インテル Parallel Composerの新機能――並列プログラムを容易に実装できる「インテル Cilk Plus」入門

 並列プログラミング向けのコンパイラやデバッガ、各種ライブラリを提供するインテル Parallel Compsoserには、並列プログラミング向けの言語拡張「インテル Cilk Plus」が含まれている。これを利用することで既存のプログラムを容易に並列化したり、より簡潔にアルゴリズムを記述できる。本記事では、このCilk Plusについて機能や使い方を説明する。

Parallel Composerの強力な新機能「インテル Cilk Plus」

 インテル Parallel Studio 2011にはさまざまな新機能が搭載されているが、そのなかでも注目したいのがインテル Parallel Composerに含まれるインテル Cilk Plusだ。Cilk Plusは、次のような特徴を持つ言語拡張だ。

  • ループや連続した処理をキーワード指定だけで容易に並列化できる(cilk_spawn/cilk_sync/cilk_forキーワード)
  • 配列に対する処理の記法が拡張され、「[:]」という表記で複数の配列要素に渡る処理を容易に記述できる
  • 配列を引数に取る関数を容易に並列化できる(elemental function)
  • 最小限のオーバーヘッドで排他制御を行える(reducer)
  • 実装時に生成するスレッド数を考慮する必要がなく、容易にスケーラブルなプログラムを記述できる
  • 覚えるべきキーワードや機能が少ないため習得が容易

 たとえばリスト1はクイックソートをシンプルに実装したものだが、これをCilk Plusで並列化する場合、後半の「my_qsort」関数を再帰呼び出ししている部分に「cilk_spawn」キーワードを付け、最後に「cilk_sync」キーワードを追加するだけで並列化が完了する(リスト2)。

リスト1 クイックソートの例

void my_qsort(int* begin, int* end) {
	int* left = begin;
	int* right = end;
	int n;

	while (1) {
		while (*left < *begin)
			left++;
		while (*begin < *right)
			right--;

		if (left >= right)
			break;

		n = *left;
		*left = *right;
		*right = n;
		left++;
		right--;
	}

	if (begin < left-1)
		my_qsort(begin, left-1);
	if (right+1 < end)
		my_qsort(right+1, end);
}

リスト2 リスト1をCilk Plusを用いて並列化する

	if (begin < left-1)
		cilk_spawn my_qsort(begin, left-1);  ←「cilk_spawn」を追加
	if (right+1 < end)
		my_qsort(right+1, end);
	cilk_sync;  ←「cilk_sync;」を追加

 ごく簡単な修正であるが、筆者の環境(Core 2 Duo E6550/2.33GHz・2コア、メモリ2GB)で1億個の要素を持つint型配列をソートするのに必要な時間を計測・比較したところ、これだけで3割ほどの実行時間短縮が確認できた(表1)。

表1 Cilk Plusによる並列化の結果(ソート実行時間比較)
並列化前 並列化後
10611ミリ秒 7662ミリ秒

 また、配列に対する演算を次のように簡潔に記述することも可能となる。

	double A[6];
	double B[] = { 1.0, 4.2, 4.2, 5.3, 7.4, 3.2 };
	double C[] = { 3.1, 8.9, 1.4, 2.2, 1.0, 2.4 };
	double d;

	A[:] = 0.0;  ←配列Aの要素をすべて0.0に初期化
	d = __sec_reduce_add(A[:] * B[:]);  ←BとCの内積を計算
	A[:] = B[:] + C[:];  ←A[0] = B[0] + C[0]、 A[1] = B[1] + C[1]、……に相当

 Cilk Plusはこのように非常に簡単に導入でき、また並列化によるパフォーマンスの向上だけでなくコードをより簡潔に記述できるというメリットがある。以下ではこのCilk Plusについて、基本的な機能や文法などのポイントを紹介していく。

Cilk Plusの歴史

 Cilk Plusは元々はMITの「The Cilk Project」により、ANSI Cベースの並列プログラミング言語「Cilk」として開発されていた。Cilkは当初High Performance Computing(HPC)と呼ばれる、スーパーコンピュータなどの高性能コンピュータ向けに開発されていたが、Leiserson教授らが起こしたベンチャー企業Cilk Artsが商用化、C++対応やさまざまな新機能を追加した「Cilk++」としてリリースされた。その後Cilk ArtsはIntelに買収され、仕様変更とともに名称もCilk Plusに変更、Parallel Studioの一部となった。

 なお、CilkはGCCをコンパイラとして利用しており、現在でもGPLでリリースされている。CilkとCilk Plusではspawn/syncキーワードなど共通している部分が多いため、Cilkを利用したことのあるユーザーであればCilk Plusも容易に扱えるだろう。ただし、C++対応やarray extensionsなどClik PlusにはCilkには含まれていない独自の拡張機能も多くあるので、ドキュメントなどで詳細を確認していただきたい。