北米大陸の両端に位置する2つの大学を結んで展開される野心的ディザスタ・リカバリ・プロジェクト

 今、メイン州とカリフォルニア州という米国の東西両端に位置する州にキャンパスを構える大学の間で、北米大陸をまたいでハードウェアとソフトウェアの共有を図ろうとするディザスタ・リカバリ(災害復旧)のための共同プロジェクトが進められている。本稿では、教育機関のみならず、一般企業からも、ディザスタ・リカバリのモデル・プロジェクトとして注目を浴びているこの取り組みの詳細を報告することにしたい。

ジョン・コックス
Network World オンライン米国版

 本稿で紹介するプロジェクトの両輪となっているのは、東海岸はメイン州ブランズウィックにあるボードン大学、西海岸はカリフォルニア州ロサンゼルスにあるロヨラ・メアリーマウント大学である。両大学のITスタッフたちは、すでにそれぞれのキャンパスに相手のリカバリ・サイトを構築しているほか、協調型ITベンチャーに取り組むさまざまな組織にとって指針となるようなプラクティスも実践している。

 両大学のキャンパスには、ブレード・サーバとVMwareの仮想サーバ・ソフトウェア「VMware」を基盤とするほぼ同一のサイトが設置され、セキュアなVPN接続の30Mbps回線を介してインターネットにリンクされている。

 それぞれの大学のIT部門は、互いに、相手が購入したハードウェアとソフトウェアのホスティングおよび管理をも担当することになる。いずれかの大学で災害もしくは障害が発生すると、もう一方の大学が相手のホット・サイトを始動させ、緊急時の規定に従って運営を行うようになっているわけだ。災害に見舞われた側の大学のITスタッフたちは、大陸の反対側に設置された自分たちの“データセンター”にアクセスし、業務を継続することになる。

 ボードン大とロヨラ大の共同プロジェクトは、緊急事態用Webサイト、Exchange電子メールおよびDNSサーバの相互運用に向けた取り組みから始まった。両校は今夏から今秋にかけて新たな仮想サーバを追加する予定だが、この新サーバではNTIグループの「Connect-ED」などのような(Microsoftの)「Active Directory」ベースのプログラムと、学習管理、給与管理、学生情報システムといったエンタープライズ・アプリケーションがサポートされることになっている。

 ちなみに、Connect-EDとは、緊急時に音声メッセージを録音し、電子メール、携帯電話、ページング(ポケベル)、インスタント・メッセージ(IM)などのメディアを使って配信するソフトウェアである。

 「両大学のプロジェクトは、(ディザスタ・リカバリ対策の)非常に適切な例だ」と称賛するのは、コロラド州ボルドーを拠点とするIT調査会社、エンタープライズ・マネジメント・アソシエイツの上級アナリスト、マイケル・カープ氏だ。ストレージを専門とする同氏はまた、かねてより小規模企業を対象とした協調型ディザスタ・リカバリの必要性を提唱している人物でもある。

 そんな同氏は、「プライバシーから、データの可用性、記録管理、その他の細かい部分に至るまで、両大学が抱えるIT上の課題はほぼ共通している。また、ほとんど同一のインフラを所有しているため、管理コストもほぼ同じくらいになる」と、今回のプロジェクトを理想的であるとする理由を説明する。

低コストでのディザスタ・リカバリが可能に

 最近のある調査によれば、企業のほぼ30%が、運営に支障を与えるような災害や緊急事態に対して、まったく備えを持っていないという。その理由の1つは、間違いなくディザスタ・リカバリのコストの高さにあると言えよう。

 だが、ボードン大とロヨラ大のプロジェクトにおいては、コストは思いのほか低く抑えられたようだ。両大学が明らかにしたところによると、2006年6月から2007年7月までにこのプロジェクトにかかった費用は、各大学当たり約3万5,000ドルで、主たる費目は1カ月当たり15時間から20時間の人件費(数回にわたって互いを訪問し合ったITスタッフの出張旅費等を含む)であった。

