One Laptop Per Childプロジェクトのコスト予測に対する再考

Nicholas Negroponte氏の提唱するOne Laptop Per Child(OLPC)プロジェクトは、既に世界各国からのサポートが表明されている一方で、その長期的な見通しと有効性とを疑問視する反対意見の矢面に曝されるようにもなっている。既にラップトップの初回生産分はOLPCに引き渡されており、現在は開発途上国との間での正式な合意を結ぶための活動が続けられているが、現状におけるラップトップ1台当たりのコストとして出されているのは130ドルを上回る程度という数字だ。ところが懐疑派の見積もりによると“実際のコスト”はその数倍に達している可能性があるというのである。

OLPC News』に寄稿するJon Camfield氏は、George Washington UniversityにてScience and Technology Programの修士号を取得する予定だが、同氏の意見によると、メンテナンス、トレーニング、インターネット接続その他の要素を織り込んだ場合、ラップトップ1台に要する実際のコストは970ドル以上になるとのことだ。しかもこの数字には、盗難、紛失、事故による損傷などに関する金額は含まれていないということである。Camfield氏の主張に従えば、このような大規模な事業を推進する場合、最低でも実地試験用のパイロットプログラムが必要であり、世界中に100万ドルないし10億ドル単位もの支出を呼びかけるのはプロジェクトの現実性を事前に検証してからにするべきだ、ということになる。

メンテナンスとサポートにまつわる問題

Camfield氏によると、ラップトップのコストに占める大きな要素の1つとして、学校の授業でラップトップをどう使えば最大限の効果を発揮できるかを、現地の教育関係者にトレーニングする活動も考えに入れなければならないはずである。「トレーニングこそが重要なのです」と同氏は語る。「基本的にOLPCの活動は、子供たちを中心に据えた教育という理念に基づいています。確かにそれはアプローチとしては非常に有効なものですが、多くの場合(すべてのケースではありませんが)、伝統的な教育方針に固執しようとする態度は一夜にして改められるものではありません。教育現場にラップトップを持ち込もうとするのであれば、学校のカリキュラムや授業の進め方を見直す必要があり、それを前提として教員トレーニングの一部も作り直す必要があるはずです。教育におけるラップトップの有効性に疑いの余地はありませんが、ペーパーテストを最優先する従来型の教育システムの場合、そこにラップトップの入り込む余地はまず無いでしょう。現在の授業体制では教師も生徒も筆記試験で高得点を得ることにのみ関心を寄せており、教育制度も就職活動もそうした前提で成立しているのですから。試験のための教育という現行のシステムは、決して理想的なものではありませんが、現実問題としてそうした側面も存在しているはずです」

こうした背景がある故に、ラップトップの運用に要するメンテナンスやサポートを自分たち自身で行えるようにしておく意味を現場の人間に理解させることが重要であり、そのためのトレーニングが求められるのである。Negroponte氏は、メンテナンス作業の95%はラップトップの所有者である子供たちが行うだろうと考えているが、Camfield氏はこうした予測に対して、「それが実現するもしないも、実地に試さないと分からないでしょう」としている。

Red Hatの開発者でOLPCプロジェクトの密接な協力者の1人であるChris Blizzard氏は、ラップトップコンピュータという装置の構造を単純化しておけば、通常のメンテナンス作業は簡単なはずだとしている。「ラップトップのメンテナンスですが、その大部分はユーザがその場で行える程度のものであり、また簡単に済ませられるようにしておくべきものです。例えばディスプレイのバックライト用LEDの交換などは、誰でもできるようにしておけばいいだけの話です。バッテリ交換についても、手間やコストはそれ程かからないでしょう。こうした基本的な部品交換などは、必要なツールさえあれば誰にでもできる作業にしておくべき性質のものなのです」

