国際会議開催を支援するFLOSS

世界各地の専門家が一ヶ所に集まる国際会議は,研究や開発にとって重要なイベントである.筆者は先頃,二十数ヶ国から400人弱の参加者が集まった国際会議の準備から後処理までのプロセスに携わった.この国際会議開催を通じて導入したフリーソフトウェアについて紹介する.

国際会議開催

国際会議の運営プロセスは,誘致活動からはじまって成果を公表するまで一年以上の期間をかけた大がかりなプロジェクトである.世界各地の専門家が一ヶ所に集まることの効果は大きく,多くの学会が国際会議の開催を支援している(たとえば情報処理学会の国際会議 開催の手引などを参照).

多岐にわたる国際学会の準備作業も,旅行代理店やコンベンション企画会社に外注してしまえば,会場の仮押さえから会場での進行まで,多くの作業を任せることができる.また各地のコンベンションビューローからのサポートも受けることもできる.それでも発表内容の質を高めるような作業については専門家自らが携わらなければならない.これは多くの場合,手弁当のボランティア活動であり,予算も特に出ない場合が多い.そこで活躍するのがフリーソフトウェアである.

問題追跡システムで集団記憶喪失を回避

ウェブサイトやメーリングリストを立ち上げた後,我々現場スタッフは必要に応じてシステムを導入していった.最初にシステム導入の必要性が生じたのは,問い合わせ窓口である.開催予告の段階では未確定事項が多かったため,募集がはじまると各地から問い合わせが寄せられた.そこで担当者によって違う回答や約束をすると混乱の原因になるので,回答のデータベース化が必要となる.さらに,採択通知や追加募集が当初のアナウンスから予告無しに遅れたために,大量の問い合わせを処理する必要が生じた.

そこで,問題追跡システムとしてDebConfでも利用実績のあるRT(Request Tracker)を導入した.たとえば問い合わせに対して「いつまでに回答する」という返信メールを送る際にRTにCc:を送るだけでチケットの登録を行える.そして,それぞれのメールの文面を含んだチケットに対してウェブ画面から進捗状況,担当者,関係者,優先順位,チケットごとの依存関係といった属性を追加できる.(問題追跡システムを導入する利点については『Ship It! ソフトウェアプロジェクト成功のための達人式ガイドブック』第2章や『エンジニアのための時間管理術』第2,10章でも述べられているので,関心のある方はそれらも参考にされたい.)

RTインストールに関するドキュメントはWikiで公開されている.たとえば Debian GNU/Linux 環境の場合は,apt-get request-tracker3.6 で簡単にインストールでき,あとはサイトの設定とメール自動処理の設定をするだけですぐに使いはじめることができた.(ただしバージョン3.6.5までの日本語化は不十分なので,日本語で使いたい人はRT 3.6.6rc1 以降の日本語翻訳ファイル(ja.po)を使うとよい.3.6-RELEASEの最新版のソースツリーから入手できる.)

RTを導入して以来,担当者を常時一人決めておくだけで問い合わせを処理することができた.さらに日々の対応だけでなく会合での報告もRTを使って説明するようになった.説明の際には,RTのチケット情報をカレンダー上に表示する機能拡張が役に立った.これはCPANから機能拡張モジュールRTx::Calendarを追加し,ドキュメントを参考にしてRTを修正することで実現できた.(ちなみにRT作者の Jesse Vincent はPerl 6のプロジェクトマネージャーで,現在はJiftyフレームワークを使ったRTの弟分とも言うべきTODO管理ソフト,Hiveminderも開発している. WEB+DB PRESSインタビューも参照.)

カンファレンス管理システム

オンラインで投稿を受けつけ,査読結果をもとに採択不採択の意志決定を支援するシステムは,カンファレンス管理システムと呼ばれている.我々は顧問からの薦めもあってOpenConfを導入したが,その機能には不満が残った.まず投稿や査読のための誘導が初心者にとって十分ではなく,インスタントメッセンジャーを使って利用者を補佐する局面が生じた.

