ソフトウェア技術者にオープンソースのハードウェア部品を提供するBug Labs

 新しいオープンソースハードウェアの大半は個別の製品に注力したものだが、Bug Labsのアプローチは違う。Bug Labsの目的は、特定のデバイスを開発することではなく、顧客が独自のデバイスを組み立てるのに使えるレゴブロックのようなオープンソースのハードウェアおよびソフトウェア部品を提供することにある。CEO(最高経営責任者)のPeter Semmelhack氏によれば、その結果、イノベーションのレベル向上につながるだけでなく、将来のハードウェアビジネスを先取りすることにもなるという。

 現在Bug Labsは、同様の目的を掲げるTuxPhoneのようなプロジェクト、またChumbyOpenMokoといった企業と積極的に交流している。しかし、Bug Labsが発足して約2年、オープンソースハードウェアの開発に対するこうした取り組みはほとんど見られない。

 Bug Labsの構想は個人的に得られたものだった、とSemmelhack氏は語る。彼が目の当たりにしたのは、プロジェクトへの参加の障壁を低くすることで生産性を高めたフリーソフトウェアの状況だった。「今ではほんの少しコードを書くだけでたくさんのことができる。わずかな費用でWebサイトを構築でき、サイトに広告を出せばたちまち収入が得られる。新しいアプリケーションに関するすばらしいアイデアを持って大学を飛び出せば、それほど元手がなくてもビジネスが始められる」

 一方、ハードウェア製品の開発には、もっとコストがかかり、大きな困難が伴う。「ハードウェアで何かをしようとするとかなりの費用がかかる。材料を揃えないといけないからだ。それに、何を買うにせよ、どこにでも発注できるわけではない。たいていは最低注文数に制限があって、5,000個をまとめて買わないといけなかったりする。2つだけ購入するというわけにはいかないのだ。また、ほかに注文待ちの人がいるから、あるいは取引先リストに載っていないから、という理由で売ってもらえないこともある。ビット(ソフトウェア)の世界なら、FTPサイトに行くだけで欲しいものが手に入るのに、原子(ハードウェア)の世界では、材料や在庫、資金といったものが、とりわけ自らのアイデアに基づいて製品を作り上げようとする学生にとっては、大きな参入障壁になる。これは技術的な問題ではなく、金銭的な問題だ」(Semmelhack氏)

 ハードウェアの製造にはかなりの専門知識も要求される。「優れたWebサイトを作るなら、PerlやPHPのような言語を習得しさえすればよい。だが、ちょっとした装置(ガジェット)を組もうとすると、難解な知識が必要になる」

 Semmelhack氏は、Bug Labsの構想を2つのところから得たという。1つは彼が子供の頃にヒースキット(Heathkits)とレゴ(Lego)で遊んだ記憶で、いずれもハードウェアやイノベーションへの関心を育むものだった。もう1つがEric von Hippelの著書『 Democratizing Innovation 』(邦訳版は『民主化するイノベーションの時代』)で、そこには製品のイノベーションにつながる最大の要因は個々のユーザのニーズだと記されている。

 「我々の使命は、レゴのように部品を組み合わせることで、だれでも思いどおりのものが作れるプラットフォームを提供することにある。さらに、ガジェットを信頼性が高く、堅牢で、それなりに魅力的な外観を備えたものにすること、そして、これまでは不可能だった方法で電子機器におけるイノベーションを促進することだ」(Semmelhack氏)。Bug Labsの製品を活用するには、やはりソフトウェア開発の専門知識、特にGNU/LinuxとJavaに関する知識が必要だが、Semmelhack氏はハードウェア特有の障壁はできるだけ取り除こうと考えている。

レゴの概念に基づく新たな製品

 Bug Labsの製品ラインナップの中心となるのがBugbaseだ。この製品は、CPU、RAM、バッテリ、USBハブで構成され、モジュール追加用のコネクタ群を備えている。またBugbase上では、OpenembeddedベースのGNU/Linuxディストリビューションが動作する。さらに、同社がBugbaseに加えざるを得なかった大きな変更点として、デバイスドライバと、すべてのモジュールをホットスワップ可能にするための改良が挙げられる。

 こうしたすべての改良はコードとして公開されている、とSemmelhack氏は力説する。「我々は、Linuxコミュニティの一員であり、その恩恵を受けるだけでなく貢献もしたいと思っている。Linuxを選んだのは、我々が取り組んでいるあらゆるものがオープンソースに基づいたソフトウェアとハードウェアだからである。オープン性はイノベーションにとってきわめて重要だ」

