ITマネジャーがITILの導入を躊躇する10の理由
デニス・ドゥビー
Network World 米国版
企業のITマネジャーにとって、「ITIL」(Information Technology Infrastructure Library)に収められた(IT運用管理業務の)ベスト・プラクティスの導入は、数年がかりの大プロジェクトとなる。そして、プロジェクトが始まれば、進捗状況などに関して経営陣の厳しい監視を受けるばかりか、プロジェクトがもたらす変化に抵抗感を抱く人々とも、否応なしに接しなければならなくなるのだ。
ITILの専門家と業界観測筋によれば、そもそもITILに対するスタッフの抵抗感は“不安”から来ているという。そのため、企業が、ITILのメリットと課題をきちんと説明し、彼らの不安を払拭する努力を怠らなければ、ベスト・プラクティスをスムーズかつ迅速に実装することは十分に可能だというのである。
ちなみに、不安の源をたどると、標準プロセスを軸にIT運営を再整備するということ自体に納得がいかないITIL不賛成派の憤懣や、ようやく「ITIL Version 2」でITILの導入を開始したところに、最新版の「ITIL Version 3」が(今年5月)公開されたことによって噴き出したITマネジャーたちの混乱などが入り交じっているようだ。
米国Forrester Researchのシニア・アナリスト、イヴリン・ハバート氏は、こうした不安や混乱がわき上がることになった背景を、同社の10月のリポートの中で次のように分析している。
「ITILフレームワークはここ数年過渡期に入っているため、さまざまな問題を巡って憶測が飛び交っている。また、米国では欧州に追随しようと必死になってITILの導入を進めているが、インフラ/運用管理プロフェッショナルたちの多くが、まだすべてを把握するには至っていないようだ」
こうした不安や混乱を緩和するために、本稿では、米国Compuwareの製品マーケティング・マネジャーでITILの専門家でもあるリン・ホー氏の力を借りて、10の不安をピックアップするとともに、そうした不安を払拭するための方法を提示してみたい。
ホー氏は、ITIL Version 3にレビュアーとして参加、またITILの推進団体である英国itSMFで書籍『Six Sigma for IT Management』の共同執筆にも携わった。同氏は、現在、業界全体がITILにまつわる混乱を鎮める方向に動き出しつつあると見ている。
以下、ホー氏をはじめとするITIL支持者が顧客企業のIT部門等で見いだしたITILに関する不安を10項目に整理し、その解消法を紹介することにしよう。
【1】変化
変化に対する不安は、IT部門に限らず、あらゆる部門、いやそれどころか生活や仕事のあらゆる場面で生じるものだ。では、IT部門(でITILを導入するとき)の変化に対する不安には、どういった特性があるのだろうか。
ホー氏によれば、多くのITスタッフが恐れているのは、ITILを導入することによってIT部門の存在価値があいまいになり、自分たちの仕事の重要性が損なわれることだという。
しかしながら、ITILは確かにIT部門に大きな変革をもたらしはするが、一方で、「プロセス・オーナー」や「チェンジ・マネジャー」といった新たなポストを生むものでもあるのだ。よって、上のようなITスタッフの不安は的外れであると言える。とはいえ、カルチャーの一大変革を前にしてITスタッフがしり込みすることは十分に考慮に入れておくべきだと、ホー氏はITマネジャーにアドバイスする。
「ITILを導入するにあたっては、目標についてスタッフと管理職とが常に話し合うようにしておくことが大切だ。それ自体が、綿密に監視すべき重要な変更管理(チェンジ・マネジメント)プロセスにほかならないと考えなければならない」(同氏)
【2】測定
ITILはトップダウンによって導入されることが多い。そのため、IT部門は、経営陣から常に監視されることになるのではないかとの不安を抱く。では、経営陣はなぜITILの導入に積極的なのだろうか。それは、ITILがプロセスに“効率性”をもたらすからだ。
となると、IT部門には、効率性が向上したことを証明するために、ITIL導入前と導入後のプロセスの効率性を測定する必要があることになる。
「ITILでは、サービス品質を測定し報告する必要性が唱えられている。IT部門は常に監視されているという状況に不安を覚えるだろうが、測定が可能になるメリットも認識すべきだ」(ホー氏)
例えば、サービスの品質を測定/報告することが可能になれば、期待されるITサービスを提供していることを顧客に証明するための手段が得られる。そして、サービスが実際に向上すれば、IT部門は自分たちの努力と改善を経営陣にアピールして報奨金を勝ち取ることもできるわけだ。
「(IT部門と経営陣が)互いに数量化に合意すれば、会社全体がIT部門がもたらす価値への理解を深めるようになるとともに、IT部門が必要とするリソースを快く提供してくれるようにもなるだろう」(同氏)
【3】プロセスの限界
ITILによって硬直的なプロセスが設けられるようなことがあれば、ITがその元凶だと目されるようになるのではないか、ということに対して不安を募らせる人もいる。だが、ホー氏は「ITILは各プロセスにおいて柔軟性を有し、さまざまな要素を組み合わせるミックス・アンド・マッチ形式のモデルを基盤としているため、企業はそれぞれの環境に合わせたプロセスを構築できる」と主張している。
