ユーティリティ・コンピューティングを事業の柱に──Amazonが新ビジネスに本腰

 米Amazon.comは今、大きな賭けに出ている。プロセッシング・パワーを売るという、書籍やCD販売とは無縁のビジネスに本腰を入れ始めたのだ。このサービスをひっさげ、同社は新たな顧客の獲得を目指している。

 Amazonの新ビジネスとは、グリッド技術を基にしたユーティリティ・コンピューティング・サービス「Elastic Compute Cloud(EC2)」(現在はベータ版)である。このサービスを利用すれば、電気や水の使用料を支払うのと同じように、サーバのプロセッシング・パワーを購入できるようになる。

 より具体的に言えば、1時間当たりのサーバ利用に対して10セントと通信料を支払うと、顧客はこのパワーを好きな用途に使えるというわけだ。水道の蛇口をひねるほど簡単なプロセスではないにせよ、基本的にはそれと同じ容量で、使った分だけの料金を支払い、使用量を決定するのは常に顧客のほうだ。

 IBMやヒューレット・パッカード(HP)、Sun Microsystemsといった大手ITベンダーも、Amazonと同様にコンピューティング・パワーをオンデマンド形式で販売している。とはいえ、彼らは主に大規模企業をターゲットにしている。

 これに対してAmazonのEC2は、主に中小規模企業向けのサービスという点で、IBMなどのサービスとは異なっている。EC2は、Amazonが以前にリリースしたミドルウェア上の独自技術を介して提供される。

 ベストセラー本を40%オフで販売している企業が、第一線のIT企業を目指す——このような戦略シフトは、Amazonにとって経営を揺るがしかねない大きな賭けに等しい。だが、同社は以前から、「書籍販売などのビジネスは、洗練度の高いサービスの販売に向けた入り口でしかない」と固く信じており、そこからビジネスをさまざまな方向に発展させることに力を注いでいる。

EC2の仕組み

 Amazonにとって、EC2は初のユーティリティ・コンピューティングというわけではない。というのも、EC2は「Amazon Web Service」と呼ばれる既存プラットフォームから派生したサービスだからだ。

 Amazonは昨年3月、従量課金制のホステッド・ストレージ・サービス「Simple Storage Service(S3)」を発表した。S3の場合、1GBストレージの月額使用料は15セントで、これにデータ通信料として1GB当たり20セントがかかる。また、インタフェースにはSOAP(Simple Object Access Protocol)とAmazonのREST(Representational State Transfer)APIが採用されている。

 続いてAmazonは、コンピュータ間でやり取りされるメッセージを保管するスケーラブルなホステッド・キュー「Simple Queuing Service(SQS)」を昨年7月にリリースした。SQSは分散アプリケーション・コンポーネント間でデータを容易にやり取りできるようにするサービスで、個々のコンポーネントが入手できない場合もメッセージの交換に使用することができる。S3と同様、SQSも従量課金制モデルであり、その料金はメッセージ1,000件当たり10セント、データ送信1GB当たり20セントとなっている。また、採用しているインタフェースもS3と同じくRESTと SOAPだ。

 S3とSQSは、いずれも一から開発されたわけではなく、Amazon独自の内部インフラと技術によって製品化されたサービスで、この“伝統”はEC2にも引き継がれている。

 EC2 の場合、グリッド化されたAmazonのデータセンターから、「インスタンス」と呼ばれるバーチャル・サーバを貸し出すという仕組みだ。個々のインスタンスの処理能力は、1.7GHz版Xeonプロセッサ搭載、1.75GBのメモリ、160GBのハードディスクを備えたサーバ1台分にほぼ匹敵する。また、データ通信速度も最高1Gbpsとかなり高速だ。

 1つのインスタンスの使用料は1時間当たり10セントで、データ送信料は1GB当たり20セント。S3と組み合わせれば、1GB当たり月額15セントでストレージを確保することもできる。いずれAmazonは、高レベルの処理能力を提供するインスタンスをさらに高い料金で提供するようになるだろう。

 EC2の料金体系は、他社のユーティリティ・コンピューティング・サービスと大きく異なっている。他社のサービスでは最大使用料あるいは既定容量に基づく料金設定が一般的で、それ以上は超過料金がかかる仕組みだが、Amazonのサービスでは実際に使用した分の料金しかかからない。

