大きな波紋を呼ぶアクセシビリティ・アプリケーションOrca

  フリー/オープンソースソフトウェア(FOSS:Free and Open Source Software)が発展途上国の技術インフラの構築と存続の危うい言語の保護に役立っていることは、多くの人が知っている。スクリーンリーダ Orca によって、FOSSは障害者のコンピュータおよびインターネット利用という新たな領域での取り組みも進めている。Orcaプロジェクトは、先行のプロプライエタリなアクセシビリティ・ツール群に急速に追いつきつつあり、低コストな代替ツールとしてすでに広い範囲で採用されている。

 Sunの社員でOrcaプロジェクトの調整役を務めているWillie Walker氏は、プロジェクトが発足してからの3年間、障害者の参加という方針を意図的に取ってきた、と説明する。「現在出回っている多くの商用アプリケーションを開発しているのは、どちらかというと、必要な機能を障害者に押しつけようとする健常者のほうだ。その結果、障害者はそうしたアプリケーションの機能に縛られ、状況を根本的に変えるのが難しくなっている」

 この問題を回避するために、Orcaプロジェクトでは、日常的にスクリーンリーダを使っている人を10名ほど集めたフォーカスグループをきっかけにして徐々にコミュニティを形成していった。このコミュニティでは、問題点についてコメントする際は解決策とセットで提示するというのが標準的な作法になった。こうして現在は、大規模とはいえないが活気にあふれた数百人のコミュニティへと発展し、プロジェクトのフォーラムには1日に20~30の質問が寄せられている。

 当初、Walker氏はあまり期待せずにコミュニティとのやりとりに臨んだが、その結果得られたフィードバックには目から鱗が落ちるようなものがあったという。「普通に目の見える私にとって重要と思われていたことが実はあまり重要でなかったり、重要でないと思っていたことが重要だったりするということがわかった」。その例として、最初に基本的なインターフェイス情報を提示すること、また提示位置に一貫性があることの重要性を彼は挙げている。

 Orcaによって、障害者がプロジェクトのリーダー役を担う例も出てきている。たとえば、Orcaの音声機能と点字を使いこなし、仕事にはOrcaが手放せないというSunの社員Mike Pedersen氏は、同プロジェクトのユーザビリティ担当主任を務めている。また、Orcaはコンピュータを使うための“必須ツール”だというMarco Zehe氏は、OrcaとFirefox 3の連携性を向上させるべく、この数か月で目覚ましい活躍をしている。こうした実例について、Walker氏はこう述べている。「Orcaプロジェクトの信用に寄与するだけでなく、四六時中スクリーンリーダを利用している人々が意思決定を行っていることの証でもある」

プロプライエタリ製品への挑戦

 主としてこうしたやり方の結果として、OrcaはJAWS for Windowsのようなプロプライエタリなスクリーンリーダの競合ソフトとしてにわかに注目を集めている。「我々はかなり急激にその差をつめている」とPedersen氏は話す。またZehe氏は、最近まで欠けていた大きな機能として“使いやすいWebアクセス”を挙げている。この点はFirefox 3とリリースされたばかりのGNOME 2.22によってほぼ解決された、と彼は感じている。

 Orcaにはプロプライエタリな同等アプリケーションにはない決定的な利点がある、と語るのはLinux Foundationのオープン・アクセシビリティ責任者Janina Sajka氏だ。「実際のところ、MicrosoftベースのAT(アクセシビリティ・テクノロジ)はこの十年であまり進化していない。依然としてMicrosoft Active Accessibility(MSAA)と呼ばれる1996年のテクノロジに基づいており、マッシュアップやライブリージョン(live region)といった今日のデスクトップの課題には十分に対処できていない」。OpenDocument Formatを参照するために最近になって提案されたMSAAの拡張は、Linux Foundationの取り組み成果が直接の引き金になっている。これは、FOSSベースのATがキャッチアップから開発をリードする立場に転じつつあることを示している。

 いずれにせよ、「相変わらず、ATを利用できるユーザは比較的恵まれた障害者に限られているのが実情だ」とSajka氏は語っている。「障害者の70%以上が失業状態にあることを考えると、技術的な知識の有無はともかく、テクノロジの恩恵に預かれる経済的な余裕がある障害者はごく少数派にすぎない。WindowsベースのATを利用するには、近くのコンピュータ販売店から最新かつ最高スペックのPCを購入したうえで、さらに最低1,000ドルが余分にかかる。また通常は、そうしたソフトを自力でインストールし、必要な設定を行わなければならない。これに対し、Orca、GokをはじめとするすべてのLinuxベースATは、ディストリビューションに収録されている」

 FOSSのアクセシビリティ機能はどんどん進化しており、また無料で利用できるため、Orcaのようなアプリケーションは一般のコミュニティでも注目され、急速に普及している。Walker氏はCSun Technology & Persons with Disabilities Conferenceにおいて、わずかだったOrcaの利用者が3年間で膨大な数に膨れ上がった経緯を詳しく説明している。

