イスラエルのGPL関連訴訟に提出された抗弁書

 イスラエル法廷におけるGNU一般公衆利用許諾書(GPL)の意義を問おうとするJin対IChessUの訴訟事件は、被告のIChessUが詳細な抗弁書を提出したことで、略式裁判手続きから通常の裁判へと移行し、これにより審理は長期化し、考えられる裁決に一切の制限がなくなる。だが、FOSSコミュニティにとってもっと重要な点は、今や訴訟の行方がGPLの解釈、またはイスラエル著作権法の下でのGPLの有効性のいずれかにかかっているように思われることだ。

 以前報じた日本語記事)ように、最初に本訴訟の原告Alexander Maryanovsky氏がAlexander Rabinovitch氏とIChessUを提訴したのは、2006年のことである。Maryanovsky氏の主張は、被告が同氏との協議後に対価を支払うことなく彼の著作物を使用したことが詐欺的交渉にあたり、いくつかの点で被告がGPLに違反している、というものである。また、「許諾されていない方法でJinを実行して撮られた」という理由からIChessUサイト上のJinのスクリーンショットが同氏の著作権侵害にあたる、とも述べている。当初から彼は、被告側によるJinプログラム配布の恒久的差し止め命令と110,000シェケル(25,000米ドル)の賠償を求めており、賠償額のうち80,000シェケル(18,000米ドル)がスクリーンショットの著作権侵害に対するものだとしている。

 もともとMaryanovsky氏は、略式裁判手続きに従って本訴訟を起こしていた。彼の弁護士Jonathan J. Klinger氏によると、この手続きは「抗弁または事実関係の議論がほとんどなく、訴訟の内容が明解で既に決着が付いている ― つまり、損害賠償額が法で定められていてその支払い額に議論の余地がない」訴訟に適用されるものだという。

 しかし、被告側がMaryanovsky氏の申し立てのほぼすべてを否認したため、現在、訴訟は通常の形で扱われており、数週間前には被告側から抗弁書が提出された。ヘブライ語で書かれたこの抗弁の内容は、Maryanovsky氏によって同氏の本訴訟に関するWebページで公開されていたが、現在は「IChessU側弁護士の要請により削除」と記されている。幸い、我々は削除前にその記載内容をダウンロードすることができた。

抗弁書における予備的主張

 この抗弁書に先立ち、Rabinovitch氏は、原告Maryanovsky氏による本訴訟に関するWebページで公開された書面と、この訴訟を扱った最初のLinux.com記事の双方で抗弁の内容を明らかにしていた。今回の抗弁書には、こうしたRabinovitch氏の非公式な意見との類似点が広い範囲にわたって見られる。ただし、以前Rabinovitch氏が直接言及していたいくつかの主張が削除されているほか、一部追加も見られ、この追加部分には訴訟申し立ての本文に対する答弁が含まれている。

 訴訟の詳細に入る前に、抗弁書はまず、本訴訟について次のように記している。「法的または事実に基づく根拠を欠いており、単なる宣伝行為として不誠実に提起されたものである。そうした理由から、原告はイスラエルと国外の双方のインターネットサイトで本訴訟を広く公表している」。さらに抗弁書は、「適切な法的手続き」に従った訴訟になっていない、と続けているが、これは略式手続きとして解決を試みたことを指しているのだろう。被告側は、本訴訟を「軽率」であると表現し、「自分たちの名誉と信用を著しく傷つけた」として逆提訴の可能性もほのめかしている。冒頭部で(原告に対して)ここまで言っておきながら、抗弁書のこれ以降の部分では、原告による訴訟申立書のある項目に「粗野で不適切な論調」があったと苦言を呈し、「法廷はその不快感にも言及する必要がある」とも記している。

 先決的抗弁の最後には、被告からRabinovitch氏の名を除こうとする記述もある。Rabinovitch氏は「プログラマではなく」、「訴訟の申し立て内容には何の関わりもない」という理由で、彼をIChessUの「一指導者に過ぎない」とする主張だ。まるで、使用許諾契約違反にあたるのはプログラマだけだと述べているように聞こえる。

抗弁の内容とGPL

 抗弁の大部分では、主張の内容が暗にまたは明示的にGPLに関係しており、その多くはGPLと真っ向から対立しているように思える。そうした抗弁に含まれる点を以下に示す。

