Ontario LinuxFest 2008

 John Van Ostrand氏率いる理想主義者らは先週末、Linuxユーザーやデベロッパをトロントに集結させるという、莫大な資金がかかるボランティア精神あふれるイベントを今年も開催した。トロント国際空港近くのDays Hotelで開催された1日間のイベントOntario Linux Festには、およそ250名の人々が参加した。27のセッションの中には、Sambaで知られるJeremy Allison氏の基調講演や、任天堂WiimoteのXへの統合から、西アフリカの過疎地域においてコンピュータやインターネットを使用可能とすることを目指すグループGeekcorpsの紹介にいたるまで、あらゆる話題に関する数多くの興味深いセッションがあった。

Wiiというソリューション

 学生であるScott Sullivan氏は、「The Horizon of the Human Interface(ヒューマンインターフェースの今後)」という講演の中で、ユーザーとコンピュータとの相互作用を促す新しいハードウェアについて論じた。キーボードやマウスの機能では限界に達しつつあるとSullivan氏は述べ、任天堂のWiiリモコン(Wiimote)の能力を高く評価した。

 同氏によると、Wiimoteには空間における相対的な動きを認識するために3つの加速度計が搭載されているという。さらに、比較的高性能な赤外線カメラとBluetoothが搭載されて価格は約45ドルであり、さらに完全なリバースエンジニアリングが施されている。「Wiimote向けドライバは多数存在する」と同氏は述べ、手にしたWiimoteのボタンを押して表示されたスライドを次のページへと進めることにより、その中にはX用のものもあることを証明してみせた。

 Sullivan氏は、最新のタッチスクリーン技術にも少し言及し、FTIR(Frustrated Total Internal Reflection)と呼ばれる技術について説明した。現在のタッチスクリーンは同時に1つの入力しか受け付けられないと同氏は述べた。FTIRタッチスクリーンの動作はそれとは異なり、任意の時点において無限の数の入力を受け付けることができる。FTIRには、内側に向けられたLEDが周囲に取り付けられたプレキシガラスが採用されており、その動作は単純なものであるという。画像は裏側から投影される。LEDからの光はプレキシガラスのペイン内部で拡散反射し、何かがそれに触れると、反射がさえぎられてプロジェクタ近くの光センサーからの入力を読み取ることができる。

 同氏はWiimoteに話を戻し、その赤外線カメラの動作方法を示した。カメラを天井に向けると、コンピュータの画面上には、動き回る4つの黒い点が表示された。それぞれ室内の天井照明の位置に対応している。Wiimoteは赤外線イメージを最大4つの点に変換し、X/Y座標値としてコンピュータに返す。これによりWiimoteは、ゲームで必要となる空間における相対位置を得ているのだ。同氏はスクリーン上のいくつかのグラフを用いて加速度計の動作方法を説明し、また、ある質問に対する回答では、WiimoteはGフォースメータとしても利用できると述べた。

 このような機能が既に実現されていることから、Sullivan氏は、同氏が呼ぶところのキーボード1台マウス1台という形態の次に来る新しい形態として、18個のマウスポインタが同時に表示されたXのスクリーンショットと、変な形のxeyeをいくつか示した。

基調講演:「Livin’ la Vida Linux」

 SambaデベロッパであるJeremy Allison氏の基調講演「Livin’ la Vida Linux(素晴らしい軌跡をたどるLinux)」は、カンファレンスに花を添える素晴らしいものであった。Allison氏は、Sambaプロジェクトの開発コーディネータ兼コーポレートリエゾンとして紹介された。Sambaにおける同氏の活動の資金はGoogleが提供している。人々を惹きつける同氏の巧みな講演は、同氏がZDNetに寄稿した最近のコラムと一部共通するものであった。

