賛否入り混じる反響を呼んだBlackboardの特許公約

教育コンテンツの管理システムを提供する主要企業の1つであるBlackboardは、オープンソースのeラーニングに携わるプロジェクトおよび企業に対して自社特許の権利行使をしないとする公約を発表した。この公約による保護の対象には、教育機関が組織内で開発した、いわゆる「自家製」の学習システムも含まれる。ただし、この公約によって保護されるオープンソースのソリューションは、プロプライエタリなソフトウェアにバンドルされていないものに限る、との但し書きが付いている。この点についてはさまざまな反応があるが、多くのオープンソースプロジェクトは、今後の行く末については懐疑的な態度を示しながらも今回のBlackboardの動きを前向きに評価している。

この公約が出るまでには、eラーニングの基本技術に関するBlackboardの特許をめぐって1年に及ぶ論争が繰り広げられた。以前NewsForgeで報じたように、この特許の再審査を求めるSoftware Freedom Law Center(SFLC)の要求が認められており、さらに同業のプロプライエタリ企業であるDesire2Learnによるまた別の再審査請求が認められるのも時間の問題とみられている。

Blackboardの総合弁護士兼総務担当上級副社長であるMathew Small氏によると、今回の公約は今も続いているSakai FoundationおよびEDUCAUSEとの協議の成果だという。両者はeラーニング関連の大手非営利組織であり、Sakai Foundationのほうは先の再審査請求に関与したSFLCのクライアントの1社でもある。

この公約の準備にあたってBlackboardが参考にしたのは、500件の特許をオープンソース・コミュニティに公開したIBMによる特許関連公約など、他の市場における類似の公約だった。これについてSmall氏は次のように語る。「冒頭の言い回しの一部がIBMのものにとても似ているのがわかるだろう。同じ形式に従ってはいるが、両者の間にはBlackboardとIBMとの差、そして対象とする特許の種類の違いが認められる。また、IBMの言い回しには、我々がオープンソース・コミュニティから質問を受けたある種の多義性が存在するため、我々は考えられるすべての疑問を解決するよう努力した」

Small氏の言葉にはこの公約に対する自慢げな気持ちが表れている。「この特許は我々の製品に含まれるコア技術をカバーしたものなので、今回の公約を出すことは我々にとっては前例のない出来事だった」ともSmall氏は言う。彼はSakaiおよびEDUCAUSEとの協議にも言及し、「我々三者間の関係は実際に改善されたと私は思う」と話している。しかし、オープンソース・コミュニティからの反応のなかにはもっと冷やかなものもある。

公約の内容

Blackboardの公約は、現在再審査中の米国特許番号6,988,138のほか、審査係属中の6件の特許に関係したものだ。これら係属特許群は、eラーニングシステムのさまざまな機能をカバーしており、そこには「多言語機能」を有する「インターネットに基づく支援のシステムおよび方法」、「モジュール式テキスト編集」、「モジュール単位で拡張可能なコンポーネントにおけるセキュリティ属性」などが含まれる。

この公約はBlackboardの米国特許、それらと同じ内容で世界各地に出願された特許、Blackboardの後に続くあらゆる企業を対象としており、オープンソースソフトウェアによるeラーニングシステム全般を保護するものである。公約書の一部として用意されているFAQには、保護の対象組織として、こうしたシステムを利用するすべての学校、博物館、図書館に加えてSakai、Moodle、ATutor、Bodington、Elgg、LON-CAPA、Claroline、Connexions、Dokeos、LearnLoop、Interact、Segue、Whiteboardの名が具体的に挙げられている。なお、この保護は自動的に適用されるため、利用者の側から応募を行う必要はない。

ただし、保護の期間延長が行われるのは、オープンソースまたは自家製のソリューションがプロプライエタリなソフトウェアにバンドルされていない場合に限られる。このFAQでは、「バンドル」の定義を、販売されるプロプライエタリ製品に同梱されること、それらと同じ契約のもとでライセンスされていること、同一のCDまたはリポジトリに含まれていること、としている。また、実行にプロプライエタリ・ソフトウェアを必要とするオープンソースソフトウェアも保護の対象にはならない。

公約は、その内容そのものを「廃棄できないもの」としている。ただし、そこには「Blackboardは、Blackboardもしくはその特許または従属物に対して特許権またはその他の知的財産権を行使して訴訟を起こす組織があれば、特許に関するこの公約およびその遂行を打ち切る権利を留保する」とも記されている。なおFAQによると、この記述は再審査請求には適用されないことになっている。

賛否入り混じった反応

今回の公約は、ニュースリリースと「Blackboardコミュニティ」宛ての公開書簡を通じて発表された。いずれにも教育研究関係者からの支持的な引用が含まれている。「これは大胆な考えであり、私としてはただ賞賛するしかない」という文は、シェフィールド・ハラム大学(Sheffield Hallam University)の情報主任John Hemingway氏の言葉として引用されている。

