Debian、GNU Free Documentation Licenseについて決議

誰もが驚かされたのは、GNU Free Documentation License(GFDL)としてリリースされるマテリアルが、Debian Free Software Guidelines(DFSG)と両立できることにDebianの開発陣が賛成票を投じたことだ。もっとも変更不可部分を含まないという条件付きではあったが。この決定は、GFDLの関連プロジェクト内部で燻り続けていた従来からの懸案事項に決着を付けることになるだろう。今回の決定では、その大部分が無条件にGFDLを受けて入れている他のフリーおよびオープン・ソース・ソフトウェア(FOSS)プロジェクトに対し、Debianの位置づけについては依然として明確な一線を引いてはいるものの、将来バージョンのライセンスによってはDebianが完全に受け入れる可能性を残したものである。

この決定が衝撃的だったのは、多くのDebian陣営の主要メンバー、というか口うるさいメンバー達は、ディストリビューションの正式リリースに何を同梱すべきかの基準としてDebianが採用しているDFSGはGFDLと相容れない存在である、と長年にわたって主張し続けてきたという経緯があるからだ。

実際これまで同プロジェクトは、GFDLライセンス下にあるマテリアルを排除するための準備を、半ば公的に進めてきた。問題のマテリアルの中には、FSF、KDE、GNOMEプロジェクトのマニュアルおよびオンライン・ヘルプの大部分が含まれている。たとえばDebianの最新リリースであるバージョン3.1(“Sarge”)にはGFDLのマテリアルが含まれているが、Debianプロジェクト・リーダを務めるBranden Robinson氏は、次回リリースからはDebianリポジトリのメイン・セクションから取り除かれることになるだろう、と発言していたのは昨年夏の話である。通常こうした変更は、GFDLに属すパッケージをリポジトリのnon-freeセクションに移すことで行われるはずである。ところがパッケージ・メンテナー達はこの意味を、メイン・セクションにパッケージを維持するためドキュメントを削除することもありうる、と独自に判断した。

投票結果の詳細

Debianの投票および一般決議の集計手順については、Debian憲章のセクションA.6に定められている。たとえば投票の集計には、Condorcetメソッドの改変バージョン を使用するとされている。また投票者は選択肢に順位を付けるが、順位を付けないことも、複数の選択肢を同じ順位にすることもできる。

決議の採択には、通常は3つのステップを踏む

  1. 定足数に達しなかった選択肢は、デフォルト・オプションであった場合を除き、排除される。Debian憲章では、定数として、現行の開発者数の平方根の半分の3倍と定めている。
  2. デフォルト・オプションを上回れなかった選択肢は排除される。超過半数が必要とされる選択肢については、デフォルト・オプションに対して3対1の多数を得られなかった場合に排除される。
  3. 3.勝ち残った個々の選択肢については、デフォルト・オプションを含め、他のすべての選択肢との間で比較を行う。他の選択肢に勝利した選択肢によってSchwartz集合と呼ばれる集合を形成し、これらが投票によって当選したものとする。これらの他にも、同数票の場合の処理法が定められているが、通常は必要とされない。

アメリカやイギリスで用いられている、いわゆる“多数票主義”よりかなり複雑ではあるが、こうしたCondorcet方式には、当選者が明確に定まることと、すべての投票がより有効にカウントされるというメリットがある。ただし一般決議の投票については、デフォルト・オプションを含める必要があること、主要な政策の変更には超過半数が必要となることから、変更を抑制する傾向が見られる。

最新のGFDLに関する投票での定数は、投票数46.7であった。オリジナルの決議、修正条項Aおよび修正条項Bは、いずれも定数に達した。ただし修正条項Bについては、デフォルト・オプションに対する超過半数を確保できなかったため、排除された。オリジナルの決議、修正条項A、デフォルト・オプションとの間で相互比較が行われた結果、修正条項Aがオリジナル決議を211対145の投票数で勝利し、デフォルト・オプションについても272対85で勝利した。

