デスクトップに新風を吹き込むキーボード主導の環境
確かに、最低限の機能しか持たないデスクトップは万人向けではない。何といっても操作の習得に時間がかかる。しかし、最小機能のデスクトップが快適に思えるくらいまで十分な時間をかけて使ってみると、今ある主流派デスクトップの背後にある設計上の前提条件に疑問を抱き始めるかもしれない。さらには、必要最低限の機能だけを持たせようとするアプローチ(ミニマリスト・アプローチ)そのものに賛同するようになるかもしれない。
ミニマリスト・デスクトップの主張は、Ionのホームページにまとめられている。そこには「最近はまるで公然の事実のように思われているが、ユーザビリティとは、断じて学習曲線を低く抑えることではなく、システムの詳細をユーザから隠すことでもない」と記されている。つまり、マウスは習得が容易な操作手段かもしれないが、アプリケーションを操作する最も効率の良い方法ではない、ということだ。マウスを使っているときは、片手をキーボードから離したままにしなければならないし、簡単なタスクを実行するのに大抵はメニューの階層をいくつもたどらなければならない。さらに、グラフィカル・アプリケーションでは、使いやすさを重視するあまり、プログラムのオプションやフィードバックの情報がユーザの目に触れなくなっていることも多い。ある意味、基本レベル以上のことを学ぼうとするユーザの意欲が巧妙に抑えられていると言える。もっと高度な機能を使えば、作業が楽になるかもしれないのにである。
キーボード主導のインタフェース操作は、一連のメニューをマウスクリックでたどる操作よりも習得に時間がかかるが、使い慣れるとそのほうが速度と効率の面で優れていることが多い。キーボードバインディングを有効に使ったユーザインタフェースは、長時間のマウス使用による反復性ストレス障害のある人々にも向いている。また、カスタマイズの要素が少ないので、設定もマウスより簡単である。
さらに、GNOMEやKDEのような標準的なデスクトップでは、多数のウィンドウをそれぞれがすぐに見つけられるように配置するのが難しいことがある。複数のワークスペースを用意する、パネルにウィンドウリストを表示する、ウィンドウの自動配置を利用するといった解決策はあるが、それらの多くは問題を解決するというよりむしろ、より一層複雑にしている。
これに対し、ミニマリスト・デスクトップのほとんどには、1つ1つのプログラムを全画面で表示するか、画面上の決まった領域を占めるタブかフレームまたはその両方を使ってプログラムを開くか、のどちらかの解決策が用意されている。ものによっては、Ionのように、設定ファイルを編集して特定のプログラムの各インスタンスを常に同じフレーム内で開くようにすることもできる。当然ながら、どんなミニマリスト・デスクトップにも、ウィンドウ、タブ、フレームを切り換えるためのコマンドが多数ある。
もう1つ、ミニマリスト・デスクトップのふさわしい使い方は、古いマシンをよみがえらせることだ。こうしたデスクトップは、GNU/Linux用の従来型デスクトップとしては最も軽量なXfceと比べても、必要なメモリ容量がずっと少ない。wmiiプロジェクトに至っては、デスクトップ環境のコードを10,000行以下に抑えることを目標の1つとして掲げている。コードベースの小ささが必ずしも応答性の高さを示すわけではないが、リソースの無駄遣いをなくす狙いがあるのだろう。
意外に簡単な操作
こうした目標や配慮はあるものの、初めて目にするミニマリスト・デスクトップからは、必ずしもユーザフレンドリさは感じられない。ミニマリスト・デスクトップの大半には小さなパネルと何の表示もない画面が1つずつ用意されているだけで、メニューの表示は一切なく、キーストロークの組み合わせもわからない。そんなデスクトップの画面を前にした新規ユーザの動揺を予期してか、Ionとwmiiの両デスクトップ環境では、マニュアルを読むこと、または少なくとも使い始めるのに必要ないくつかの基本的なコマンドを覚えることをユーザに訴える簡単なチュートリアルが起動時に表示される。
その他のミニマリスト・デスクトップでは、別の方法でこの問題に対処している。極端なのがdwmで、このデスクトップを使い始めるには、その前にユーザが自分専用のプログラムのコンパイルと設定を行わなければならない。ratpoisonやその新たなCommon Lisp版であるstumpwmなど、その他のミニマリスト・デスクトップは、マニュアルを読まないと事実上使いものにならない。
