価値のないソフトウェア特許と闘うOSAPAイニシアチブ

オープンソースの従来技術をリポジトリ化しようという雲をつかむような試みは、これまでにも何度か行われてきたが、すべて失敗に終わっている。Open Source Development Labs(OSDL)やIBM、SourceForge.netなどの支援を受け、米国特許商標局(USPTO)でも告知されているOpen Source as Prior Art(OSAPA)イニシアチブが、ほかで失敗したこの試みを成功させつつあるのはなぜだろうか。その謎を解く鍵は、さまざまな利害関係者に対する圧力がタイミングよく重なったことと、オープンソースコミュニティの既存のリソースと強みを利用したアプローチにある。

先行技術リポジトリというのは、理論的には、集中型の包括的なリソースであって、フリーおよびオープンソースソフトウェアの機能に関する膨大な量のソースコード、情報、要約が、関連する先行技術の特定のためにUSPTOが検索できる形で、そこに格納される。その目的は、反論の余地がないほど立派なもので、権利請求の対象である発明内容に新規性がなく自明であるようなソフトウェア特許の成立を防止することだという。

特許出願数の多い企業は、過去数年にわたって、現在は平均して約3年かかっている、出願から最終拒絶までの審査期間を短縮するようにUSPTOに要請してきた。同時に、USPTOが成立させている特許の質についての批判も急増している。推定では、成立済み特許全体の半数以上に質的な問題があると見られており、その原因は、審査官が関連する先行技術を参照しなかったか、その内容を正しく適用しなかったことにあるという。こうした圧力以外に、ワシントンでの法律改正も加わったことを考えれば、これまでまったく進展のなかった審査期間の短縮にUSPTOが着手する気になった理由がわかるだろう。

圧力はソフトウェア業界の大手企業にもかかりつつある。IBMなど、オープンソースソフトウェアの普及に取り組む企業が、最大級の特許資産を保有しており、ソフトウェアを特許可能な対象として見ていることの重大性が、開発者のコミュニティ(彼らは概してソフトウェア特許を軽視している)には通じていない。こうした企業は、事業の成否に対して影響力を持つ開発者コミュニティとの友好関係を維持するねらいもあって、特許の質の問題を解決しようとしてる。Microsoftのような独自仕様のソフトウェア開発を進める企業もまた、特許制度の改正や特許の質の向上を求める声に賛同しているが、それは質の低い特許の権利者から侵害を主張された場合にかかる余分な事業コストを削減したいからだ。

オープンソースのコミュニティでは、The SCO Groupに脅された事例のような事実無根の著作権侵害の主張とは異なり、ソフトウェア特許がきわめて大きな脅威になっていることが現在は広く理解されている。オープンソースソフトウェアが、主流になり、従来の独占的なソフトウェア・ビジネスモデルに対する真の脅威として見られるようになった今ではなおさらだ。米国での重要な法律改正がしばらく中断していることを受けて、コミュニティが、自らの存亡に関わるこのソフトウェア特許問題に対して短・中期的な解決策を必死で探し始めたのは当然のことであろう。

こうした圧力が重なったことで、特許の質の問題に対して考えられるわずかな解決策を求めてさまざまな立場の人々が協力することになったのである。そこには、冒頭で述べたように、OSAPAイニシアチブも含まれており、そのリポジトリの開発は現在2カ月目に入っている。ソフトウェア特許の存在しない未来を望むソフトウェア開発者のコミュニティにとっては、USPTOおよび業界の各企業に対する圧力を利用して、既に成立している特許の数を減らす絶好の機会である。

成功の鍵

OSAPAイニシアチブへのアプローチは、基本的にこれまでの先行技術リポジトリの試みとはいくつか重要な点で異なっている。1つ目は、ソリューション開発を担当しているのが、協調的なオープンフォーラムにおけるさまざまな個人や企業のコミュニティである点だ。なお、このソリューションを構成する方法論については後ほど詳しく説明する。開発は、密かに行われているのでもなければ、今後このリポジトリを利用するはずの開発者コミュニティに押しつけられているのでもないのだ。この開発プロセスの所有権と支配権を持つことは、従来技術リポジトリの活用を奨励される利用者に、そのソリューションが帰属し、理解されることを意味している。