投票に関する詳細についてはオンラインで参照することができる。

DebianによるGFDLへの反対決議

2003年にDebianプロジェクト書記を務めるManoj Srivastava氏により準備され、Debian開発陣により注釈付けされたポジションステートメント草案によると、GFDLとDFSGは下記の主要な3点において相容れない存在であるとされている。

  • GFDLはそのセクション2において、GFDLのドキュメントへのアクセスを“妨害または制御”するために用意された手段を通じて利用することはできない、と宣言している。この宣言文はデジタル権利管理に対する防衛策を意図したものであったが、Debian開発陣の多くは、ライセンスされたマテリアルへのあらゆる制限を禁止しているものとして、DFSGを解釈した。つまり、解釈の仕方にもよるが、この宣言文を読む限り、暗号化を施すことやファイルへのアクセス権設定すら禁止できる可能性がある、というのが彼らの主張なのである。
  • GFDLでは“不透明”なコピー(専用フォーマットで作られたもの)と“透明”なコピー(フリー・フォーマットで作られたもの)とを区別している。セクション3では、GFDLドキュメントの不透明なコピーは透明なバージョンも同封する必要があるとされている。この点に対し姿勢声明草案は、透明なコピーは公に利用できれば十分なはずで、それはGNU General Public Licenseの下でリリースされるソース・コードはバイナリを同封する必要がないのと同様である、と示唆している。
  • GFDLは、公開履歴や謝辞などの2次マテリアルをドキュメントの一部に含めることを許可しているが、これらに対しては“不変”つまりは変更不可能というクラス分けを施している。多くのDebian開発者は、こうした不変セクションは様々な問題の発生源になると考えた。より具体的には、不変セクションの存在は2次マテリアルによるドキュメントの肥大化を招くこと、そしてフリー・ライセンスの目的を歪める可能性が指摘された。しかし最大の懸念は、DFSGには「ライセンスは、変更や派生品を許可する必要がある」という宣言が謳われているが、不変マテリアルというコンセプトはこれに反しているという点であった。

今回の投票結果からは、DebianによるGFDLの拒絶は不変マテリアルの存在こそが主要な原因であったことが伺える。開発者の中には、GFDLとGNU General Public License(GPL)の両者を相容れないものにしたのは不変セクションというコンセプトのせいだ、とまで極論する者も多い。

Free Software Foundation(FSF)を巡るDebian側の議論は、すでに3年にわたっている。その一方で、プロジェクトの多くのメンバーはこうした経過に関心を失ってしまっているのも事実だ。なぜこの問題は最終的に投票にかけられるようになったのかという質問に対して、Srivastava氏は「しびれを切らしたんですね。というのも……、当初はせいぜいが数週間から数ヶ月で決着するだろうと思っていた問題に対して、状況は進展しつつあるのでしばらく待機していてくれと言うレポートが入るだけで、何らの目に見える成果が上がらない状況が続くというのは、フラストレーションが溜まるもんですよ」と答えた。さらにSrivastava氏は、多くのDebian側のメンバーが到達した意見として、討論は続けられている一方で、GFDLを起草したRichard M. Stallman氏がライセンスの変更問題に対して何らの寄与もしていない、と考えが広まったと言う。

Srivastava氏によると、今回の件は大部分のDebian開発者にとって「FSFの人間に遠慮して譲歩するために、一方の原則をいつまで曲げ続けなければならないのか、ということが問題の本質なんですよ。Richard(Stallman)は原則に則しているんでしょうけど、それはDebianプロジェクトも同じです。たまたま両者は、GFDLのフリー性をどう見るかという点で意見を異にしているだけです」とのことである。

投票のメカニズム

Debian憲章では、プロジェクトの一般決議を提案する権利は、すべての開発者に与えられている。ただし実際の投票にかけるには、権利を有する他の開発者による賛同を得なければならない。これは比率ではなく開発者の実数で数えられ、現行の開発者数の平方根の半分あるいは5名のうち少ない方と定められている。アナウンスされた決議に対しては、同様の手続きによって修正を加えることもできる。その場合の修正条項は、オリジナルの決議の提案者およびすべての賛成者が承認した場合に受理され、修正内容を取り込む形で決議が改訂される。それ以外の場合、修正条項は個別の投票にかける必要がある。

