経済危機の中にチャンスを見いだすOSS

 現在の経済状況は、11月の外気温のごとく急速に低下しつつある。将来的な景気後退が不可避であるのは、誰の目にも明らかだ。株式市場も、ディズニーワールドのスペースマウンテンを疾走するジェットコースター並の乱高下ぶりを発揮し続けている。そして様々な意味において、オープンソース系のベンダやLinuxプロジェクトもそうした影響から無関係ではいられないのである。

 景気悪化がオープンソースソフトウェア(OSS:Open Source Software)コミュニティにもたらす影響について、短期と長期とで異なる展望を抱いているのは、Linuxベースのオープンソース型コンテンツ管理システムを販売しているAlfrescoのMatt Asay氏である。「数週間程度の短期的なスパンでは、商用およびプロプライエタリ系のベンダはいずれも苦境に立たされるでしょう」とAsay氏は語り、ここ数カ月は「私の経験でも、最悪の時期でした」と付け加えている。

 これは紛うことなきバッドニュースである。その一方でAsay氏の語るグッドニュースは「長期的なスパンでは、既存の企業群は大幅な予算の再編成を迫られ、現状維持ないし規模縮小という方針を採らざるを得なくなるでしょうから、その分だけオープンソース系ベンダにはチャンスとなるでしょう」というものだ。つまりこうした時期だからこそ、基本的に無料で事前の試用が可能なオープンソース系ソフトが市場を広げる好機なのである。

 リサーチ企業Gartnerにて調査部門の責任者を務めるMark Driver氏も、これと同じ見解を抱いている。「オープンソース系ソフトウェアは、取得コストの大幅な低さが最大の魅力となるでしょう。特に無償で利用できるものがあれば、私なら喜んで使用するでしょうね」と同氏は語る。

 このように、OSSを利用している企業は現在の経済動向のもたらす影響をほぼ確実に被るはずなのだが、事業継続の命脈をサービスやサポート契約の収入に立脚しているベンダからすると、それは今ひとつ実感できない他人事に近いのかもしれない。実際、こうした収入形態に基づいているベンダ群は、景気変動の影響にさほどの危機感を今のところ抱いていないようなのである。

 例えばCanonicalの収益は、Ubuntuの販売とサポートにより成り立っている。Mark Shuttleworth氏による創立以来この方、Canonicalという企業は外界の景気動向とはおおよそ無関係な立場を保ち続けてきた感がしていたのだが、それを裏付けるかのごとく、マーケティング責任者のGerry Carr氏によると、現状のCanonicalは従業員数200を越える規模に成長しているというのだ。「そのうち100名は昨年採用した人数です。コア開発者については更に人員を増やす予定ですし、営業部門もOEM関連の人員を増強しているところです。今は上り坂の発展状況と言っていいでしょう」

価格面での優越

 Asay氏によると、Linux系ベンダはプロプライエタリ系ソフトウェアベンダに対して価格面で優位に立つケースが多く、特にこうした左前の経済状況ではこれが決定的な要因に成り得るとのことだ。「景気動向が冷え切っているというご時世であるにもかかわらず、弊社はつい先週、3つの入札に成功しました。(そのうち1件で)競争相手の中には提示価格を500万ドルとしたところもありましたが、弊社は50万ドルで入札できたのです。その次の案件は25万ドルにて入札しており、最後のカナダの案件では(プロプライエタリ系ソフトウェアベンダの提示した)トータルコスト100万ドル以上に対して弊社の入札価格は10万ドルに過ぎませんでした」

 Red Hatにてマーケティング戦略の責任者を務めるJoel Berman氏も、深刻な経済状況ではLinuxおよびOSS系こそが魅力的なオプションになるという意見に首肯している。「私どもにとっては正に好機ですね。オープンソースへの移行に目を向け始めた企業は、ようやくのことですが、導入および運用コストの双方で大幅な節約ができることを確信し始めたようです。既存のサーバ群でLinuxを動作させるだけでも、旧式化したサーバを活性化できるのですから」

