ヨーロッパにおけるODFの状況

OpenDocument Format(ODF)および各種オープンスタンダードの扱いをめぐる闘いが、欧州委員会(European Commision)の官僚的制度の奥深くで繰り広げられつつある。先月、ダブリンで開催されたKDEの世界的な会議aKademyで明らかになった事実だ。

aKademyでは終日、OpenDocumentの動きが取り上げられ、政治的なプレゼンテーションと並行して技術的な議論が行われた。KDEには、ヨーロッパにおけるODFの状況に関心を寄せる十分な理由がある。ヨーロッパにはKDEを利用する開発者や企業が数多く存在するからだ。さらに、KOfficeはODFをデフォルトのファイルフォーマットとして採用しており、いくつかのOpenDocument標準規格の実装と開発の両面で先端を行くアプリケーションでもある。

ODF一色に染まったこの日、Barbara Held博士によって重要なプレゼンテーションが行われた。Interoperable Delivery of pan-European eGovernment Services to Public Administrations, Businesses and Citizens(IDABC)、欧州委員会プログラム(European Commission Program)の企業産業総局(Enterprise and Industry Directorate-General)にいる人物なのだが、とにかく非常に長い肩書だ。基本的にIDABCは、EU(欧州連合)に加盟する25カ国でのデータ交換によって生じるEU内部の技術的な問題を仲裁するために存在している。互換性のない多数のファイルフォーマットが存在することでEUの手には負えない問題が起こるため、その事態を打開する戦略を打ち出す役割がIDABCに与えられたのだ。

ヨーロッパの政治ではすべてがそうだが、IDABCのやり方もまた多面的で複雑である。IDABCはさまざまなネットワークおよびサービスに資金を提供し、それらの実現を進めている。そこにはEU内の共通の利害が絡むものや影響の大きさから優先的に扱われているものもある。またIDABCは、EU各国間での相互運用性をサポートする一般的なサービスおよびツールの利用を可能にしてもいる。

こうした問題に関わるIDABCの権限の範囲やIDABCの全体的な方針は、EUの『eEurope Action Plan 2005』内の次のような記述から読み取れる。IDABCは欧州委員会に「オープンスタンダードに基づき、オープンソースソフトウェアの利用を促進する相互運用性の枠組み」を確約しており、国境を越えたEUの構造ではこうした枠組みが必要不可欠であるとHeld博士は述べている。これはフリーソフトウェア・コミュニティを支援するという上層部の意向であり、悪い話ではない。

IDABCが作成したEuropean Interoperability Framework(欧州における相互運用性の枠組み、EIF)は、EU加盟国とEU各組織向けのガイドラインとして役立っている。EIFには行政管理のコアとなる要求事項が明示されており、そこには、可用性、信頼性、安全性、接続性、持続性(長期的な可用性を含む)、ベンダロックインからの自立、価格あたりの価値(ソフトウェアの実装および使用許諾のコストを含む)、スケーラビリティ、再利用性が含まれている。こうした包括的な要件を考慮していることから、フリーソフトウェア・コミュニティが好むオープンスタンダード類をサポートするにあたり、EIFは影響力の大きな文書になった。もっと細かく言うと、標準規格は採用と管理が非営利組織によって行われ、関わりのあるすべての組織に対して公開される必要がある。また、その内容は完全に公開され、詳細な仕様が無料で入手できなければならない。さらに、標準規格の内部に含まれていたり、必然的に標準規格に関連する知的財産権はすべて、ロイヤリティ・フリーで利用可能でなければならない。最後に、標準規格の再利用に対しては一切の制約を課すべきではない。

こうした厳格な枠組みは、その開発に影響を与えた要因の結果として生まれたものである。まず、『eEurope Action Plan 2005』のような以前の文書の影響やIDABCからの政治的な力が作用した。一方で、EU加盟国やIDABCのほか、独自の内的政策の展開と維持を必要としていた利害関係者からの圧力もあった。こうした2つの要因が、厳しい要求を広い範囲で考慮した枠組みにつながったのだ。

この複雑な過程の結果として、2004年にIDABCは加盟国の上層部に一連の勧告を提示した。これらの勧告は、改訂可能なXMLベースのフォーマットを採用するように加盟国に求めてはいるが、OASISのOpenDocument Formatを推奨するまでには至らなかった。

どう考えてもODFを推奨している枠組みにたどり着きながら、そこまで徹底しきれなかったのはなぜだろうか。IDABCに関して言えば、ODFはIDABCの要求事項をすべて満たしていた。事実、Held博士は自らの発表のなかで「EUと加盟国の意見では、ODFの位置付けは提案されているその他すべてのオープンスタンダードよりもずっと高いとされている」と語っていた。なのに、なぜODFを推奨しないのか。Held博士はこの件について公式なコメントはできないと述べていたが、今回の決定に至った一般的理由は説明していた。

まず、EUにおけるオープンスタンダードの法的な定義からは業界のコンソーシアムが管理する標準規格が除かれているのだが、ODFはOASISコンソーシアムが管理する標準規格である。EUが認めるのは、国際標準化機構(ISO)や国際電気標準会議(IEC)のような国際組織によって承認された標準規格だけである。ODFのバージョン1.0は2006年5月にISO標準として承認されたものの、その後のバージョンでは再提起が必要なため、2008年のバージョン1.2のリリースまでは再び承認されることはなさそうである。2つ目の問題は、ヨーロッパの標準化団体や有力組織の知的財産権モデルには通常、RAND(Reasonable And Non-Discriminatory、特許使用料の請求が可能なモード)の考えが含まれており、ロイヤリティ・フリーを求めるEIFの規定と両立しないことである。

3つ目に、これが最も厄介なのだが、欧州委員会は、互いに競合する国際標準規格に対して中立の立場を維持しなければならないことである。確かに加盟国やEUの下位組織はこうした標準規格に甲乙をつけることができるのだが、EU自体はヨーロッパの要求事項に、たとえばMicrosoftのOOXMLではなくODFが望ましい、といった決定を組み込むことができないのだ。この中立性の背景には、欧州指令98/34に記された公正な競争の考え方がある。ただし、この指令は現時点で議論を呼んでおり、改訂される可能性がある。つまり、ODFがEUの公式フォーマットになる際の障害を克服する余地はまだ残されているわけだ。

これまでに述べてきた複雑な状況を要約すると、現在EUは文書フォーマットの標準化を進めており、多くのEU組織および加盟国はODFを支持しているが、EU自体はODFの全面的利用を要求できない、ということだ。

では、これから我々はどこに向かうのだろうか。ODFを支持する利害関係者の声が高まるにつれ、法的な拘束力を持つ決定か一連の具体的な勧告のどちらかによって、ヨーロッパがODFによる標準化を採用する可能性は高まるだろう。EU市民が、2004年に策定されたEIFとIDABCによる勧告を持ち出して、ODFの優位性を欧州議会の代表に訴える可能性もあるし、国または地域レベルで自国の代表者にODFによる標準化を迫ることも考えられる。

また、たとえ欧州委員会による勧告の決定がなされなくても、Held氏による好意的な発言からわかるように、ODFが各種フォーマットより優れていることは明らかだ。

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