ときには技術的な資質を社会的な側面に振り向ける

 IT活動によって影響を受ける人々が自分とは相反する懸念や優先事項を抱えている傾向が強いことに配慮しないITマネージャは、プロジェクトを失敗させることが多い。例として、Georgeのケースを取り上げよう。彼は、米国中西部のあるコンサルティング会社でIT部門を管理していた。社内の業務担当社員たちの求める“改良された”プロジェクトトラッキングシステムの選定と導入に多大な費用と工数をかけたあとになって、Georgeは現場にいるコンサルタントたちがその優れた機能を理解できず、使いこなせないことを知った。

 この新システムは担当者たちに重要な情報を提供できるが、ユーザに相当な時間的負担がかかり、コンサルタントたちはクライアントとの時間を削られる破目になるということの理解をGeorgeは怠っていたのだ。その結果はどうなっただろうか。組織内に多くの災いをもたらしたのち、この高価な新システムは完全にお蔵入りとなってしまった。

 ITマネージャたる者、ITの問題の社会的な側面に配慮する措置を講じる必要がある。でなければ組織のプロジェクトや活動の成功が遠のくばかりか、自らの昇進の機会まで奪われるかもしれない。次回のITプロジェクトを社会的な問題で頓挫させたくなければ、以下に示すいくつかの項目を検討することだ。

情報は組織的な権力と駆け引きの材料である ― 情報とその管理はずっと以前から組織的な権力と駆け引きを生み出す源でもあった。情報のフローとプロセスを新たに作り出す(または既存のものを変える)と、組織内の政治的な権力バランスに変化が生じることが多い。たとえば、これまで情報を管理する重要なポジションにいたマネージャを無下にするような新しい経営情報システムを導入すれば、プロジェクトに対する反発が露骨なものから微妙なものまでさまざまな形で生じるだろう。また、ITマネージャは、技術評価の段階において、結果として起こり得る権力および政治的状況のあらゆる変化を予期しておく必要がある。業務上浅からぬ関係のある他の人々に意見を求めることをためらってはならない。「このプロジェクトの成功によって誰が影響を受けるでしょうか」、「どこで入れ換えが起こるでしょうか」といった質問が、やがて訪れるトラブルの予測に役立つはずだ。また、もう1つ注意すべきは、非常に優れた新しいソフトウェアパッケージが「あなたの組織がまさしく必要としているもの」であることを保証するベンダが、あなたのキャリアがかかったその導入に待ったをかけてくるかもしれない政治的な危険性について教えてくれることはまずない、ということだ。

組織の文化はグループの選択に影響を与える ― 文化とは“そこで物事がなされるやり方”であり、規範とは概してもっと明示的な行動指針である。個人の価値観または共有された価値観もまた、与えられた状況における社員の振る舞い方や協力の度合いに強く影響する。こうした問題のいくつかはミッションステートメントやバリューステートメントといった組織の文書に明記されていることもあるが、ほとんどの場合は文書化されておらず、同じ組織内でも職場ごとに異なることさえある。たいていはこうした問題によって表に現れない多くの複雑さが加わり、ITプロジェクトは多大な影響を受ける可能性がある。また、特に新任のITマネージャは、最初にこうした問題の基本的な理解を深めることなく、活動やプロジェクトの遂行にはやることのないように忠告を受ける。組織に関する理解と前提が不十分なままに活動を進めても、あまり協力が得られないことがある。そんなときは次の点について考えてみるとよい。組織はプロジェクトの設計と開発に参加することの重要性をわかっているだろうか。重大な情報の変化について率直に意見を交わせる仕組みがあるだろうか。休日の勤務を要求できるだろうか。つまり、テクノロジに対する要件の調査にあたり、ITマネージャは時間をかけて職場内を“尋ね回って”その根底にある社会的な側面についてより深く理解する必要があるのだ。正しい方向へと踏み出すためには、あなたが行うITに関する変更によって影響を受ける可能性がある人々の代表者に次のような自由回答式の質問を投げかけてみるとよい。「このプロジェクトをトラブルなく順調に進めるのに役立つ可能性があるこの状況について、私はどんなことを知るべきだろうか」