 レコード、エイトトラック、カセットテープ、そしてCDの写真を見せながら、「home taping will kill music(家庭で録音ができるようになると音楽業界は廃れる)」と言われていたことを覚えているだろうかと同氏は尋ねた。この進化に伴い、われわれは新しいフォーマットが登場するたびに楽曲を購入しなおさなければならなかった、と同氏は指摘した。同氏は最近、所有している全CDを、FLAC(Free and Lossless Audio Codec)でエンコーディングし、320GBのUSBハードドライブに移す作業を終えたという。

 音楽ストレージはロスレスでなければならず、多種多様なメディアプレーヤーを特許の制約を受けることなく、広くサポートする必要がある。同氏は、サブマリン特許の脅威を指摘しつつ、自由にフォーマットを選択できることが重要であると述べた。サブマリン特許とは、一般的に知られていなかった特許に対し、技術が普及した後で所有者がその特許権を行使することにより問題が引き起こされるというものである。

 ソフトウェア特許は、特許の元の意図に反して、実装を支援するのではなく防止するためのものであるとAllison氏は述べた。たとえばHTML 5の実装には、サブマリン特許の危険性を回避するため、ビデオストリーム仕様は含まれないという。

 同氏によると、FLACには特許やデジタル著作権管理(DRM)が存在せず、さまざまなCDを混在させることのできる圧縮フォーマットであるという。しかし安全なのだろうか? コピーは許されているのだろうか? と同氏は疑問を投げかけた。その答えはわからないが、私は米国ではこの話をしない、われわれは安全な国にいるとだけ言っておこう、と同氏は述べたが、カナダが頻繁に実施される選挙でこれほど忙しくなければ議会で既に可決されていたであろうカナダ版DMCAとも呼ばれる法案Bill C-61を指摘する意見による集中砲火を浴びた。

 CDのコピーが合法か否かという話題に対し、弁護士らの回答はあいまいである。「それは場合による…」というのが一般的に得られる法的な回答だと同氏は述べた。この問題にやや関連する唯一の米国最高裁判所の判例は、VHSテープに関する1世代前のものである。同判決ではタイムシフト機能(時間をずらした再生)は合法であるとされた。CDからの楽曲コピーも自分にとってはタイムシフトのようなものだとAllison氏は述べたが、裁判所がそう判断したわけではない。

 そこからAllison氏は、大容量の楽曲を格納する一般的な手段としてNASストレージ機器へと話を移した。MicrosoftがやっとSambaと対立するのをやめて協力する気になったのは、価格50ドルのローエンドのNASストレージ機器のおかげであると同氏は述べた。消費者向けマスストレージであるこれらのNASストレージ機器の多くに、Sambaを内部で使用するLinuxが搭載されているからだ。

 Linuxは永遠に存続すると同氏は述べた。今年はLinuxデスクトップの年だったかなど、そんなことは関係ない。同氏が述べるように、問題はわれわれが忍耐強いかどうかではなく、いつから忍耐強いのかという点なのだ。

 同氏は聴衆に対し、テレビをリブートしたことがある人はいるかと尋ねた。数人が手を挙げた。今や組み込みシステムは、テレビをはじめ、あらゆる製品に利用されているとAllison氏は述べた。なぜそれが重要なのか? 「自由度が重要だからだ」と同氏は主張し、コストも重要であると述べた。その結果、オープンハードウェアが普及することとなった。たとえばAndroidとOpenMokoは、互いの機器用のポートを実装中である。オープンハードウェアという概念には、制約など存在しないと同氏は述べた。そしてライセンス料がかからなければ、コストも低下する。

 しかしライセンスを施行しなければ問題が生じる可能性もある。元の機器のメーカーは、ユーザーに自由を与えるという考え方を理解してくれない。しかしフリーソフトウェアとオープンソースコミュニティが施行したいと考えるのはコンプライアンス(遵守)であって仇討ちではない、と同氏は注意を喚起した。

