StarOffice 9のリリースに垣間見るSunの一人相撲戦略

 StarOffice 9(編注:アジア地区では「StarSuite 9」)の現状を見ると、コメディアンのGraham Chapmanが一人相撲ならぬ“一人レスリング”をしていたモンティ・パイソン(Monty Python)の寸劇が思い起こされてならない。StarOfficeの謳い文句は“Microsoft Officeと同等のオフィススイート”というものであるが、その一方ではOpenOffice.orgに対抗するかのような形でマーケッティングやバンドルが同じような比重で行われているようであり、特に後者はSunの支援の下でStarOfficeと共通のコードベースにて構築されたフリーソフトウェアプロジェクトなのだ。しかもStarOffice 9に至るまで、両者の相違点はリリースされるごとに縮まってきており、こうなると“どのような潜在カスタマをターゲットとしているのか”という疑問が生じてくる。

 StarOfficeのリリース前に公開されたマーケティング資料には、同製品のMicrosoft Officeに対する優位性が強調されており、それらは「最有力の代替品」という表現と(市場占有率では明らかに劣勢であるが)、スタンダードバージョンでわずか60ドルという価格設定であった。その他に強調されていたのは、StarOfficeは従来型のメニューおよびツールバーを踏襲しており、Microsoft Officeで行われたリボン方式への切り替えに追従していないという点である。ここでのリボン方式のインタフェースに対する評価は、「新しければ優れているとは限りませんよね?」と前置きした上で、「まるでWindowsアプリケーションのようじゃないですか?」という扱いなのだ。

 こうした営業努力はまだ分かるとして、SunはStarOfficeとOpenOffice.orgの差別化も行っている。Sunの主張は、OpenOffice.orgとは異なりStarOfficeには特許侵害訴訟時の保障およびコンサルティングとサポートサービスが付属していますというものなのだが、これはあたかもSunは自ら長期にわたって行ってきたOpenOffice.orgへの支援活動のことを忘れ去っているかのごとき発言と思えてならない。

 Sunの態度がこうした一人レスリング状態に陥るのは、ある意味不可避なのかもしれない。と言うのもStarOffice 9は過去のリリースより大幅な改良が施されており、ノート機能の拡張、Writerでの複数ページ表示、Impressでのテーブル機能の追加、全体的なVBAサポートの向上、Mac OS Xのネイティブサポートなど多数に及んでいるのだが、その多く(と言うよりほぼすべて)はOpenOffice.org 3.0での改善点と共通しているのだ。しかもOpenOffice.org側の新規リリースは1カ月以上先行していたため、StarOfficeの機能向上というニュースも、その分だけ色あせて感じられるのである。

 またライセンス面においても、StarOfficeがプロプライエタリ系としては破格の制限の緩さで提供されているのは事実だとしても、OpenOffice.orgがGNU Lesser General Public Licenseの適用下で提供されているという事実の前には比べるべくもない。つまり少し考えてみれば、取得コストが無料で使用上の制限も課されず機能的にも同等なOpenOffice.orgがあるのに誰がわざわざStarOfficeを選ぶのか、という疑問が浮上してくるのだ。

バンドルという差別化

 こうした疑問に対する答えとしてSunが過去に取り組んできたのは、各種の特典付きでStarOfficeをバンドル形態にて提供するというものだったが、そうした特典もリリースが新しくなるごとに縮小する傾向を示している。例えば6年前のStarOffice 7には60日間有効な無制限セットアップサポートが付属していたのに、ダウンロードおよびスタンダード版のStarOffice 9では、60日間有効なサービスコール3回分というサポートに後退しているのだ。

 同じくStarOffice 7に同梱されていた482ページもあるマニュアルは、PDFフォーマットでわずか88ページしかない『最初にお読みください』レベルのガイドに置き換えられてしまった。このガイドも単独の解説書としては完結しており、内容的にも分かりやすく編集されてはいるのだが、それだけではカバーしきれない部分がすっかりそぎ落とされてしまっている。

 同様に、StarOfficeにはプロプライエタリ系フォントのArial Narrow、Garamond、Broadwayが同梱されているというのも、今では過去の話だ。

 StarOffice独自の提供物として残されているのは、便利だが本質的ではないといったものばかりになっている。例えばクリップアートコレクションに含まれているのは、矢印、吹き出し、ダイヤグラム用の各種図形の他は、コミュニケーション、コンピュータ、ピープル、タイムといったカテゴリのイラスト類に過ぎない。こうしたものは、大方のユーザにとってせいぜいが1度か2度使えば終わりだろうし、それ以前の話として、クリップアートが欲しければOpen Clip Art Libraryからダウンロードすれば済む話なのだ。

