって生まれたBoycott Novellは一躍有名になり、やがて現在のような論争の渦巻くサイトへと育っていった。

Boycott Novellを支持する人々

 Boycott Novellの内容に価値を認めている人々のなかには、サイトの考え方に完全に賛同する人もいれば、有用性を感じながらも見解の表明のしかたに疑問を呈する人もいる。

 Keith G. Robertson-Turner氏は、無条件にこのサイトを支持する典型的な人物であり、Homerというハンドル名を利用している。「問題の原因はMicrosoft側にある」と言い切る彼は、Boycott Novellについてこう語る。「自分と同じで、どちらかというと極端な意見が多い。そうした傾向が間違っているとは思わない。少なくとも自分は、物事には問題を起こす側とそれを解決する側のどちらかしかないと思っているからだ」

 Robertson-Turner氏に言わせれば、Microsoftは「道徳的基準を持たない危険な企業」ということになる。「自らのコミュニティを裏切った」という点でNovellも同類だとする彼は、MonoやMoonlightといったソフトウェアを「ポイズンウェア(poisonware)」と呼んでいる。今後、Microsoftがフリーソフトウェア陣営に対して特許攻撃を仕掛ける際の起爆剤になり得るからだ。

 Robertson-Turner氏によれば、Boycott Novellと彼自身は3つのレベルの敵を相手にしているという。それらの敵とは、Microsoft、そのパートナー、そしてFOSSコミュニティにいながら彼らを支持する人々である。最後の括りには、積極的に「Microsoftテクノロジーの利用を支持」したり、「問題に目を向けようとせず、Boycott Novellに敵対」したりする人が含まれている。またRobertson-Turner氏は、彼の把握している危険な現実を直視するよりもBoycott Novellを非難するほうが精神的に楽なのだ、とも述べている。

 「Boycott Novellは、Microsoftとその提携組織をめぐる真相を明らかにするという貴重な役割を果たしている。推測の域を出ないものもあるが、ほとんどは文書に記録された内容に基づいており、個別に検証することも可能だ」(Robertson-Turner氏)

 Boycott Novellを支持するほかの人々は、もう少し控えめな発言をしている。たとえば、グラスゴー大学の2回生として化学と法医学を学んでいるPeter Kraus氏は、同サイトについて「(ジョージ)オーウェルばり」の「きわどい意見」が目立つが、書かれていることの大半は事実だと信じている、と言う。ただし、Novell関連の記事のなかには「批判色が強すぎて偏った」ものもある、と述べている。フリーソフトウェアについては初心者に近いKraus氏は、ほかのサイトやブログにリンクした情報ハブとしてもBoycott Novellを活用している。

 同様に、フリーソフトウェアコミュニティを題材にした『 The Digital Tipping Point 』という映画を数年前から制作しているChristian Einfeldt氏は、次のように述べている。「私はNovellを全面的に支持しており、Boycott Novellの基本的な考え方は見当違いなものだと思っている。だがRoy(Schestowitz氏)の記事には独自のジャーナリズムと取材力を感じることもあり、彼はそれなりに意味のある話題を取り上げているようだ。また、Royの意見に賛同はしないが、良心の声を伝える彼の存在は発展を続けるFOSSコミュニティにとって貴重ではないかと思う。Royのような人がFOSSコミュニティの主導者のやり方に異議を唱えてくれるのは重要なことだ」

Boycott Novellを批判する人々

 Boycott Novellを批判する人々には、支持者との見解の相違がいくつか見られる。批判側の意見には、同サイトの記事で取り上げられた人々の影響を受けたものが多い。なかには、サイトからの攻撃を恐れておおっぴらに批判することをためらう人もいる。

 それでも、批判の声がときおり上がる。昨年の夏には、「Boycott Novellは自由の擁護者か、それとも破壊者か」というタイトルのブログ記事が投稿された。そこには、次のように記されている。

(Boycott Novellは)何十万人というフリーソフトウェア支持者を誤った方向に導いており、何の非もない組織の信用を傷つける行為を繰り返している。さらにひどいのは、その内容の多くに根拠がほとんどないことだ。Boycott Novellの記事を読んだことがあるだろうか。関連ニュースを参照もせずに自己引用ばかりが10箇所以上もある型破りなものばかりだ。

 また、フリーソフトウェアの問題に対する信頼のおける取材を求めたうえで、次のように結んでいる。「フリーソフトウェアの支持者は皆、実体のない企業に対する憎しみや怒りに終止符を打つべきだ。そんなことは非建設的だし、とにかく馬鹿げている」

 オープンソースを中心にIT分野の調査分析を手がけるRedMonk社のアナリストStephen O’Grady氏は、最近になってある反論 を展開した。その相手は、「RedMonkの発表は一定の警戒心と危惧、そして疑いを持って読むべきだ」と主張したSchestowitz氏だった。O’Grady氏は、アナリストの分析に疑いを抱くのは健全といえなくもないが、自分の分析に対してはMicrosoftもSchestowitz氏と同じくらい不満を感じているのだ、と指摘している。O’Grady氏の反論は次のように続く。

だが、より証拠に乏しい内容を提供しているのはSchestowitz氏のほうだ。基本的にSchestowitz氏は、Microsoftとの協力に同意したというだけで、我々に緋文字の「S」という刻印 ― たぶん裏切り者(sell-out)の意味だろう ― を押そうとする。 かつて、Microsoftのレドモンド本社を訪問したという理由でThe 451 GroupのRaven Zachary氏を非難するように提言したのも彼だ。私の知る限り、こうした偏見に満ちた提言をする根拠を彼はどこにも示していない。財務上の関係が明らかになったことからの推測にすぎないのだ。