今回のケースでは、Debianプロジェクト・リーダの候補者の1人であり、Debianコア・インストレーションに採用されている10数個のパッケージをメンテナーとして管理するAnthony Towns氏がオリジナルの決議を作成していたが、それはGFDLを全面的に拒絶する内容であった。

Towns氏によるオリジナルの決議に対する最初の修正は、KDEパッケージの大部分を管理するメンテナーのAdeodato Simo氏により行われた。Simo氏はdebian-privateのメーリングリストで意見を募った後、GFDLドキュメントであっても不変セクションを持たないものはフリーな存在と見なすべきだ、と提案した。同氏の見解によると、たしかにDebianメンテナーの大部分は不変セクションの存在には反対していたが、その他についての反対意見には「かなりの温度差があった」とのことだ。そうした状況下では、全面的な拒絶というのも無理な話である。またSimoはFSFのメンバーの1人として、「コミュニティの他のメンバー達(と言っても私の仲間なんだけどね)が巻き起こした反対運動というのは、あちら側のライセンスの一部はこちら側の思惑と衝突していて不愉快だってことを声高に叫びたいだけのもので、何か大きな間違いをしでかしているように私には思えたんだ……、何か一種の裏切り行為なんじゃないかってね」と発言している。投票の結果、Simo氏の提案は修正条項Aとして採用された。

修正条項Bを提案したのは、キーボード・マッピングやX Window System用フォントおよびDebianインストーラーのパーティショナーに関係する多数のパッケージを管理する、Anton Zinoviev氏であった。他のDebianメンバーの例に漏れず、Zinoviev氏もDebianリポジトリにnon-freeセクションが存在することに不満を感じていた反面、パッケージ群をメイン・セクションに収めるという要請については、より一層の制限を加えることになりFSFの思惑を超えてしまうのではないか、という危惧も抱いていた。

Simo氏がそうであったように、Zinoviev氏が懸念していたのは、悪化する一方のDebianとFSFとの対立関係であった。そして何か強力な方策が必要であると感じた同氏は、修正案としてGFDLのマテリアルはすべてフリーであると宣言することを提案し、Richard Stallman氏を始めとするFSFの他のメンバーとの間で宣言文に関する相談を行った。

これらの修正条項に関する宣言文は、それらの理由とあわせて一般決議に持ち込まれ、GFDLをどう見なすかに関する3つの選択肢を投票者に対して提示した。そしてSrivastava氏は、Debianの投票システムに定められた要件(下記を参照)に則して、第4の選択肢を追加した。それはより一層の討論を行うというもので、言い方を変えれば、問題を現状のまま据え置きしておくというデフォルト・オプションである。

今回の投票の準備を手配して、投票の仕方を説明し、取るべき姿勢に対する複数の意見を簡潔な文章にまとめたのも、Srivastava氏である。また同氏は、GFDLをフリーと見なすには、Debian憲章ないし同基本文書、Debian社会契約およびDFSGを変更する以外にないため、この修正条項Bは他の選択肢に対して3対1の多数票を得る必要があるものと定めた。

こうしたSrivastava氏の定めた投票方式に対しては、今も批判意見が燻り続けている。またZinoviev氏に至っては、今回のプロセスには“欠陥”があると見なしているが、それは、修正条項Bは基本文書の変更を別段必要とするものではなく、単なる解釈上の合意事項として解決できると同氏は考えたからである。これに対してSrivastava氏は、同氏が投票を準備している段階で、他の開発者達からの提案を募っていた点を指摘している。いずれにせよDebian憲章では、そのセクションA.2にて記載する文言の決定権、同じくセクションA.3にて手続きの決定権が同会書記に与えられると保障している。Srivastava氏の説明によると、同氏が当時検討した主要な点は、投票に用いる文言はオリジナルの決議および修正条項と合致しているか、「投票の目的が理解できる十分な明快性を備えているか」、そして基本文書に反していないか、ということであったという。

