Peer-to-Patentパイロット・プログラム、改革を目指して発進

 New York Law School(NYLS)のInstitute for Information Law and Policyは、7月15日、米国特許商標庁(USPTO)と共同で、Peer-to-Patentコミュニティー・パテント・レビュー・パイロット・プログラムを開始した。フリー・オープンソース・コミュニティーの中にはほとんど関心を示さない団体もあるが、同プログラムのリーダーであるNYLSのBeth Noveckは楽観的だ。商務省を含む連邦機関や、Red Hat、Microsoftなどのソフトウェア企業が関心を示しており、各国でも広がりを見せているからだ。

 このパイロット・プログラムでは特許審査手続きをオープンにし公衆が審査に参加できるようにするという趣旨で、250件の特許申請についてパブリック・コメントを募集する。特許を申請する発明者がこのプログラムの適用を希望する場合、USPTOとの合意書に署名する必要がある。その後、特許申請はPeer-to-Patentパイロット・プログラムに回送され、先行技術の例を4か月間公募、集まったデータは公募終了後にUSPTOに提供される。

 「先行技術、意見、調査法を特許庁に直接送ると、特許審査手続きとの関連性に関する審査官のフィードバックがあるというのは、特許庁の歴史の中で初めてのことです」(Noveck)

 USPTOの広報担当者Brigid Quinnによると、レビュー手続きの終了後は次のように進行する。パブリック・コメントの公募手続き後、公衆が最良と考える先行技術が最大10件提出される。「寄せられた意見は各先行技術に添付されます。こうした論評は現行法の下では許されていません。公募で指摘された先行技術は審査のさまざまな段階で審査官に提供され、審査官の発見したものと同じか、あるいは多少とも関連があるかどうかが判断されます。発明の特許性についての判断では、審査官が調査の中で発見したものだけでなく、公募で指摘された先行技術のすべてが考慮されます。このパイロット・プログラムでは、ピア・レビュー手続きが質の向上につながるかどうかを判断するため、詳細なデータが収集されます」

 コミュニティーから特許に関する意見を募集するプロジェクトは、Peer-to-Patentが初めてというわけではない。実際、OSDLのOpen Source as Prior Art(OSAPA)とWikiPatentsがあり、どちらも先行技術の例を公募することでソフトウェア特許の質向上を狙っている。だが、特許制度改革の試行にUSPTOが協力するのはPeer-to-Patentが初めてだ。

 これについて、Quinnは次のように説明している。「渡りに船だったのです。USPTOにとって、コンピューター・ソフトウェア分野で法的に先行技術と認めうる情報を探すのは昔も今も困難な課題です」。そして、2001年に法律が改正され、USPTOはインターネットの普及とともに特許申請の大部分を公開できるようになった(以前は禁止されていた)。「USPTOには、コンピューターの関わる発明についての情報をその世界からもっと集める必要がありました。ですから、Beth Noveckから話しがあった2005年当時、ピア・レビューを試みるだけの十分な素地があったのです」

 Groklawを立ち上げ、現在、その編集者をしているPamela Jonesも、次のように話す。「Groklawに携わっているとよくわかるのですが、ソフトウェアに関する限り、情報はUSPTOの内部より外部に多くあります。といっても、USPTOを批判しているわけではありません。コンピューターは人類の歴史の中でごく最近現れたものですから、知らなくて当然です。あらゆることに精通するわけにはいきませんからね。私がGroklawを立ち上げたのは、一般に、法律家が技術的なことをあまり知ろうとしないからですが、これも同じことです」

 Noveckも特許審査手続きに多くの、そして良質の情報を導入すべきだと考えている。そして、発行済み特許だけの閉じられたデータベースを検索するだけで最先端を扱った発明が真に新しいか、あるいは必ずしもそうとは言えないかを判断しようとすることから生まれる欠点を補うことがこのプロジェクトの目的だと言う。「(このプロジェクトにより)審査官は、革新的な分野に関する知識を有するコミュニティーの人々という『人的データベース』を検索できることになります。ソースコード、製品やプロセス、Webサイト、先行公開について、特許審査官は知らなかったとしても、コミュニティーの人は経験から知っていることがあります。それらを簡単に共有できるようになるのです」

 Quinnも同じ意見で、特許の質はUSPTOと申請者の共同責任であり、その質は公衆に参加の道を開くことで向上すると言う。「USPTOとしては、公衆の知識により、審査に最適な先行技術を申請手続きの早い段階で審査官に提供できるようになると期待しています」

 Noveckは、さらに、一般社会に対する説明責任の重要性を示すことにもなると指摘する。プロジェクトに多くの人が参加すれば、一般社会――法律や特許の専門家だけでなく、工学者・学生・趣味人・技術者など――には手続きを改善できるだけの知識があることを特許庁や議会に対して示せると言う。「パブリック・レビューが制度化されれば、できの悪いまったく価値のない申請をなくすのに役立つでしょうし、審査官と一般社会がソフトウェア特許の妥当性について対話する切っ掛けにもなるでしょう」

阻止するのは悪しき特許の発行

 しかし、このプロジェクトにより特許の認可手続きが改善されると考える人ばかりではない。その一人、Software Freedom Law Center(SFLC)の法務担当役員Dan Ravicherは、このプロジェクトで特許問題が解決するとは考えていない。「このプロジェクトへの取り組みは評価していますし、特許制度の問題を解決する上で何らかの役には立つでしょう。しかし、米国における特許問題の特効薬にはなりません」

