Fluendoのメディアデコーダ販売がオープンソース擁護派に奏でる不協和音
1月上旬、Fluendo Web Shopから各種のマルチメディア系フォーマットに個別対応した再生コンポーネント群の販売が開始された。対応するフォーマットは、MP3、Dolby AC3、Windows Media Audio(WMA)のオーディオフォーマット、MPEG2、MPEG4 Part 2(別名DivX)、Windows Media Video(WMV)のビデオフォーマット、Windows Media Streamingプロトコル(MMS)および各種の関連コンテナフォーマットである。MP3デコーダに関しては無料で提供されているが、その他の各フォーマット用デコーダについては1点につき7ユーロ、複数フォーマットのバンドル版については割引価格が設定されている。なおソフトウェアとしての配布形態は、Rhythmbox、Amarok、Totem、その他のプレーヤで用いられているオープンソース系マルチメディアフレームワークのGStreamer用プラグインである。
これらのデコーダはいずれも32ビットi386および64ビットx86-64 Linuxに対応したものが用意されている。またWindows MediaおよびMP3用デコーダについては、PowerPC Linux、Intel版Solaris、SPARC版Solaris用のものも入手可能だ。
ダウンロード用ファイルはTAR形式でアーカイブ化されており、その中にはバイナリ形式のプラグイン本体およびインストールガイドとライセンスファイルが同梱されている。プラグインのインストール作業は簡単で、GStreamerのプラグイン検索パス上にあるディレクトリ(通常は/usr/lib/gstreamer-0.10であるがrootにアクセスできない場合は~/.gstreamer-0.10/plugins)にコピーすればいい。こうしたインストール作業が自動化されていない理由だが、FluendoのChristian Schaller氏による説明では、ディストリビューションやアーキテクチャの種類を問うことなく確実に機能する方式としての選択だとされている。
なお上記のディレクトリ名からも分かるように、GStreamerのバージョンは0.10以上が必要である。またこれらプラグインのコンパイルにはglibc 2.4が用いられているので、ディストリビューション側がglibc 2.3などの古いバージョンを使っていないかも確認しておかなければならない。どのバージョンのglibcであるかの確認は、ディストリビューション付属のパッケージ管理プログラムを利用すれば簡単に行えるはずだが、そうしたプログラムが利用できない場合はldd --version
というコマンドでも確認できる。
プラグインの使用ライセンスは、1件の購入につき1台のマシンでの使用のみが認められているので、自分が購入したプラグインを友人や隣人にインストールしてやるとライセンス違反となる。もっとも、全プラグインを一括でバンドル購入するMegabundleというオプションを選択したユーザに関しては、購入後に新規リリースされるすべてのプラグインがフリーで追加提供されるとのことだ。なおSchaller氏の説明によると、AAC、H.264、Real Media用のデコーダ開発が進められているようだが、現状でリリース時期は固まっていないようである。
感情的な反発と誤解
こうしたFluendoによるオーディオ/ビデオ用デコーダの有料販売という行為に怒りを感じた人も多く、Slashdot、Digg、Ars Technicaなどのフォーラムには多数の批判意見が投稿されている。これらの批判意見を大きく分けると、ソフトウェア特許(パテント)の商品化は認めないという意見、メディア業界(当該フォーマットの提唱者および特許権者も含む)に対する不信感、GPLでライセンスされたメディアプレーヤにパテント保護されたプラグインを組み合わせることで法的な拘束力が生じることへの不満という、3つのカテゴリに分類していいだろう。
Schaller氏はプラグイン販売開始後1週間の売り上げは好調であったと説明しているが、興味深いことに、問い合わせの大部分はサイトレベルでの事業展開を考えている人間からのものであり、Fluendoのセールス担当者との直接交渉が求められたとのことである。「例えば、1000台以上のデスクトップを運用している組織におけるサイト展開に関する打診を既に何件か受けておりますし、実際の販売を行うメイン販路とは異なる広告ないしテスト販路の展開やショップ機能についても問い合わせが多いですね。」ここで言うテスト販路とは「サイトライセンスを購入するかを打診する前に、各自のシステムでのテスト用にシステム管理者がプラグインを1つだけ買い上げる方式」であるとSchaller氏は説明している。
実のところFluendoという企業は、GStreamerはもとより、FlumotionストリーミングメディアサーバやTotemメディアプレーヤなど各種のフリーソフトウェア系プロジェクトに対して多大な開発リソースを提供しているのであるが、今回の同社によるプロプライエタリ系プラグインの販売を批判する側の多くは、そうした事実に気づいていないか意図的に無視している。また同社は、組み込み型デバイス市場向けのマルチメディアコーデック開発も請け負っているが、Schaller氏によると、この分野におけるGStreamerの浸透性には想像以上のものがあるとのことである。
