FSF Compliance Lab、ライセンスについての質問を受け付けるオンラインミーティングを開催
ミーティングの冒頭でSmith氏は、FSFでライセンス関連の問題を一手に引き受けていると自己紹介した。FSFのキャンペーン担当マネージャであるJoshua Gay氏とJohn Sullivan氏も、Smith氏を補佐するために参加していた。Sullivan氏と言えば、DRM(デジタル「諸制限」管理)、プロプライエタリライセンスの供与、FSFのDefective by Designキャンペーンなどの話題についてはFSFの代表としても発言することもある人物だ。Sullivan氏が #gplv3チャンネル上で出た質問の中からいくつかを選んでSmith氏に渡し、Smith氏がそれらの質問対して #gplv3-meetingチャンネル上で答えていた。なお両チャンネルはFreenode IRCネットワーク上にある。
Smith氏が最初に取り上げた問題はEvans Dataによる調査結果で、GPLv3の導入率が非常に低いとするものだ――この結果は、FSFとFOSS(フリー/オープンソースソフトウェア)問題を中心に扱うコンサルティング会社のPalamidaによる実態調査の結果を紹介したLinux.comによる最近の記事(翻訳記事)の内容とは異なるものとなっている。ミーティングでSmith氏は「GPLv3の成功の度合いについては、様々な人々が様々な方法で測りたいと考えている。GPLv3をすでに導入したプロジェクトの数を基準に測りたいという人々もいれば、GPLv3の導入を予定しているプロジェクトの数を基準に測りたいという人々もいる」と述べた。
Smith氏によるとEvansによる調査は調査対象の開発者がどのプロジェクトに取り組んでいるのかを明らかにしていないため、調査結果は「基本的に何も物語っていない……調査に答えた開発者のプロジェクトがすべてBSDディストリビューションやApacheプロジェクトだった可能性もある。もしそうであったのならば、GPLv3を採用する計画がないというのは驚くべきことではないはずだ。一方、すでにGPLであるプロジェクトに取り組んでいる人々を対象に調査した結果であるというのであれば、より興味深い結果だということになるだろう。しかしだからといって必ずしも実態を正確に表わした結果であるということにはならない。GPLv3にアップグレードするつもりがあっても、単に次のメジャーリリースまでは移行に取り組むつもりはないというプロジェクトもおそらくあるだろう。あるいは、使用しているライブラリがGPLv3に移行するのを待っているプロジェクトもあるかもしれない――例えば私が知っているケースとして、Qtが残念ながらGPLv2のみでリリースされていることが原因で、少なくともいくつかのKDEプログラムがこのケースに該当する」とのことだ。
またSmith氏はここぞとばかりにすかさず、以前FSFを批判していた技術コラムニストのJohn Dvorak氏についても一言述べた。「実は私は、GPLv3の成功の度合いを測るのに最も良い基準は、John Dvorak氏が最近の記事の中でGPLv3をわざわざ取り上げてけなすだけの価値があるとみなしたということではないかと思っている」。
質問
ミーティングに参加していた人たちからは、GPLv3の導入率の測定方法についての質問から、GPLv3の第11条項(特許)についての質問や、第7条項で記されている追加条項についての質問まで、多岐に渡る質問が出た。
FSFはどのようにしてGPLv3の導入率を測定しているのかという問いに対してSmith氏は次のように述べた。「FSFは内部的にFree Software Directoryでライセンス情報を常に把握している。Free Software Directoryには現在もライセンス情報があるが、今後は、どのプロジェクトが新ライセンスを採用したかが分かりやすいように改善していきたいと考えている。現在でも、少なくともライセンスを基にFree Software Directory内を検索することはできるようになっているので役立つだろう。とは言ってもGPLv3の成功を計る上で導入率がもっともふさわしい尺度というわけではない。FSFは主に、自由をどの程度保護することができているかという点でライセンスを評価している――そして現時点では、この点に関してGPLv3は既存の中では最高のライセンスだ。またFSFの手元にある導入率の数字の変化を見たり、Compliance Labへの質問などの形で見ることのできる関心度の高まりを感じたりする限り、FSFは事態の進展具合いに満足している」。
あらゆるFUDの背後には反フリーソフトウェア企業がいるのではないかという見方についてFSFはどう考えているかという問いに対しては、Smith氏は次のように答えた。「FUDが共謀して行なわれているのかどうかということについて、個人的にはまったく意見を持っていない。しかし強いて推測してみるとすれば、おそらく、本質的には共謀しているわけではなく、人々がそれぞれ様々な理由から発言せずにはいられないように感じているだけというような、よくある状況なのではないかと思う。いずれにせよFUDの最良の戦略は、できるだけ多くのFUDをできるだけ広く広めるということだ。したがって基本的には誰でもがFUDのターゲットになってしまうことがあると思う」。
「FUDが油断のならない理由の一つは、それがFUDだということが分かる人々は単にそのことを頭から払いのけるだけで終わることが多いということだと思う。これは一般的には適切な反応だが、それによってFUDに対する反論が、事実をよく知らない人々の耳に入らないということにもなり得る。Compliance Labがこのことについての意識を高めるための取り組みを行なってきた理由はそこにある。Compliance Labでは、そのような誤情報が出回っていることに気付いたら、対処するので連絡してほしいとお願いしている」。
特許問題と、GPLv3の第11条項に記されている特許対抗策についてSmith氏は次のように述べた。「GPLでは主に、特許を脅しに使用してソフトウェアを非フリーにすることはできないということを確実にするために特許に言及している。それを実現するためにはソフトウェアを手にする誰もが特許ライセンスを持っているということを確実にすることが当然ながら良い方法ではあるが、それが唯一の方法だというわけではない。法律というのは、紛争になるかならないかの二つに一つではなく、もっと幅のあるものであり、『Xをする場合、それはどれほどのリスクが伴うことなのか?』というような類いのものなのだ。そしてそれとは別の種類のリスクとして、『紛争になる可能性はどれほどあるのか』などといったこともある。特許の場合であれば、一般的にそのリスクというのは特許侵害で訴えられるということだ」。
