レビュー:WYSIWYM文書プロセッサLyX 1.5
LyXはプロジェクトのウェブサイトで、ソースコード/バイナリファイルのtarアーカイブとして配布されているが、LyX wikiのページでは、よく使われているたいていのLinuxディストリビューション用の非公式ビルドへのリンクも用意されている。また、手元のディストリビューションがサポートしているパッケージの中にLyXが含まれている可能性もある。今回私は、LyX wikiからリンクされていたUbuntu Feisty用の非公式パッケージを利用してみたが、まったく問題なく使用することができた。
洗練されたLyX
LyX 1.5で最初に気付くことは、老朽化が進んでいたこれまでの世代のLyXのデフォルトのXFormsに代わって、見栄えの良いQt4のインターフェースが導入されたという点だ。これによりLyX 1.5は最近のLinuxデスクトップの見掛けに調和するようになっているが、それだけには留まらず、便利な機能も追加されている。例えば、前回の実行時のウィンドウの大きさと位置とを覚えておくようになった。また、フルにカスタマイズすることが可能なツールバーや、システムクリップボードの利用や、タブを使用して同時に複数の文書を扱うことなども実現されている。
またLyX 1.5では、フォント選択用のGUIインターフェースが追加された。LyXは最終的な出力にはTeXを利用するため、これまでのバージョンではX上の普通のプログラムのようなフォント選択インターフェースは用意されておらず、結果的に、TeXのせっかくのパワフルなフォントシステムをユーザが扱うのは困難になっていた。今回追加された新たなインターフェースでは、ユーザがLyXの実行中にフォントを変更することが可能になった。当然ながら文書単位での設定というLaTeXのモデルの範囲内ではあるものの、調整可能な部分が増えるのは嬉しいことだ。
LyX 1.5は、Unicodeを使用するように完全に書き直された。そしてそれにより複数言語を含む文書の扱いが可能になったのに加え、今回初めてCJK(中国語/日本語/韓国語)文字をインターフェースの文字部分で使用することが可能になった。またアルメニア語版と現代ペルシア語版も今回新たに利用可能になった。なおCJKのサポートは、これまで並行して管理されてきたCJK-LyXブランチが今回問題なくマージされたという点で特に注目に値するだろう。
LyX 1.5では、文書の編集に関していくつかの新機能が導入されている。中でも特に便利と思われる新機能は、アウトラインモード、表のサポートの向上、ソースコード閲覧機能だ。アウトラインモードツールは特に興味深いもので、これによりアウトライン・ビューの中の項目を並び変えることで文書全体を即座に構成し直すことができるようになった。
フォントの場合と同様に、LaTeXの表のサポートは、通常のワードプロセッサの表のサポートと内部的に非常に異なっているため、LyXで実現されるまでには長い時間がかかった。LyX 1.5では表を作成するためのツールがそれほど幅広く揃っているわけではないが、基本的な表を使用することができ、また表の位置合わせや見掛けについての基本的な調整を行なうことができるようになっている。
純粋主義者のために
LyXのソースコードビューアは、実際にはTeX愛用者にとってのみ価値があるものかもしれない。ソースコードビューアを使用すれば、現在開いている文書や段落のLaTeXソースを表示する枠を開くことができる。LyXは、TeX文書をワードプロセッサと同じ方法で編集できるようにすることに大きく貢献しているが、希望通りのことを実現するためにソース自体を調整する必要のある状況は今後もやはりなくならないだろう。
さらにLyX 1.5では、数式の表示能力が向上している。試しに複雑な数式を一から書いてみたところ、数式エディタ用のコンポーネントは単純明快で使いやすいことが分かった。これは有難いことだ。というのも、良くない数式エディタを使った場合、数式を書いている途中で混乱してしまったり、文字を上付きにするのを忘れてしまったりするためだ。LyXの数式エディタでは、新しく記号を挿入する際には必ず、編集可能な要素について視覚的なヒントが現われた。また、マウスは数式の回りでもスムーズに動かすことができた。
また既存の実際に使用されている数式をLyXで表示してみるため、理論物理学の(正式なAMS-LaTeX形式の)論文と宿題をLyXで開いてみたところ、LyXではエラーや警告は出ずに、まったく問題なく(私が見る限りは)正しく表示された。
科学者でない、ごく普通のユーザにとっての利点
以上のような点はどれも悪くはなさそうであり、したがってLyXがなぜ論文や雑誌用の記事を執筆するのに利用されることが多いのかということはすぐに理解できるものの、デスクトップLinuxユーザにとってLyXが必要な理由は明らかではないかもしれない。