 同様の状況はテンプレートコレクションについても当てはまる。この分野に関しては、伝統的に無きに等しいOpenOffice.orgの品揃えに比べると歓迎すべき差別化が行われており、実際これらテンプレートの編成とデザインは良好で(Sunのシンボルカラーであるブルーの色調がかなり目立つ気もするが)、プレゼンテーションの背景選択とその構成もいい線に達している。だがしかし、これと同じテンプレートセレクションはOpenOffice.orgの機能拡張サイトにアクセスすれば、Professional Template Packからダウンロードできてしまうのだ。

 同じ話は、StarOffice 9のCDに別途収録されている機能拡張群のインストールについても成立する。Sun PDF ImportおよびSun Presenter Consoleといった機能拡張がオフィススイートにとって魅力的な存在であることは確かだが、これらをOpenOffice.orgにて使いたければ機能拡張のサイトからダウンロードできるのだ。

 Sunが自社のCDに付加価値を付けるために行った最後の措置は、MySQLとNetBeansおよび、電子メールおよびカレンダ表示クライアントとしてMozillaのThunderbirdとLightningを収録するというものである。このうちMozillaアプリケーションの採用は特に評価すべきかもしれない。それはMicrosoft Officeではこの種のツールが最初から統合されている点に比して見劣りするという、OpenOffice.orgとStarOfficeに共通した批判があるからだ。だがしかし、これまた繰り返しになるが、これらの追加アプリケーションはいずれもフリーソフトウェアであるため、必要なユーザは個別にダウンロードすれば済んでしまうのである。その上StarOffice 9のCDには、数度のマウスクリックだけで目的の追加アプリケーションを取り込めるといった統合インストーラは用意されておらず、各自が必要とするものを個々の収録フォルダの中から探り出さなくてはならないのだ。

ターゲットとする市場

 SunがStarOfficeの扱いに苦慮しているであろうことは、その価格設定に如実に反映されている。6年前におけるStarOffice 7の基本価格は80ドルであり、企業ユーザ150人については単価50ドルにて提供されていた。ところが今日StarOffice 9の価格は60ドルに変更されている一方で、企業向けの提供価格についてはユーザ数に応じて25から90ドルという幅のある単価に改められているのだ。

 こうした価格変更から伺い知れるのは、次の2点である。1つ目は、80ドル当時の価格設定でさえプロプライエタリ系オフィススイートに比べれば破格の低価格であったのに、そこから更に割引をしないとSun側は競争力を保てなかったということだ。2つ目は、現在のSunは企業ユーザこそがStarOfficeのメイン市場だと見なしているということである。

 市場におけるStarOfficeの最大の競合相手は依然としてMicrosoft Officeであり続けているが、おそらくSunの方向転換は、何らかのMicrosoft側の行動に応じた対抗措置という性質のものではないだろう。そうではなくStarOfficeの価格設定とバンドル戦略を見ると、そのターゲットとして、追加機能の探索とインストールという操作を煩わしく感じるタイプのユーザを狙っているよう感じられるのだ。そして個人ユーザに関しては、こうした追加機能の入手法を知らないという人間の方が今では少数派となりつつある。

 つまり“自分でできることは自力で行う”という傾向が薄く、むしろ対照的に“便利な機能なら金を払う”という姿勢が強く見られるのが企業ユーザなのだ。いずれにせよStarOfficeの選んだ方向性は、フリーソフトウェアをパッケージ化した商用ソフトウェアの成功例に対するそつのない模倣と見ていいだろう。模倣とはいえども企業ユーザにとっては魅力的に響くかもしれないが、フリーソフトウェアに関するある程度の知識を持つ人間であれば、さほどの手間がかからずに自力で入手可能な追加機能を得るだけのことに、大枚をはたいてまでソフトウェアベンダとの従来型の関係形成をしようとは思わないだろう。

 このような観点で見るとStarOffice 9とは、フリーソフトウェア全般の成功を示す1つの証拠的存在なのであり、そうした中で敢えて特定の成功例を挙げるなら、それはOpenOffice.orgだということになる。Sunの場合、OpenOffice.orgを中核としたコミュニティ形成に成功したとは言い難いが、同社が行った努力は、かつて期待されたStarOfficeの魅力を損なう方向に大いに寄与していると評していいのではなかろうか。

Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、Linux.comに定期的に寄稿している。

Linux.com 原文(2008年11月19日)