 ライセンス侵害を見つけても、大声でそれを世界中に知らせる必要はないと同氏は忠告した。その開発者とSoftware Freedom Law Center(SFLC)に報告すればよい。ライセンス侵害はたいてい、悪意ではなくつまらないミスによるものだ。侵害者を罰するのではなく、遵守させるのだと同氏は繰り返した。

 同氏は、ソフトウェア特許を「楽園における毒ヘビ」になぞらえた。欧州連合(EU)がソフトウェア特許を許可するのを防止しなければならない。「容疑者ら」はEU法を変更してこれを許可しようとしている。政治家は悪者ではないが無知である場合が多い、と同氏は述べた。

 同氏は、GPLバージョン3の適用を強く推奨した。バージョン3では、特許のクロスライセンシングを可能とするバージョン2の抜け穴が修正されている。GPLv3は、ソフトウェアがフリーか否かを明らかにし、「すべての人に同等の条件を課す」という。Allison氏は、Linus氏の意には反するもののLinuxカーネルがGPLv3へと移行されることを望むと述べ、SunがGPLv3の下にZFSをリリースしたことがこれを促進する原動力になるかもしれないという見解を示した。

 もう1つの問題はDRMである。DRMは、人々がコンピュータを利用できないようにするためだけのものだと同氏は述べた。同氏はClipperチップを引き合いに出し、Trusted Platform Module(TPM)チップは大きな脅威であると警告した。米国内のすべての電話による通話を暗号化することを目的に1980年代にNSAが発表したClipperチップは、解読鍵をNSAに託すというものであったと同氏は述べた。結局Clipperチップは、人々の自由を守るためではなくアルゴリズムの欠陥によって消滅することとなった。

 Allison氏は、「人々による絶え間ない警戒が自由の代償である」という米国大統領Andrew Jacksonの言葉を引用し、多くの人々はこれを忘れてしまっていると述べた。

 誰がコードを制御するのかが重要であると同氏は警告し、市場に登場したデジタルドアノブをその例として挙げた。それを制御することができなければ、部屋の中に入ることはできない。ユーザーを制御する必要がある。同氏はこれを先ほどの話に結び付けて、LinuxをGPLv3の下に移行する必要があると述べた。

Geekcorps

 Ian Howard氏によるセッションは、この日最も興味深いセッションの1つであった。同氏は、過疎地域に持続可能なコンピューティングをもたらすことを目的とするGeekcorpsとともに、アフリカ西部のマリ共和国を中心に2年間アフリカに滞在した。

 Howard氏によると、マリは世界で3番目に貧しい国であるという。深刻な飢餓や安全性の問題を抱えているが、非常に友好的な文化を持つ国だと同氏は述べた。

 このような土地ではプロプライエタリソフトウェアを導入する資金はない、と同氏は述べた。つまり、フリーソフトウェアやオープンソースソフトウェアが適切ということになる。アフリカには技術がまったくないと思っている人もいるが、実はアフリカは、急速に発展して世界の他の地域に追いつく可能性を秘めている。同氏は、3年の間にコンゴ民主共和国の首都キンシャサを3度訪問した経験を語った。1年目の携帯電話の通話圏は、首都キンシャサの一部のみであった。その1年後にはほとんどの主要な都市中心部に拡大されていたという。3年目には同国の人々が住むほとんどの地域が通話圏になっていた。

 Howard氏は、アフリカのある主要都市から飛行機に乗り、電気も道路もない奥深い地方へと移動しても、小さな村の中で携帯電話で会話している人々に出会う、と語った。携帯電話によって他の地域と通話できるようになれば、人里離れた農村地方の住民らの時間とお金はかなり節約される。片道2日間かけて隣町まで歩いて情報や品物を得る代わりに、今では電話で用件を話すことができるのだ。銅線やファイバーネットワークは一切存在しなかった国々が、先進国に並ぶほどの発展を遂げ、他のインフラは何も存在しない状態で携帯電話の通話圏をかなり広範囲に拡大することができたのである。