 また、今後の追加コストとしては、ブレード・サーバおよび1TBのネットワーク・ストレージの導入、ソフトウェア・ライセンス、新たなアプリケーションの導入などのために、1大学当たり約5万4,000ドルの費用が発生すると見込まれている。

 両大学が調査したところによると、これと同じ環境で商用のディザスタ・リカバリ・ホット・サイトを利用した場合、1カ月当たり10万ドル、年間にして120万ドルのコストが必要になるという。今回のケースと比べると、実に年間110万ドル以上もコスト高になる計算だ。

 なお、大学間の災害復旧コラボレーションはボードン/ロヨラ・プロジェクトをもって嚆矢とするわけではない。例えば、マサチューセッツ州という同じ州内ではあるが、すでにバブソン大学とフランクリンW.オリン工科大学がオフサイト・ストレージとテープ・バックアップ機能を共有しているし、多大な被害をもたらした2005年のハリケーン・シーズンには、メキシコ湾岸諸州の大学を中心に、多くの機関が「復旧拠点を遠距離に設置すること」を検討したという。

 しかしながら、これまでボードン/ロヨラ・プロジェクトほど野心的に進められたプロジェクトはほかに見当たらない。

「違い」が生む補完効果

 共同でプロジェクトを進める間柄でありながら、ボードン大とロヨラ大のように、「距離」だけでなく、「感性」や「文化」の点においても、著しくかけ離れている例は珍しい。

 ボードン大が、白人が多数を占める、都心から離れたのどかな地域にある学生数1,700人ほどの小ぢんまりした大学であるのに対し、カリフォルニアの都会に位置するロヨラ大は、さまざまな人種の学生約8,700人が通う大規模な大学だ。

 しかしながら、両大学のこうした“違い”は、障壁になるどころか、互いに補完し合えるため、かえって強みになっているという。

 そもそもこのプロジェクトのアイデアは、数年前の夏に開催された大学向けのコンピューティング・コンファレンスで、ボードン大のCIO、ミッチ・デービス氏と、ロヨラ大のCIO、エリン・グリフィン氏が出会ったことによって生まれたものである。

 そのときデービス氏は、ディザスタ・リカバリに関するセッションにおいて、小規模機関の協調型プロジェクトの利点──ディザスタ・リカバリ対策の足枷となりがちな膨大なコストを削減できること──を力説したという。

 その説に感銘を受けたグリフィン氏は、デービス氏を呼び止め、すぐにそれを実践する方法について話し合った。だが、具体的にプロジェクトが動き出したのは、それからしばらくたってからのことであった。

 「最初のうちはあまり大げさに騒ぎ立てることもなく、2人でひっそりと進めていた。そう、ハリケーン・カトリーナが上陸するまでは……」(グリフィン氏)

 カトリーナによって災害復旧の重要性がより強く認識されたあと、プロジェクトは準備に向けて本格的に動き出し、2006年夏には、いよいよプランニングと意思決定作業が始まることになった。まず、基礎技術としてVMWareを採用することが決まり、続いて、DNSホスティングからVoIPに至るまでの第1段階の基本サービスをサポートするためのインフラが次々と決定されていった。

作業量の多さに「おじけづいた」

 とはいえ、ボードン/ロヨラ・プロジェクトは、始動してからこれまで、順風満帆に進展してきたわけではない。

 ロヨラ大のシステム管理担当ディレクター、ダン・クーク氏も、「正直言って、プロジェクトに着手したころは、あまりにも作業量が膨大であることに、少々おじけづいた」と振り返る。しかしながら、ボードン大と共同で作業を進めるうちに、「そのプロジェクトが、現実的で、実現可能なものに見えてきた」(同氏)というのである。

 同氏をそう思わせるに至った背景には、ロヨラ大とボードン大とが、新製品とテクノロジーの導入を通じて、IT知識をスムーズに共有できたという事実があった。

 例えば、ボードン大のシステム・エンジニア、ティム・アントノウィクズ氏によれば、「当大学では、当時すでに70%以上の仮想化を実現していたが、彼ら(ロヨラ大)には仮想化に関する経験がまったくなかった。

