AdobeのFlash開発者はサウジアラビアから学ぶ必要がある
私がそう考える理由は、ソフトウェアのイデオロギー的なことからだけではなく、ビジネス上の理由からでもある。Adobeの経営陣が石油業界とOPECの歴史について非常に大雑把にでも把握していたなら、Flash製品群が、今後2、3年の内に間違いなく同社の顔を汚すことになる、腐ったキュウリになることもなかっただろう。
それではまず、Flashがなぜこれほどまでに人気があるのかということから考えていこう。
- 嬉しい即応性――Flashビデオは、ユーザがダウンロードを開始してから数秒以内に再生を始める。つまりFlashファイルは実際にはストリーミングでない時でさえもストリーミングを行なっているように見える。
- 特殊なサーバが必要でない――.swfファイルも.flvファイルも単純なバイナリファイルで、広く普及しているウェブサーバソフトウェアのほぼすべてで配布可能となっている。
- ビデオの品質(鮮明さ)とファイルの大きさとのバランスが優れている――インターネット経由でのビデオ配布には、より高品質の手法も存在する。また、ファイルサイズをより小さくする圧縮手法(コーデック)も存在する。しかし現在のところFlashは、品質とファイルの大きさという2つの重要なパラメータ間の妥協点として最も優れた存在となっている。
- ネットワーク効果――ネット上で使用可能な他のビデオ形式で配布されているビデオを見る場合と比較すると、Flashの場合の方が、新たにビューアプログラムをダウンロードする必要なくFlashビデオを見ることのできるコンピュータユーザの数がより多い。つまり言い換えると、Flashの人気が高い主な理由は、Flashはすでに人気があるからということだ。
Flash 8とFlash 9は、それ以前のバージョンのFlashよりも優れている。Flash 8/Flash 9の仕様でエンコードされたビデオは、それ以前のバージョンのFlashの仕様でエンコードされたビデオよりも目に見えて鮮明である上、より少ない転送量で配布することができる。その理由は、バージョン8においてFlashがH.263ビデオ圧縮コーデックの使用を止め、On2 Technologies社が開発したVP6コーデックの使用を開始したためだ。
Flash開発者のTinic Uro氏による2005年8月のブログ記事(このブログ記事は後に多くの人に読まれることになった)には、H.264コーデックを選ばずにVP6の方を選んだ理由が述べられている。なお、H.264はVP6の有力な対抗馬であり、多くの人が少なくともVP6と同程度には優れているとみなしていた。
H.264は特許で保護されているものの、ライセンスは(言わば)「非常に曖昧」なものであるため、多くのオープンソースソフトウェアプロジェクトでサポートされている。またH.264仕様には「x264」というGPLライセンスの下で公開されている実装もある。x264は、ソフトウェア特許が認められる国における合法性については定かではないものの、これといった法的な反撃は(これまでのところは)なく、広く使用されている。
一方VP6のエンコードについては現在のところ、プロプライエタリソフトウェアをOn2から直接購入するか、あるいはOn2のライセンシー企業から購入する以外には、広く普及した方法で多少なりとも合法であるような方法は存在しない。
VP6を使用したデスクトップ用Flashエンコード製品としてメジャーなものとしては、On2社製のものとして39ドルで低機能版のFlix Standard(Windows/Mac版のみ)と249ドルでやや高機能なFlix Pro(Windows/Mac版のみ)、またAdobe社製のものとして699ドルのFlash Pro 8など、さまざまな価格帯のものが用意されている。実際にはさらに高価なデスクトップ用Flashエンコード製品もある(Linux版はない)が、(ベンダによると)一般的に価格の差は編集機能に差があるためだという。例えば、Flix ProはFlashの変換性能/品質という点に関しては他の製品とまったく同じだ。そのため主要なビデオファイル形式から高品質・高圧縮のFlashビデオに変換することだけが目的であれば、高価格な製品を購入する必要はない(なおOgg Theoraは、On2自身のVP3コーデックをベースとして使用しているにも関わらず、残念ながらサポートされていない)。
