正式リリースを間近に控えたLyX 1.6

 今月、LyX 1.6のRC1が公開された。ワードプロセッサとマークアップエディタとの中間的な位置付けにあるLyXは、専門的な学術文書を書く人々のニーズを満たすべく、書式やレイアウトよりも内容に重点を置いた編集が行えるように作られている。そのため、ワープロにある従来のWYSIWYG式編集機能の一部は使えない。LyXについては以前翻訳記事)にも取り上げた()ので、ここではバージョン1.6で強化された部分に注目して解説する。

 今回のリリースには、バージョンアップに伴う通常の機能強化のほか、まったく新たな機能もいくつか見られる。

ビューの分割

 LyXの新バージョンでは、複数のドキュメントビューを同時に開くことができる。長い文書を扱うときには、編集箇所を瞬時に切り替えられて便利だ。ウィンドウ内の領域分割、複数ウィンドウの表示、それに両者の併用も可能であり、文書に対する変更はすべてのビューで同時に反映される。LyXはテキストエディタと同じように、ウィンドウの大きさに合わせてテキストの書式を調整してくれるので、一般的なワープロで画面分割を行う場合より柔軟性が高い。

入力の自動補完

 今回のLyXは入力の自動補完機能を備えている。この機能はカスタマイズ可能で、候補のリストをポップアップ画面に表示させたり、最も尤度の高い語を灰色で文書中に表示させたりできる。ただ、LyXではテキストの位置調整がリアルタイムで行われるため、この機能を使うと若干問題が生じる。候補となる語が灰色で提示されるたびに、周辺のテキスト全体が動いて気が散ってしまうのだ。とはいえ、この機能は設定によって簡単に無効にできる。

グラフィック処理

 グラフィックパラメータという新機能により、テキストスタイルの機能の一部が画像の操作にも使えるようになった。画像のグループを定義することで、たとえば、テキスト領域の40%の幅にして左回転操作を行う、といった画像向けのスタイルを設定できる。テキストの場合と同様、あるスタイルの設定を変更すると、そのスタイルを利用しているすべての画像にその影響が及ぶ。

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画像のペースト

 書籍のような大きなファイルを編集する場合は、2つの理由からこの機能が役に立つ。まず、時間の節約になる。これまでは、ダイアログをいくつも開いて設定を個別に変更しなければならなかった。図が20点ほどのファイルでも、図に関係した小さな変更が1つ起これば、それをすべての図に反映させるのは大仕事だ。そうした変更によってミスが生じることも少なくない。

 もう1つは、このような機能によって、優れた文書の特徴の1つである一貫性が得られることだ。

 この機能を利用すれば、ほかのアプリケーションの画像をそのまま切り貼りできる。貼り付ける際にはファイルの名前と保存場所を入力すればよく、これも時間の節約になる。従来の、ファイルを探して保存、また探して読み込みという操作はわずらわしく、創造的な思考が中断されてしまう。

レイアウトモジュール

これまでのバージョンの場合、標準でないレイアウト特徴を文書に追加するには、苦労を覚悟のうえでレイアウトファイルを手作業で編集するしかなかった。また、こうした変更は、実質的に一度きりのもので再利用は難しい。新しいレイアウトモジュールには、レイアウト特徴のためのプラグインアーキテクチャが導入されており、今回のLyX 1.6.0の時点ですでに、巻末の注釈、点字のサポート、定理、番号付き例示といった特徴を追加するモジュール群が付属している。こうして再利用可能なモジュールのしくみができたからには、今後もレイアウトモジュールを増やしていってもらえるとありがたい。とはいえ、今回提供されるモジュールは単なる概念検証版の類ではなく、それぞれに新しい機能が含まれている。

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モジュール管理

その他の新機能

 最新のLyXには、シンボルピッカーダイアログが用意されている。サードパーティ製のシンボルピッカーを選ぶ人もいるだろうが、たまに使うなら付属のもので十分だ。

 また、ハイパーリンク埋め込み機能の登場によってURL埋め込みは廃止予定となっている。リンクタイプをWeb、ファイル、または電子メールとして指定するオプションもあり、PDFファイル生成(以下を参照)のクオリティをさらに高めている。

 また、Firefox風に、Ctrlキーとマウスホイールの組み合わせで表示の拡大縮小が行えるようになった。

ユーザインタフェースの改良

 LyXのユーザインタフェース(UI)は、機能的には問題はないが古臭さを感じさせる前回のリリースのものから、最新のアプリケーションにふさわしい働きをするものに生まれ変わっている。UIの改良は最新段階を迎えており、純粋に革新的な部分と、期待されていた動作や機能の追加部分が混在している。

ポップアップ式のコンテキストメニュー

 これまではポップアップメニューがなくて不便だっただけでなく、そのせいでLyXのユーザインタフェースは時代遅れのものに見えていた。今回導入されたばかりのコンテキストメニューだが、その実装はほぼ完成されており、オブジェクトを右クリックすればどんな状況でも一貫した操作が行える。ここ数か月でアルファ版やベータ版も試してきたのだが、ポップアップメニューがなかったその頃はどうやってLyXを使っていたのだろうか、と不思議に思えてくる。