OLPCプロジェクトにボランティアで参加しているEdward Cherlin氏は、ラップトップマシンのメンテナンス法については、その所有者である子供たちの方から自主的に学ぶようになるだろうと予測している。「コンピュータに関心のある12歳程度の子供は、ソフトウェアやハードウェアに対する学習能力において、大人たちよりも優れています。いわゆるコンピュータオタク的な子供は村落社会にはいないと思いがちですが、それは環境的に子供たちがそうした機会に接することが少ないだけであり、その種の作業に向いている子供は必ずいるはずです。ですから、電子化されたマニュアルを無料で入手できるようにしておけば、基本的にそれ以上のコストはかからないでしょう」

盗難や転売の可能性

配布されたラップトップが盗難(およびその後グレイマーケットにて転売)される可能性については、OLPCプロジェクトの支援者および批判者の双方において広く認識されており、推進チームとしても、この問題について何か有効な対策はないかとコンピュータコミュニティに対して良案を求めているところである。OLPCプロジェクトの中東およびアフリカ地域におけるディレクタを務めているKhaled Hassounah氏は、「盗難の可能性は人々が考えている以上に深刻な問題ですが、その対策がより一層困難であるとも限りません。盗難という問題には様々な側面が存在し、また窃盗行為に及ぶ理由も人それぞれであり、盗みの手口や転売の方法などについても様々な手法が使われるはずです。このように複雑な問題に対処するには、複数の盗難防止策を組み合わせて事に及ぶ必要があるでしょう」と語っている。

こうした問題について先のBlizzard氏は、「盗難防止の最善策は、盗むだけの価値が無いようにしておくことです。そうした方針で私どもは現在、学校の外に持ち出されて一定の期限が過ぎると使い物にならなくする方法を検討しています」と述べている。またこれらのラップトップを先進国でも低価格で流通させるようにしておき、グレイマーケットでの転売価値を低くするという考え方も成立するが、Blizzard氏によると、現状のOLPCとしてはそうした考えに乗り気ではないということだ。

Cherlin氏は、ラップトップの仕様それ自体がグレイマーケットにおいてさほどの転売価値を見いだせないようにするだろうと指摘している。「盗み出したラップトップを転売する際に、それが合法的な品だと装うことはまずできないでしょう。盗品ラップトップを持ち込まれる売人の側としても、業務用マシンとしてさばけるとは思わないはずです。なにせこのマシンは、低速なプロセッサ、乏しいメモリ容量、小さな画面、おまけにハードディスク無しという、はなはだ魅力に欠ける構成なのですから。そこから何らかの拡張できるような設計にもなっていませんし。しかも売人の立場からすると、お客は盗品コンピュータを買わされても気にしない連中ばかりだという前提で商売をするしかなく、そうでなければ人目に付かないよう隠しておくしかない訳ですから」

『OLPC News』の執筆者であるJon Camfield氏の意見は、次のようなものである。「盗難や損失に対する真の意味での“解決法”などは存在しませんが、OLPCは経済および社会的な視点に注目することで、そうした問題を扱う上での適切な方針を執っています。OLPCというのは既に名の知られたブランドと化しつつありますし、セキュリティ的な観点から何らかの形態のメッシュネットワークへの接続を強制化しておくことも検討されており、これらの要素はいずれも転売しようという意欲をそぐ方向で寄与するはずです。もっとも盗難の危険性が完全に排除される訳ではありませんし、紛失時の代替品を提供できるように盗難保険的なシステムを整備しておくこともありえるでしょう(そうした制度のせいでグレイマーケットやブラックマーケットでの闇取引が増えることもないはずです)。この種の扱いの難しい問題としては、かなり有効な対策が練られていると見るべきですね」

インターネットアクセスの問題

子供たちの手元にラップトップを配布するのは問題の1つの側面だけでしかなく、その機能を最大限に活用させるにはインターネットへのアクセス環境も整備しなければならない。国によっては最低限の電力供給さえままならない地域も存在し、そのような環境のまま仮にインターネット接続をできるようにしても、ラップトップのランニングコストが賄いきれないレベルに高騰するのは目に見えている。

