写真補正ソフトLightZone――Linux版については無料で利用可能

Light Craftsの主力製品であるRAW写真コンバータソフトLightZoneは、Windows版、Mac OS X版、Linux版の3つのバージョンで提供されているが、そうしたリリース態勢自体は特別珍しいことでもないだろう。ところがLightZoneの場合、Windows版およびMac OS X版は数百ドルの価格設定がされているのに対し、Linux版については掛け値なしの無料提供がされているのだ。しかも機能および操作性という観点から見ても、LightZoneというツールは高額な競合ソフトの多くを凌駕しているのである。

LightZoneのWebサイトのトップページは有料版パッケージの紹介に割り当てられているので、Linux版を入手するには、Light CraftsのAnton Kast氏が管理する別ページにアクセスしなければならない。Kast氏はLight Craftsのチーフデザイナを務めると同時に、同社の最初の社員にして、筋金入りのFedora Linuxユーザでもある。LightZoneの記述言語はJavaであり、開発当初からクロスプラットフォーム化することが前提とされていたのだが、開発開始時にLinux版も作ろうと言い出し、プロプライエタリ系オペレーティングシステム版のものとLinux版とで差異が生じないようにすると決めたのは、何を隠そうLinux愛好家のKast氏なのだ。

現行のLinux版(バージョン2.1)ではJavaランタイムがバンドル化されているため、25MB程度というかなり巨大なサイズになっている(以前はランタイムのバンドル版だけでなくスタンドアローン版も提供されていたが、スタンドアローン版関連で発生する問題が負担になってきたため、こちらの提供は中止されたそうである)。プログラムを実行するには、ファイルダウンロードの終了後、任意のディレクトリでtarボールを展開し、起動コマンドとして./LightZoneと送信すればいい。

それでは、LightZoneの特長を簡単に説明しよう。過去にRAW写真用のアプリケーション(BibbleRaw Therapeeなど)を使用した経験のあるユーザであれば、おそらく所狭しと並ぶスライダの一群といくつかのチェックボックスやスピンボタンで占領された操作画面を予想していたのではないだろうか。ところがLightZoneにおけるイメージ調整では、各種の機能をツールバーから実行するという、より洗練された操作方式が採用されているのである。ツールバーは必要な数だけイメージ上に表示させることができ、配置の変更はもとより、不要なものについては使用停止ないし非表示化させることもできる。イメージ補正用の操作はいずれも取り消しが可能であり、これらの操作によってオリジナルファイルに変更が加えられることはない。

よくあるRAWコンバータの場合、ホワイトバランスや露出補正などのイメージ調整は1度に1つずつ実行するようになっている。それに対してLightZoneでは、連続して実行するイメージ調整の各操作をそれぞれ独立した存在として並列的に管理できるのである。あえて例えるなら、Adobe Photoshopにおける調整レイヤ的な管理法ができると考えればいいかもしれない。

例えばカラーバランス調整のツールをクリックすると、そのための補正ツールが直前の補正結果イメージに重なる形で配置される。後はこの状態で好みのカラー調整を施せばいいのだが、必要であれば、これとは独立した操作として第2のカラーバランス調整を並列的に加えてみることもできるのである。両者の結果を比較して、2番目のカラーバランス調整の方が適していると判断した場合は、最初のカラーバランス調整のXボタンをクリックすればいい。残りの補正操作はすべて維持されたまま、最初のカラーバランス調整だけが破棄される。

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LightZoneの編集画面(クリックで拡大)

こうしたアプローチでは、個々のイメージ補正ごとに異なる部分をマスクすることもできる。実際、先の例のように試行錯誤的な吟味をする方がより適切なカラー補正を施すことができる、というユーザも多いだろう。むしろ、一見非効率的に見えるこうした試行錯誤的なアプローチの方が、各種パラメータの数値指定によるイメージ補正よりも、写真の補正としてはごく自然な方法なのだ。よくよく考えてみれば最適な写真補正を行いたい場合、施すべき各種の補正設定を一発で指定する方式と、必要とする個々の補正作業を逐次加えていく方式とを比べれば、明らかに後者の方が良い結果を得られるはずである。

