高品質なフリー・ドキュメントの作成を目指すFLOSS Manuals

 フリー/リブレ/オープンソース・ソフトウェア(FLOSS)の弱点の1つに挙げられるのがドキュメントだ。そんな状況の改善を目指しているのが、FLOSS Manualsというプロジェクトである。フリーソフトウェア向けに、高品質なフリーのドキュメントを作成することを目的としたプロジェクトだ。

 FLOSS Manualsを立ち上げたのは、デジタル・アーティストのAdam Hyde氏だ。一般的なFOSS貢献者に比べると、同氏の経歴は一風変わっている。ニュージーランドで独立系のラジオ局を開設したり、オーストラリアとオランダでインターネット・サービス・プロバイダを運営したりなど、さまざまな事業を手がけてきた人物だ。

 だが、FLOSS Manualsが誕生した背景は、一般的なオープンソース・プロジェクトと変わらない。すなわち、何らかの欲求や要求を満たすために始められたプロジェクトである。フリー/オープンソース・ソフトウェアに関するワークショップを運営して生計を立てていたHyde氏は、その参加者向けのドキュメント作成を手がけるようになった。そこで同氏が認識したのは、「フリーソフトウェアのドキュメントをめぐる状況はきわめて悲惨だ」ということだった。「それで私は、ワークショップのためのドキュメント作成にとどまらず、その成果物をインターネットに載せ、中身をどんどん増やしていった」。さらには、ドキュメントをwikiに移し、管理しやすくした。

 その後同氏は、コンテンツの利便性をさらに高めようと決心した。もっと多くの人に、思いどおりの方法でドキュメントを読んでもらい、拡張や利用を進めてもらいたいとの思いからだ。こうして、2007年に非営利組織としてFLOSS Manualsを立ち上げた。

 現時点で、FLOSS ManualsのWebサイトには、さまざまな規模や内容の文書が30種類以上掲載されている。取り上げられているソフトウェアは、Inkscape, VLCBlenderAudacityなどだ。

 同氏は各ドキュメントを、「自由という意味でのフリー」な方法で公開している。適用するライセンスは、GNU General Public License(GPL)バージョン2だ。必要に応じて、GNU Free Documentation License(FDL)もあわせて適用している。

 コンテンツは、FLOSS ManualsのWebサイト上で閲覧できるだけではない。一部のマニュアルについては、オンデマンド出版サービスのLulu.com内に開設された同プロジェクトのストアから、印刷品質のPDFをダウンロードできる。さらに、きちんと製本された書籍版も、同ストアから有償で購入可能だ。

 FLOSS Manualsでは、公開したコンテンツの複製や共有を積極的に推奨している。印刷版の書籍には、「Please Copy!(コピー大歓迎)」との記述もある。

利用ツール

 FLOSS Manualsの開発チームは、コンテンツ管理システムを利用するのではなく、広く知られたwikiエンジン「TWiki」をハックして利用することにした。独自のプラグインを作成してwiki色を薄め、共同執筆システムとして利用するという形だ。

 編集インタフェースはワープロ風で、wikiのマークアップに頭を悩ませずに執筆を進められる。また、文書生成をボタン1つで行う機能もあり、執筆したコンテンツから静的なHTMLとPDFを作成できる。プロのテクニカル・ライターたちとのやり取りを通じて得られた貴重な教訓が1つあるとHyde氏は言う。それは、ツールに機能を盛り込みすぎない方がよいということだ。

 さらにFLOSS Manualsでは、コラボレーションを促進するためのツールも利用している。最近では、ドキュメントの編集を進めながら執筆者どうしがリアルタイムでやり取りするためのチャット・ツールを導入した。こうしたコラボレーション・ツールの目的は、「その時点でオンラインとなっている人を集めたコミュニティを形成すること」だという。

 コンテンツは、FLOSS Manualsのサイトで読めるほか、HTMLDOCを使ったPDFファイルの生成も行える。ドキュメント生成はすべてサーバ・サイドで処理される。

 ただし、各ドキュメントは必ずしもオリジナルの構成で利用しなくてもよい。ドキュメントは独立した章の集まりとして構成されており、リミックス機能を使って目的の章のみをドラッグ&ドロップで組み合わせ、オリジナルのドキュメントを作成することが可能だ。そうして作成したドキュメントは、PDFとしてダウンロードしたり、複数のHTMLファイルを含む圧縮アーカイブとしてダウンロードしたりできる。表紙の選択や、独自のCSSによる書式設定も可能だ。作成したドキュメントをWebサイトやブログに取り込むためのHTMLコードを生成する機能もある。

短時間でドキュメントを作成するための手法

 FLOSS Manualsでは、「ブック・スプリント」と呼ぶ会合を利用して、ドキュメントを短期間で作成している。Hyde氏はそのアイデアをThomas Craig氏から得た。Craig氏は、『Wireless Networking in the Developing World』という書籍を複数名の執筆グループで書き上げた。Hyde氏は、そのプロセスについてCraig氏と話し合う中で、「特定のトピックや特定のソフトウェアを扱うコンテンツ・コミュニティを形成するうえで、この手法は非常に有効に作用する可能性がある」と感じたという。