次に、デスクトップ上でFlashをエンコードすることは忘れて、サーバ上でエンコードすることを考えてみよう。YouTubeやVeohやBlip.tvといったビデオホスティングサービスへ投稿した際、自分のビデオがどうやってFlashへと魔法のように変換されるのかについて、ほとんどの人はあまり気にかけていないと思うが、ビデオホスティングサービス企業はエンコードをサーバ上で行なっていて、ビデオホスティングサービスが始まった当初は、ほぼすべての企業がffmpegを使ってエンコードを行なっていた。ffmpegは、LinuxとApacheという基本的な組み合わせのサーバ上で問題なく動き、H.263コーデックを使用してなかなか良いFlashビデオを生成していた。
しかしffmpegでFlash 8やFlash 9用に変換するのは到底無理な話だ。On2のセールスに電話とメールで確認したところ、有料でも無料でも、ffmpegで使用できるようなOn2のVP6コーデックのライセンスはないとのことだった。したがってvideotranscoding.comのトップページにある「ffmpeg以外のビデオファイル変換ソフトウェア」のリストに示されている通り、「Flashエンコーディング用のSDKとOn2 Flix Engineは……サーバ側でFlash 8を作成するためのほぼ唯一のソリューション」となっている。
さてここで、私がVP6ベースのFlashの現状を石油業界に例えている理由を説明しよう。それはつまり、On2のFlix EngineとSDKの価格が、小規模なビデオ起業家には高すぎるということなのだ。
以下は、価格について問い合わせた際に返ってきたOn2のセールスからのメールからキーとなる部分を抜粋したものだ。
Flix Engineのライセンス料金は、サーバ1台につき1年で3,750ドルです。このライセンス料金には、1.5時間分のメール/電話でのテクニカルサポートに加え、ソフトウェアアップデートとメンテナンスリリースのすべてが含まれています。追加のサポートは、1時間200ドルで利用可能です。
この料金はYouTubeやそのライバルで、経済的に成功していてベンチャーキャピタルの後援を得ているような企業にとっては問題のない価格かもしれないが、小規模でガレージを仕事場としていて自腹で経営しているようなビデオサービスの新興企業には大きな障壁だ。
さらに、上記の価格では済まないユーザもいるかもしれない。前述したものと同じメールの別の部分に、別の使用環境でのライセンス体系が詳しく記されていたのだが、こちらの場合、さらに負担が大きくなる。
初期ライセンス料金12,500ドル
――5000エンコード/アップロードが含まれます。
――3時間のサポートが含まれます。
――1年間のソフトウェアアップデート/メンテナンスリリースが含まれます。
2年目以降のサポート/アップデート契約は、1年間2,000ドルの価格で2年目の始めに更新することができます。
初期ライセンスに含まれる5000エンコードを越えた場合には、追加エンコードのためのライセンスを以下の基準に基づいてご購入いただくことになります:
エンコード数: ライセンス料金
5,000: 1,800ドル
25,000: 7,600ドル
50,000: 11,200ドル
250,000: 37,500ドル
1,000,000: 125,000ドル
10,000,000: 937,500ドル
1エンコード単位は2分以下です。2分間を越えるエンコードについては、エンコード合計時間を2で割った数を切り上げて、当該ビデオが何エンコード単位に当たるかを計算して下さい。例えば7分間のエンコードファイルは、4エンコード単位となります。
ライセンスの仕組みは、あなたのサイトにアップロードされたビデオのエンコード単位数がPublisher経由で記録され、その記録が90日間ごとに私どもに報告されるというようになっています。ライセンスされた数を越えたエンコード単位が報告された場合には、直ちに追加分のライセンスを購入する必要があります。
目を疑ってしまった。1つ2分以下のビデオエンコードが5,000個で12,500ドルだって? 低予算のインディーズ映画製作のための小規模なビデオホスティングサービスの運営を考えている人や、コミュニティについてのビデオ記事を作成する人(すなわち、最近よく耳にする市民ジャーナリズムの人たち)にとっては、とんでもなく法外な値段だ(1サーバあたり3,750ドルよりもずっとひどい)。
