IETFのsyslog標準化を脅かす特許出願

長年使われてきたものの正式な標準が定められていないsyslogプロトコルについては、現在Internet Engineering Task Forceが標準化作業を進めているところだが、そうした動きに水を差したのが、中国のシンセンに所在するHuawei Technologies社による特許出願だ。

syslogのワーキンググループのメンバであるRainer Gerhards氏は、同グループの作業目的を下記のように説明している。

syslogは、デファクト標準の1つと言って差し支えない使われ方がされています。これは逆に“正式”な標準(公式に文書化されたもの)が定められていないことも意味しています。また現行のsyslogには、セキュリティ面での不備もいくつか確認されています。IETFワーキンググループは、こうしたセキュリティ面の問題を解決するために組織されました。これに付随して、プロトコルそのものの標準化を行う必要があります。既に1つの標準としてRFC 3195がリリースされています。もっともこのRFC 3195には従来のsyslogとは大きく異なる点があり、実質的に市場では未だ受け入れられていません。IETFのsyslogワーキンググループが現在標準化を進めているのは下記のものです。

a)syslogメッセージフォーマット
b)セキュアトランスポートすなわちTLSを介したメッセージ転送

実際問題としてsyslogは、既にTLS(本質的にSSLと等価)上で使用されています。ただし、これら複数のソリューションの相互運用には問題があり、また大手企業(Cisco社など)もネイティブなサポートをしていませんが、その原因は公式な標準が定められていないことに起因しています(少なくとも私はそう考えています)。

より簡潔に言うならば、IETFが現在試みているのは、syslogを安全に使うための方法を標準化することなのです。こうした方法は、既に広範に用いられてはいるのですが。

共同委員長を務めるDavid Harrington氏を含むワーキンググループのメンバの一部は、今回の特許出願を行ったHuawei Technologies社で働いている。この特許出願の詳細は未だ公開されていないが、IETFワーキンググループに対しては、同グループの進める標準化が係属特許と競合する可能性がある、との通知がなされている。

Huawei社の出願した特許ライセンスには、「仮に本ドキュメント中のテクノロジがIETFの採用する標準に含まれる場合、およびHuawei社のすべての特許におけるその他の請求範囲がこの標準の実施に必要となる場合、Huawei社は当該標準を実装する者に対して特許権を主張しないが、Huawei社に対して何らかの権利を主張する者に対し、Huawei社は特許権を主張する権利を保有するものとする。またHuawei社は、当該標準への準拠に不可欠ではない製品またはその一部に対し、特許権を主張する権利を保有するものとする」と記載されている。

この特許出願に関するニュースは、標準化の作業を実質的に停止させており、今後どうすべきかについて長期にわたる議論を引き起こした。

Gerhards氏は次のように語っている。

まず第一に、これはワーキンググループのメンバを本来の作業から遠ざけています。今回の特許問題に関しては様々な議論がなされているものの、本来の作業をどうするかについては余り注意が払われていません。1つの可能性として、TLSを介したsyslogという現行のアプローチを放棄して、他のソリューション(SSHを介したsyslog)に乗り換えるという選択もあり得るかもしれません。もっともこの代替ソリューションは、現場での使用率が低く、実装する際もより複雑化すると思われます(後者は私の私見です)。最悪の場合、今回のHuawei社の行為によってsyslog標準化の運動が消え去る可能性もあり得ます。その理由としては、既にワーキンググループによる進捗が大幅に遅れ気味であったことが挙げられます。年末には基本作業が完了している必要があるのですが、これに間に合わなかった場合、おそらくはIESG(IETFの意思決定機関)により打ち切りが宣言されるものと予想されています。そうした状況の中、今回の特許出願によって、いっそうの遅れが生じた訳です。

Huawei社の特許出願については、誰も正確な内容を知らされていない。Gerhards氏は、David Harrington氏のsyslog標準化作業への貢献を認めつつも、今回の特許出願への対策に関する議論に同氏は自ら関与しないようにしていると言う。その中には、Huawei社が何を特許出願の対象としていたかを明言することも含まれるとのことだ。

Gerhards氏自身は、Huawei社が実際に何を申請したのか見当が付かない点に関して、次のように述べている。

正直言って、私には何も知らされていません。Huawei社の人間は非常にいい仕事をしたようで、現在何が採用されているのか、syslogコミュニティが技術的な詳細(枠組みおよび認証)に関して何を討論する気でいたのかを見極めていますね。もっとも同社の出願書類のうち技術的な内容に関するものは4ページ程度しかないので、それほど多量の内容が織り込まれているとは考えにくいでしょう。この4ページの内容に関しては、IETFメーリングリスト上でのディスカッションで言い尽くされた感があり、そこに何が記述されているかは他の方々のコメントで大方網羅されているはずです。バッシングに走る気はありませんが、新規の貢献が何一つ提示されていないじゃないか、というのが私の本音ですね。他のワーキンググループのメンバも同じような疑念を抱いているはずです。いまもってHuawei社は新規性があるものと主張していますが、それを公開しようとはしていないのですよ。

Gerhards氏は、Huawei社はこの問題についてIETFとの和解を求めていると考えている。「彼らが提供しているライセンスおよび、これまでの事の運び方からしても、IETF側のプロセスを妨げる意志はないことを伺わせます。またワーキンググループの貢献者の中にもHuawei社に雇われている者がおり、彼らはこの状況を解決するにあたって、会社側にある程度の影響力を行使できるでしょう」。

続けて同氏は、今回の特許出願での請求内容には、何も目新しいものが提示されていないことを指摘する。その証拠として同氏が取り上げているのは、該当するテクノロジは1999年段階で既に標準化されていたことを示すUsenetへの投稿および、SSLでのsyslogの使用に関する2001年のLinuxJournalの記事である。

「その他の問題として」とGerhards氏はさらに話を続け、「Huawei社がライセンスを変更ないし売却する可能性があり(例えば合併時など)、そうした場合、この実質を伴わない特許をベースとしたあらゆる取り決めは再び危機に瀕する危険性があります。そのような次第で、少なくとも今回の特許出願は、こうしたいわく付き標準の実装をオープンソース系開発者に止めさせる結果になるのではないかと私は危惧している訳であり、ライセンスの条項がいくら開放的な文言で飾ってあっても、それは変わらないでしょう」としている。

そもそもHuawei社とはどのような企業で、何のために完成もしていないsyslogプロトコルの未確定部分を特許申請したのであろうか?

Huawei社とは、中国に本拠を置き、約34,000名の従業員を抱える民間遠距離通信会社であり、北米を除いた多くの市場において最も精力的な活動を進めている。その最大のライバル企業の1つがCisco社であって、同社は以前にHuawei社を知的財産盗用の罪で告発 しており、2004年にこの件に関する訴訟を和解したという経緯がある。

Huawei社側の意見および、Huawei社が正確に何を特許申請しているのか、およびその理由に関するコメントを求める電子メールを、特許情報開示に記載されていた連絡先に送付したが、本稿の掲載時ではHuawei社からの返答は得られていない。Huawei社から何らかの見解が得られ次第、その内容を公開する予定である。

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