【4】投資
プロセスを実装するために必要な時間、人員、資金の確保は、ITIL導入者にとって、これまた大きな障害となる。ITILは短期間に満足できる成果が得られるようなプロジェクトではないため、予想される成果に対して投資額が多すぎると見る向きもあるようだ。だが、以下のホー氏の説明を聞けば、そんな不安も払拭することができるはずだ。
「スタッフをトレーニングして軌道に乗せるまでに必要な初期投資の額が大きすぎるのではないかと心配されているようだが、長い目で見ると、コスト削減とサービス向上がもたらす成果は、間違いなく(初期投資を含めた)投資額を上回るはずだ」(ホー氏)
【5】流行の波
今やすっかり業界内の流行語となってしまったことで、ITマネジャーたちはかえってITILの有用性に不信感を抱くようになったようだ。物理的な製品ではなく、目には見えない一連のプロセスであるだけに、ITILへのその思いは、なおさら強いのではないか。こうした人たちに向けて、ホー氏は、はやっているからという理由だけでITILブームに飛び乗らないようにとの警告を発する。
ホー氏は、「ITILへの関心度が急速に高まっているが、だからといってITILがすべての企業や組織にびったりと当てはまるわけではない」と釘を刺す。「現在の環境に問題がなければ、流行しているからといってITILの導入を急ぐ必要はない。ITILが組織のニーズにこたえる場合もあれば、そうでない場合もあるのだから」(同氏)
【6】プロセスの選択
ITILでは10の異なるプロセスを提唱している。そのため、多くのIT部門では自分たちが誤ったプロセスを選んでしまうのではないかという不安感を抱いている──とホー氏は指摘する。
具体的には、時間と金の無駄遣いになってしまうのではないか、各種のリソースを注ぎこんでもプロジェクトが成功しないのではないか、といったような不安だ。そのためホー氏は、ITマネジャーはあれこれ考えないようにし、事業目標に直接関係するプロセスだけを選択するようにすればいいのだとアドバイスする。
「企業は自分たちが最も必要としている部分――つまり、ITILで解決したいビジネス上の最大の課題――を最優先させればいいのだ。そこからすべてを始めればいい」(同氏)
【7】複雑さ
ITIL Version 3に収められている情報と資料は、前バージョンより50%以上も多くなっている。IT部門の中には、それが原因で導入に二の足を踏むところもあるほどだ。ホー氏は、このようなプロセスの複雑さに対する不安が、(1.で紹介した)変化に対する恐れの原因にもなっていると指摘する(もっとも、これはITIL Version 2を導入している企業に限った話ではあるが)。
いずれにしろ、ITIL Version 3に大量の情報が含まれているからといって、ITIL Version 2を導入している企業がすべてそれを1つずつ活用/適用しなければならないというわけではないのである。
「ITILに携わっている人たちは、持続的にサービスを向上させなければならないという強迫観念にとらわれて、不安を募らせ、多くのことに手を出そうとする嫌いがある」と、ホー氏はここでも物事を複雑に考えすぎないよう、いさめる。
【8】経営陣の期待
2.でも少し述べたが、ITマネジャーは、ITILプロジェクトを発足させるにあたって経営陣の支持を獲得するだけでなく、プロジェクトの過程においても経営陣の期待にこたえなければならない。そのプレッシャーが大きすぎるため、多くのITマネジャーは、自分たちの取り組みが、経営陣の壮大な目標にかなっていないのではないかとの不安を捨てきれない、とホー氏は見ている。
「ITILは決してすべてのIT問題を解決することのできる“特効薬”ではない。経営陣の過度な期待をうまくコントロールするようにすべきだ」(同氏)
【9】企業/組織の規模
ITILのベスト・プラクティスは、グローバル企業やフォーチュン500企業のためのフレームワークであり、自分たちのような小さな企業には適さない――中堅・中小企業の中には、こうした理由からITILを敬遠するIT部門もある。多くの要素が絡むプロセスは、小規模な環境では機能しない、と彼らは懸念しているわけだ。だが、ホー氏によれば、それは必ずしも事実ではない。
ITILは柔軟性に富んだフレームワークであり、「ある特定のサイズをすべての企業に当てはめようとするものではない」(同氏)のである。例えば、ホー氏が以前勤めていたプロクシマ・テクノロジー(今年初めにCompuwareに買収されたビジネス・サービス管理ベンダー)は、ごく小さな会社だったが、運用効率を上げるためにはITILが必要だと判断し、わずか2名のITスタッフでITILを導入したという。
「ITILはあらゆる規模の組織に適用できる」(ホー氏)
【10】創造性の抑圧
最後の不安はきわめて単純な不安だ。それは、ITプロフェッショナルが、プロセス・ベースのITILを導入することによって、テクノロジーに対する自分たちの創造性が抑圧されることになるのではないかと恐れている──というものである。
これに関してホー氏は、次のような見解を示す。
「企業が(ITILを通じて)IT部門を整備すれば、“与えられた問題を解決する”という従来の受身モードから、前向きでクリエイティブなモードに転換することができる。その結果、効果的なプロセスにのっとった運用管理を実践することが可能になり、それを基に、いっそう創造性をはぐくむこともできるはずだ」
提供:Computerworld.jp