 そこで、私はすぐにカリフォルニアに飛び、VMWwareの導入を現地で支援することにした。その結果、今ではロヨラ大のスタッフも、私たちと同じくらいVMWareに精通することになった」というようなかたちで、知識の共有化が図られていったのである。

 一方、ボードン大がロヨラ大と同じインフラに移行するべくExchange電子メールに切り替えた際には、ロヨラ大のスタッフがボードン大のスタッフのガイド役やアドバイザー役を務めた。ボードン大のCIO、デービス氏によれば、そのおかげで「速やかに、しかもスムーズに(Exchangeに)切り替えることができた」という。

 実際、「Exchangeを立ち上げたときにヘルプデスクが受けた問い合わせは、わずか8件にすぎなかった」(同氏)のである。

 このように互いの知識や経験を共有していくなかで、双方のマネジャーやスタッフたちは大陸をまたいでアドバイスを求め合ったり、ブレーンストーミングをしたり、問題をトラブルシューティングしたりといったことを当たり前にやるようになっていった。言ってみれば、互いが互いのIT部門(ITスタッフ)を「形式ばらないヘルプデスク」と見なすようになっていったのである。

 例えば、「ロヨラ大のダン(クーク氏)に『こんな問題、見たことある?』とインスタント・メッセージを送ると、彼から『その問題なら、こっちでは3週間前に起きたけど、こんな方法で解決したよ』といった返事が返って来る」(ボードン大のアントノウィクズ氏)といったようなやりとりが行われてきたわけだ。

 そのほか、毎週火曜日には双方のチームがビデオ・コンファレンスで公式に顔を合わせ、プロジェクトの進捗状況を確認したり、問題を話し合ったり、次のステップの計画を立てたりといったことを行う。ちなみに、その会議の内容と決定事項は、あとで出席者以外の人たちが閲覧できるように録画される。

いかに信頼関係を築くかがカギに

 ボードン大のデービス氏によれば、このプロジェクトを成功させるうえでは、「密接な関係を築くことが不可欠だった」という。良好な関係が構築できなければ、ロヨラ大やボードン大の担当者が当初抱きかけた「恐れ」や「将来的な不安」を完全に払拭することは不可能だったからだ。

 「ある日突然、自分たちのキャンパスからさまざまなモノが消え、コントロールの利かない遠くの場所に移される」(デービス氏)のだから、かなりの信頼関係がなければ、不安にさいなまれるようになるのも無理からぬところなのである。

 もちろん、信頼関係が確立された今でも、インプリメンテーションのスピードや優先事項を巡って、双方が対立することがないわけではない。

 「あるとき、(ロヨラ大の)エリン(グリフィン氏)が、あるプロジェクトを優先的に片づけたいと言ってきたが、こちら(ボードン大)ではそれを次の段階の、しかも低い優先順位に位置づけていたため、どちらの意見に従うかを徹底的に話し合った。エリンの部下には、『早く××に取り掛かってほしい』と、いつもわれわれに発破をかけてくるプロジェクト・マネジャーがいるが、それはそれで決して悪いことではない。ちなみに、このような意見の対立は決して突然発生するわけではない。それぞれが、どうすれば互いにとってよりメリットがあるか、それをいかにIT部門がサポートしやすいかたちで最適化すればいいかといったことを、日ごろから真剣に考えているからこそ起きるのだ」(デービス氏)

 デービス氏とグリフィン氏は、このプロジェクトを、高等教育機関のみならず、さまざまな機関が協力体制を確立していくうえでのテンプレートにしたいと考えている。グリフィン氏は言う。

 「私たちは、多様なコラボレーティブITプロジェクトに向けたメソドロジーを構築しているのだと自負している。その成果物には、ホット・サイトと同じくらいの価値があるはずだ」

(Computerworld.jp)

提供:Computerworld.jp