 EC2を利用するためには、まず「Amazon Machine Image(AMI)」と呼ばれるサーバ・イメージを作成する。このサーバ・イメージは、将来的には各種OSやアプリケーション、設定、ログイン、セキュリティに対応する予定だが、現時点でサポートしているOSはLinuxのみだ。煩わしい設定作業を省略できる既存のAMIビルトも提供されている。

 AMI を作成したら、それをアップロードして実行し、Amazon API経由で呼び出せばよい。このバーチャル・サーバを利用すれば、データベース機能の拡充、検索能力の強化、Webサイトのホスティングといった作業が可能になる。ユーザー側は、これらを自社のサービスのように扱えるのである。

 また、互いに連携するAMIを複数持つことも可能だ。例えば、3つの異なるAMIを使って3層構造のシステムを構築することができる。1層目は「Apache」を採用したWebサーバで、2層目はアプリケーション・ロジック、3層目はデータベースといった具合にAMIを配備すればよいわけだ。

 以上のことからEC2が小規模企業にもたらすメリットは明らかだが、大規模企業にとっても魅力あるサービスに映るはずだ。実際、Microsoftは同サービスによってソフトウェア・ダウンロードのスピードアップを図っている。また、3次元仮想オンライン・コミュニティ「Second Life」の開発元であるリンデン ラボも、同コミュニティでのダウンロード強化にEC2を利用している。

自信にあふれるAmazon

 EC2に対してわれわれが抱く大きな疑問は、技術的なたぐいのものではない。EC2がAmazonにとってビジネス基盤の1つになりうるのかという点だ。最新のベストセラー本やギフト商品の販売とユーティリティ・コンピューティングはまったく別物だからである。

 しかし、当のAmazonは自信にあふれている。彼らは、EC2や同様のサービスはAmazonの事業計画の心臓部だと主張する。同社の製品管理/ディベロッパー・リレーションズ担当副社長、アダム・セリプスキー氏はこの点について次のように語る。

 「当社は基本的にテクノロジー企業であり、これまでテクノロジーとコンテンツに投じた資金は15億ドルにも上る。確かにわれわれは書籍の小売販売からスタートしたが、それにとどまるという事業計画は一度も立てたことがない」

 セリプスキー氏によれば、Amazonが書籍販売とは別のビジネスを初めて手がけたのは、今から6年ほど前の2000年のことだった。Amazon.comを第三者の業者に開放し、彼らの商品を販売できるようにしたのが最初だった。

 その後、2002年には開発者向けサービス「Amazon Ecommerce Service」を立ち上げた。このサービスは、Amazonのデータベースと連携するアプリケーションの開発を可能にするというものだ。これを機に、アマゾンの取り組みはS3やSQS、そしてEC2へと発展していった。

 「長年培ってきたエンジニアリングの専門知識や、Webビジネスから学んだ苦い経験を、EC2などのプロジェクトに生かすことができた」とセリプスキー氏は言う。同氏はさらに、今後もこの種のサービスを提供していくと述べたが、その具体的な内容についてはコメントを避けた。

気になるグリッド技術の停滞

 EC2に技術的な課題があるとすれば、それはグリッド技術の“遅れ”だろう。グリッド・コンピューティングという言葉は何年も前から喧伝されているが、それを実現する技術がきちんと確立するまでには、まだ時間がかかるというのが実情である。

 グリッド技術の動向を4年間追い続けている調査会社インサイト・リサーチの社長、ロバート・ローゼンバーグ氏は、その現状について、「ある程度の進歩は見られるものの、われわれの期待を大きく下回っている」と指摘する。

 ローゼンバーグ氏は、これまでグリッド・コンピューティングが広まらなかった理由として、標準規格がないこととプログラミングの複雑さを挙げる。「こうした阻害要因が解消され、EC2のようにシンプルで安価なグリッド・サービスが受け入れられることが今は必要だ」と同氏は言う。

 同氏によれば、昨年は16億ドルがグリッド関連のビジネスに費やされ、この金額は2011年に240億ドルにまで膨れ上がる見通しだ。もっとも、この分け前にAmazonがあずかれるかどうかは、今の時点ではだれにもわからないが。

(プレストン・グラーラ/Computerworld オンライン米国版)

米Amazon.com(EC2サイト)
http://aws.amazon.com/ec2/

提供:Computerworld.jp