FirefoxをめぐるDebianとMozillaの対立の背景
知的財産保護を専門とする法律家で、以前にOpen Source Initiativeの相談役を務めていたLarry Rosen氏がNewsForgeに語った説明によると、「オープンソースに関する著作権のライセンスに従うと、特定のソフトウェアに対して任意の変更を施すことも、逆に何らの変更を施さないことも可能なはずです」ということになる。ただし、商標法に基づく何らかのライセンスを事前に取得しておかないと、オリジナルの著作者が有す商標を、こうした変更物ないしオリジナルの創作物に対して適用できない可能性もあると言うのだ。
「私の見るところ、本来この件は論争を呼ぶ性質のものではないでしょう。ここで理解すべきは、著作権法と商標法で保障されている権利は、本質的に異なるということです。これらの一方で保障されている権利は、必ずしも他方で保障されている権利と一致するとは限りません」。
本年上旬、Mozilla側の開発者であるMike Connor氏がDebianに対してバグレポートを報告したが、その中で述べられていた意見に、仮にDebianが収録するブラウザをFirefoxという名称で呼ぶのであれば、Firefox用のグラフィック類もすべて同梱する必要があり、それを厭うのであれば何か別のブラウザ名に変更しなければならない、というものがあった。
つまりMozilla側の主張は、同プロジェクトのガイドラインに明示してあるように、Firefoxという名称の使用は、そのロゴ、アイコン、その他のアートワークを使用し続ける場合にのみ許可される、というものである。
これに対し、Debian側の開発者でプロジェクトメンテナを務めるEric Dorland氏の主張は、Etchのリリース時にMozillaの用意した付属グラフィック群までも同梱するのは不可能であるというものであり、その理由として「これらのライセンスはフリーではない」という点を指摘している。そうしたグラフィックを同梱するという行為は、Debianディストリビューションに含めるソフトウェアの条件を規定しているDebian Free Software Guidelines(DFSG)に対する違反になる、というのが同氏の意見なのだ。
Debian側の開発者たちは、商標法に従う形でFirefoxの名称をそのまま使用することを望む一方で、Etchに同梱するアートワークは、他のフリーアートワークと同様、ユーザがすべて自由に変更できるようにすべきだとも考えているのである。
Connor氏は、Debian側の希望は理解できるとしながらも、Mozillaのロゴとアイコンはソフトウェアのアイデンティティを示すものであり、ユーザに対してソフトウェアの品質を保証する効果も有していると述べている。同氏によると、Mozillaというブランドを守ろうという姿勢は、一般企業が満足行くユーザエクスペリエンスを維持しようとするスタンスと何ら変わるところがない、ということになる。
“執行停止?”
Debianのメーリングリストでは、この件に関する堂々巡り的な議論が長く続けられたが、そうこうするうちDorland氏からConnor氏に対して、Etchは数週間以内に凍結状態に置かれる予定であるが、何か“執行停止”に持ち込む余地はないかという質問が出された。これに対するConnor氏の返答は、「解決を先延ばしにするのが目的でない限り、長期間使用されるであろう新規リリースを世に出すのは、この問題が解決された後にする方が賢明でしょう」というものであった。
また同氏は、ロゴの使用以外の問題として「いくつかのパッチセットで行われる変更について、その性質と品質に対する重大な懸念」があることを指摘し、Mozilla側でこれらパッチの評価を行ってから、商標使用に関する最終的な結論を出すようにしたいと主張した。「仮に当方側から商標の使用許可を取り下げた場合、もはや凍結状態がどうこうという問題ではなく、関連するすべてのパッチを早急に再変更する必要に迫られることになるでしょう。これは歓迎せざるべき事態ではありますが、当方としては必要であればそれを行わざるを得ず、実際過去にも同様の措置を執ったケースが存在します」。
Dorland氏からは同様の要請が繰り返し出されたが、対するConnor氏からの返答では、FirefoxのEtchへの同梱をMozilla側が許可するには4つの条件を守ってもらうしかないとされていた。その条件とは――1つ、Mozillaのコードに対するすべての変更は、それを施した理由を添えた上で報告し、変更内容を評価にかけるものとする。1つ、リリースはCVSタグないしはソース書庫の形態で行うものとし、その中には許可を受けたパッチも含めるものとする。1つ、ビルド構成についても許可を受けるものとする。1つ、ロゴおよび商標を除外してはいけない――というものである。