良好なコミュニケーションは良い結果をもたらす ― ITプロジェクトでは、コミュニケーションが重要な鍵になる。自らの考えと行動について手の内を見せずにおくと、信頼を損なうだけでなくほかの人からの協力も得られなくなる。特定のITプロジェクトのあらゆる詳細を全員が知る必要はないが、ときに全方位的なコミュニケーションはプロジェクトの確実な成功に必要不可欠な情報の最も得難い最後の1つをもたらしてくれることがある。思わぬ副次的効果として他者からの自発的なフィードバックが得られることは、ITプロジェクトにおけるコミュニケーションと周囲との関係づくりの成功がもたらす大きな利点である。同じ理屈により、プロジェクト完了までの進捗やプロジェクト終了後のフィードバックを定期的に収集するための正規の手順や仕組みを作り上げることで、ITマネージャの環境は改善される。逆にそれができなければ、次回のITプロジェクトにとって重要な情報を見過ごしてしまう可能性がある。たとえば、Georgeが導入に失敗したプロジェクトトラッキングシステムの影響を被ったコンサルタントたちの多くは、彼が問いかけさえしていれば、負担があまりにも大きすぎると率直に話してくれていたはずだ。しかし、Georgeはそれをすることなく業務担当社員らの要望に応え、職場環境における社会的側面の最低限のチェックさえ怠り、否応なくIT専門家としてのキャリアに傷をつけることになった。

“必要最低スペックの法則”を忘れてはならない ― 大半の情報技術は“ただ問題なく動作する”ように設計することができ、その多くは驚くほどすばらしい動作をする。とはいえ、“動作する”テクノロジにはどうしても足りない部分があるため、通常は時間をかけて変化と発展を遂げることになる。さらに、組織の社会的側面もまた常に流動的である。ベテランのITマネージャは、自らのプロジェクト活動が、触れ込みどおりに動作しないハードウェアやソフトウェア、実装上の不具合、時間不足、要件に合わないテクノロジ、仕様の誤りなどにより、技術的な側面において混乱しがちなことを認識している。同様に、社会的な側面において、変化し続ける要求、組織の政治的情勢の変化、コミュニケーションの問題、新たな研修要件、非協力的なユーザといった問題も解決しなければならない。かくしてITマネージャは、技術的側面と社会的側面の双方に課題を抱える環境で成功する術を学ぶ必要がある。多くの場合、技術についての不確かさは、技術的に最新の状態を維持し、コミュニケーションを心から楽しみ、あらゆる詳細に過剰に立ち入らないことを要求する。不確実性に対処する1つの方法は“必要最低限のスペック”を確実に保証することである。これは、ときとしてパレートの80対20の法則にも通じる。社会的側面については、心に留めておくべき重要なポイントがいくつかある。それらは、コミュニケーションを十分に取ること、他人を巻き込むこと、“駆け引き上手”になること、自らの置かれている社会的な立場の理解に努めることである。技術的および社会的な側面の不確実性を意識して受け入れることが、成功への近道であることを忘れてはならない。

調和とは複数のものを同時に最適化することである ― IT分野における重要な命題の1つに、活動やプロジェクトには多数の技術的および組織的な選択が伴うが、そのいずれにも確かな正解は存在しない、というものがある。同時最適化をはかるということは、これまでとはまた違った最適な技術的設計を導入する場合に対象となる組織の状況や課題の理解に心を砕かなければならないことを意味する。ITシステム設計の従来の手法は、想定上の“考えられる最高のシステム”を与えられた予算の範囲内で考え出したうえでその実装を進めることである。確かにGeorgeは“大惨事”が起こる直前までこのやり方に従っていた。だが残念ながら、ITに関する教訓集はこうした技術指向のプロジェクトに起こった同じような悲劇であふれている。経験から明らかに言えるのは、ITの活動やプロジェクトの成功は技術面と社会面の双方に対するさまざまな配慮のバランスをうまくとることによって成し遂げられることが多いということだ。このことは、社会的な側面においては、全方位的なコミュニケーションを採用すること、早いうちから継続的にユーザの意見を意思決定に反映させること、最終的な目的と用途に向けて設計と実装を一致させることを意味する。たとえば、高度な情報技術を医療現場に導入するためには、当然ながら医療関係者(特に強い発言力を持った医師)の意見や賛同が必要になる。でなければ、医療スタッフがその技術を“気に入ってくれる”ことにベンダがどれほど自信を持っていても、その試みは失敗するだろう。