文書ナビゲーションの機能

 LyXの文書ナビゲータは、分離可能なサイドバーとして再実装されているほか、数々の改良が施されている。このナビゲータは、セクションブラウザとマニピューレータを兼ねているだけでなく、その他の種類のオブジェクトをリストにして表示することもできる。図、数式、脚注など多くの要素のリストを使って、文書のナビゲーションが行える。長大な文書から必要な要素を探し出すのに重宝するだろう。

レイアウトメニューのフィルタリング

 スタイルは、一部のソフトウェアには見当たらないものだが、LyXでは文書作成の基本的な手段になっている。扱う文書にもよるが、そのうち画面の下の方には設定されたスタイルが一杯に並ぶことになるかもしれない。

 最新バージョンでは、スタイル選択用のドロップダウンメニューが検索機能によって強化されている。リストからスタイルを選ぶには、Alt+p+Spaceキーを押してスタイルダイアログを開き、スタイル名の入力を開始する。入力が進むとリスト内の候補が減っていき、やがて探しているスタイルだけが残る。それだけではない。スタイルを選択すると、今後そのスタイルを呼び出すためのショートカットキーがウィンドウ一番下の情報バーに表示されるのだ。

 また今回のリリースでは、カテゴリ順または名前順でスタイルの並べ替えができるようになっている。

全画面表示

 余計なものに注意が向くことのない全画面表示モードでのテキスト編集は、現在あちこちで見直されている。最新のLyXでも、F11キーを押せば全画面モードに変わるようになっている。LyXのほとんどの機能と同様、この機能も広い範囲のカスタマイズに対応しており、テキスト領域の幅や全画面モードで表示するコントロールの種類を設定することができる。

UI関連のその他の改良点

 最新版のLyXでは、ツールチップがかなり便利になっている。LyXの重要な機能の1つに、脚注や注釈のような埋め込み要素を隠す機能がある。このバージョンでは、隠された要素の上にマウスポインタを持っていくと、その内容を参照することができる。ツールチップが気に入らない人は、この機能を無効にできる。

 また、以前はスクロールの動作が不安定だったが、今回はこの点が修正されている。

 ショートカットキーの割り当ては、設定ダイアログで編集できるようになった。キー割り当ての設定ファイルを探して編集するのを嫌がる人は多いが、そうでない人はこれまでどおり設定ファイルを使うこともできる。

 また、今回のLyXでは、ウィンドウやダイアログの位置が文書ごとに記憶される。この機能もそのうちに当たり前のものに思えてくるだろうが、間違いなくLyXの発展に貢献している。

PDFの作成

 PDF作成用のサブシステムは全面的に見直されており、文書設定のダイアログには追加機能専用のページが用意された。こうした新機能によってLaTeXのHyperrefパッケージの微調整が可能になり、ブックマーク生成や後方参照など、作成されるPDFの諸要素に対する制御項目が増えている。また、PDFのヘッダー情報を手作業で入力できるようになった。情報を補足することで、文書の索引付けがより広い範囲で可能になる。

 PDF出力を利用するLyXユーザのなかには、質の高いPDFを作成するために、これまでサードパーティ製のツールを使っていた人もいるが、もはやその必要はないだろう。

フロート

 LyXには、図や表などのオブジェクトをキャプション付きのフレームに配置するオプションがある。今回のリリースでは、下位レベルの図やテキストラップ方式のフロートに対応したほか、あらゆる種類のフロートで横方向の位置寄せができるようになっている。

数式

 複雑な数学的表記を扱える点は、以前からLyXの強みだった。数式の入力は、ビジュアル操作主体でも、TeXの数式コードの直接利用によっても行える。この最新リリースでは、数式マクロが改良され、等式の反復的な生成が容易になっている。

その他の全般的な改良点

 今回のリリースでは、言語サポートも進んでおり、対応言語がいくつか追加され、双方向の言語サポートが強化された。

 文書の連携とバージョン管理の機能も改良され、CVSとの直接連動が可能になっている。

まとめ

 LyXは、ワープロ、LaTeXエディタ、DTPパッケージのそれぞれと重なる部分はあるが、そのいずれでもない。その性質上、LyXは間違いなくワープロより短い期間で習得できる。ただし、(以前のバージョンよりはかなり良くなったが)ユーザインタフェースには問題が残っている。たとえば、検索機能やスペルチェックはまだ少し古風で使いづらい。

 LyXを使って最終的な文書を完成させるまでには、LaTeXバックエンドなどのユーティリティを利用する複数の段階がある。ときには、作成した文書が期待どおりにコンパイルされないこともあるかもしれない。また、特に複雑な文書を扱う場合には、おそらくはフォーラムを訪れたうえで、ある程度の調整が必要になることもあるだろう。

 今回のリリースによって、LyXは新規ユーザにとっても魅力的なものになり、多くの優れた新機能は既存ユーザから喜んで受け入れられるだろう。LyXは決してあらゆる種類の文書に向いたツールではないが、今回のバージョン1.6.0はすばらしいリリースとしてまとめられている。

Michael Reedはテクノロジ、昔ながらのコンピュータ利用法、ギークの先進的文化、ジェンダー問題などについて執筆を行っている。ミュージシャン、サイクリストでもあり、コメディの脚本も手がける。

Linux.com 原文