地域住民に対する公共の地理情報システム(GIS)のオープン化とその意義
オープンソース系の地理情報システム(GIS:Geographic Information System)は、既に多くの行政組織によって採用されており、専用のWebサイトを介して地域住民に各種の地理情報を提供するという用途や、オフィシャルな高精度GISデータベースに対する情報の追加プロセスを一部オープン化して、その種の作業を一般市民の手によるデジタルマップ上のマウス操作にて行うという用途に供されている。
例えばミネソタ州の天然資源局(DNR:Department of Natural Resources)は、地域住民が廃棄木材を焼却する正確な場所を申請するシステムとして、Open Burning Permit Online Serviceというサイトをオンライン公開している。この種の申請を当局が許可するにあたっては実行場所に関する正確な情報が不可欠だが、同システムの場合は、申請された時間帯や気象条件その他の要件も総合した上での判定をソフトウェア的に行い、延焼の危険性があると判断された場合は自動的に却下する機能が実装されているのだ。このWebサイトでは可能な限り高解像度の地図情報を表示するようになっており、目的とする住所を入力すると該当地域の地図が表示されるので、最終的にユーザは、申請したい焼却地までズームインした上で正確な場所をクリックにて指定すればいい。
このシステムは、大きく分けて3つの直接的なメリットを有している。つまり、申請する当人にとっては消防署に出向いて申請する手間と費用を節約でき、地域コミュニティにとっては、許可システム全体のコンピュータ化による経費節減がもたらされ、また防災面での信頼性も高まるということだ。特にこのシステムの場合、許可された焼却予定地は即座に独立したデジタルマップ上にて一括表示されるようになっており、DNRの職員であるSteve Lime氏は、「今現在、誰がどの場所で焼却を行っているかをリアルタイムで確認するというのは、従来は不可能な操作でした」と説明している。
その他にもDNRが運営している同様のシステムとして、標識タグの付けられた魚をキャッチした場所を報告するためのWebサイトが存在する。これは湖や河川における正確な発見位置をクリックにて指定可能な倍率にまで地図をズームインしてから、標識タグに記されていたコードその他の情報を入力するという仕組みだ。またこのWebサイトは、Webベースの地理情報システム(GIS)を自然生物の追跡活動に応用した最優秀の事例であるとして、Organization of Fish and Wildlife Information Managersという組織から表彰されてもいる。
2008 GFOSS day in Italyにてアナウンスされた情報によると、イタリアのトスカーナ州に属すアレッツォ地域は近日中に、新規のGISシステムに対する一部住民からの複合的な地理データ登録を可能にするとのことだ。例えば環境関連の組織に属す職員ないし関連分野の専門家の場合は、ポインタとポリゴンを配する方式にて該当地域の正確な場所と領域を入力した上で、自然的な要因や人工的な埋め立てなどに起因して災害発生の危険性を有す地域といった地理上の付帯情報を、個々のユーザの権限にて入力できるのである。
以上取り上げた各ポータルはいずれも有名なオープンソース系ソフトウェアを基に構築されているが、これらすべてに共通して利用されているコンポーネントがミネソタ州のLime氏達のグループが開発した MapServer であり、その役割はリアルタイムにて生成したデジタルマップをWeb上にて公開することだ。そして先に紹介したDNRの2つのWebサイトの場合、その他コンポーネント群と PostGIS やMySQLのデータベースバックエンドとの連携を確立する上で、PerlやRuby on Railsで記述されたカスタムスクリプトが使用されている。またアレッツォ地域のWebサイトの場合は、MapServerとPostGISに加えて、サーブレットエンジンとしてのApache TomcatおよびJavaが使用されている。DNRのWebページ群とMapServerとの通信に現在使われているのは dBox というDHTMLベースのWebマッピングライブラリであるが、これもDNRのLime氏らの手によるコンポーネントである。ただしLime氏の説明によると、今後開発するDNRのページではdBoxを使用しない方針となっているとのことであり、その理由は「 OpenLayers などのより優れたツールが利用可能になったからです」とのことだ。またDNRの場合、ジオコーディング(geocoding)とも呼ばれる座標に合わせた番地情報のマッピング処理については、ミネソタ周辺の地理情報に関する限りGoogleのものより精密であったからということでYahoo! Mapsの Geocoding API が採用されている。
一般市民の参加プロセスとしての意義
こうしたサービスの展開に関しては、既存のインフラストラクチャやニーズとの統合という、技術的な側面以外における重要性も有している。つまり、先に取り上げたアプリケーションはいずれも納税者に対するアピールを主目的に開発されたものではなく、具体的な行政上の問題に対処するためのソリューションないしは、手作業にて行っていた既存の行政サービスをデジタル化したというだけの存在に過ぎないとも言えるのだ。
特に注目すべきは、これらのWebサイトに共通する“公的なGISデータの構築ないし提供”という手法であり、例えばアレッツォのケースが“住民参加によるプランニング”と呼ばれているように、先の事例では行政の活動内容およびその場所と方法の決定に関係する情報提供を、地域住民に対して求めているのである。これらの場合、公的なGISデータベースに対する情報追加が行政機関に属さない一般住民の手によって直接実行可能とされており、しかも座標や地形の情報にせよその他の地理データにせよ、将来的な再利用を容易にするため、専用の変換処理を必要としない汎用フォーマットにて扱うようにされている。つまりここで取り上げたケースにおいてオープン化されているのは、データ管理のプロセスであって、そのためのソフトウェアではないのだ。
確かにOpenStreetMapといった構想の成功例や、Yahoo!およびGoogle MapsのAPI群公開という状況を考え合わせると、行政機構が関与しない形でこの種のサービスおよびプラスアルファを独自作成することも可能だと思われるかもしれない。しかしながら、デジタルマップを始めとする各種の地理データ群を一般市民の手で最大限に活用するのであれば、これまで行政機関が道路の敷設や都市計画その他の用途に用いてきた地図やデータベースとの緊密な連携を、公的な形式にて行うことが不可欠となるのだ。
具体的な応用例としては、バス停、トレッキングエリア、郵便局といった公共サービスを新規に設置する場合に、この種のWebサイトを介して住民からのリクエストを提出することも可能だろう。あるいは、違法な建築物、公共財の破損、不法投棄などに関する通知システムとして利用したり、住民が望むバス路線を、市議会のWebサイトに用意された地図上に直接描画するという制度を実現できるかもしれない。
しかしながらこうしたシステムが機能する上では、行政側がデータの所有権にまつわる諸問題を事前に明確化しておく必要があるはずだ。それは例えば、一般市民がその自由意思にて直接提供したデータは誰にその所有権が帰属するのか、またそうした1次データや2次データに対してはどのようなライセンスを適用するのかという点である。ただしこれは、オープンソースというソフトウェアの形態に関係するものではなく、全くの別系統にて扱われるべき問題だろう。
いずれにせよこの分野におけるオープンソース系ソフトウェアの完成度は、公的かつミッションクリティカルなGISサイトやサービスを賄えるだけのレベルに到達しているのだ。あるいは本稿で見たオープンソースベースのGISシステムに関するより重要なポイントは、公的なデータや公共財の管理に対して一般市民の直接参加が可能であることを示す実例となっている点かもしれない。むしろ直接参加型の活動を現実化する上では、こうした方式こそが唯一可能な実効性のあるアプローチなのではなかろうか?
Marco Fiorettiは『The Family Guide to Digital Freedom』の著者であり、Linux.comを始めとする各種のIT関連マガジンに寄稿している。