 イノベーションはBugbaseに接続可能なデバイスモジュールから生まれる。現時点では、カメラ、液晶ディスプレイ、モーションディテクターといったモジュールが用意されている。オーディオや無線モデムのモジュール、また「ほかのモジュールを構築するためのモジュール」とされる“von Hippelモジュール”も間もなく登場予定だ。このモジュールの名前が“von Hippel”なのは、von Hippel氏の「人々が自分で何かを作り上げることのできる機能を与えない限り、システムはオープンにならない」という言葉にヒントを得たものだからだとSemmelhack氏は言う。さらに、冗談交じりに「von Hippelという名前にはマッドサイエンティストっぽい響きがあるからね」と付け足した。

 Bug Labsでは、あらゆるデバイスをユーザが思いどおりに構築できるように、来年末までに「20ないし30」を超えるモジュールの追加を予定している。「我々の目標は、こうしたモジュールをできるだけ揃えることだ。開発者の想像力を大いに引き出したい、というのが我々の口癖の1つになっている」(Semmelhack氏)

 部品となるこうしたモジュールを利用して、Bug Labsコミュニティは独自のデバイスの提供を始めている。そのなかには、速度違反取締装置を検出してオンラインマップに情報を送信するレーダー探知機やAsteriskサーバがある。「コミュニティからは、想像していた以上に多くのアプリケーションが生まれている。これこそ、我々が望んでいた状況だ」(Semmelhack氏)

 Bug Labsのサイトには、コミュニティによって構築されるこうしたデバイスの開計画が掲載されている。Semmelhack氏は、これまでのところはGNU GPL(General Public License)をはじめとするフリーライセンスを採用したものばかりだが、ほかの企業がBug Labsに興味を持つようになれば状況は変わってくるだろう、と話している。

オープンソースで利益を上げる

 Bug Labsの製品を購入するメリットは何かと訊かれ、Semmelhack氏はこう答える。「当社は業務コストがほとんどかからないモデルを提供している。つまり、我々の知的財産のすべてを無料で使えるということだ。製品のダウンロードも利用も無料なので、最初のハードルがきわめて低い。当社の製品の魅力はLinuxと同じだと思っている。コストをかけずに使ってみたり、いろいろな使い方を試したりできることだ」

 では、Bug Labsのビジネスモデルはどうなっているのだろうか。「もちろん、我々がねらう最大の市場はハードウェア販売の市場だ。だが、その周辺事業としてハードウェアに関するサービスの提供も考えている」(Semmelhack氏)。収益源としては、プログラムおよびデバイスのカスタマイズ、コミュニティが持つ特定の専門知識を必要とする企業を対象とした仲介業務、Bug Labsサイトへの商用デバイス掲載の広告料収入なども考えられる。また、ハードウェアのメンテナンスやソフトウェアのアップデートサービスも想定される。

 Bug Labsのビジネスプランには、他社によるBug Labsの知的財産権の利用や、より安価なモジュールの構築を防ぐ手だてが何もないことをSemmelhack氏は認めている。ただし、そうしたことが起こるまでには、Bug Labsのコミュニティを市場の主導権を握れるほど大きなものに育てたいとしている。

 そのために、Bug LabsではデモやMaker Faire(電子工作の展示会)におけるコミュニティとの出会いに相当な注意を向けている。「我々の製品は物理的なデバイスなので、それを手に取って確かめている人がいるとほかの人も集まってくる。だから、コミュニティ作りという意味では、物理的なもののほうが都合がよいといえる」

 こうした態度は、ソフトウェアベンダーがフリーソフトウェアを認めたがらないのと同じように、ハードウェアメーカーにとっては受け入れがたいものかもしれない。しかしSemmelhack氏は、このようなビジネスモデルが今後は主流になると示唆する。「レコード業界の衰退が避けられないのと同じで、イノベーションを保護するためのプロプライエタリなモデルは廃れていくだろう。私が思うに、大企業は今後、閉ざされた特許の領域ではなく、コミュニティの力を利用して新しいものを生み出すオープンなイノベーションの領域で、プロプライエタリなモデルを作り上げようとするだろう」

 「我々が試みているのは、新たなマーケットの存在を明らかにすることだ。そして、これまでになかったものをこの業界に持ち込もうとしている。それが我々の選んだ道だ。この20年で、ビジネスの主導権はメーカーからエンドユーザーへと移ってきた。私が大人になった頃は、NBCやABC、CBSの番組表に合わせてテレビを見なければならなかった。それが今では、いつでも好きな時間に、しかもコマーシャルを飛ばして見ることができるようになり、放送業界は大きな衝撃を受けた。同じようなことが日常生活のあらゆる製品について起こりつつある、と私は考えている。10年後に今の状況を想い出したときには、大企業の思惑に乗せられて製品を買っていてよく我慢できたものだ、ときっと思うだろう。今の状況の不自然さが明らかになってきている。だから、我々は電子機器の分野でこの状況を変えようとしているのだ」(Semmelhack氏)

Bruce Byfieldは、Linux.comに定期的に寄稿しているコンピュータ分野のジャーナリスト。

Linux.com 原文(2008年11月14日)