 また、スペインのエストレマドュラ、アンダルシア、マドリードといった地域でフリーソフトウェアの採用が始まり、弱視から全盲までの視覚障害を持つ学生が音声合成や点字リーダを使ってコンピュータを利用した講義に参加できるようにする活動全般がONCE Foundationによって支援されている、とOrcaコミュニティの活動メンバーFrancisco Javier Dorado Martinez氏はいう。そうした学生の多くにとってOrcaのない状況は“画面のないコンピュータ”を使うようなものだ、とMartinez氏は話している。

まだ残る問題

 短期間で成長を遂げたとはいえ、Orcaには問題も残っている。PedersenとMartinezの両氏は、自分たちのアプリケーションをGNOMEのアクセシビリティ・フレームワークと連携させる方法を考えるために、ほかのアプリケーションについて開発者に継続的に学ばせる必要性を強調する。「すべてのアプリケーションについて、インタフェースのリライトやカスタマイズを行うつもりはない」とWalker氏は語る。「我々は、基盤となるデスクトップ環境にあるのと同じアプリケーションを障害者が使えるようにしたいと考えている」。幸いにして、こうした点については一定の了解が得られている。Pedersen氏によると、アクセシビリティ機能に関するバグの報告があれば、ほとんどの開発者はどんな問題よりも積極的に取り組んでくれるという。

 残る大きな問題の1つが、複雑な書式を提示するための音声合成や点字リーダの機能だ。Zehe氏は、「Orcaに足りない機能の1つとして、リンク、フォームのフィールド、見出しといった特定のタイプのHTMLコンテンツをリストにして提示し、そこにすばやくジャンプする機能がある」と話している。OpenOffice.orgのCalcやWriterの複雑な書式にもほとんど同じ問題がある、とPedersen氏は説明する。

 また、ほかのアプリケーションは概して、障害者に操作の上達を要求するものになっている。これについてPedersen氏は、Adobe Acrobat Readerに“アクセシビリティの問題が残っている”ため、ドキュメントリーダのEvinceでもアクセシビリティの向上が必要不可欠だと述べている。また、今回インタビューに答えてもらった数名の人からは、GNOMEのヘルプシステムYelpにも改良が必要という意味の発言が聞かれた。

 しかし何といっても最大の問題は、OrcaがGTKツールキットでしか動作しないことである。これは、障害者に使えるアプリケーションが限定されることを意味する。たとえばGNUCashやSkypeといった定評のあるプログラムではOrcaが使えない。とりわけ問題となるのがKDEアプリケーションである。これらはQtツールキットで構築されているので、Orcaではサポートされていない。KDEは一時期、教育用プログラムに注力していたため、OrcaがKDEプログラムで使えないことはMartinez氏が取り組んでいる学校用の環境で特に問題になる。最終的にはLinux Foundationが進めているアクセシビリティの標準規格化によってこの問題は解決されるだろう、とSajka氏は述べている。

最高のものを目指して

 こうした制約にもかかわらず、Orcaを支持し、その可能性を信じるコミュニティの気運は衰えてはいない。Zehe氏は次のように述べている。「プロプライエタリなソリューションにないOrcaの大きな強みは、オープンソースであることだ。問題が見つかれば、1年、いや半年とかからずに修正され、誰もがその結果を利用できるようになる」。Pedersen氏は「最先端のものが使いたければ、バグを報告し、数日後に修正プログラムを手に入れる、という考え方をOrcaのユーザはよく理解している」とも話している。

 実際、アクセシビリティ・ツールの開発には功利的な動機を持たないFOSSがふさわしいと考える人は少なくない。Zehe氏はこう語っている。「オープンソースプロジェクトどうしのコラボレーションでは必ず、エンドユーザの利益が何よりも最優先される。互いに競合するLinuxディストリビューションの開発者たちが、ユーザのためという理由でアクセシビリティに関して協力し合う状況を目にしたこともある。そうした要因が優先されるため、アクセシビリティの分野はオープンソースの世界でも特に好ましいものになっている」

 このようなFOSS開発の強みを活かすことで、いつかきっとOrcaがあらゆる面でプロプライエタリなソリューションを凌駕するときが来る、とPedersen氏は信じている。

 一方、Walker氏はOrcaコミュニティの大勢の気持ちを代弁して次のように語る。「これが困難なプロジェクトであり、我々がまだ道半ばにあることはわかっている。そして、このプロジェクトには決して終わりがないこともわかっている。しかし、我々には情熱がある。だから皆、懸命にこのプロジェクトに取り組んでいる。それに、何の迷いもなく朝起きて仕事に取りかかれるのは、今あるような本当に積極的なコミュニティのおかげだ」

Bruce Byfieldは、Linux.comとIT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。

Linux.com 原文