Brad Neuberg氏とGoogle Gearsが描くWebの未来

 「思いも寄らないようなことをブラウザにさせたい」というのがBrad Neuberg氏の口ぐせだ。Google Gearsの開発推進役として、Neuberg氏は広い視野でこの好奇心を追求している。そこには意欲的な開発者の枠を超えた思いがあり、何度もカンファレンスで講演をしている者としての一面も伺える。Gearsは単にインターネットのコンテンツをオフラインで扱う手段(これまでのGoogle ReaderやGoogle Calendarのようなアプリケーションにおける主要機能)ではなく、Webの自由を守るのに役立つ普遍的なブラウザの更新メカニズムとしても期待できる、というのが彼のメッセージである。

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Brad Neuberg氏

 Neuberg氏は多くの点から、GoogleのGearsチームがオフライン作業に注目するのはごく自然なこと、と考えている。まず、かつてオフラインで使えるWebベースの協調型ワープロを実現したいと考えていたNeuberg氏は、有名なJavaScriptおよびAjaxライブラリであるDojo Toolkitの主要コンポーネントの2つ、Dojo OfflineとDojo Storageの作者でもある。また、自ら手がけるKiwiという名のWikiのオフライン化に取り組んできたほか、営利企業RojoによるWebベースのフィードリーダにも携わった。「私が考えてきたのは大体、新しいタイプのブラウザやWebを生み出す方法、つまり、それまでの常識にとらわれずにブラウザやWebを活用することだった」

しかし、こうしたふさわしい経験を持ちながらも、Neuberg氏はGoogleに加わるのをためらっていたことを認めている。同社の支援を受けることがGearsの普及と長期的目標の達成にとってプラスになるかどうかに不安を感じていたのだ。「正直に言うと、この問題のせいでGoogleに入ったときの気持ちは複雑だった。オープンソース支持者でAjax使いである私が本当に活躍できる場所がGoogleにあるのか、しっかりと確かめたいと思った」。はじめは「Google」の名を冠したプロジェクト名にさえ戸惑いを覚えたという。

 しかし、半年間Googleで仕事をしてきたNeuberg氏は、自分の選択が正しかったことを確信しているようだ。「これまではとてもうまくいっている。私がやっているのは、開発者とWebのためを思って意見を述べること。開発者にとって大事なことを社内の人々を伝えるのにかなりの時間を割いている」

 Neuberg氏がGoogleで過ごす時間の多くは、特定のオープン規格の採用を主張したり、小さな会社のGearsへの参画を提案したりするのに使われているという。「イノベーションは小さな組織や草の根の活動から生まれるものだ、と自分は信じている。重要な鍵を握る人物であれば、社外の人材を参加させることもある。そういう場合は、そのままオフィスまで引っ張ってくる」。また、Gearsコミュニティや関連プロジェクトからの批判を社内に伝え、Googleが不満の声に耳を傾けて対処してくれるのを確かめることもある。

 Googleの外に出ると、それがWeb上であれカンファレンスの場であれ、Neuberg氏は多くの時間をWebに注力するフリーソフトウェア・プロジェクトとのやりとりに当てている。「GearsとYUI(Yahoo User Interface)の統合をもっと密にしたい」とNeuberg氏は言う。また、Mozillaのオフライン機能を開発している人々とも個人的なつきあいがある彼はこう語っている。「Mozillaとは積極的に情報を交換していきたい。Webを新たなものにして機能を強化し、もっと多くのものを扱えるようにするという目標は、彼らと同じだと思うからだ」

Webに更新手段が必要な理由

 Neuberg氏(そして多くの開発者)にとって、Webの機能を拡大するという考えは非常に興味深いものだ。だがGoogle社内でも社外でも彼は、テクノロジのある特定の部分だけが危機に瀕しているのではない、と主張している。実際、Neuberg氏は、Gearsや一部の競合プロジェクトの担う役割が彼の思い描くとおりのものであるかどうかに特別な関心を寄せているようには見えない。重要なのは、Webの諸問題に対するソリューションの探索がWebの継続的な進化のみならず、Webの自由の維持にとっても欠かせないことだ、と彼は語る。