 もっともCanonicalのCarr氏によると、これらの成功事例は特に驚くようなサクセスストーリでもないようだ。「Linuxはもともと、ITインフラ関連の予算節約を狙ったマーケットに適しているのです。確かにコストがすべてではありませんが、非常に重要な要素であることに変わりはないでしょう」

 こうした動向を重要視しているのはZimbraも同様である。なにしろ電子メールおよびスケジュール管理用ソフトウェアベンダであるZimbraにとっては、競合するプロプライエタリ系製品の代表格としてMicrosoftのExchangeシリーズが存在しているのだ。Yahoo!に買収された昨年度の実績としてZimbraは、商用メールボックスの利用数が1,200万から2,000万以上に成長しており、カスタマ数も1万人台から3万人台に拡大したと、マーケティングと製品開発の責任者を務めるJohn Robb氏は説明している。「朝起きて毎日考えるのは“どうすれば成長できるのか”ということです」と同氏は語る。

 こうしたZimbraの開発者コミュニティも12,000人から18,000人にまで拡大している。ホスト型の電子メールソリューションの提供を開始した同社に関しては、売上高などの数値は公表されていないものの、最近インドの大手企業の1つがLotus NotesからZimbraへの乗り換えを行ったとのことだ。

保険に加入せず自動車を運転するリスク

 ここまでに取り上げた話題はOSS業界にとって元気づけられるニュースばかりであるが、その背後には無視し得ない大きなリスクも潜んでいる。それは“無料”という状況にカスタマが馴染みすぎるという危険性だ。Driver氏は「確かに下向きの経済状況は、オープンソースに対する関心を高める効果があります。とは言うものの、景気後退のペースが緩まらずに年単位で長引く、より本格的な不況となったらどうでしょう。私が懸念しているのは、現状で“ベンダによる継続的なサービスとサポートは不可欠だ”と認識している平均的なIT系企業のことなのですが、仮に彼らがサポート代金を支払えないまでの経営状況に追い込まれ、保険に加入せず自動車を運転するような事態になるとしたら……。あるいはそれがきっかけとなって“有償のサービスやサポートなしでも長期間の操業は可能だ”という意識が形成されるかもしれないのです」と語っている。

 Driver氏はOSSベンダにとって最大の脅威を、「ベンダからのサービス提供なしでソフトウェアを使用する期間が長くなる分だけ、カスタマたちがベンダを不要だと感じるようになることです」とまとめている。

 実のところこれは、すべてではないにしろ、大部分のOSSベンダが既に経験している問題なのである。「過去に関係したすべての企業がそうでしたし、私個人が仕事を共にした大部分の企業にも当てはまる話ですが、カスタマとなる企業は最終的な製品購入に至る前に長きに渡る試用期間を設けるものです」とAsay氏は語る。「たとえばFortune 10に名を連ねる某企業は、弊社の製品をかなりの長期間実務に供していますが、その間に弊社には1セントたりとも支払われていません」

 こうした問題が特に深刻に響いてくるのは小規模なベンダである。Driver氏はこう発言している。「オープンソースというよりは、小規模ベンダが生き残れるかでしょう。問題の本質としては、会社としての規模が小さいという事実の方が、オープンソース形態(という事実)よりも重要なのです」

 これに付け加える形でDriver氏は、「伝統的なオープンソース系ベンダにとっては、ユーザという存在をカスタマという存在に変換させるのが厳しい時代だと言えるでしょう。景気が悪化するとこの種の努力はいっそう困難になりますが、それはユーザ側に“カスタマとなる必要はない”という意識が高まり、今あるもの(製品)を無料で使い続けることになるからです」と語っている。

創造性を発揮する必要性

 不況の長期化が懸念される中でOSSベンダが何をすべきかについて、Asay氏はいくつかの提言を発している。「まずは収益性を考えるべきです。成長性も重要ですが、最優先すべきは収益性でしょう」

 「多くを販売するには、ソフトウェアそのものに商品性がなくてはなりません。それには研究開発に注力する必要があります。魅力ある製品であれば、売り上げはついて来るものです。特に今の状況は、あれこれ言われる中でも売れる商品を提示しなくてはならないのですから」