2つ目の違いは、1つ目から導かれる当然の結果だが、参加している開発者たちが、自らの開発目的のために、USPTOや特許実務家にも利用されることは別にして、このソリューションを役に立つものにしようと専念していることだ。この点がきわめて重要なのは、開発プロセスに参加することだけでなく、何よりも、一度作られた方法論を利用することの動機づけを開発者に与えるからである。開発者たちがここで得たものを使わないのなら、このイニシアチブは成功しないだろう。

3つ目の違いは、「リポジトリ」自体の設計にある。ソースコード、文書、要約情報を1か所に集中させて保存するのではなく、OSAPAは、開発者が現在ソースコードを公開しているSourceForge.net、Kernel.org、CPANなどの既存のコード用リポジトリに依存しているのだ。この方法にはいくつかの利点がある。まず、開発者はこれまでと同じリポジトリでソースコードの公開を続けることができる。つまり、彼らはこれまでのやり方を変える必要はない。また、これにより、関連のありそうな先行技術が見つからない可能性が減る。リポジトリの検索処理は、開発中の方法論に従って公開されている限り、たとえ個人のWebサイトであれ、どこで公開されていても、ソースコード、文書、要約のすべてを検索範囲に含められるように設計されているからだ。

動作のしくみ

まだ開発中ではあるが、OSAPAイニシアチブの基盤になっている方法論はシンプルだ。オープンソースソフトウェアの開発者は、自分たちのソフトウェアに関するソースコードや文書、その他の情報をSourceForge.netのような既存のリポジトリ、または自前の独立Webサイトに電子的に公開する。公開にあたり、開発者はソフトウェアの機能やコードの作者など、基本情報を記したタグをパッケージに添付する。ソフトウェアの機能は、ある分類法を使って記述される。この分類法は、コンピュータソフトウェア分野における先行技術を特許審査官が検索する時に使っている用語や分類に詳しいコミュニティが作成したものだ。パッケージには公開時にタイムスタンプが与えられ、リポジトリまたはWebサイトは、証拠となるパッケージの整合性を保証するための確立された手続きに従う。これで、特許審査官は、リポジトリの検索、またはYahoo!やGoogleのような一般のインターフェイスを使った検索を行うことで、タグに含まれる情報に基づいて先行技術を特定できる。

公開されているソフトウェア発明に対するアクセスの増加は、すべての利害関係者に恩恵を与える。特許審査官の場合、話はわかりやすい。ソフトウェア特許の出願書類で権利請求されている発明の新規性と自明性の評価に利用可能な、関連のありそうな先行技術を以前よりも素早く参照できるようになる。また、こうした先行技術は、ソフトウェア特許の拒絶や請求範囲の縮小にも利用できる可能性がある。ソフトウェア業界にとっては、成立するソフトウェア特許の質が向上することを意味し、理屈の上では利用価値が高まることになる。また、見せかけだけの脅威をもたらす質の低いソフトウェア特許の数が減り、自分たちのソフトウェアを守るための労力も減らすことができる。オープンソースソフトウェアのコミュニティにとっては、自己防衛に効果を発揮する公開用ツールとなる。このツールのおかげで、開発者は、他社が同じ内容の特許を取得できないような方法で自分たちの発明を開示するソフトウェア特許の出願に時間を割く必要がなくなる。さらに、検索すべき特許が減ることは、誰にとってもありがたいことだ。

今後の進展

OSAPAイニシアチブはまだ開発の初期段階にあるが、悪用のおそれがあるとか、単なる気晴らしだと言う批判者がいるにもかかわらず、支持者の数は増え続けている。確かに、OSAPAイニシアチブはソリューションとして欠点がないわけではなく、必要なものがすべて揃っているわけでもない。だが、特許の質に関する自明の問題を解決するために役立つことは間違いなく、現状よりもずっと良い結果をもたらすだろう。なかでも、おそらく最も今後の展開が期待できる点は、OSAPAイニシアチブが、ずっと利害関係が一致していなかった関係者の中に共通の基盤を首尾よく見出し、不完全ではあるが関係者全員に利益をもたらすソリューションの構築に専念していることだ。

USPTOは、ワーキンググループや公的な会議への参加を通じて、OSAPAのほか、Community Patent Reviewイニシアチブのような、特許の質に関わるプロジェクトを成功させることを公言し続けている。今月開かれるUSPTO主催の会議に注目するとよいだろう。各プロジェクトの進捗状況がそこで報告されることになっている。

Diane M. Peters氏は、Open Source Development Labs, Inc.の相談役を務めている。

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