Smith氏は次に第11条項の目的について次のように説明した。「すべてのディストリビューションが特定の特許や特許による脅しに対処する方法について、同じ考えを持っているとは限らない。そのため第11条項を満たすような形でソースコードを公開しなければならないということにしておけば、2つのことが起こる。まずソースが世に出回るということだ。つまり、もしも特許の最初のライセンシーがGPLv3という形でソースを公開しなかった場合、それを受け取ったユーザはソフトウェアをさらに多くの人々に対して配布することをためらってしまう可能性がある。しかしGPLv3であれば、まずは、事実上、世界中のすべてのフリーソフトウェア開発者の手にソースコードが渡ることになる。そしてこのことにより2つめのこと、すなわち、嬉しい副作用が生まれるということが起こる。その副作用の内容というのは、そのようなフリーソフトウェア開発者たちは、特許ライセンシーから『直接的に』ソフトウェアを受け取ったことになるため、少なくとも(明示的にではなかったが)暗黙的に特許ライセンスを受けていることになるはずだと裁判で主張することが可能になるということだ。これは非の打ちどころのない主張ではないかもしれないが、特許所有者から数ステップ離れてしまうのではなく、1ステップしか離れないため、かなり主張しやすい。
また、コードが手に入ることにより開発者が特許を単に回避するということもできる可能性がある。例えば、特許やそれと同等のものが有効ではない国において開発を続行することが可能になるかもしれない。あるいは、特許のかかっていない方法で同じ機能を実現する方法を見つけて実装しようとすることができるかもしれない。このような場合にも開発者たちは、元のコードから利益を得ることができるだろう。例えばプログラムがビデオプレイヤであり、ビデオコーデックに特許がかかっているという場合には、開発者はUIなどのサブシステムはすべて使用することができるので、そのコーデックの代わりにOgg Theoraを使用するようにすれば良いだけだ。まとめると、GPLv3により個々のあらゆる開発者が特許から絶対的に保護されるわけではないかもしれないが、それが目的ではないため問題はない。目的は、ソフトウェアがフリーであり続けることを確実にするということだ。われわれは、世界中の開発者たちの手にコードが渡るようにすることができれば、目的を達成することは可能だと考えている」。
またSmith氏は、GPLv2とGPLv3との非互換性によって、それらのライセンスの下にあるプログラムを併用して1つの作業を行なわせることが不可能になるということはない仕組みについても説明した。「GPLのプロジェクトとプロプライエタリなソフトウェアとを併用することが法的に許可されるようなルートはこれまでにも常にあった。GPLv2のコードとGPLv3のコードとを併用するためにも、それと同じルートを利用することができる。最も簡単な例としてはsystem() 関数を挙げることができるだろう――GPLv3のプログラムがsystem() を使用してプロプライエタリなプログラムやGPLv2のプログラムを呼び出しても問題はない。しかし実際のところは、そのように距離をおいた形で併用するしか選択肢はない」。
次にSmith氏は、GPLv3の第7条項(追加的条項)についての私の質問に答えた。質問の内容は、開発者が付け加えた追加条項を下流ユーザが削除することができるというように条項の文言を解釈することができるというものだ。もしその解釈が正しいのであれば、他のユーザが好きに削除することができるというのに、開発者がライセンスに条項を追加できるようになっているのは何のためなのだろうか? これに対してSmith氏は、第7条項は実際には3つの異なる種類の追加条項を取り扱っているのだと説明した。
Smith氏は次のように説明した。「1つめの追加条項は『追加的許可』で、GPL中の特定の規定を免除するための条項だ。例えば、LGPLv3はGPLv3に一連の追加的許可を加えたものとして書かれている。確かに、ユーザには追加的許可を削除することが許されているが、(追加的許可が削除を要求していなければ)そうしなければならないというわけではない。したがって、LGPLv3の下にあるプログラムを入手した場合には、そのプログラムをLGPLv3の規定の下で配布しても良いし、追加的許可を削除して単にGPLv3として配布しても良い。2つめの追加条項は、ライセンス本体の中では特に名前は付けられていないが、ここでは『補足』と呼ぶことにしよう。補足として追加することができる内容は、GPLv3第7条項の中でa) からf) までの箇条書きで示されている。これらの補足については、一度追加されれば、下流ユーザが削除することは許されていない。3つめの追加条項は『さらなる権利制限』と呼ばれている。これは、GPLに付け加えようとしている制限のうち、a) からf) までの補足の中には該当しない制限のことだ。第7条項は、この『さらなる権利制限』については、ユーザは積極的に削除して良いとしている。GPLv2では『さらなる権利制限』の追加は単に許可されていないというだけだったので、それにも関わらず誰かが追加した場合にライセンシーは、追加されている制限に従うべきか、それとも(追加の制限を認めていない)GPLの内容に従うべきか判断できず、不安になっていた。『さらなる権利制限』の規定は、そのような不安な状況が生まれるのを予防するものとなっている」。
以上の質問をもってミーティングは閉会した。ミーティングのIRCログは、Compliance Labのウェブサイト上で近日公開される予定だ。なお、どのライセンスについてでもさらに質問があれば、誰でもlicensing@fsf.org宛てに送ることができる。
Shashank Sharmaは、コンピュータサイエンスの学位を目指す学生。フリー/オープンソースソフトウェアの初心者向けの記事の執筆を専門的に行なっている。Apress社刊Beginning Fedoraの共著者。