オープンソースのグローバル化が組織と個人に恩恵をもたらす
オープンソースのグローバル化、すなわち自宅で作業する世界各地のソフトウェア技術者たちによるオープン・コラボレーションは遅かれ早かれ、ソフトウェア会社の大半で本格的に採用されるようになるだろう。なぜなら、1つの拠点でクローズドソースの開発を行う従来のやり方よりも大きなコスト上の利点があるからだ。こうした利点が得られる背景には、次のような要因がある。
- 地域を問わず世界中どこででも(しかも多くの場合は低コストで)適材適所に基づく雇用が可能。
- 際限がなく非効率的な会議に象徴される階層的で対面式の同期的なやりとりではなく、組織階層がなく非同期なインターネットベースのコミュニケーションによる生産性の向上。
- アイデア、コード、バグレポート、対処策など与えられた課題に取り組んでくれる組織内外のあらゆる人材に対する権限の委譲。
- ウォータフォール方式の設計・コーディング・テストというアプローチではなく、より迅速で反復的なソフトウェア開発モデルの実践と採用による、従来のソフトウェアプロジェクトにありがちな多くのリソース配分ミスの回避。
今日、従来のソフトウェア会社のほとんどは、依然として従業員を自宅に帰して在宅勤務させることに難色を示している。IBMに勤務しながらオープンソースJavaの「Harmony」プロジェクトに携わっている技術者に話を聞くと、プロジェクトのほとんどすべてがオープンソース化されているというのに、いまだに彼は上海にあるオフィスに毎日出勤しなければならないという。このように、個人からなる分散化されたチームでの開発に従来のソフトウェア企業が消極的である大きな理由として、管理上の影響力の低下、現行のインセンティブ体系とのミスマッチ、対面式コミュニケーションへの依存、そして ― クローズドソースの会社の場合は ― 知的財産権の支配権が失われるという不安が挙げられる。
それでも、オープンソースの企業db4objectsの経営やスタンフォードでMySQLなどの研究に携わってきた私自身の経験から見れば、相当なコスト削減が実現できると思われる。そのため私は、このトレンドが2001年来のITオフショアリングの波以上にこの業界に変化をもたらすという予測に自信を持っている。従来の企業は、オープンソースのグローバル化という方針を採用するか、それをせずに競争力を失うかのどちらかだろう。
グローバルなオープンソース企業
MySQL、JBoss(現在はRedHat傘下にある)、db4objectsなどは、Linux、Apache、Wikipediaといった非営利プロジェクトが開拓したグローバル・オープンソースのやり方を早くから取り入れてきた急進的な企業の例である。
こうした企業のグローバル性は、General MortorsやIntel、JP Morganにも劣らない。どの会社も米国に本社や資金はあるとはいえ、主要な開発者はヨーロッパ、ロシア、ブラジル、オーストラリアにいるし、各社のCEO(最高経営責任者)も最近になって米国にやってきた人々である。
こうしたグローバルなオープンソース企業では、技術者の4人に3人が在宅勤務をしている。彼らはインターネットを介して雇用され、採用面接で会社に来たことさえない人々がほとんどである。シベリアのノボシビルスクでも中国の成都でも、あるいはフロリダ州アーケーディアでも、どこに住んでいようと関係はない。大事なのは、彼らのスキルであり、ユーザまたは開発者としてのそれぞれのプロジェクトへの関わり方、インターネット上の国際共通語(英語)を使って電子メールやニュースグループで効果的にコミュニケーションする能力、Eclipse、Ant、Subversion、Jiraといったオープンソースツールを利用して協調的かつオープンなスタイルで働く能力である。また、ブロードバンド接続も必須ではない。
オープンソース企業はきわめてフラットな組織構造になっていて、製品のロードマップに関わるような戦略的な議論はまさしくユーザ駆動型であり、機敏なプロジェクト管理を特徴としている。たとえば、db4objectsには技術部門のトップがいないし、MySQLではマーケティング担当副社長のZack Urlocker氏が技術部門を統括している。製品のロードマップ、バグ、拡張機能、次回のリリース予定といった情報はすべて公開され、ユーザコミュニティはこれらについて自由に議論できる。
技術者の役割
このことはソフトウェア技術者にとって良い点も悪い点もあるが、多くの変化が生じることは間違いない。
まずは良い面について説明しよう。オープンソース化によって、ユーザとソフトウェア技術者は従来の企業に関わっていたときよりも強い影響力を持つ立場に置かれる。従来の企業では、マーケティング(製品マーケティング)や営業(アカウント管理)の部門に大きな権限を持った管理者を置き、ソフトウェア開発者に指示を伝える。一方、オープンソース企業はユーザとソフトウェア技術者との直接的なやりとりに基づいており、作業のかけもちや雇用の点から両者を区別しないことも多い。このため、営業やマーケティングで権力を持っていた人物が不要になるとともに技術者が主導的な立場に就き、その結果、技術的な業務に割り当てられる予算の割合が増えるのだ。