 次に必要なのは、競争から1歩身を引いた状態に自分を置くことである。「何を有償の販売物にするかと(何を)無料の提供物にするかは、明確に区別する必要があります。機能拡張やアドオン、拡張サポートやSaaS(Software-as-a-Service:サービス型ソフトウェア)のようなオンラインサービス、あるいはホスト型(ソフトウェア)といった候補のうち、オープンソースが主として投資すべきはホスト型です。そして(カスタマには)月極めの支払い契約を結ばせる気にするだけの機能を与えるようにします。それが最終的に勝ち残る方法となるでしょう」とAsay氏は解説している。

 Driver氏の主張は、これまで以上に創造性と開発力が問われる時代になったということである。「小規模なベンダは今から気分を引き締め、コアとなるカスタマを見極める必要がありますが、それと同時に、自由な発想によるイノベーションといった、オープンソースをオープンソースたらしめている要素を最大限に活用すれば、それが新たなビジネスモデルを生み出す触媒として機能するかもしれません。クラウドコンピューティングやサブスクリプションプライシングなどは、テクノロジ的な新規性よりも、カスタマに訴えかける新たな側面を見いだしたことが1つのイノベーションとなっています。(これらは)垂直方向の共同性を発揮するユーザコミュニティを形成し、その中でより多数のオプションを提供しなければなりません。仮に私がオープンソースベンダの1つであれば、製品提供の新たな方式と製品中心のコミュニティ形成法を見つけ出そうと努力するでしょうね」

 こうしたアドバイスは、新たな収益路を開発したRed Hatが実際に用いたものである。Berman氏は、「弊社は最近、グローバルコンサルティングとしての評価サービスを始めたところです。このサービスでは実際の現場へと社員を派遣し、(カスタマの)ハードウェアやソフトウェアなどを調査して、どの部分をオープンソース化できるかを見極めさせていただきます。実際、この種のサービスを求める声は高まりつつありますし、今日では多くの人々が感心を持つ分野になっているのでしょう。おかげで弊社のWebサイトは、信じがたいほどのアクセス数を記録していますよ」と説明している。

 Driver氏は更に、業界内の大手が新たな躍進のチャンスを見いだすのではないかという点を指摘している。「大手ベンダのいくつかは、特売価格で企業買収のできる時期だと考えているのではないでしょうか。資金に恵まれている者にとって、こうした状況は絶好の機会ですよね」

 Carr氏の説明では、Canonical自身がこうした考え方になっているとのことだ。「弊社は、今こそが拡大の好機だと見ています。優れた人材は確保しやすくなるでしょうし、広告コストも引き下げられるでしょう。実際、2011年を納期とする多数の契約を結べたので、それらのサービス提供に必要な従業員だけでも新規に雇わなくてはならないのです」

こんな時期だからこそカスタマを大切に

 最後に、こうした時期であればこそより重要となる、極めて基本的な原則に触れておこう。それはAsay氏の語る「真に大切にすべきは既存のカスタマです」という見解だ。「カスタマは簡単に心変わりするものですが、同時にそれは最悪の事態も意味します。ベンダにとって確実な収益をもたらすのは、カスタマという存在に他なりません。既に手の内にあるものを逃さないようにし、それらを対象とした更なる販売努力を試みるべきです。当分の間、新規カスタマの獲得はより難しくなるでしょう」

 オープンソース系ベンダにとって最も重要なことは、物事には必ず終わりが来ると心得て、状況に流された軽挙妄動を慎みつつ困難な時期を乗り切ることである。Asay氏の言葉を借りれば、「パニックに陥ってはいけません。手堅い事業展開をしてきたベンダであれば、安易に従業員の解雇という非常ボタンに手を伸ばす必要はないことに気づくはずです」ということになるだろう。

Keith Wardは、テクノロジ分野に関するフリーランスのジャーナリストとして活動している。

Linux.com 原文(2008年11月21日)