「この点については大きな疑問符が残されています」とCamfield氏は語る。「SES Globalがプロジェクトへの貢献を約束していますが、すべてを額面通りに受け取っていいかは疑問ですし、私としては、10億もの子供たちを相手にそんな低価格での回線開放をいつまで続けられるのだろうかと思っています。もっともインターネット接続回線についてはかなりの実績がある企業ですから、その点は期待して良いかもしれません。しかしたとえ最低限のものであっても、第三世界の国々にインターネット回線を提供しようとすればとてつもない経費を食い続けるはずで、月間のダイヤルアップ接続料金に換算して平均20時間で56.31ドルという試算があるくらいです」

Hassounah氏によると、OLPCはインターネット接続についてより低コストな代替策を模索しており、「現地に存在するスキルやツールやコンポーネントを最大限に活用し、現地の人間が継続的に使用し続けられる」インフラストラクチャを構築することも視野に入れている、とのことである。現地でどのようなリソースが使えるか次第だが、例えばWiMAXタイプの接続形態や学校と通信衛星を結ぶアドホックネットワーク、あるいは携帯電話経由の接続を利用することなども考えられる。

Cherlin氏の説明するところでは、ワイヤレス接続こそは最も低コストな選択肢であり、その他の方法では10億ドル単位の予算が必要となるとのことだ。「既に光学ケーブルによる接続網はアフリカの西部および東部に構築されています。これらの敷設コストはそれぞれ10億ドル以上要していますが、数十カ国をカバーしていると言っても利用者数にすれば高々数千万人程度に過ぎません。またアフリカの場合、銅線を芯とした通信ケーブルは、都市部や一部地域を除いて敷設するのは無理でしょう。スクラップとしての転売目的で盗まれてしまうからです。ポイント・ツー・ポイント形式のリンクは、1,000ドル以下のコストで最大50マイルの区間を結ぶことができます。そしてローカルのワイヤレス接続ですが、村落単位で導入する場合は1箇所当たり数百ドルを要します。WiMAXの場合、経費は少しかさみますがカバーできる距離は何十キロ単位となるので、複数の都市間と周辺の村落群を結ぶことができます。VSATターミナルの価格は900ドルです。現行の衛星接続サービスに求められるコストは、アフリカ地区で使えるような価格帯ではありませんが、将来的に市場競争が進めばこれも値下がりするでしょう」

結局“実際のコスト”はどの程度なのか?

OLPCプロジェクトの実施に要する“実際のコスト”を見積もるのであれば、盗難防止策にせよワイヤレス接続方式の採用にせよ、様々な要素を事前に検討しなければならない。Camfield氏の見解によると、現実的なコストをはじき出す最善の方法は、入念な実地試験をすることだということになる。既にNegroponte氏はカンボジアの農村において学童へのラップトップの配布を実行しており、折に触れてOLPCプロジェクトを推進するための成功事例として取り上げているが、このカンボジアでの経験を実地試験として見た場合の成果について語ることは拒否している

「(OLPCの)ラップトップを配布するための予算見積もりは年間300億ドルに達していますが、この金額は2005年度における世界銀行の総貸付額やIntelの収益を上回っています」とCamfield氏は語る。「そして購入する側の国々は、いずれも他からの資金貸付を受けざるを得ないでしょう。パイロットプロジェクトによる成否の見込みを確かめることなく引き受けるには、大きすぎるリスクだと言えます。確かにNegroponte氏が指摘するように、何らかの評価法を用いてOLPCプロジェクトが成功する可能性を数値化するのは無理かもしれません。それでも資金貸付を受けるという前提ならば、成功の可能性を見極める簡単な方法はあります。それは、OLPCラップトップを受け取ることで得られるであろう国家の経済的発展が、貸付金の返済額を上回るのかを検討することです。そうした評価をする上で、パイロットプロジェクトの実施というのは、妥当な選択肢の1つではないでしょうか?」

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