(一部の)ソフトウェア技術者にとっての悪い面とは、突如としてグローバル競争の渦中に放り出されてしまう点である。特に米国のような高賃金の国にいるソフトウェア技術者は、たとえば中国の技術者の5倍ないし10倍もの給与をなぜ手にしているのか(またその必然性があるか)について真剣に考えなければならない。急速に発展しつつあるグローバル雇用に基づいて企業が従業員を選び出すようになれば、生活水準によって決まる現地の賃金相場には意味がなくなるのだ。
もちろん、他の大きな変化として、人々がオフィスではなく自宅で働くようになるという点もある。9時から5時までではなくて働きたいときに働き、自己管理によって仕事を進めるため、上司にまみえることは滅多にない。重要なのは成果、すなわちチェックイン後2時間ごとに何千という人々の目に触れるソフトウェアのコードである。ありがたいのは上司からの励ましではなく、ユーザコミュニティからの声援なのである。
グローバル化を受容するか拒否するか
グローバル化に対するありがちな反応は、競争が激化するとともに多くの場合は報酬を減らす方向へと圧力がかかるという理由から、反対の姿勢をとることである。
しかし、こうした反応が妥当なのは、経済学者が「コモディティ」と呼ぶ画一的な製品と人々とを同一視するような場合だけである。ご承知のとおり、人々は教育、文化、スキル、習慣、言語、住んでいる場所をはじめ、さまざまな点で異なっている。3週間にわたって根本的な技術課題に取り組みたいという人もいれば、魅力的なユーザインタフェースの開発を好む人もいるし、重要な顧客と同じ言語を話したり書いたりするのが得意な人もいれば、独自のツールやドメイン知識を持っている人もいる。
したがって、オープンソースのグローバル化がもたらすのは、より一層の専門分化なのである。言うまでもないが、これは収入の増加につながる。ただし、オープンソース化の影響を受ける個人は、自らの存在価値を高めて保有スキルの差異化をはかり、効果的な自己アピールを行えるようになることが求められる。
グローバル化を歓迎する技術者
「危機に瀕した」関係者たちの多くがオープンソースのグローバル化を恐れるどころか、熱狂的にオープンソースを受け入れているのは皮肉なことだが、最初にオープンソース化の運動を始めたのはそうした人々であり、オープンソースのモデルが彼らに次のような大きなメリットをもたらすことを考慮すれば、驚くにはあたらないだろう。
- オープンソースがキャリア構築を促進する。
誰でもオープンソースコミュニティに参加してこれを活用することで、変化する市場のニーズに合わせて自らの仕事の内容を変えることができる。重要なITプロジェクトに参画するために、わざわざマサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業する必要はないのだ。 グローバル化によって競争だけでなく機会も世界規模でもたらされる。 - グローバル化によって競争だけでなく機会も世界規模でもたらされる。
システムのあらゆる部分を世界中の誰もが見られるようになる。よって、自分の住んでいる地域だけで仕事を探す必要はない。あなたの興味にぴったり一致する特別な仕事が、ニュージーランドを拠点とするアニメーション映画のプロジェクトにあるかもしれないのだ。 - 従業員のロックイン状態の緩和がより働きやすい市場を生み出す。
通常、オープンソースのプロジェクトでは組織に対する帰属性がずっと緩いため、仕事を換えるコストとリスクが減少する。こうした現従業員のロックイン状態の緩和は、あなたが携わる「市場」をより優れたものにする。パートタイムでの勤務やフリーランスとしての就業への切り替えにも有利だと感じる人も多いだろう。 - 権限の拡大、働きがい、喜びを実感できる。
オープンソースプロジェクトは、スキルと熱意を基準にして協力者を募集し、その後は余計な口出しをすることはない。この権限委譲は、人生には価値観の違う人のために働く暇はないと考える人々のニーズにマッチしている。
プロジェクトの主要な構成員であるソフトウェア技術者がこうした変化を歓迎しても、経営者や投資家がいつになったらこのパラダイム変化を理解し、受け入れ、その恩恵を受けるようになるのかはわからない。だが、経営者がこうしたやり方を採用し、Thomas Malone氏の言う命令および統制(command-and-control)の方式から連携および育成(coordinate-and-cultivate)の方式へとシフトして、分散性の高い環境で組織を運営するようになれば、オープンソースのグローバル化はITのオフショアリング以上に大きな影響をこの業界に及ぼすとともに、単に米国から海外へと仕事の場を広げる以上のメリットをオープンソース業界で働く人々にもたらすことになるだろう。
Christof Wittig氏は、db4objectsのCEO(最高経営責任者)にして同社の優れたオープンソース・オブジェクトデータベースdb4oの開発者であり、スタンフォード大学ビジネススクール(Stanford GSB)ではMySQLのビジネスモデルに関する研究に従事。オープンソースの実践による経済的および戦略的影響の調査と、企業がオープンソースの生態系を強化しながらこうした取り組みの資金を調達する方法の発見に関心を寄せている。
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