組織には個性があり、1つの方法がすべての組織で通用するわけではない ― 表面的に見れば、ITの標準化には多大な価値とコスト削減効果があるように思える。実際、その通りであることが多い。しかし、たいていの場合は組織ごとに(同一組織内の別グループにも)かなりの独自色がある。しかし、絶対的な必要性によって複数の組織をまとめて扱うことになったり、あるいはシステムの適合性、方針、使命、目的、スタッフ配置、求められる入力または出力の多様性など、実装にとって重要な意味を持つ多数の違いからテクノロジが機能しない、または最大限の努力が無駄に終わるといった事態に見舞われたりする可能性がある。ITマネージャの役割は、適度で十分に考慮された組織の個性を活かした選択を十分な情報に基づいて行えるように意思決定者を手助けすることである。逆に、そうした個性に対応するために、ハードウェアやソフトウェアの選択肢を数多く用意することは避けること。そうした選択肢は、相互運用性の低下を招くとともに結局は問題をシステム全体に広げてしまうおそれがある。特にしてはならないのが、深く考えずによそからITの新技術をコピーしてきて自らのシステムに取り込むことだ。なぜなら、その技術は“そこでうまく機能するように作られた”ものだからである。こうした行為により、トロイの木馬の失敗を自らが味わう破目になる可能性がある。こうした問題の最適な解決策になり得るのは、やはり全方位的なコミュニケーションとユーザの十分な参画である。しかし結局、組織の独自性の問題への対処は、十分な情報を手にしたうえで難しい選択を行う意思決定者に委ねられることになるだろう。

システムの有効性と効率性はユーザの満足度と関係がある ― あらゆる手を尽くしてもユーザがITシステムに満足しない場合、あなたが加えた改良はいずれも十分に活かされていないか、適切に使われていないか、あるいは巧妙に妨害されている可能性が高い。以前から知られていることだが、ユーザたちはプロジェクトに反抗して政治的な影響力を行使することによって、疑うことを知らないITマネージャを悩ませることさえある。ここでも、ITシステムまたは手続きの変更によって大きな影響を受ける人々から意見を集めたり、参画を求めたりすることが重要になる。ユーザをIT活動やプロジェクトに参加させるときには、進行中の新たな試みに対する継続的な改良の情報を収集する手立てだけでなく、その過程でユーザの満足度を絶えずサンプリング評価する方法も用意しておく必要がある。ユーザとの濃密なコミュニケーション、ユーザによる参加およびフィードバックの活動により、当初は懐疑的だったユーザを将来のIT改良プロジェクトを声高に支持する人々に変えることも不可能ではない。

計画に基づく変更はITマネージャに成功をもたらす ― ITに関する活動とプロジェクトのほぼすべては、それまでの組織の社会的側面に対する変更の組み合わせである。ITマネージャの仕事は、こうした計画に基づく変更が一見でたらめな形をとりながらも全体として適切に見えるように働きかけることである。幸いにして、ITプロジェクトを発展させるとともに、組織に対する計画された変更を誰にとっても魅力的なものに変える革新的な方法がいくつか存在する。

 ITマネージャの活躍の舞台は、複雑で技術の改良と変更が果てしなく続く世界である。有能な技術者であるあなたは、そうした難題に際して真っ先に現場に呼び出されるかもしれない。しかし、すでにおわかりだろうが、ITマネージャには技術者やテクノロジをただ管理する以外にも多くの仕事がある。短期的にも長期的にもITの改良プロジェクトが順調に進みやすいのは、ITに関する変更が組織にもたらされる際に生じる技術的側面と社会的側面の双方の問題を同時に検討している場合である。

Ken Myers博士は米海軍を退役してノースウエスト航空常勤副社長を務めた後、応用組織科学の研究者およびコンサルタントとして長い間活躍。現在はオンライン大学Touro University Internationalで経営管理およびIT管理のコアプロセッサを務める。

Robert LambはBooz, Allen, Hamiltonのシニアコンサルタント。現在、米空軍の暗号刷新プロジェクトに参加している。オンライン大学Touro University InternationalでIT管理の修士号を取得予定。

ITManagersJournal.com 原文