FOSSの理想郷ブラジルにイメージ失墜の危機

国際的なメディアは、ブラジルをFOSS(フリーおよびオープンソースソフトウェア)導入の先駆者と位置付けているようだ。New York Times紙はこの国を「フリーソフトウェア運動のリゾート地」と表現し、BBC Newsは「ブラジルの行政省庁および国営企業はオープンソースまたはフリーソフトウェアへの傾倒により、いよいよWindowsを手放しつつある」と報じている。ところがブラジル情勢に詳しいFOSS支持者によると、状況はそれほど楽観的ではないという。

FOSS支持者たちが言っているのは、ブラジル政府による計画性を欠いた支援、根底にある思想を十分に理解せずにFOSSを宣伝文句にしているビジネス環境のことである。また、GNU一般公衆利用許諾(General Public License:GPL)への違反もあるという。なかには正真正銘のFOSSを導入しているところもあるが、多くの場合は手際の悪さ、場合によっては蔓延した不正行為によって台無しになっている。

2003年に発足した最初のLuiz Inacio Lula da Silva政権下で、FOSSの導入は重要な政策の1つとして発表された。連邦および州政府のFOSSへの移行を奨励するほか、Silva政権はブラジル国民が安価なコンピュータを入手できるようにする「PC Conectado」制度にもFOSSを採用した。こうした取り組みの発表により、ブラジルはやがてFOSS導入の模範国になるとの印象を諸外国に与えたのだ。

しかし、幸先よく始まったこうした取り組みの成果はまだ見えず、そのうえFOSSを奨励する政策の行き詰まりを示す徴候まである。2006年後半、Silva氏は再選を果たしたが、与党の政策綱領のなかにはフリーソフトウェアに触れた公約がたった1つしかなく、それも「手続きの簡素化、公務員の養成、およびフリーソフトウェアの利用などテクノロジ基盤の拡大による、国民への直接的および遠隔による公共サービス提供の改善」という簡単なものだった。これまで掲げられていたFOSS普及プランの内容はどこにも見当たらない。おそらく今回FOSSを強調しなかったのは、リオグランデ・ドスル州でFOSSソリューションを優先する州政府の法律に反対して憲法論議を起こそうとする勢力など、プロプライエタリ・ソフトウェアの関係者による反対が高まったためだろう。

何よりも、FOSSであることの主張そのものに対してブラジルのFOSS支持者たちが懐疑的になっている。たとえば、Conectiva(現在はMandrivaの傘下にある)はシステムインテグレータのPositivoと提携してConectivaのインストールされたPCを90,000台以上出荷したと大々的に宣伝したが、Debian開発者のGustavo Franco氏は「ほとんどすべてのユーザはMicrosoft Windowsのコピー版をインストールし直していた」と述べている。Franco氏にはその主張を裏付ける証拠はないが、ブラジルの低所得者が求めているのはフリーソフトウェアよりもテレビや広告で見慣れたものだ、と彼は指摘する。たとえ全面的には正しくないにせよ、彼の発言にはFOSS支持者たちが苦々しい経験から学んだ慎重な姿勢が反映されている。

FOSSへの関心はまだブラジル全土に残っているものの、2007年に入ってその関心が深まる兆しはなかなか見えてこない。「口先ばかりで行動を起こさない人が多いのだ」とDebian開発者のOtavio Salvador氏は言う。

品質面のごまかし

依然としてFOSS導入の徴候はブラジル中に見られるが、FOSS関連の有識者たちはリリースされるコードの品質とその取り組みが向けられる先について懸念している。

また別のDebian開発者Gustavo Noronsha Silva氏によると、連邦政府の計画立案組織はDataprevという公社と提携してCACICと呼ばれるインベントリ・システムの開発をGNU GPLの下で進めているようだ。「優れたコードではないが、フリーソフトウェアの概念を政府に示し、実際のコードの公開とメンテナンスが行われている」と彼は説明する。

同様に、政府のソフトウェア開発機関である情報技術国立研究所(Instituto Nacional de Tecnologia da Informa&ccedil)と政府公認の連邦データ処理サービスSERPROは、無料のソフトウェア教育制度を実施し、一部行政機関のFOSS移行を支援している。Silva氏は「省庁の1つでITマネジメントに携わっていたときにこうした取り組みに参画したが、彼らの仕事ぶりは非常にお粗末でまったく計画性が見られなかった」と語る。

あるケースではインストール済みDebianパッケージ上へのソースパッケージの構築がWindowsベースのrdesktopを用いて混成Debianマシンで行われていたり、別のケースでは電子メールサービスの移行が既存のインフラストラクチャを無視して行われたりしていた、とSilva氏は言う。「そうした行為は大きな損害をもたらした」

また、ブラジル最大の公的金融機関の1つCAIXAがDebianベースの独自オペレーティングシステムの実装を行った事例もある。Silva氏はこのOSについて「アップグレードしようとすると壊れるので、サーバ上でまともに使うのは無理」と述べているが、CAIXAでは実際に使用されている。しかも、このOSのリリースは「ITに関わる政府の重鎮が列席した大きな会議」で発表されたという。Silva氏の心配は、そのような取り組みがパフォーマンスの悪さからFOSSのコンセプト全体の信用を落とし、マーケティングを重視するあまり技術的な検討を疎かにしている表れではないかという点である。

同じように、Franco氏も「One Laptop Per Child」プロジェクトからノートPCを購入するという政府の計画に懸念を示している。「プロジェクトそのものは素晴しいアイデアだが、ブラジル政府の目的はこのノートPCを教員に手に委ねることにある」のであって、プロジェクトが意図する低所得者への分配にあるわけではない、と彼は言う。