現行の多くの商用サービスと比較すると,その機能不足は明らかになる.たとえばMicrosoft Conference Management Toolkit,あるいは国内旅行代理店によるサービス(日本工学会ニュース(2003.4)参照),Expectnationといった商用サービスでは,投稿管理だけではなくプログラム編成支援や出版支援,さらには参加申込受付の機能もそなえている.

それに比べて,OpenConfは投稿受付〜査読〜採択決定までのプロセスしか扱っておらず,カンファレンス全体のプロセスを支援するものではなかった.たとえば査読中に発生した「投稿を査読ありのセッションから査読なしのセッションに移す」という機能がない.その後のプログラム編成作業(座長依頼,発表者変更など)や出版作業(論文誌の目次作成, 論文集CD-ROMの作成)においても,手作業でデータを移してチェックする必要があった.また,採点アルゴリズムについても査読者の自己申告をそのまま使っているために,査読者について評価をする機能が十分ではなかった.今回は受付開始まで時間がなかったのでOpenConf以外の選択肢を評価する余裕がなかったが,今後は開発を継続しているフリーソフトウェアのカンファレンス管理システムを導入したいと考えている.

SourceForge.netSavannahで検索するとすると複数のプロジェクトがヒットするが,国際会議で繰り返し使われながら改良を続けているものは数少ない.筆者の目のついた範囲では,ブリティッシュコロンビア大学/サイモンフレーザー大学を中心としたPublic Knowledge ProjectのOpen Conference Systems,IAPR/クイーンズランド大学のIAPR Commenceが継続的な開発を行っており,これらのプロジェクトの今後に注目していきたい.

Wikiを使ったまとめサイト

組織委員会に国際大会を開催した経験者がいなかったため,情報の収集と共有のためにWikiを使ったまとめサイトを立ち上げた.さまざまな種類のWikiツールが公開されているが,今回はスタッフの利用実績のあるものを用いた.すでに教育機関でMoodleを立ち上げていたサイトにWikiページを新規作成することで,メンバー限定のWikiサイトを作った。Moodleは教師向けのシステムだが,こうした突発的な事例にも耐える多くの機能を備えている.(過去記事「IT関連で読むに値する5冊の推薦図書」も参照).大会が終わると委員は燃えつき状態になるため,「次回大会への申し送り事項」のような項目は終了後にまとめるのではなく,準備段階から書きとめておくとよい.(本原稿もまた Wiki でのメモを参考にしている.)

おわりに

国際会議前後の数ヵ月はいろいろなトラブルが発生する.前任者が引き継ぎなしに異動する,開催地で伝染病(はしか)が流行する,入国ビザの申請が直前になる,委員長のメールボックスがあふれる…,こういった予期せぬトラブルに対して対応するためには,開催者の熱意もさることながら安定したインフラも必要になる.利用実績のあるフリーソフトウェアを使うことで開催スタッフの負担が少しでも軽減され,会議の質の向上をはかることができれば幸いである.

付記: 議論の活性化

開発者のイベントでIRCチャンネルを立てることはよく行われているが,近年の国際学会でも発表と同時にチャットを提供することによって議論を活性化させるという試みが行われている.国内でも以前からWISSでチャットによる議論の活性化がこころみられてきたし,最近では Second Life の仮想世界で中継を行う国際会議も散見される.またGoogleドキュメントも同様に発表とチャットを同時に提供するツールだと言えるだろう.今回は会場を他のイベントと共有していたためにネットワーク環境を作りこむことはできなかったが,それでも,参加者が Nintendo DS を持参してピクトチャットを行いながら進行するシンポジウムなど,工夫をこらしたセッションもあった.国際会議でそうした試みを見たことで,将来のカンファレンスでは,開催を支援するだけでなく議論を活性化するようなツールが必要とされていることを強く感じた.