デスクトップLinuxユーザにとってのLyXの魅力が何かと言えば、それはLyXのトップクラスの印刷出力だ。LyXには、文字間隔や行間隔を段落単位で簡単に調整する機能はないかもしれないが、その代わりとして、ユーザ自身よりもTeXの方が優秀であることを信じれば、すべてにおいて満足できる出力を得ることができる。LyXには、手紙、履歴書、プレゼンテーション用のスライドなど、よく使われる文書用の文書テンプレートが付属している。そのためTeXを使ったことがないユーザでも、新規に文書を作成する際、用意されているテンプレートを使用すれば、プロフェッショナルな見掛けの文書を作成することが可能だ。
文書を作成する際、LyXはマークアップのタグを通常のテキストとは異なる色で表示してくれるので、グラフィカルなHTMLエディタに似た感じで使うことができる。また「View」メニューを使用すれば、文書の作成中いつでも、出力をプレビュー表示することができる。出力をプレビュー表示する方法にはいくつかあるが、いちばん手っ取り早い方法である「View(ビュー)→DVI」を実行すると、LyXがDeVice Independentファイルを生成してDVIビューアでそのファイルを開いてくれる。また、同じく「View」メニューからPostScript形式やPDF形式の出力を生成することもできる。ただし、それらの形式の出力結果がDVIの出力結果と異なることが稀にある。
まとめ
LaTeXとTeXはすでに確立した技術であり、急激に変化することはない。LyX 1.5は、それらの技術を現代的なLinuxデスクトップに統合している。KDE/GNOMEユーザは、LyX 1.5の見掛けの向上と利便性の向上の両方を享受することができるだろう。
確かに、AbiwordやKWordのようなユーザフレンドリなワードプロセッサがすでにプレインストールされているというのに、今さら(どの種類であれ)TeXにこだわる意味はないと思われるかもしれない。もし本当にそう思うのなら、次に印刷する予定の文書を書く必要がある際に、是非LyXを試してみて欲しい。LyXを使って文書を書くのがワードプロセッサを使った場合と代わらないほど単純であることが分かり、また、紙に印刷されたTeXの出力の美しさに驚かされることと思う。
コラム:非WYSIWYGな文書処理の簡単な紹介 |
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「WYSIWIGではない」ということ自体に怖じ気付いてしまうユーザがいるというのも、当然のことなのかもしれない。というのもLyXの文書作成のアプローチは、実際のところ、(OpenOffice.orgのような堅固なワードプロセッサも含めて)オフィススイートが採用している文書作成のアプローチとはまったく別物なのだ。 LaTeXは、ちょうどHTMLやXMLのように、整形用のタグを使用して文書をマークアップする方法に過ぎない。ただしLaTeXは、コンピュータサイエンスの大家であるDonald Knuth氏の発明の一つであるTeXという洗練された組版ソフトの上で動く。 最終出力がほぼ常にコンピュータ画面で表示されるHTMLとは違って、TeXは、印刷される出力向けに設計されている。TeXでは、オフィススイートに含まれているワードプロセッサで校正するのは悪夢であるような、長く複雑でクロスレファレンスのある書籍も扱うことができる。Microsoft Wordで脚注の整形をしてみれば、その作業はものすごく厄介なことになるので、何が問題なのか分かることだろう。 TeXや、TeXの上で動くLaTeXの考え方というのは、すべてをプレーンテキストで簡単に書けるようにしておき、組版や出力の際の細部についてはレイアウトエンジンに任せてしまうというものだ。なおLaTeXは便利な文書スタイルやレイアウトを提供するものであり、生のTeXコードそのものに便利な抽象化層を追加したものだ。 LaTeXは、科学や学術分野においてもっとも普及している。というのも、そのような分野の出版物は、限られた紙面と、とんでもなく複雑な数式とに対処しなければならないためだ。ACM(米国コンピュータ学会)、IEEE(米国電子技術者協会)、AMS(米国数学会)など数式を多用する学会では、論文をLaTeX形式で提出しなければならないことも多く、通常、適切なテンプレートが無料で提供されている。 ちなみに大文字と小文字が混じった奇妙な表記は単に、TeXやLaTeXを用いてできることを見せ付けるためのものだ。TeXプロジェクトもLaTeXプロジェクトも、正式なロゴは独自のオフセットを用いて作成されていて、単純なHTMLで実現するのは難しい。なおCSSを使った実物に近いものがHenri Sivonen氏によって考案されている。ただこれは複雑なので、ほとんどの人は、ウェブページやメールの中で「TeX」や「LaTeX」と表記している。 |