EUで官民共同プロジェクトがOSSの利用を促進する計画を発表

 ヨーロッパでのOSSの利用を新たなレベルに引き上げることを目的とした野心的なイニシアティブである「QualiPSo」によって、欧州企業と米国企業との競争に変化が起こりそうだ。 QualiPSo は一部EUからも資金援助を受けた4ヶ年プロジェクトで、その使命は「OSSの新たな市場の主力企業が協力して、OSSの品質を高め、企業/政府からの信頼を育てる」ことだという。

 QualiPSoのメンバーには、20ヵ国からの様々な種類の企業/大学/行政機関が含まれている。主な業界企業としては、Mandriva、Atos Origin、Bull、Engineering Ingegneria Informaticaが参加している。なお創設メンバーの中には中国やブラジルの組織も含まれているが、プロジェクトの主な焦点は現在のところはヨーロッパに当てられている。

 QualiPSoの正式な設立は1年前だが、先月ローマで初の国際会議が開催されて、プロジェクトの使命と最初の結果の発表が行われた。会期は2日間で、初日には各企業がOSSを大規模に推進している理由を説明する講演がいくつか行われた。2日めは終日QualiPSoのサブプロジェクトの紹介が行われた。

QualiPSoの活動

 QualiPSoのメンバーは、「電子政府」が今後最大の市場になるのと同時に、ほとんどのEU市民に影響を与えることになる分野だと考えている。確かに多くの市民は税務署が使用しているソフトウェアがクローズドソースなのかオープンソースなのかについてや、そのソフトウェアを提供しているのがヨーロッパ企業なのか米国企業なのかについて気にかけることはないだろうが、電子申告・納税システムが安全かどうか、低コストかどうか、手続きを迅速に済ますことができるのかどうかについては確実に気にするはずだ。そしてそのため最新の計画では、QualiPSoは異なる10種類の分野に取り組むことで「相互運用性」(ただしこの言葉には様々な意味がある)の実現を目指すとしている。

 「相互運用性」の具体的な内容について複数のQaliPSoの代表メンバーに直接話を聞いたところによると、大規模な組織ではIT予算の約40%をシステムの統合のための開発に費やしているのだという。そのままの状態のOSSには相互運用性はないが、多くの場合、本当に障害となるのはコード自体ではない。そのためQualiPSoがOSSの相互運用性を向上させるためにまず始めに取り組むべき分野は、設計の際の適切な慣習や、オープンで完全に互換性のあるソフトウェアインターフェースを開発/公開することだという。

 また別の面から言えば、ソフトウェアの区分、関連する技術、開発者の能力などといったメタデータは、SourceForge.netやBerliOSなどのレポジトリでは統一的な形で保存/表示されていない。そこで相互運用性という観点から、QualiPSoの次世代ソフトウェア開発サイトでは、インテグレータが最小限の手間で、様々なレポジトリにあるコンポーネントを組み合わせて完全なOSS製品を構築できるようにすることを実現しようとしている。

 QualiPSoが取り組んでいる相互運用性として最後に挙げられている――がおそらくもっとも重要な――ものは、組織/役所的な制度に関するものだ。例えば予算内容の変更の承認に関わる部門が3つあったとして、用語/セキュリティ/インターフェースにおいて各々異なっていて互換性のない3つの手続きを介さなければならないようであれば、電子政府やビジネス上の迅速な決断などは夢のまた夢だ。QualiPSoのメンバーは、そのような手続きのすべてを統合するためのサポートを提供したり、それらが実際に相互運用可能であるということを保証していったりする予定だ。

 上記のような点についての相互運用性を詳細にテストするためにはコストや時間がかかり、また退屈な作業であるためにボランティアによる協力もほとんど(あるいはまったく)期待することはできないだろう。そこでQualiPSoでは、そのようなテストをより簡単に行うことができるようにするため、OSSコンポーネントの実際的な相互運用性の評価と様々な視点から見た品質の評価とを行うための軽量なテストスイートの作成も計画している。これについてはQualiPSoのウェブサイトの相互運用性のページでより詳しい情報を知ることができる。

 もう一点、QualiPSoの計画の中でも興味深い項目に法律関連のサブプロジェクトがある。一人のプログラマが個人的な楽しみのために自宅で気楽にハックしている場合には、GPLコードにパッチを当ててコンパイルし直すのも自由であるし、オンラインでソースコードを公開するのならGPLである旨を示しておけばそれで問題はない。しかし大企業や行政機関の場合、特に、現時点ではほとんどのOSSライセンスが前提としている米国の法律とは異なる法律を持つ国々を拠点として活動している場合には、コスト的な観点からも法的な問題を抱えることはできない。というのも、SCOなどの前例からも分かるように、良からぬ人々の側が悪いということが明らかである場合であってもなお、それを法廷で証明するには(そうでなければ別のことにもっとましな形で使用することができたであろうはずの)多くの時間や資金(特にそれらが公共の資金である場合にはなおのこと)を無駄に使わざるを得なくなってしまうためだ。QualiPSoでは、知的所有権に関する問題の考え方や適切な対処方法とともに、ヨーロッパ諸国の法律の下で有効であることを保証したソフトウェア/文書用OSSライセンスを提供することも計画している。

