アップデート版Free Documentation Licenseのリリース

GNU General Public License(GPL)の変更に関する論争が未だ収まらない中、Free Software Foundation(FSF)はGNU Free Documentation License(FDL)の新バージョンについて、その討議草案をリリースした。今回のFDLにおける変更の多くはGPLでの変更を反映したもので、例えば海外での適用を視野に入れた表記の明確化や用語の変更なども、そうした措置の一環である。その他にもこの草案では、オーディオおよびビデオに関するライセンスの拡張、公正使用についての定義、FDLを簡略化したSimpler Free Documentation License(SFDL)の導入が行われている。ただし、以前から寄せられていた批判意見を沈黙させるのに、こうした変更だけで充分であると言うには少し無理があるだろう。

FDLが最初にリリースされたのは2000年3月のことであり、2002年11月には追加的な改訂が施されている。FDLとは本質的にソフトウェアではなくコンテンツに関するライセンスであって、その中で定められているのは、文章の選集化、大量複製、翻訳をする際の変更、配布、複製などの規定である。実際FDLに目を通すと、ソフトウェア関係のライセンスでは見られない、下記のような事項に関する規定のあることが分かる。

  • 複製は、透過的(テキストの場合のHTMLやグラフィックスの場合のPNGのようなフリーなフォーマットで用いられるもの)および非透過的(Microsoft WordやPhotoShopなどのプロプライエタリ系フォーマットで用いられるもの)に分類されるとしている。なおテキストは透過的な複製をすることが好ましいとする一方で、商用出版における本ライセンスの普及も考慮して、非透過的な複製も許可されている
  • 文章の一部は変更不可部分、つまり複製時における変更を許可しないよう指定できるとしている。ただし、ライセンスの目的を損なわないため、変更不可部分には出版履歴などの二次素材のみを収められるとされている
  • 非透過的な大量複製(100部以上)を行う場合については、非透過的な複製のすべてに透過的な複製も添付するなど、追加の要件が適用されるものとされている

FDLを採用している団体は、Wikipedia Foundationを始め多数存在するが、その一方で、このライセンスにおけるフリーについての規定が不充分であるとして、あくまで暫定的に受け入れている者が存在するのも事実だ。例えば2006年3月に行われたDebianディストリビューションの投票では、FDLライセンスを受け入れる決定がなされたが、その際には変更不可部分を含まないという条件が付けられていた。その他にも、明快性と選択性という観点からCreative Commons Licenseを採用している者も存在する。このため本ライセンスについては、将来的な改訂時に、より採用されやすい内容に改められることが以前から望まれていた。

記述面での変更

この点はGPLの討議草案と同様なのだが、今回改められたFDLを一読して分かるのは、条文の明快性と簡潔性が大幅に改善されたことだ。例えば前文は、よく知られた4つの自由の改編版を記述しておくことで、FSFのフリーソフトウェアライセンスとの関係を明確化するよう配慮されている。また、このライセンスの名称には反する気もするが、「any work of authorship meant for human appreciation, rather than machine execution」(機械類が読み取るのではなく人間が鑑賞しうる物としてのあらゆる著作物)として、ミュージックやフィクションを包含する方向での拡張も行われている。なお前文には、「the only kind of work for which this should not be used is software」(ソフトウェアのみがこれに該当しない)という但し書きが入れられている。こうした記述面での変更は、単に法律の専門家以外にも受け入れ易くするだけでなく、FDLとは先に挙げたCreative Commons Licenseに置き換わりうる存在であることを示し、またFSFの定めたその他のフリーライセンスとの関係を説明すると同時に、プログラム以外の著作物にもGPLが適用されている現状に歯止めをかけることが意図されていると見ていいだろう。

GPLの草案を反映させる形で行われたその他の変更としては、法体系の異なる地域での本ライセンスの採用を想定した記述面での変更も挙げられる。そうした変更の中で特に目に付いたのは“頒布”を示す“distribution”という単語が“propagate”および“convey”という表現に改められていることである。また混乱を避けるための配慮として、本文中の第2項ではこれらの変更箇所についての説明が行われており、そこでは“transparent”(透過的)および“opaque”(非透過的)など、条文中で使われている特殊な用語もあわせて定義されている。

過去のFDLでは、オーディオやビデオ関係の著作物に関する記述はまったく存在しなかった。今回の草案では、全体に渡ってその点が改められている。例えば本草案では、同ライセンスの適用範囲が文章以外の著作物にも及ぶことを示すよう前文が改訂された他、透過的な複製に用いられるメディアに関連してオーディオやビデオへの言及がなされており、また透過的なビデオフォーマットとしてMPEG2およびOgg Theoraが挙げられている。

公正使用に関する定義

あらゆる著作権法における基本的な概念として、公正使用(fair use)というものがある。これは、研究や批判あるいはパロディなどの目的で著作物を用いる際に、どうすれば著作権の侵害とならないかを定めた規定である。ただし公正使用については、どのような規定が定められているかよりも、個々の事例ごとに判断されるケースが多いので、過去のFDLでそうした記述が無かったのは、ある意味自然なこととも言える。

