GNU/Linuxのベクタ画像編集ツール
10年前は革新的だったベクタ画像形式だが、今やコンピュータで画像を表示する標準的な手法になりつつあり、KDE 4のデスクトップにも採用されている。こうした普及の理由は、画像を数式で表現するベクタ画像(通常はSVG[Scalable Vector Graphics]形式)のほうが、画像をピクセル単位で再現するラスタ画像(ビットマップ形式)よりも画面への表示が高速で美しく、サイズ変更が容易なことにある。ベクタ画像を扱えるフリーソフトウェアとしては OpenOffice.orgのDraw、KOfficeのKarbon14、Inkscapeなどがあるが、現時点ではInkscapeが最も優れたフリーのベクタ画像エディタといえる。
最も簡単なベクタ画像編集の方法は、ラスタ画像編集用の標準的なフリーソフトウェアGIMPに取り込むことだ。GIMPで「.SVG」ファイルを開くと、ベクタ画像ファイルの幅と高さ、それに解像度を設定できる。その画像を印刷するつもりなら、ほぼ間違いなく解像度を上げる必要があるだろう。それが済めば、GIMPの豊富なツール群を使ってベクタ画像ファイルを編集することができる。問題は、GIMPでは画像をSVG形式で保存できないことだ。そのため、SVG形式の利点を手放したくなければ、ほかのツールを使うことになる。
シンプルさを求めるなら、Sodipodiはどうだろう。ちなみに、InkscapeはこのSodipodiから派生したプロジェクトである。もはやSodipodiの開発は行われていないが、そのコードは最新のディストリビューションでも動作する。Sodipodiを実行すると、フローティングウィンドウが最小化可能な7つのビューと共に表示される。最終バージョンは0.34だが、簡単なオブジェクトの操作やグルーピング、テキストの追加、ノード(キーポイント)の編集など、基本的な機能はだいたい完成されている。欠点として、プリミティブ(基本図形)の種類がかなり限られていること、レイヤがサポートされていないこと、印刷にCUPSではなくlprを利用していることが挙げられるが、基本的な編集用途であれば十分に使える。
Skencilという簡易エディタもある。以前はSketchと呼ばれていたものだ。開発ペースは速くはないが、Skencilの完成度はSodipodiよりも高く、レイヤやオブジェクトスタイルの制御が可能なほか、グラディエントの調整、ユーザが追加したガイドラインの管理、ハイエンド印刷向けの色分解といったツール群も備えている。ただ、標準を無視して各機能を配したインタフェースのせいで、機能性が損なわれているのが残念だ。たとえば、「View」メニューが左から7番目にあったり(3番目が標準的)、「Windows」メニューの下に「Layer」のコントロールがあったりする。こうした配置を見て、習得に時間がかかると判断してSkencilを敬遠する人もいるかもしれない。
OpenOffice.orgのDraw
おそらくOpenOffice.orgのなかで最も過小評価されているのがDrawだろう。ノード編集の機能が右クリックメニューに隠れていたり、またこれはOpenOffice.org全体にいえることだが、色の選択、定義、操作の機能がほかの画像エディタに比べると貧弱だったりする。しかし、こうした弱みにもかかわらず、Drawの利用が理想的といえるタイプのドキュメントがいくつかある。
そもそもDrawでは、OpenOffice.orgのプレゼンテーションソフトImpressとコードベースを共有しているため、複数のページにわたるドキュメントをその他のベクタ画像ツールよりも簡単に扱える。画面左側の「ページ」ペインを使えば、新規ページの追加やページ間の移動がたやすく行え、Microsoft Publisherよりは若干優れた簡易デスクトップパブリッシングツールとして利用できる。
また、OpenOffice.orgのほかのツールと同様、Drawのツールバーには基本図形が豊富に用意されている。矩形、楕円、曲線といった一般的なものに加えて矢印、フローチャート図形、吹き出しなどもあるので、さまざまな種類の図に対応できる。
さらにDrawは、文字や段落の設定、テキストのスペルチェック、柔軟なオブジェクト書式設定など、強力な機能を備えている。こうした機能は特に、類似のオブジェクトが多数含まれる組織図のようなドキュメントやテキストの分量が多いドキュメントで威力を発揮する。
Karbon14
Karbon14(単にKarbonと呼ばれることが多い)もまた、Drawと同じくらいに見過ごされがちなツールだが、一部のユーザからは熱烈に支持されている。