  • 「プログラムの実行」はライセンス表示を決して要求していない:しかし、GPLの第2項cには次のように記されている。「改変されたプログラムが通常はコマンドの対話的な読み込みを実行時に行う場合は、そのような対話的使用の最も一般的な形で当該プログラムの実行が開始されるときに、適切な著作権表示を含む告示の出力または表示がなされなければならない」
  • IChessUの顧客はJinソフトウェアを合法的に使用しているが、その根拠は「ライセンスに明記されているとおり、同ソフトウェアの使用は一切のライセンスを必要としない」ことにある:事実、GPLの第0項に照らせば、このプログラムの実行は「複製や配布、改変以外の活動」にあたるが、本訴訟の争点はまさしく複製、配布、改変の部分にある。GPLの第5項には、GPLでライセンスされたソフトウェアの複製、改変または配布は「このライセンスを受け入れない限り法によって禁じられる」と明記されている。
  • IChessUのソフトウェアは、Jinソフトウェアと別途IChessUが開発したライブラリで構成されている。これら2つのソフトウェアは、相互間での通信を直接行わない2つの分離されたプログラムであり、したがって別々のライセンスを持つことができる:しかし、IChessUサイトからのダウンロードファイルは、双方のソフトウェアを含んでおり、Jinはその影響下にないとしながらもJinの使用について言及したエンドユーザ使用許諾契約(EULA)に同意することをユーザに要求している。このEULAは、その免責を排除する権利を留保しているだけでなく、同EULAのハードコピー版が何よりも最優先されるとするその条文は、故意または偶然による免責の排除によってJinがこの全面的なEULAの下に置かれることも意味している。場合によっては、GPL第2項の定義の下で、IChessUのライブラリを「依存性のない分離されたものとみなせないこともない」だろう。しかし、ここで重要なのは、免除されないことが明らかなEULAの効力がJinにも及ぶ可能性があると思われる点である。
  • IChessUによって複製されたマニュアルは「ライセンス保護の対象とならない手法および手順の記述」である:マニュアルを提供しているほとんどの企業は、この主張内容を見てきっと驚くことだろう。いずれにせよ、Jinと共に配布されている以上、GPL第2項にも記載されているとおり、GPLと矛盾のないライセンスの下で別途ライセンスされていない限り、JinのマニュアルもまたGPLの対象となるはずである。
  • Maryanovsky氏はJinの著作権を所有し得ない:抗弁書にはその理由が記されていないが、恐らく、Jinの開発にほかのソースコードが使用されたことが本訴訟で認められているためであろう。
  • GPLは、IChessUサイト上でのスクリーンショットの掲載を妨げるものではない:これは、この抗弁書において正しくGPLを解釈していると思われる唯一の箇所である。こうしたスクリーンショットは公正使用に該当しそうである。ただし、プログラムの不正実行中に撮られたかどうかはまた別の問題だが、その立証は困難になる可能性がある。

 抗弁書は、原告の訴訟の完全な却下を要請する形で締めくくられている。本訴訟がGPLの参照によって解決されるとすれば、この抗弁のうち1、2点は認められるかもしれないが、その他の数々のGPL違反から有罪となる可能性が高い。特に、この抗弁は配布に関わるGPLの条項を繰り返し無視しているように思われ、GPLでライセンスされたソフトウェアをパブリックドメインのものとして扱っているようにも見える。これら2点の誤解によって、訴訟内容が著しく軽視されているように見受けられる。

未知なる結末

 しかし、この訴訟がGPLに照らして裁決されるかどうかは定かでない。本訴訟の抗弁書による主張内容の分析は、それがどのような形であれ、いくつかの理由から困難である。1つは、IChessUサイトに著作権の表示がないといったMaryanovsky氏の当初の申し立ての一部については、すでに何らかの措置が取られていることだ。

 さらにもう1つ厄介な点は、訴訟が続くと ― 意図的なものか自然の成り行きなのかの言及は難しいが ― 多くの細かい変化が生じることである。例えば、Rabinovitch氏を被告とするか否かは正確な彼の立場に依存するが、訴訟が始まって以来カナダにいるRabinovitch氏の立場を現在のIChessUサイトは「Dean of a Faculty(学部長)」としか記していない。しかし、数カ月前は、彼の電子メールに「CEO of International Chess University(IChessUの最高経営責任者)」と署名されていた。また、抗弁書そのものは、Rabinovitch氏がIChessUで使用しているドメイン名の所有者であることを認めている。GPL違反があったとされる時点において同氏が私有企業であるIChessUで厳密にどのような立場にあったかは、彼の名が被告として残るかどうかを決める重要な要因になりそうだが、この件は今のところ決着がついていないようだ。

 もっと重要なのは、抗弁を通してのGPLの理解度が非常に低いとはいえ、この抗弁書の本当のねらいがイスラエルの法律の下ではGPLを適用できないと宣言させることではないかと思われる点である。抗弁書は、原告の訴訟申し立てが「派生した著作物」の概念に依存していること、これがイスラエルの法律では認められていない米国の法律に由来した概念であることを主張している。この主張は、英米と欧州イスラエルとの著作権法域の違いに基づいており、訴訟の根幹となりそうな大きな争点である。また、抗弁書の主張に対し、ヨーロッパ伝統の著作者人格権によって派生著作物に対する作者の支配管理権が間違いなく強くなる可能性もあるが、どのような結果になるかは誰にもわからない。

 本訴訟では原告側も被告側も比較的少人数であるため、調停が考えられないこともない。ただし、そうならなかった場合は、本訴訟によって非常に多くの法律上の議論が生じ、解決までに何カ月もかかりそうだ。その間、フリーソフトウェアコミュニティは、非常に多くのプロジェクトが頼っているGPLがイスラエル法廷における試練を乗り越えられるかどうかを見極めるためにずっと待ち続けなければならない。

ヘブライ語で書かれた抗弁書の翻訳にご協力いただいたAlon Zakai氏に感謝する。

Bruce Byfieldは、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。

NewsForge.com 原文