「これに対する決断は、そちら次第です」とConnor氏は語り、「ただし、何らかの方法でこの問題を解決しない限り、リリースを行うことは許可できません」としている。
Mozilla側の主張によると、この問題の核心とは優れた製品レベルを維持することであり、いかなるディストリビューションやベンダを介した場合であっても、満足行くユーザエクスペリエンスを提供すること、となる。「私どもは古くから各種のLinuxディストリビュータとの間で緊密な協力体制を築いており、そうした関係を通じて、Firefoxにとって何が適切で何が不適切な変更であるかを見定めてきました。これは今日においてブランドや商標を維持する標準的な手法であり、当方としてもDebianとの間で何らかの妥協点が見いだせないかと鋭意努力をしている次第です」と、Mozillaのマーケッティングおよび製品戦略の責任者であるChris Beard氏は語っている。
「私どもでは、充分なオープン性を備えると同時に、当方が権利を有する商標を保護するに足るだけのポリシを定めています。その内容は、コミュニティ活動をサポートするためのオープン性および、製品の信用やその使用者を保護するための厳密性を、可能な限り確保するものとなっています」。
「私の見解としては、今回の件は双方による合意には達していないものの、DebianがFirefoxの何らかのバージョンを同梱して、本プロジェクトの成果を利用することは可能であると考えていますが、リリース時には独自の名称への変更をする必要があるでしょう」。
Novellでデスクトップエンジニアリングの責任者を務めるNat Friedman氏は、Mozilla側の主張を支持する1人である。「これまでMozilla Foundationは、シンプルでセキュリティとパフォーマンスに優れたFirefoxというブランドを確立するために、多大な努力を払ってきました。そのようなブランドを維持したいというのは極めて真っ当な要請であり、正当化されて然るべきものであって、私どもNovellとしましても、こうしたMozilla Foundationの姿勢に賛同し、必要な協力をしている次第です」。
Debian側のDorland氏は、今回のプロセス全体を評して、「不愉快なまでに官僚的で、フリーソフトウェアコミュニティにおいてまったく前例の無いものでした」としている。もっとも同氏は、Etchリリース用にブラウザ名を変更するのは不可避な事態であることを認めている。「理由は、それ以外に問題を解決する方法が見あたらないからです……。近日中に事態が変化しないのであれば、あるいはIceweaselを選択するしかないでしょう。このソフトウェアはさほど有名ではなく、それ故に商標関連の問題を回避することが可能ですが、件のブラウザの“相当品”として以前から用いられてきたという実績もあります」。
デジャヴ?
ところで、読者の中にはこうした議論に何か聞き覚えを感じる方がおられるかもしれないが、だとすればそれは、Debianの前回バージョンであるSargeのリリース前にも今回と似通った問題が発生していたからだろう。この事件を振り返るには、2004年にまで遡らなければならない。その際に浮上したのは、MozillaのThunderbirdにまつわる商標問題である。「最終的に到達した合意事項では、問題の名称は当方がロゴ無しで使用できるものとされ、またMozilla Foundation側の責任においてDebianパッケージを監視し、彼らが必要と主張するレベルに到達するための措置を執るということになりました」とDorland氏は語る。「もっとも現在では、問題となった商標権はMozilla Corp.に委譲されているので、先方としても先の合意がそれほどの意味を持っているとは考えていないでしょう」。
Beard氏の説明によると、Mozilla Corp.とは単なる法的枠組みの1つであって、その目的はMozilla Foundationの活動をサポートして、その所有するリソースをより効率的に管理することにあり、今回のような問題については何らの権限も有していないということである。「将来的に企業化しようという意図で設立された訳ではありません」と同氏は語る。「実際、すべての知的所有権を保持しているのはMozilla Foundationです」。
「この問題は非常に込み入っているので、様々な面で誤解が生じているようです……。もっとも我々の動機を突き詰めてしまえば、“公共の利益のために正しいことをしよう”という共通の目的で動いているのですが」。