Karbonの画面は多数のペインに分かれている。よく調べると、実際にはこうしたペインがフローティングパレットにくっついて、ペインの上端をドラッグすることでデスクトップ上に自由に配置できることがわかる。そのため、編集ウィンドウのドキュメント表示用により広い領域を確保できる。解像度の高い大型モニタであれば、こうした配置形式によってストローク描画、塗りつぶし、レイヤ用のツール群を理想的な形に並べられる。しかし、19インチ未満のモニタでは、表示するウィンドウの切り替えが煩わしく感じられるだろう。とはいえ、表示するパレットは「View」メニューから選択することができる。
Drawと違って、Karbonには十分なテキストおよび多言語サポートがない。基本図形の種類も少なめだ。また、対応形式も限られていてネイティブの形式以外では、SVG、EPS、PostScriptしか利用できない。ただし、編集ウィンドウの分割表示、マウスのワンクリックでファイルを以前の状態に戻せる履歴パレットなど、数々の便利な機能を誇っている。
Karbonは現在、ほかのKOfficeツールと同様、KDE 4に基づいた大がかりな改良が施されている。すでにKarbonには使いやすいワークフローと十分な基盤が備わっているので、新バージョンは検討に値するものになるだろう。
Inkscape
Inkscapeのバージョンがまだ0.46でしかないという点に騙されてはいけない。Inkscapeは、バージョン番号の更新がきわめて遅いアプリケーションの1つであり、すでに重要な作業にも十分に利用できるレベルに仕上がっている。
Inkscapeを開くと、レターサイズ、A4、名刺、アイコン、Webのバナー、各種デスクトップサイズなど、数十ものドキュメント形式が選択できる。その種類は、上で紹介してきたどのツールよりもずっと多い。
編集用のウィンドウは、これまで画像エディタをまったく使ったことのない人でも、問題なく開けるはずだ。たとえ操作につまずいても試行錯誤で解決できるように、Inkscapeはうまく設計されている。オブジェクトの描画と塗りつぶしについては、画面左側の基本ツールキットと画面下部の色選択ツールを使うことで、ある程度までの基本事項はすぐに習得できる。とはいえ、プロジェクトのサイトにあるドキュメント類には最初に目を通しておいたほうがよいだろう。
Inkscapeのツール群の多くは標準的なものだが、少なくともノードエディタと基本図形の選択ツールの出来は傑出している。また、ペンの幅や傾き(ペンの握り方を再現)、筆圧(曲線上の線幅の変化に影響)を設定できるInkscapeのカリグラフィックツールは、描画用タブレットに次ぐ優れたフリーハンド描画ツールといえる。テキストツールもすばらしく、斜きや湾曲のある線上にテキストを簡単に配置できるほか、文字間のカーニングをピクセル単位で調節することもできる。
Inkscapeで唯一大きな問題といえるのは、オブジェクトの書式(再利用のために各属性を記憶させたもの)がオブジェクト複製時に間接的にしかサポートされておらず、Drawとは違って個々の書式を保存できないことだ。また、基本図形がDrawほど充実していない点を不満に思う人もいるだろう。ただし、最近になってチャート用のコネクタが追加されるなど、Inkscapeでもこの部分は着実に進化しているようだ。いずれにせよ、この数年はその使いやすさから、Inkscapeがフリーのベクタ画像エディタとして最良の選択肢になるだろう。多くの人々の間には、すでにそうした認識が出来上がっている。
SVG形式の問題点
どのベクタ画像ツールを使っても、グラフィックをSVG形式で保存すると利用時に問題が起こりうる。その理由の1つは、Internet ExplorerがSVG形式をサポートしていないことだ。そのため、Webのグラフィック用としては理想的な形式にもかかわらず、実際にはあまり使えない。
もう1つは、SVGの仕様がまだ完成されていないため、エディタごとにその解釈が微妙に異なることである。これは、あるエディタで保存したSVG形式のファイルを別のエディタで開くと、何らかの問題が起こりうることを意味する。たとえば、Inkscapeでテキストを追加したSVGファイルをGIMPで開くと、テキストの位置がずれる可能性がある。同様に、Drawで作成したグラフィックをKarbonで開くと、表示が反転したり、さまざまな要素がキャンバスじゅうにばらばらに配置されたりするおそれがある。こうした理由から、異なるエディタ間でベクタ画像ファイルを共有するなら、たとえラスタ形式に変換することになってもPostScriptなど標準化の進んだ形式で保存したほうがよいだろう。
こうした点を別にすれば、ベクタ画像の扱いは、まだ問題は残っているものの、数年前よりもずっと容易になったと感じられるはずだ。各自の目的にとって最適なソフトウェアを見つけ出すためにはいくつか試してみる必要はあるだろうが、利用可能なものをすべて試せば、求めているツールがきっと見つかるだろう。
Bruce Byfieldは、Linux.comに定期的に寄稿しているコンピュータ分野のジャーナリスト。