 ブック・スプリントでは、執筆者のグループが1か所に集まって、マニュアルの執筆、編集、出版を5日間で進める。といっても、単にメンバをどこかに押し込んで執筆に着手させれば済むという話ではない。メンバが集まる前に必要な作業もたくさんある。Hyde氏は、マニュアルのテーマに関する情報を集めたり、ドキュメントの構成を決めたり、会場を見つけたり、参加者を集めたり、さらには必要な食料の買い出しまで行ったりなど、さまざまな事前作業をこなしている。

 「我々は、ほぼゼロの状態から、1冊のドキュメントを5日間で仕上げるためのツールと手法を確立している」とHyde氏は言う。最近開催した、ネット検閲の回避に関する本の執筆について、同氏はこう話す。「月曜日の午前9時に作業を開始したところ、金曜日の午後6時には、ビールで乾杯しながらドキュメント生成ボタンを押す所にまで至った。200ページの印刷品質のPDFドキュメントが完成し、オンデマンド印刷サービスのサイトにアップロードして、6時5分には購入可能な状態になった」。

 2008年は、同書の執筆や、XOラップトップおよびSugarインタフェースに関するブック・スプリントに成功し、数百ページのドキュメントを作成できたという。

スタイルと機能

 マニュアルの美しさの重要性についてHyde氏は強調する。「ドキュメント作成では、美的な面についての戦略が必要だ。利用しやすいドキュメントでなくては意味がない。文章そのものはもちろん、その提示のしかたにおいても、親しみやすさが欠かせない。読みやすいこと、見た目が整っていること、読んでみたいと思わせるものであることも必要だ」。

 Lulu.comを通じて提供しているマニュアルについて、同氏はこう話す。「見ていただくとおわかりのように、各マニュアルはすっきりと整っている。各章の調和が取れていて、使用している用語や表現も一貫しており、書籍としての流れがきちんとある」。

 「一般論として、ドキュメントには若干のとっつきにくさが常に付きまとう。我々が目指しているのは、もっと親しみやすいドキュメントだ」。

人とのつながりとコミュニティの確立

 Hyde氏の目標は、高品質なドキュメントを作り上げることだけではない。FLOSS Manualsを中心としたコミュニティの形成にも関心を寄せている。その大きな理由は持続性だ。「コミュニティを形成し、その中でドキュメントをメンテナンスしていければ、ドキュメントの耐用期間は大きく向上する」。

 「執筆というものは、1人の書き手が苦心して進める非現実的な作業という枠組みから抜け出せていない。執筆とは人とのかかわりによって進むプロセスだ。『本の執筆を任された』とか、『本を書いてみたいが実際に書いたことはない』と話す人は多い。だが、同じ興味を持つ7人の仲間と同じ部屋に1週間缶詰めになってみると、皆が楽しい時間を過ごし、本の執筆が進んでいく」。

 もちろん、執筆メンバを1か所に集めることには難点もある。だが、思ったほどの障害には必ずしもならない。「特定のトピックについて強い関心を抱いているメンバを集め、快適な作業環境を用意し、作業を進める以外に道はないという状況になれば、皆が作業を進めてくれる。時には、メンバたちに部屋から出てもらい、空気を入れ替えて休憩を取ることが必要になる。メンバの側から休憩を取りたいと申し出てくることもあるが、あまり多くはない。むしろ、メンバが作業を熱心に進めていて、その思いのままに取り組んでもらう時間の方が長い」。

今後の展望

 FLOSS Manualsチームでは、今後についての展望も抱いている。2009年のブック・スプリントの計画もあるが、FLOSS Manuals初の有給スタッフを迎え入れることができたらというのがHyde氏の希望だ。コーディネータとして、現在は同氏が担当している作業の一部を任せられたらと考えている。

 昨年発生したTwikiのフォークについても関心を寄せている。「今回のフォークを受けて、我々は技術戦略の再評価を進めている。コードベース全体を1から構築し直すことも考えている」と同氏は話す。

 現時点でFLOSS Manualsサイトに掲載されているドキュメントは、平均的なコンピュータ・ユーザを対象としたものだ。「高度な技術マニュアルはまだない。初級者から中級レベル向けのマニュアルが大半だ」と同氏は話す。だが、「そうした高度な技術マニュアルを投入する余地はある」という。さらに同氏は、APIドキュメントの作成や公開にFLOSS Manualsを利用することも視野に入れている。

 Hyde氏によると、FLOSS Manualsに貢献しているメンバには、アーティスト、プロのテクニカル・ライタ、開発者、One Laptop Per Childコミュニティの参加者、技術に興味のある一般ユーザなど、多種多様な人が含まれているという。開発者以外の人がフリー/オープンソース・ソフトウェアに貢献する方法として、FLOSS Manualsは非常に優れていると同氏は話す。

Scott Nesbittは、カナダのトロント在住のフリーランス・ジャーナリスト兼テクニカル・ライタ。

Linux.com 原文(2008年12月23日)