 GroklawのJonesはこのプログラムへの参加を決めたが、この件には関与しないとする読者もいたという。「一部の人は(このパイロット・プログラムへの貢献に)否定的な印象を持っていますが、それは特許制度を破綻させる方がよいと考えているからです。この点については私にも理解できるのですが、現実的とは思えません。もし実現性があれば、私も参加しなかったでしょう」

 OSDL(現Linux Foundation)が2006年1月にOSAPAプロジェクトを発表した際、Free Software Foundationの創設者であるRichard Stallmanは、先行技術を特定してもソフトウェア特許問題は解決しないと述べている。「先行技術の存在を知っても、特許庁は可能な限り弱い形で解釈しようとします。一方、法廷では、通常、特許庁が調査した先行技術を考慮することに同意しません(これは、正式な法的ルールではなく、慣例です)」

 これについて、Jonesは次のように説明する。「(OSAPAと)Peer-to-Patentの違いは、一般社会が先行技術の存在を指摘する機会が申請段階にあるということです。特許が発行される前の段階にあるのです。悪しき特許が発行されるのを、最初の段階で防ぐことができるのです。いったん発行されてしまった特許をあとから覆すのは、途轍もなく大変な作業です。しかも、悪しき特許が実害を与えることさえありえます。Microsoftは現在その種の特許と思えるものを集めており、たとえ訴訟を起こさなくても何らかの損害を与えている可能性があります。だとすると、Microsoftは特許で損害を与えており、しかもその特許は知られることもなく、法廷による審理も受けないことになります。これは、特許制度が機能不全に陥っていることを示しています。実は、このプロジェクトで扱っている特許申請の一つは、Microsoftによるものです」

 かく言うJonesも、最近行われた判決の脚注に特許制度改革の希望を見いだしている。「このMicrosoft対AT&Tの訴訟は、ソフトウェアに特許を与えられるかどうかという問題に決着を付けるという点では、裁判上理想的なものではありません。当事者が(ソフトウェア特許の是非についての)立場を明らかにしていませんから。しかし、この判例から、それを云々すべき訴訟があれば法廷は判断するということがわかりました」。そして、その判断が示されるまではどうすべきかとJonesは問う。「問題に関わろうとせずに大虐殺を傍観しますか、あるいは、悪しき特許を集めて威嚇、あるいはさらに悪いことに使うことから人々を守ろうとしますか」

参加企業の思惑

 このパイロット・プログラムでは公衆による審査を受けるかどうかは任意とされているため、特許申請を250件集めるのは難しいだろうと思える。しかし、Microsoft、Intel、Hewlett-Packard、Red Hatなどといった大手ソフトウェア企業は、特許申請のレビューに参加している。

 Red Hatで特許に関する責任者を務めるAdam Avruninは、「一般に、特許申請者は申請が第三者の評価に晒されることを望みません。それは、基礎となる発明の特許性について審査が厳しくなることを意味するからです」。このパイロット・プログラムに参加する動機はさまざまだろうが、Red Hatの場合、パイロット・プログラムの成功を支援するという目的もあるとAvruninは言う。「Red Hatが参加したのは、特許申請のレビューにコミュニティーを参加させることによって特許の質向上を図る枠組みを検証するという大きな目標があるからです。申請がなければ検証できませんからね」

 また、「申請がコミュニティーのレビューという厳しい審査を受けていれば、特許も強いものになり、特許の妥当性が訴訟や再審査で問われても守るのは容易になるでしょう」とも指摘する。USPTOは、毎年、約500件の再審査請求を受理しているのだ(Quinn)。そして、参加した特許申請は優先的に扱われるとも指摘した。これはパイロット・プログラムへの参加奨励策で、その特許申請が受ける審査強化への見返りだ。

 長期的には、コミュニティーのレビュー手続きへの参加が特許品質の向上に結びつくことがこのパイロット・プログラムで実証されること、またソフトウェア以外のすべての分野にもコミュニティー・レビューが広がることをAvruninは望んでいる。「Red Hatは、特許品質の向上は誰にとっても有益だと考えています。企業にとっても、先行技術を超える先進性がなく始めから発行されるべきでなかった特許について、特許訴訟に費用を掛ける必要がなくなります」

今後

 このプロジェクトのWebサイトには、現在、9件の特許申請が掲載されている。Noveckによると、最初の2週間で1,000人が登録し活発に活動しているという。しかし、議論の多くはGroklawで展開されているようだ。Noveckは、Peer-to-Patentに参加し、特許申請について語り調べUSPTOと情報を共有するよう、ほかのコミュニティーに呼びかけている。

 商務省も、このプロジェクトの結果に注目し推奨すると表明している。同省の法務責任者John J. Sullivanは、Sub-Committee on Courts, the Internet and Intellectual Propertyへの書簡の中で、特許改革法に関する同省の見解について触れ、Peer-to-Patentsパイロットが「審査の迅速化と質向上について、目に見える形で成果を上げたかどうかを評価することになる」と書いている。

 一方、Peer-to-Patentは、このパイロット・プログラムを他の分野の特許にも、さらには他国の特許局にも広げようと計画している。Noveckは英国特許庁がこのパイロットを来年早々から始めることを明かし、欧州特許庁もこれに続いてくれることを希望し期待している。

コラム:先行技術とは?

 ある特許でオリジナルとされるものが、実は、所定の日付以前に利用可能であったことを示す情報のこと。情報の形式は問わない。発明が先行技術で説明されていると認められる場合、特許審査官はその発明についての特許を認めない。

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