ゾーンシステム

LightZoneの名前はゾーンシステムという写真技法に由来しているが、この技法は写真家として撮影技術に関する数々の著作を残したAnsel Adams氏によって広められたものである。このゾーンシステムとは、被写体の示すダイナミックレンジ(輝度域)を計測しておき、露出および現像時の調整によってオリジナルの階調を写真上で再現するという技法を意味する。その際に用いるのがゾーンという概念であり、これは、人間の目で見分けられる完全な黒色から完全な白色までの範囲を10段階に分けたものである。そして写真を撮影する際には、こうした10個のゾーンがすべて再現されるよう、被写体の輝度(シャドー部からハイライト部)を意識的にマッピングするのである。実際にAdams氏の撮影した写真を見ると、人為的にコントラストを変更した感じを与えることなく非常に高階調な映像に仕上がっていることに気づくだろう。

LightZoneではこうしたゾーンシステムという技法を、ZoneMapperツールという形で実装している。ZoneMapperツールの実態は、個々のイメージにおける輝度分布をAdams式ゾーンシステムのチャートにプロットさせるためのコントロールである。

ZoneMapperツールのチャート上でマウスポインタを移動させると、その部分の輝度に一致するイメージ上の該当位置がプレビューボックス内でハイライト表示される。そして、このチャート上の任意の部分をつかんで上下にドラッグするとイメージ側の輝度も変更されるのだが、その際に複数のコントロールポイントを設定してより細かな補正を施すことも可能であり、特定の輝度レベルは固定しておきながらコントロールポイントを追加するという操作も行える。LightZoneの他のツールと同様、ZoneMapperもイメージ上に任意の順番で必要な数を配置することができる。

こうしたコントロールチャートによる補正結果は、直感に則した自然な感覚でのイメージ補正を行えるよう、変更直後にイメージへ反映されるようになっており、よくあるテキストボックス式のコントロールに補正値を無機質な数値で指定する方式と比べ、遥かに優れたインタフェースだと言えるだろう。

LightZoneの新規リリースでは、新たにToneMapperというツールが追加された。これは、多くのラスタイメージエディタで利用されているコントラストマスクという補正技法を固定機能として取り入れたものである。初心者ユーザ用にかいつまんで説明すると、コントラストマスクとは、イメージをコピーして白黒反転とブラー(ぼかし)処理をほどこしたものを、オリジナルイメージにブレンドするという操作に相当する。こうしたブラーと反転を施してブレンドするという処理を施すと、イメージ全体のコントラストを維持したまま、イメージ各部のシャープネスとコントラストを高める効果が得られるのである。

もっともToneMapperを適用してもZoneMapper程の効果は得られないが、使い方によっては有用な機能と言えるだろう。他のイメージエディタでコントラストマスクの処理を行おうと思えば、たいていは複数のイメージレイヤを作成した上で必要な操作を手作業で逐次施していくしかない。

最後に紹介するLightZoneの特長は、オリジナルのイメージに対して完全に非破壊的な補正を施せるという点である。つまりLightZoneでどのような操作を施そうとも、そうした補正はオリジナルのRAWイメージファイルをまったく変更することなく実行されているのである。またイメージを補正した結果はJPEGないしTIFFフォーマットでエクスポートすることもできるが、LightZoneの場合、こうしたファイルの“エクスポート”とファイルの“保存”とでは得られる結果が異なるので、その点にも注意が必要だ。

LightZoneの保存機能で作成されるのは.lznファイルであり、デフォルトではオリジナルのファイル名に続けて拡張子.lznが付けられるという仕様になっている。この.lznファイルの実態はXMLファイルであって、その中にはオリジナルのRAWイメージの格納位置とファイル名および、そのイメージに対してLightZone上で施したすべての操作が記録されるのである。