そのような微妙な立ち位置にあるFluendoではあるが、パテント問題については「ソフトウェア特許には基本的に反対だが、特許に関する法令が定められている場合はそれに従わざるを得ない」という公式な姿勢を取っている。だが、そうした場合はカスタマも従わざるを得ないことの方が、より重要なのではなかろうか。実際Fluendoによるプラグインの有料販売を批判する側は、こうした観点からの反対意見を速やかに展開しており、これらのフォーマットのデコードが必要であればフリーの代替品が存在し、その多くはGPLでライセンスされたライブラリ群として公開されている点を指摘している。とは言うものの、残念ながらこうした反論は大した意味をなさない。フリーで無いフォーマットがフリーで無い理由は、ソースコードのライセンスにあるのではなく、そうしたフォーマットのパテントに起因しているからである。
実のところFluendo自身もカスタマに対しては、可能であればパテントフリーなフォーマットを使用することを奨励しているのだ。「弊社でGStreamerを扱う場合、フリーで無いフォーマットについては可能な限りOggおよびDiracもサポートするようにしています。これは最終的にカスタマをLinuxやSolarisに誘導し、フリー系コーデックのサポートで定評のあるGStreamerなどのオープンソース系フレームワークを使用してもらうことを狙っているのであり、パテント保護されたコーデックという制限を撤廃するという究極的な目的を達成するにあたっては、その途中の過程で今回のようにプロプライエタリ系コーデックを販売することも致し方なく、結果的にはデメリットよりもメリットの方が大きいと考えています」
未来を見据えたフォーマット戦略
フリーで無いフォーマット用のプラグインを提供することはフリーなフォーマットの存在を危うくするという主張もあるが、そうした意見にSchaller氏は与しないとのことだ。つまるところ、どのような需要が生じるかは、どのようなメディアが利用できるかで決まるものであり、どのようなデコーダが利用できるかではないからである。Fluendo氏はこうした見解の裏付けを、組み込み系デバイスの開発者たちとの共同作業において見いだしているが、それはデスクトップ系ソフトウェアについても当てはまる話なのだ。「手元にMP3ファイルを持っているからMP3のサポートを求めるのと同様に、iPodなどのミュージックプレーヤを持っているからこそ、これらプレーヤのサポートフォーマットに対応したエンコーダを求めるのです」
Schaller氏によると、フリーフォーマットの将来はフリーソフトウェア開発者たちが新規の市場における主導権を握れるか否かにかかっているということになる。同氏が引き合いに出しているのは、これまでもFluendoの開発陣はGNOME系アプリケーションにおけるデフォルトフォーマットをOggにすべきだと強力に主張しており、純粋な技術的観点からしてもVorbisの方がMP3より優れているにもかかわらず、現状ではMP3フォーマットの方が遥か広範に用いられているという事実である。
「将来的に私たちが成功できるかは、既存メディアの特定フォーマットによる支配が固定化されていない未開拓の市場において、こちらが先手を打つことができるかにかかっているはずです。例えばHD-DVDやBlu-Ray以外の高品位ビデオ用フォーマットとして、私どもではDiracが相応しいと考えています。フリーなコーデックが有利なのは、一定の数にまで広まってしまえば、その後はフリーという形態そのものが自ずと普及を促進してくれる点です。問題は、そうした“一定の数”と言えるレベルに広めるまでが大変なのですが」
パテント、メディアフォーマット、フリーソフトウェア擁護という話題になると、一部の人間は過剰な反応をする傾向にあるため、Fluendoがフリーで無いフォーマットをサポートしているという事実に関しては、今後も批判意見を投げかける人間が存在し続けるであろう。しかしFluendoとは、パテント保護されたメディアフォーマット用の合法デコーダを提供する唯一のベンダなのであり、法的な規制をクリアするという点に関してコミュニティに多大な恩恵を与えていることも1つの事実なのである。
Xine、MPlayer、VLCなどのフリー系プレーヤの多くは、パテント保護されたフォーマットの再生をFFmpegライブラリを利用することで対応している。そしてFFmpegはLGPLでライセンスされているのだが、こうしたライセンスの規約にせよソースコードの配布形態にせよ、特許法によってユーザに課せられる法律上の義務を何ら無効にするものではないのだ。
フリーで無いプロプライエタリ系メディアフォーマットとフリーソフトウェアは本質的に水と油の関係にあるが、それはソースコードのライセンス体系に原因があるのではなく、パテント(特許)という制度に起因する問題なのである。こうした事実から目を背けることは、深刻な法的リスクを抱え込む危険性を秘めていると心得るべきだろう。WengoのDave Neary氏は同氏の個人ブログにて、この問題を簡潔にまとめている。「プロプライエタリ系コーデックとは結局のところ他人の所有物なのだ、という事実を認識するべきでしょう。そしてこれらの使用に課金される場合においてこそ、誰もがその事実を認識し始めるのです」