「ITIL Version 3」導入のメリットと注意点――ITサービスのライフサイクルを的確に管理する

IT運用管理業務のベストプラクティス集であるITIL(Information Technology Infrastructure Library)の最新版「ITIL Version 3」が今年5月に公開された。新バージョンでは、IT運用管理にかかさる諸問題について、ビジネスに即した現実的な解決策を提示するために、導入者にわかりやすい実践例を数多く紹介している。本稿では、ITIL Version 3の導入のメリットと注意点を紹介したい。

グレッグ・エンライト
Computerworld カナダ版

 ITIL Version 3の策定作業には2年半もの期間がかけられた。その内容は、単なるプロセスの実行にとどまらず、各種ITサービスのライフサイクル管理に重点が置かれ、しかも旧バージョンのガイダンスに準拠して構築されている。

 Version 3のチーフ・アーキテクトを務めたシャロン・テイラー氏(カナダのオタワ在住)は、新バージョンについて、「現在、そして将来のサービス・ポートフォリオの機能性とリソースに着目している」と説明する。

 同氏によると、ITILに新たに加わったライフサイクルの手引きを活用すれば、テクノロジーが組織やROI(投資効果)に及ぼす影響を正しく認識することができるという。

 旧バージョンとVersion 3との大きな違いは、何と言ってもこれまで8冊で構成されていたライブラリ集が5冊に集約されたことにある。具体的には、「サービス戦略(Service Strategy)」「サービス設計(Service Design)」「サービス移管(Service Transition)」「サービス運営(Service Operation)」「サービスの継続的改善(Continual Service Improvement)」の5冊にまとめられた。また、ITILの実践者が自身の環境と比較しやすい現実的な実例を数多く紹介しているのも注目すべき特徴である。

 このような内容が盛り込まれたのは、策定作業が開始された2004年11月から6カ月間にわたって実施されたコンサルテーションによるところが大きいという。

 テイラー氏は、多くの関係者から、IT運用管理のベストプラクティスとして本当にふさわしいと思われるものや、ITILの改善すべき点についての意見を聴取したうえで、「(Version 3では)構成全体を刷新し、ビジネスを基軸としたアプローチを求める声を反映させた」と説明している。

IT組織の統合に絶大な効果

 ここでは、実際にITIL導入に取り組んでいるカナダのオンタリオ州行政サービス省ITサービセズ・グループのケースを見てみよう。

 同グループは、これまでさまざまな省にITサービスを提供してきた8つの独立した部門が合併して出来た組織である。ITサービセズ・グループのサービス管理ディレクター、ウィナン・ローズ氏は、「それぞれのレベルでベストプラクティスを追求し、運営方法も異なる8つの部門を統合する作業はなかなか一筋縄ではいかなかった」とその実情を明かす。

 「複雑さと課題が山積の取り組みだった」と漏らすローズ氏だが、2000年にカナダ政府がIT標準として採用したITILに準じて統合作業を進めることで、移行プロセスはほとんど問題なく順調に進んでおり、ITILがもたらす効果は計り知れないという。

 「無秩序状態にあった環境に、比較的スムーズに規律と方法論を適用することができる」と同氏は強調する。

 Version 2からITILの採用を開始した同氏のグループは、(1)全サービス・デスクの統合、(2)インフラ・サービスに対応した全組織的オーダー・デスクの設置、(3)最優先と判断した5つのITILサービスの実現という、3つの大きな目標を掲げて統合作業に取り組んでいる。

 ちなみに、3番目の5つのITILサービスとは、「インシデント管理」「変更管理」「リリース管理」「サービス・レベル管理」「構成管理」である。統合プロジェクトは来年3月に完了する見通しだ。

 ローズ氏によると、サービス・デスクを通じてサービスを提供するための、一貫性のある標準プロセスを確立し、そのプロセスに準じて運営がなされることになるという。「ITILはわれわれに非常に大きなパワーをもたらしてくれる。組織全体に共通の基準を定めることによって、運用状況を的確に把握でき、またそれをエンドユーザーに見せることも可能になる」(同氏)

人こそが最大の成功要因に?

 米国フォレスター・リサーチのアナリスト、J.P.ガーバニー氏は、今日のITの発展ぶりを考慮すると、ITIL Version 3は格好のタイミングでリリースされたと指摘する。Version 2で提唱されていたいくつかのプロセスが、最近のソフトウェアの進化によって不要になり、もはや時代遅れになっているからだ。

 「(今日のソフトウェア製品には)10年前の製品よりも多くのインテリジェンス機能が搭載されており、それに伴ってITILプロセスにも変化が生じている。最近の製品は細かい設定を行わなくても、より多くのインテリジェンスを発揮することができるので、従来の(ITIL)プロセスの1ステップを完全にスキップできる場合もある」(同氏)

 一方、テイラー氏は、ITILを導入するにあたっては、組織の文化に影響を及ぼすことにも十分に留意して、長期的な視点から慎重にプランニングすべきだとアドバイスする。

 「ITILの導入を決定したからといって、強引に導入しようとしても成功は望めない。組織の文化的な側面も十分に考慮しなければ、導入プロセスはうまく運ばない。そうした意味では、人こそが最大の成功要因と言えるかもしれない」(同氏)

 オンタリオ州行政サービス省のローズ氏も、ITILの導入を成功させるには強力なリーダーシップが不可欠だと指摘する。

 「(ITILの導入作業は)困難であり、担当者は常に非難の矢面に立たされる。それは人々が慣れ親しんできた世界をひっくり返すのだから当然のことと言えよう。そもそも人間とは変化を嫌うものだ。導入プロセスを先導するリーダーは、強靱な精神力を持ち、ある程度押しの強い人物が適しているかもしれない」(同氏)

提供:Computerworld.jp