 オープンソースソフトウェアには市場を開拓するという役割があるとHoward氏は述べた。マリにおいて同氏とそのチームは、KunnafonixというLinuxディストリビューションを開発した。自分たちが使用していた、カスタマイズされた超低電力のコンピュータにインストールすることを目的としたものである。CDを挿入すると、再インストールとフル再インストールという2つのオプションが表示される。再インストールではOSを再インストールし、フル再インストールでは一度ハードドライブを消去してから、OSを再インストールする。ソフトウェアは、外部者の支援や深い専門知識がなくても、地元の人々が復元できなければならない。以前はコンピュータに問題が生じると、誰かがその町まで行って問題を修復し、帰ってくるまでに数日を要することもあった。3年経ってGeekcorpsが設置したコンピュータは、まだ稼動中である。

 小規模なコミュニティの多くには、コンピュータにアクセス可能で使用に関する知識を持つ人物が1人は既に存在する。その町においてコンピュータを扱うという、他人にはできない役割を担っていた人々は、Geekcorpsがやって来てコンピュータと知識を導入することにより、自分の仕事がなくなることを、快く思わないかもしれない。過疎地域への技術の導入時には、このような人々を疎外することなく、できる限り協力することを心がけた、とHoward氏は述べた。

 コミュニティをインターネットに接続するためにGeekcorpsは、隣接するコミュニティ間でネットワークを中継するための自作のパラボリックアンテナを開発した。自分でそれらを修理することができる地元の人々の支援を得ることができた。

 摂氏40度という気温とほこりの多い環境では、磁気ディスクや可動部品は論外であった。Geekcorpsが使用したコンピュータにはファンもディスクもなく、ほとんどラップトップ部品からなり、直接DC電源で動作するものだった。Howard氏とGeekcorpsは、1台約400ドルで、20~30Wで動作可能なコンピュータを提供した。われわれが普段使用する、400W以上を必要とするコンピュータとは大違いである。これらのコンピュータは、Desert PCと名づけられた。コンピュータの多くは、Geekcorpsが設計し直したトランスミッタとともにラジオ局で使用された。トランスミッタも、コミュニティの電池をすぐに消耗してしまうことがないように、非常に低い電力で動作する。

 現地の言語で提供されなければ情報は意味を持たない。同プロジェクトの一環として同氏らは、活動のほとんどの期間を過ごしたマリの一部の地域で使用される言語であるバンバラ語によるウィキペディアのローカライズ版を開始した。最大の変化と新しい情報をもたらした学生には、西洋の基準からは小額であるものの報酬を与えるというコンテストを実施し、同サイトはすぐに約900ページに拡大した。その後3年間ではそこから約100ページ増えただけだったとHoward氏は述べた。

 Howard氏は当初、マリに4か月間だけ滞在する予定だったが、結局プロジェクトの資金が尽きるまで2年間滞在したという。同氏はこの地域の最大の問題は、お金よりも情報の欠如であると述べた。同氏とGeekcorpsが導入した技術により、人々に力を与え、変化をもたらしたいと同氏は述べた。成功を収めるには、地域の関心をできるだけ集めて同プロジェクトが自力で存続できるようにしなければならない。それだけの関心を集められたかどうかはわからないと同氏は述べた。

 Howard氏は、アフリカの問題はお金ではない、知識だと述べて、発表を締めくくった。支援したいと思う人がいれば、Digital Opportunity Trustなどの団体を検討してほしいと同氏は提案した。

まとめ

 今年は2回目のOntario LinuxFest開催となった。2回目の今年は開催場所もよく、参加者も多く、また、興味深い話題を取り上げた優れた講演者らのおかげで、第1回翻訳記事)よりもさらに素晴らしいものとなった。カンファレンスにおける最大の問題は、印刷されたプログラムにはセッションと発表者が対応付けられていないことであったため、そこでは何かに遭遇するチャンスがあったといえる。Ontario LinuxFest 2009に参加することを今から楽しみにしている。

Linux.com 原文(2008年10月28日)