サウジアラビアの石油担当相やその他の優秀なブレーンなど、産油国側で石油価格に影響力を持つ人たちが今までに幾度となく警告してきたことに、石油の価格設定が高すぎると米国などの石油消費国が抜本的な省エネ政策を開始し他のエネルギー源に向かってしまうだろうということがある。この論法では、(少なくともまずまずの低価格で手に入るように)価格を十分に低く抑えておけば、石油と競合しようという政策的/起業的な意思を持つ人は出てこないはずだが、手の届く範囲を越えた石油価格を設定してしまうと、消費者は石油の消費が少なくて済む方法を考えるようになり、その結果長期的には石油産業や産油諸国はダメージを受けるということになる。
この考え方には非常に真実味がある。米国でガソリンがガロンあたり3ドルの大台に乗ると、ハイブリッドカーやその他の燃費の良い車種がものすごい勢いで売れる一方、ガソリンを食うSUVは販売店のガレージに売れ残る。1ガロン2.50ドルであれば、ガソリンを食う車も少なくともその一部は(特にかなり値下げすれば)売れる。さらに1ガロン2ドル以下になれば、V型8気筒エンジンがまた流行し始めるだろう。
現在のところOn2の価格設定のために、サーバベースの高品質なFlashビデオエンコードは、ソフトウェアにとって1ガロン3ドルと同じ高騰状態となっている。これはつまり、小規模な起業家にとってビデオホスティング事業への参入がより困難になっているということや、多くのビデオホスティングサービスやそのビジネスに参入したい人々が、Flashの代替物を血眼になって捜し回っているということを意味する。
ところがAdobeやOn2にとっては幸運なことに、Flash代替物の一つとして特に将来性がありそうな「Javaを使用してビデオを配布する」ことには特許上問題がある可能性がある。このJavaベースの「プレイヤーなし」ビデオ配布システムの普及に最も力を入れている企業のVX30は、1サーバあたり1,995ドルという価格を設定しようと検討しているようだ。ただし同社の上層部の一人にメールで聞いたところ、小規模な新興企業向けにその価格を595ドルにまで抑えたいとしていた。
とは言え、JavaベースのこのVX30ビデオを試してみると、Linux上でもWindows上でも、読み込みや再生に問題があった。またVX30の(Windows版)スタンドアロン型デスクトップ用エンコードソフトウェアも使ってみたが、がっかりする結果だった(私の環境ではあまりにも頻繁にクラッシュし、試験的なトランスコードさえも一つも完了できなかった)。おそらくこの種のことは開発開始後間もないオープンソースプロジェクトを試す際には普通に受け入れることであり、ことによると(それをするだけの技術を持っているなら)いくつかバグ修正をしてプロジェクトに貢献することもあるだろう。しかしVX30は100%プロプライエタリであり、おまけに特許保護もしているため、VX30の改善に協力するという選択肢はない。それどころか、開発者は注意深く同社の特許を回避しなければならないため、この企業の存在はむしろJavaベースのオンラインビデオ配布の開発にとって障壁となっている。
その一方で私は、Flashに置き換わることを目的として十分な資金源も確保したオープンソースの取り組みが少なくとも一つ存在していることを知っている。このプロジェクトが開始された(資金を調達できた)主な理由は、On2コーデックの価格が高すぎるということだった。これはちょうど、石油価格の高騰が原因となって、現在、米国の行政組織(や民間業界)の多くが輸入石油の代替物を見つけようとしている取り組みに似ている。
なぜVP6を選択するというAdobe社の決定が愚かだったのかと言えば、AdobeにとってH.264とVP6の両方のコーデックを(もしかするとOgg TheoraとXvidさえも)公式Flashプレイヤに含めたとしても、おそらくたいしたことではなかったと思われるからだ。仮にそうしたとしてもそれでもなおAdobeは、高価格のVP6コーデックを推奨し、VP6コーデック用の高価なツールを提供することが可能なのだ。そしてそのようなツールの購入者が山ほどいることも間違いないだろう。これは、バージョン8以前のFlashエンコードを無料で完璧に行なうことができるffmpegがあってもなおFlash Proが大量に売れたのとまったく同じことだ。
しかしAdobeはそれを実行するだろうか? それとも、Flashでインターネットビデオを配布したい人すべてに対して、VP6とその高い値段を無理強いし続けるのだろうか? Adobeは後者を選ぶのではないかと私は思っている。そしてその結果として近いうちに、将来性のあるFlashの代替物がオープンソースの人たちによっていくつも開発され登場するだろうと私は考えている。そしてそれは、ワールドワイドウェブにオープンなビデオのまったく新しい時代の到来を告げるものになるだろう。