ところが今回の草案では、Excerpts(抜粋)に関する条項において公正使用に関する定義が定められており、テキストの場合は“通常”ページでの12枚分ないしは20,000キャラクタまで(HTMLタグなどのマークアップ用記号は除く)、オーディオやビデオの場合は1分間までは公正使用と見なされるとしている。ただし“通常”(normal)という表現に関する厳密な定義は与えられていない。と言うことは適用される地域によっては、これに該当するのはUSレターかもしれないし、あるいはA4版が該当するのかもしれず、こうした曖昧性を無くすにはより細かな定義が必要だとも考えらられる。

同様の不備は、抜粋として許容される分量そのものについても存在する。この条文ではテキストの許容範囲は12ページまでとされているが、全体がそれよりも短い著作物は多数存在しているはずであり、そうした意味では、この制限は過剰に緩すぎることになる。また映画などの台本では、レターサイズの1ページの台詞が上映時間の1分間に相当すると見なすのが通常であり、そうするとオーディオフォーマットの場合も先のテキストの抜粋量に相当する12分間は許されてもいいことになる。

SFDLの導入

今回のライセンスにおける最大の変更は、SFDLの導入である。もっとも、その名称からしてSFDLがFDLの簡略版であるのは分かるとして、これら2つのバージョンの関係がこの草案では明確化されていない。実際にSFDLの内容を見てみると、FDLと同様、その前文では文章以外の著作物も意図している旨が示唆されているが、その後では「We recommend this License principally for works whose purpose is instruction or reference」(本ライセンスは主として、解説ないし参照を目的とした著作物を想定している)とされている。更にこのライセンスでは、「Free manuals are essential for free software」(フリーソフトウェアにおいてフリーなマニュアルは不可欠である)として、SFDLの採用を出版関係者およびソフトウェア開発者に呼びかけている。

その他の不明瞭な箇所を挙げるとすれば、SFDLがその母体であるFDLの細部を省略したものだという以外に、両者は具体的に何がどう異なるのかという点だ。今回の草案のホームページを見てみると、SFDLについては「no requirements to maintain Cover Texts and Invariant Sections. This will provide a simpler licensing option for authors who do not wish to use these features in the GNU FDL」(カバーテキストおよび変更不可部分を保持する必要はない。この措置は、GNU FDLにおけるこれらの規定を必要としない著作者に対して、簡略版のライセンスを選択肢として提供するためである)と説明されている。とは言うものの、SFDLにおける改変(Modifications)に関する条項では、内容的にはFDLとほぼ同じように思われるものの、文章の改変時に手を加えてはいけない箇所などについて、依然として多数の要件が規定されている。

いずれにせよこうした変更は、検討段階にあった本ライセンスの内容を反映したものであることは間違いない。おそらくは将来的なバージョンにおいて、これら2つのライセンスの相違点が明確化されるのであろう。

暫定的な結論

FDLのホームページには、FDLおよびSFDLに対してコメントを寄せるためのwikiへのリンクが用意されている。ただし現状では、今回の草案が世間でどう受け止められているかを判断できるだけのコメントはまだ集まっていない。同じくdebian-legal メーリングリストに寄せられたコメント数も限られているが、最初の反応を確認できるとすれば、やはりこのメーリングリストになるだろう。

今回の草案にざっと目を通した限りで言えるのは、過去のライセンスに対して指摘されていた問題点がすべて解決されることはないだろう、ということだ。例えば、今回の草案にあるテクノロジの封鎖性についての記述は、かねてよりDebian開発者から寄せられていた、該当する記述の曖昧性に起因して暗号化ないしファイルパーミッションについても拡大適用されかねない、という指摘に応えたものと見なせるが、その一方で、Debianの2つの主題である、非透過的な複製には透過的な複製も添付すること、および変更不可部分を維持するというコンセプトに関する記述の変更は行われていない。結局の所、次回以降の草案で後者の問題についての改善が行われない限り、正式な新バージョンの公開によってFDLの普及が大幅に進展することは期待できないだろう。

ある程度の改善が条文の記述について行われたのは認めるとしても、今回の草案によって、Creative Commons Licenseと互角に対抗できるレベルにFDLが到達したと見なすのは無理があるだろう。Creative Commons Licenseは、その簡潔性を始め、採用者側に選択権を与えた形の条件区分など、FDLよりも遥かに利用しやすい形にまとめられているからだ。

今回の草案は、過去のライセンスに対して様々な改善を加えたものであることに間違いはなく、特に公正使用に関する定義を設けたのは、これらのライセンスの中で初めての試みのはずだ。ただし次回以降の草案で大幅な変更が達成されない限り、GNU Free Documentation Licenseが普及するまでには、かなりの苦戦が予想されるが、それは改訂中のGPLの草案についても当てはまる話である。

Bruce Byfieldは、コースデザイナ兼インストラクタ。またコンピュータジャーナリストとしても活躍しており、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。

NewsForge.com 原文