またFranco氏は、ブラジルに低価格PCを普及させるその他の試みのなかには「品質の疑わしいハードウェアに対し、そうしたハードウェアに十分に対応していないLinuxディストリビューションをバンドルしている」という噂についても語ってくれた。

Silva氏とFranco氏は、こうした取り組みの失策やパフォーマンスの低さによってFOSSのコンセプト全体が傷つけられることを案じているのだ。一部の政府機関がIBMやCiscoのような多国籍企業から資金援助を受けているという事実も、FOSSにとっては災い以外の何物でもない。「ブラジルにおけるFOSSの過剰な宣伝はマーケティング活動なのだ」とFranco氏はブログに記し、Silva氏も同様の意見をNewsForgeに語った。

魂の抜けたフリーソフトウェア

FOSS支持者たちは、FOSS導入の背後にある狙いについても懸念している。フリーソフトウェアのコンセプトには、行政機関と民間企業の双方がFOSSを採り入れたいと考える理由が数多く含まれている。だが実際のところ、多くの人々は自由であることの理念よりもコストがかからない点に関心を寄せているように見える。Franco氏は、ブラジルの多くのFOSSプロジェクトについて「(仮想ではなく実在の)プロジェクト・オフィスの部外者は誰もソースコードを見たことがない」とブログに記している。ソースコードの共有がFOSSコミュニティの核心部分であるにもかかわらずである。

事実、フリーソフトウェアの開発と販売を手がけるブラジルの組織や企業の多くは、ソースコードの提供または公開を求めているGNU GPLの第3条に違反しているように見える。そうした企業には、新規ユーザによって広い範囲でインストールされているディストリビューションKuruminや、Kuruminから派生したPoseidonとKalangoのほか、BlaneやDual O/S(以前のFreedows)の開発元も含まれている。これらはいずれも、ソースコードがWebサイトのどこにも見当たらないディストリビューションである。

Franco氏によると、Kuruminがソースコードを提供しない理由は、元のDebianコード以外のソースコードは利用していないと開発者たちが主張しているからだという。「これは事実ではない」とFranco氏は断言する。しかし、仮に開発者たちの主張が事実だとしても、ディストリビュータは自らのソースコードを提供する義務がある。同様の立場にあるその他の多くのディストリビューションについてもフリーソフトウェア財団(Free Software Foundation)によってGPL違反が明らかになっており、Kuruminなど先に挙げたブラジルのディストリビューションも例外ではない。

さらにFranco氏によると、Kuruminの使用許諾契約書にはKurumin開発者を訴えたユーザは「ソフトウェアの使用権を失う」と記された条項が含まれているという。またDual O/Sには使用期限が240日間の評価版が含まれている。これらの制限はいずれも、再実施許諾を禁じた第4条およびGPLの諸権利を以降のユーザに伝えていくことを求めた第6条といったGPLの追加解釈の内容に反しているように思われる。

またFranco氏は、シンクライアントのプロジェクトであるPlurallについても、ソースコードが未公開という点でGPLに違反していると述べている。ただし、Plurallを開発するemredeemredeのRicardo Prado Schneider氏はNewsForgeに対し、ソースコードの含まれたリポジトリがまもなく公開される、と話している。

FOSS支持者たちの心配は、このような問題の解決よりもむしろ、ブラジルの企業やプロジェクトがフリーソフトウェアの定義を自分勝手に再定義しようとしていることにある。Silva氏が指摘しているのはパラナ州で設定されたライセンスで、このライセンスはフリーソフトウェアの定義とは両立しない。南米におけるFSFの姉妹組織であるFSFLAはこのライセンスの是正を試みているが、同ライセンスの起草者の1人であるOmar Kaminski氏に代表されるような「GPLはブラジルの法制度に合わない」、「ブラジルのフリーソフトウェアは米国とは別の方向に動いている」といった意見が出ているため、FOSS支持者たちの心配が和らぐことはない。

万一、現在の傾向が続いた場合、ブラジルにおけるFOSSの運動は「コミュニティを指向したものにはならず、好業績の企業にいいように利用されてしまう」とFranco氏は懸念する。「詳細な情報やソースコードは利用できなくなるだろう。規模は小さいが、事態はすでにそうした方向へと進みつつある」

故意の不正か意識の欠如か

ブラジルにおけるFOSSの活動のなかには、純粋なFOSSと思えるものも確かに存在する。その例として、Silva氏はMandrivaを挙げている。InsigneというディストリビューションもGPLに準拠しているようだ。以前のバージョンには品質の問題があったが最新版はかなり改善されたと聞く。Silva氏は、ブラジルにいる多数の個人開発者がフリーソフトウェアに貢献している点にも言及している。その大半は「過剰な宣伝が行われる前から活動に携わっていた」という。

「政府機関、非営利組織、企業の多くはFOSSの訴求力を利用して大衆を説き伏せ、(サッカーに次いで)お得意の「不正行為」を働こうとしている」とFranco氏は歯に衣着せず言う。

これに対し、Silva氏はこの問題について次のように語る。「問題の大部分はお金を出さない利用者や、実際には行動を起こさず口先ばかりが達者な連中に関わるものだ。別に政治的な不正をほのめかしているわけではなく、フリーソフトウェアに関してそうした不正が存在する証拠を見たわけでもない。ただ、能力不足、対価を支払わずしての利用、意識の欠如について言いたいだけだ」

それでも1つ確かなことがある。世界中の他の国々がブラジルのFOSSに対して抱いているイメージが、その実情とずれていることだ。「世界中で言われていることは必ずしも真実ではない」(Franco氏)。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文