 「ここ2年間、将来性のあるアプリケーションプラットフォームとしてのWebのブーム再来を目にしてきた。HTMLはAjaxとしてよみがえり、すでに我々はその威力を目の当たりにしている。Webに対する期待がふくらみ、問題が深くなるとともに、Webに携わる人が増えている。そのため、Webの問題をすべて解決する必要がある。昨年Adobe AIRSilverlightなど選択の余地が拡がったことで、Open Webの考え方をどのように持ち込むかという議論が生まれつつある。もっと深いレベルにおいてもそうだ。何が次のステップとなるのか、そこからどこへ向かうのか。それはまるで、走っている列車に乗りながらその改良や修理をしようとするような状況だ」

 Neuberg氏とGearsチームによれば、現状ではWebの進化が遅すぎてこうした期待や要望の高まりに応えられないことが問題だという。

 「今、何か新しいものをWebのインフラストラクチャに取り入れようとすると5年ないし10年かかる。Webはマルチメディアでさえ十分に扱えない。この2008年になっても、ブラウザはオーディオ・ビジュアルの機能をきちんとサポートしていない。それはプラグインなしの状態で、という意味だが。そうしたコンテンツはブラウザ本体だけで扱えるべきなのに、そうするだけでもかなりの時間がかかる。それを試みたのがSVG(Scalable Vector Graphics)だったが、SVGが登場したのはもうずっと前、確か1998年ではなかっただろうか。我々が必要としているのは、より優れた更新ツールだ」

 Neuberg氏は、Webの現状を合衆国憲法の歴史になぞらえている。合衆国が存続している大きな理由は合衆国憲法の第5条で修正の手続きがきちんと定められていることにある、との考えを示したうえで彼は言う。「Webは今後も利用され続けるだろう。だったら、更新メカニズムを確実に与えておこうではないか」

 容易な事態ではないことは、そうした変化を与えられる時間はあと少ししかない、というNeuberg氏の言葉に現われている。「流動的な状態が続いて事態を変えることができる期間はほんのわずかだ。ラジオの場合は1920年代、テレビでは1950年代がそうだった。それ以降は状況が固定化され、その結果を受け入れざるを得なくなる。今のところ、インターネットにはまだ柔軟性があり、我々の成果を加えられる余地がある」。しかし、更新の仕組みがなければ「過剰な修正が行われ、すべてを破棄しないとどうにもならないといった状況になりかねない。また、プロプライエタリなものに置き換えられるおそれもある」

 「GearsがそうしたWebの更新メカニズムになるとは限らない」とNeuberg氏は話す。また、どんな更新手段を追加しても、その他の新機能をWebのインフラストラクチャに追加するのと同じくらいの時間がかかるおそれがある。それでも彼は、Gearsやそれに類するものがWebのオープン性を守る最も容易な手段になり得ると信じている。「それがブラウザやプラットフォームに関係なく機能するものになれば、多数のバリエーションを追加するよりもずっと簡単に済む」。また、そうした機能の利用を促すための一般に認められた仕組みが存在するだけでも、それらの追加はずっと容易になるだろう。

 こうしたアイデア全体は緻密に計算された賭けであり、ほとんどの人がめったに考えることのない問題を解決する試みでもある。だが彼の主張は、その目新しさにもかかわらず、聞く者にすんなりと受け入れられる。

 「現役の開発者たちはとても感動してくれる。『この袋小路を抜け出して本当に面白いことに取り組みましょう』といった反応が返ってくる。我々はだれしもWebに依存している。うまくWebをまとめる方法を見つけないと、みんなが辛い思いをすることになるだろう」

Bruce Byfieldは、Linux.comに定期的に寄稿しているコンピュータ分野のジャーナリスト。

Linux.com 原文