投票は2006年2月26日から3月11日にかけて実施された。投票者は電子メールにより投票を提出したが、その際には、今回の投票への参加および専用に作成された暗号化鍵の使用を呼びかけたSrivastava氏からの電子メールにある関連セクションをコピー&ペーストするという手続きが取られた。今回はDebianの役職の選挙ではなかったため、投票の様子は秘匿されていない。修正条項Aが可決されたとの速報がdebian-voteメーリングリストにポストされたのは、3月11日の深夜すこし過ぎである。同時に、投票結果の詳細や投票参加者のリスト、およびDebianの複雑な投票システムでの計算に用いた集計シートなども掲載された(概要は補足を参照)。なおより一層の公正さを開票結果に求めたければ、任意のDebian開発者による監査請求をすることもできるという。

結末と反応

今回の投票結果が何をもたらすかは、いまだ確定してはいない。Debianリポジトリのメイン・セクションからノン・フリー・セクションへパッケージを移行させるという動きにストップがかかるかは、不変セクションを有すGFDLドキュメントがどれほど多数のパッケージに含まれているかで決まるだろう。

不透明なのは、GFDLに関するFSFとの論争に投票結果が影響を与えるかについても同様だ。debian-legalメーリングリストには今回の結果に対する最初の反応の1つとしてGlenn Maynard氏による発言が掲載されており、そこでは、このような結果が出たからには「これらの問題を解決する試みとしてFSFから出されるすべての要求は却下されるだろう」と述べられている。

また一方ではDon Armstrong氏のように、たとえ討論には信を置かないとしても、それらを見極めるようとする意志だけは新たに示しておこう、と思っている人達もいるようだ。おそらくこうした意見は、今回の投票はDebianの姿勢を明確化したものであり、譲歩への意志を示すことで今後の交渉力を強化できるかもしれないと見なしているのだろう。

今回の投票結果に対するその他の投稿では、GFDLのテキストそのものが1つの不変セクションと見なせるのではないか、あるいは、今回の投票結果はDebianの基本文書に対する変更を避けるための迂回策ではないのか、という疑問が寄せられている

この段階で一つ確かに言えることは、GFDLを拒絶しようとする勢力も、無批判に受け入れようとする勢力も、いずれも今回の投票結果に不満を抱いている、ということだ。また、Anthony DeRobertis氏はdebian-legalで最初の反応を示した1人だが、このリストにおける“コンセンサス”がDebian全体で受け入れられていなかったという点に懸念を表明している。

その他の意見としては、今回は問題点が十分に明確化されていなかった、というものもあり、Joey Hess氏などは、最終結果はあまりに常識に反しており、あたかも円周率の値を法制化しようとするような行為だと示唆している。一方でZinoviev氏は、投票結果がアナウンスされる前の時点において、「現行の投票システムには欠陥があり、結果に対する倫理的な正当性に疑問を残すことになる」点に言及しており、またGFDLを無条件に受け入れるとした同氏による修正条項が否決されれば、他のFOSSプロジェクトにおけるGFDLの利用法にDebian側が口を挟んでくるようになる可能性を指摘していた。Zinoviev氏が指摘するように、Debianは“比較的影響力の高いディストリビューション”であり、このようなすべての試みにはFSFの立場を危うくする可能性があって、さらにはDebianに対する全体的な反感を煽ることになるかもしれない。

ただしDebian開発者の中には、今回の結果は一種の妥協であることを、不承不承ながらもすでに認めている人間もいる。Simo氏は、今回の結果をして「Debianプロジェクトは各自が自分の意見を声高に叫んでいる分裂状態にあることの象徴だと解釈されるだろう」と発言している。またSrivastava氏はGFDL完全拒否派の支持者だが、すべての意見を集約する形で「プロジェクトは中道路線を再び選択したのだと私は考えています。事実上のノン・フリーであると見なされた不変セクションを否定した一方で、ライセンスに不備があるとしてGFDLによる成果を除外してはいけないと決定したのですから」と発言している。今回の結果は完璧からはほど遠いものの、Debian側の住民とその外部の住民が共存できる土壌を最終的に形成することになるのかもしれない。

Bruce Byfieldは、コース・デザイナー兼インストラクター。またコンピュータ・ジャーナリストとしても活躍しており、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。

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