 2008年秋には、QualiPSoコンピテンシー・センターがベルリン、マドリード、パリ、ローマの4ヶ所に開設される予定になっている。このセンターの目的は、個人/企業/行政機関を問わずこれからOSSを採用しようと検討している人々に対して、本稿やウェブサイト上に書かれているQualiPSoが持つすべての資源、サービス、ノウハウ、ツールを利用可能にすることだという。

現場からの批判

 Roberto Galoppini氏などのブロガーは、QualiPSoによる報告書の作成にはコストがかかりすぎているうえ、新しい情報はほとんど含まれていないと批判して、次のような質問を投げ掛けている。QualiPSoには必要以上の公的資金が投入されているのではないだろうか? その公的資金は、QualiPSoのメンバー企業にとっての利益にしかなっていないのではないだろうか? コンピテンシー・センターなどの取り組みは、維持できるだけの公的資金が得られなくなれば即刻廃止されるだけなのではないだろうか? なお今回の会議の休憩時間にも、様々な出席者からの同様の声を耳にした。

 コンピテンシー・センター・サブプロジェクトのリーダーであるJean-Pierre Laisné 氏は、QualiPSoの報告書にあまり新しい情報が含まれていないという点について認めた。しかしLaisné 氏によるとそれでもなおそのような情報は、どういう理由であれその辺のハッカーの声には耳を傾けることはできない(あるいはそのつもりはない)地域の企業/行政機関/ヨーロッパ全土に渡る大企業に対して、OSSをサポートするという正式な約束となる形で、きちんとまとめて正式に発表する必要があるものなのだという。ブロガーのDana Blankenhorn氏も「QualiPSoのコストと一見当たり前の内容に思われる報告書について」でほぼ同じ意見を述べている。

 今のところQualiPSoは、ヨーロッパを拠点とするOSS関連の企業が、ヨーロッパの大企業や行政機関からできるだけ多くのOSS関連の契約を獲得するための手段だと言えるだろう。しかしQualiPSoにはブラジルや中国からのメンバーもすでに参加している――つまり今後も、そのような国々のソフトウェア企業が自国の市場で同じ戦略を実践するためにQualiPSoに参加するようになる可能性がある。このことは特に米国の観点から見ると非常に興味深い。QualiPSoは、IBMやMicrosoftやSunやOracleといった企業を自国の市場から駆逐したい――現時点では、米国外の一企業が単独でこれを実現することは不可能だ――と考える米国外のソフトウェア企業の拠り所となる可能性も秘めている。

 ヨーロッパの行政機関が今後、コストと透明性と効率性とをより重視するようになって、コストが高く低速な手動/紙ベースの手続きを全般的に取りやめていくことになれば、高品質なOSS――すなわち、堅固で信頼性が高く、実世界において実際に相互運用が可能で、自国の法律と全面的に互換性のあるソフトウェア――を構築/採用するための明確な規則/ツール/規範が不可欠となる。しかし役所の手続きを相互運用可能な形でソフトウェアとして実装するためのひどく退屈な細かい点をすべて解決するということは、決してボランティアが望んでやりたがることではない。したがってそのような場合には、少なくともEUのいくつかの国においては、QualiPSoのような組織の形で民間からの協力を少し得たとしても決して害にはならないだろう。

 今のところ、QualiPSoの運営がどれほどオープンな形で行われるのか、またQualiPSoの活動がそのメンバーだけでなくヨーロッパのすべてのOSSコミュニティにとってどれほどのプラスとなるのかについてはまだ明らかではない。そのような懸念以外にもこの最初の一年に関して、活動計画が発表されていなかったことや、全体的にQualiPSoとコミュニティとの間で十分な情報交換や接触の機会がなかったことについての不平が聞かれた。しかし今やプロジェクトが正式に公開されたので、今後は改善するだろう。

 そのような不平もあるとは言え、国会から小規模な都市の議会や教育委員会までヨーロッパのあらゆる規模の行政機関は今後QualiPSoの存在によって、提案したのが誰であったとしてもOSSを無視しにくくなる可能性がある。またQualiPSoの存在によって、Microsoftなどのプロプライエタリなソフトウェアを却下したために解雇されるというようなことは起こり得ないというくらいにまでヨーロッパにおけるOSSの地位が正式に高まる可能性もある。QuailPSoには「OSSをサポートする法律/規制の提案、ならびに政治レベルでのOSSの振興」を目的とする「利用と普及」サブプロジェクトもある。イタリアのROSPAグループなどOSSの利用促進を目指すヨーロッパのあらゆる公務員にとって、EUの賛同を得ているQuliPSo報告書は、地元企業からOSS製品/サービスを購入することで地元のIT雇用を生み出すことが最終的には無難な選択肢であるということを上司に説得するための優れた論拠となるだろう。

 さらに言えば、企業や行政機関がすでに公的資金を投入しているという事実があるため、QualiPSo内部についても、それ以外の「OSSは公的な評価が高いのに公的資金を獲得していない」で指摘されているような状況においても、市民は議員に対して意見を主張しやすくなるかもしれない。EUでさえもがその普及に取り組むほどOSSが優れているのであれば、なぜもっと利用しないのだろうか?

 概して、QualiPSoの今後数ヵ月間の動向には興味深く注目すべき理由が数多くある。

Linux.com 原文