 OOXML仕様策定へのGNOMEの関与翻訳記事)をめぐってSchestowitz氏と激しく衝突したGNOME FoundationのJeff Waugh氏は、Boycott NovellによるO’Grady氏とRedMonkへの非難を、同サイトが引き起こした問題の一例と捉えている。Waugh氏は、O’Grady氏を「地道な活動を続けながらフリーソフトウェア業界に多大な貢献をしている裏方の1人」と評し、O’Grady氏を非難する言動は「Schestowitz氏が業界の現状と真の立役者を理解していないことをはっきりと示している」と話す。「Royは筋の通らないこじつけをするのが好きなようだ」(Waugh氏)

 「意見の異なる者を敵と見なし、相手が間違っていることを証明する ― 単なる考え方の違いとして収めるのではなく、あくまでも相手を悪者に仕立て上げる ― ために、あらゆる人間関係と陰謀説を持ち出さないと気が済まない」という社会の風潮がBoycott Novellからは伺える、とWaugh氏は語る。Boycott Novellやその支持者がこうしたやり方を選ぶ原因は、青年期における人生経験の乏しさ、つまり「人は何らかの謀略に巻き込まれたからではなく単純に愚かだから悪事を働く、さまざまな考え方の人がいる、ときに人は過ちを犯す、といった世間一般の常識について知る」機会がなかったせいだろう、と彼は示唆する。

 Boycott Novellに見られる被害妄想的な考え方は、フリーソフトウェアコミュニティの中核を成す理想主義の裏返しでもある、とWaugh氏は言う。「思想的な影響を受けて形成された急進的な反体制派は過激なものに惹かれやすいものだ」

 そのうえBoycott Novellサイトには注目を浴び続けるための「意図的な曲解」が随所に見られる、ともWaugh氏は述べている。「次のようなややこしいルールを念頭に置いておく必要がある。Microsoftがなにか良いことをすると、我々はそのあら探しをせずにはいられない。そして、特に厄介なのは、どんなに良いことをしている人にも、その気になれば悪人呼ばわりする理由が見つかることだ」

 Watson氏は、FOSSコミュニティがNovellに対して不服を表明したことは無意味ではなかったと考えている。「もしBoycott Novellが、NovellとMicrosoftの提携の問題だけを冷静かつ慎重な態度で、そして十分な情報と調査に基づいて取り上げていたら、非常にすばらしい効果があったと思う。ちょうど(Groklawの)Pamela JonesがSCOの問題でやってのけたようにだ。そのためには、Boycott Novellに本気でメスを入れることのできる人物が必要だろう」

 Boycott Novellの現状をWaugh氏は次のように語る。「十分な分析が行われておらず、むしろ極度に感情的な内容になっている。企業間の関係や組織だけでなく、個人のことまで悪魔であるかのように書き立て、話題を広げてさまざまな点から関係者を非難している。非常に嘆かわしいことだ」。最後にWaugh氏は、Boycott Novellに見られるような態度は「大いなる亀裂を生む」と述べている。その結果、コミュニティ内の対立を解消する機会が失われるだけでなく、コミュニティとは利害の相反する部外者にも悪い印象を与えている。

中道を求めて

 Boycott Novellの存在が過激で対立する考え方を生んでいることを最も端的に示しているのが、この記事のために私が取材した多くの人がその発言内容を公表することに強いためらいを見せたことだろう。たとえばWaugh氏は、次のような不安を口にしていた。「(Boycott Novellを)全面的に取り上げることで、行き過ぎた宣伝効果が生まれたり、あなた自身が果てしない論争に巻き込まれたりはしないだろうか」。また、この類の問題では、対立する意見を述べようとしただけで、それは偏見だという非難を浴びる可能性もありそうだ。特に私の場合は、それほど手厳しい内容ではなかったが過去にBycott Novellで取り上げられたこともある。

 こうした対立を引き起こしそうな話題については、Christian Einfeldt氏のアプローチをとるのがおそらく真っ当だろう。「民主主義に批判はつきもの」であり、「FOSSコミュニティの活動は(相互に妥協することでしか利益を享受できない)民主的なもの」である、というのがEinfeldt氏の考え方だ。彼は、「Royの意見にしっかりと耳を傾けてその内容を十分に検討すれば、Novellは企業として成長することができる」とも述べている。Schestowitz氏とは意見が食い違うことがあってもずっと「良き友人」だが、その一方で、しばしばBoycott Novellの標的になっているMiguel de Icaza氏も「仲のよい知人」であり、自分はde Icaza氏のいるNovellの恩恵にも浴している、とEinfeldt氏は語る。

 Boycott Novellサイトとその支持者に明らかに欠けているのは寛容さだ、とWaugh氏は指摘する。おそらく、Boycott Novellとその反対派の双方が、寛容であろうと努め、そうした態度をはっきりと見せる必要があるだろう。さもないと、サイトに取り上げられた人は皆、本来は手を組むべき人々を敵に回すことになってしまう。

Bruce Byfieldは、Linux.comに定期的に寄稿しているコンピュータ分野のジャーナリスト。

Linux.com 原文(2008年10月24日)