このように、最初のハードルが高そうなミニマリスト・デスクトップだが、いったんマニュアルを読み始めればそうではないことがわかる。ミニマリスト・デスクトップのなかには、Ionのようにマウスが有効になっているものもあるので、初心者は困ったことがあってもマウスに頼ることができる。また、どのインタフェースも、基本的なキーボード操作の規則さえ頭に入れてしまえばあとは簡単に習得できる。例えば、wmiiではキーボードコマンドがAltキーとの組み合わせになっており、ratpoisonのコマンドはC+tキーで始まる。また、Ionではファンクションキーを使用する。他に何も情報がなくて操作に困った場合でも、これらの知識があれば試行錯誤で乗り切れるだろう。
Ionのユーザは、使い始めて間もないうちはマウス主導型のメニュー設定の方法を覚える必要があるかもしれない。ただし、チュートリアルの内容をいくつかメモしておけば、ファンクションキー以外の機能も十分に使いこなせるはずだ。厳密には必要ないものだが、このメニューは、少なくとも最初はありがたみが感じられるような、マウス主導とキーボード主導の各デスクトップ操作規則の折衷案になっている。
多くの場合、ユーザは、愛用のディストリビューションに収められているミニマリスト・デスクトップをインストールすることで、時間を節約できる。例えば、Debian仕様のIonでは、予めDebianメニューが有効になっており、自分で設定を行わなくてもお馴染みのメニュー群が使えるようになっている。同じくDebian向けのdwmパッケージも、自分でコンパイルしなくてもdwmがどんなものかわかるような仕上がりになっている。
ミニマリスト・デスクトップと従来デスクトップの比較
コンピュータの文化には標準的なデスクトップ環境がすっかり浸透してしまっているので、ミニマリスト・デスクトップの人気が高まる可能性はあまりなさそうだ。ただし、それぞれのデスクトップでは、設計の背景にある優先事項がまったく異なる。いくつか欠点はあるが、標準的なデスクトップには、数々のユーザ層にとってコンピュータを使いやすいものにする機能(アクセシビリティツール、アンチエイリアスフォントなど)が数十種類もある。だが、ミニマリスト・デスクトップでは、こうしたユーザ層を対象としていない。
ミニマリスト・デスクトップのもう1つの問題が、インタフェースに関する2つの異なる考え方の切り換えがユーザに要求されるという点だ。すなわち、ミニマリスト・デスクトップにおける厳格なキーボード主導の考え方と、従来のデスクトップから起動した通常のグラフィカル・アプリケーションにおける手の込んだマウス主導インタフェースの考え方である。もちろん、各種プログラム内でもキーボードショートカットは利用できるが、ミニマリスト・デスクトップを使うと、少なくとも2通りのキーボードストロークを覚えなければならない。というのも、各種プログラムで発展してきた標準的な操作規則を明確に採用したミニマリスト・デスクトップは存在しないからだ。こうした考え方の違いは、ミニマリスト・デスクトップの設定を変えることである程度は緩和できるが、おそらくほとんどのユーザはそこまで手間をかけようとはしないだろう。何のメリットもなしに2通りの操作規則を覚えるのは面倒だし、ミニマリスト・デスクトップは操作を覚えるに値しない、と多くの人は感じるからだ。
もちろん、多くのミニマリスト・プロジェクトは、自分たちの取り組みが日の目を見ないなどとは考えていないだろう。いくつかのプロジェクト、特にdwmはあからさまな上級者指向で、Webページには、プロジェクトの目指すところに共感してくれる人々のためだけに開発を進めている、との宣言がある。そこからは、昔からのGNU/Linuxユーザに今でも見られる、コマンドラインの素晴らしさを不自然に誇張する雰囲気が感じられる。
操作の習得を妨げる要因こそあれ、そうした最初の壁を乗り越えれば、ミニマリスト・デスクトップの簡素さと構成は、非常に魅力的なものになり得る。常に使うわけではなくても、何階層ものメニューを開くのが面倒に思える日が訪れたときのために、こうしたデスクトップを1つ手元に用意しておいても損はないと言える。また、結果的に、ミニマリスト・デスクトップは自分には合わないと判断することになっても ― そうなる人は少なくないだろうが ― ratpoisonやwmiiに習熟しておけばKDEやGNOMEのような従来のデスクトップの長所と短所の双方をこれまで以上に深く理解できるようになるだろう。
Bruce Byfieldは、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。