こうした方式には、オリジナルイメージの保全性を高め、作成するファイルサイズも小さくて済むというメリットがある他、Kast氏の説明するところでは、人間およびコンピュータの双方に対して可読性の高いXMLという汎用フォーマットが用いられていることで、バッチ処理による操作の自動化も容易になっているとされている。例えばこれはKast氏が実際に体験したケースだが、eBayのオークションに使う関係上、膨大な数の写真にトリミングと補正を施さなければならない状況に遭遇したことがあるそうだ。もっとも、これらの写真はすべて同じ寸法であったことが幸いし、実質的な作業としては写真の1つだけに対してLightZoneによる補正を施すだけで済んだそうである。つまりその後は、bashスクリプトによって自動処理させてしまったのだ。このbashスクリプトの内容は、各ファイルに対する.lznファイルの同等品を生成させ、そのXMLに指定されているオリジナルファイルの参照先を順次書き換えることで、すべてのオリジナルファイルに最初の1枚と同じ処理を施すというものである。同等のソリューションとしてPhotoshopのマクロ機能で同じ処理をしたとすれば、作業完了までにより長時間を必要としたであろう。

無料提供で得られるメリット

LightZoneに対する私の評価だが、すべての面において高得点に値すると思っている。たいていのRAW写真用補正ツールでは多数のスライダ操作を強制されるのに対し、直感的に扱えるLightZoneのインタフェースが様々な点で優越しているのは明らかだ。動作速度についても、Linuxで使用可能な他の同種ソフトよりもかなりの高速処理を期待することができる。同じく選択ツールや編集ツールの操作性も非常に優れている。その他に(他の多くのRAWコンバータと同様)dcrawが採用されているため多種多様なカメラに対応しており、Linuxのカラー管理機能や印刷システムとの親和性に優れている点なども評価を高くしている要素だ。

ところで、これだけ完成度の高いソフトウェアがWindowsおよびMac OS X に対しては250ドルの製品として販売されているのは分かるとしても、Linuxに関しては無料で提供されているのは何故なのだろうか? 実際Kast氏自身も、ビジネスという観点から見た場合にこうした態勢が奇妙なものであることを、しぶしぶながらも認めている。そしておそらく誰もが同じ疑問を感じるのであろう、LightZone for Linux FAQのページでは、このアプリケーションは不良品でもなく、海賊版でもなく、ジョークソフトでもないという旨が同氏によりわざわざ説明されているのである。

これは結果論だが、Kast氏によるとLinuxカスタマからは、有料化していたら得られていたであろう売り上げ以上の利益がLight Craftsにもたらされているというのだ。そしてKast氏の説明を信じるならば、同社がLinux版LightZoneを配布しているのは同氏がLinux愛好者だからだ、ということになる。またLinux版を無料で提供しようという同氏の提案を会社側に通す際に“特別な説得は必要としなかった”というのだ。と言うのも、Linux版のライセンスで得られる収益はWindowsおよびMac版の数分の一程度でしかなかろうから、経費をかけてマーケッティングをするだけの価値はないと判断されたのである。

ところがLinux版LightZoneの無料ダウンロードを提供し始めたところ、有料のWindows版に匹敵するカスタマが集まってしまったのである。そしてここでもLinuxユーザの特性が発揮され、バグレポート、他言語への翻訳、意見のフィードバックなどの面で彼らは自主的に協力してくれたのだ。「Linux版を公開したことで、ユーザとの間に有益なネットワークを形成することができました。無料版を提供しているLinuxユーザと、製品サポートという形でつながったMac/Winユーザとでは、ベンダとユーザ間で行われる意見交換の性質がまったく異なっています」

Kast氏を始めとするLight Craftsのプログラマ陣は、3つのプラットフォーム版の開発作業をすべて同時に進めている。確かにカラー管理などの各プラットフォームごとに個別の処理が必要となる場合にはWindows版を最優先で処理するが、可能な限りこれら3バージョンの同時リリースを目標にしているとのことだ。

なおLinux版ユーザであってもLight Craftsのオフィシャルサポートフォーラムに参加して質問などを投稿することはできるが、Kast氏の説明するところでは、技術的な問題についてはLightZoneメーリングリストの方が適しており、開発者側からの返信も速やかに得られるはずだとのことである。

LightZone 2.1は、そのWindows版、Mac OS X版、Linux版が先月末にリリースされたところである。Windows版およびMac OS X版については、Basicエディションが150ドル、Fullバージョンが250ドルで販売されている。Linux版については、Fullバージョンと同等の機能を備えているものが無料で提供されている。

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