同様に、Australasian Council on Open, Distance and e-Learning(オープン、遠隔および電子ラーニングに関する南洋州評議会、ACODE)のGordon Suddaby氏による次の言葉も引用されている。「我々はBlackboardによる今回の対処策を評価し、引き続きeラーニング・コミュニティ内の創造的活動と協調を促進するにあたって同社に感謝の意を表したい。このような対応は、教員および教育現場関係者、学習者、Blackboard自身、そしてより広いeラーニング・コミュニティにも確実に、このうえない恩恵をもたらすだろう」

「教育関連コミュニティのサイトで私に宛てられた前向きな内容の電子メールを読んだほか、各組織から届いたもっとフォーマルな文面にも目を通したが、肯定的な反応が圧倒的に多かった」とSmall氏は言う。

しかし、一般の関係者からの反応の多くは、それほど熱のこもったものではない。Blackboardの公開書簡には、Sakai Foundationが発表した声明の支持的な一節が引用されているが、その声明の全文はもっと慎重な内容になっている。Sakaiは今回の公約書の作成過程に関与していたにもかわらずである。

Sakai Foundation Boardの議長John Norman氏の署名が入ったこの声明は、今回の特許公約を「より建設的な方向に進むための一歩」と述べ、「率直かつ直接的な対話を続けようというBlackboardの積極的な態度」を賞賛している。

しかし、Sakai Foundationの声明は次のように続く。「今回のバンドルに関する言及は、この分野の発展を阻害するであろう法的および技術的な複雑さと不確実さをもたらすのでは、との懸念が我々には残っている。また、事前に我々が考えていたような心の底からの承認を与えるのは難しいと言わざるを得ない。この公約では、Sakaiと関係のある営利目的のパートナーや得意先は保護の対象にならないからだ」

ATutorプロジェクトの発起人でプロジェクト・マネージャを務めるGreg Gay氏も、同様の賛否入り混じった心情を述べているが、その態度はずっと慎重なものである。「Blackboardの公約には賞賛すべき部分もあるが、内容的にはまだ不十分だ」と彼は言う。Gay氏によると、この公約では、オープンソースシステムの拡張機能を作成する開発者や、プロプライエタリとオープンソースの双方のソフトウェアを顧客に提供するインターネットサービスプロバイダが対象になっていないという。また、この公約の内容だと、プロプライエタリ・ソフトウェアの開発も手がけるオープンソース開発者が自分の開発成果をバンドルできなくなる、とも彼は主張する。

今回の公約にはオープンソースプロジェクト全般が含まれるとBlackboard側は明記しているが、Gay氏は特定のプロジェクトの名が挙がっていることに対しても懸念を示している。「どのオープンソースシステムが合法的に使えるかの指定をBlackboardに許すということは、本質的にパブリックドメインおよびオープンソースの学習システムソフトウェアに対するある種の支配権をBlackboardに与えることになってしまう」というのだ。

もっと重要なのは、この公約によるバンドル行為の制限がGNU一般公衆利用許諾(General Public License:GPL)とは相容れないことだ、とGay氏は指摘する。GPLの第4項はその条項を制限する一切の再ライセンスを禁じており、同じく第6項には「受領者がGPLによって認められた権利を行使することに対し、どのような内容であれ、さらなる制限を課すことはできない」と具体的に記されている。つまり、Blackboardのバンドル行為の定義とGPLを両立させることは不可能に見えるのだ。

Moodleの創立者Martin Dougiamas氏も同じような批判の声を上げている。Blackboardが「その意向を公式に表明したこと」に感謝するとともに「オープンソースを利用する大半の組織がひと安心できることは非常に喜ばしい」と述べたうえで、Dougiamas氏はこの公約とGPLとの関係について次のような意見を述べている。「GPLライセンスの下では許されている、バンドルや組み合わせを想定したシナリオについては、依然としてBlackboardから法的措置を受ける可能性があるという不安が拭えない。そのため、我々のコミュニティの多くの組織は、法的そして技術的な面で複雑な状況に追い込まれる」

最も否定的な反応を示したのは、SFLCだった。SFLCの顧問であるRichard Fontana氏は、今回の公約を「法的な意味や実体がほとんどない」と非難する。彼はこう述べている。「Blackboardは、オープンソースソフトウェアに対して自社の特許権を行使しない、という単純明快かつ制限のない宣言をすることによって、自らの行動に責任を持つことができたはずだ。だが、彼らは複雑怪奇な文書を提出した」。特にFontana氏は、FAQに記されたバンドル行為の説明を「オープンソースのeラーニングソフトウェアを利用するほとんどの環境が含まれかねない不適切な定義」と切り捨てている。

公約、特許、そして組織間の関係

Small氏によると、Blackboardは「常にオープンソース業界で多くのことなしてきた」にもかかわらず、その成果は、競合だったWebCTの買収や特許の権利請求範囲をめぐる論争の影に隠れてしまっているという。

「コミュニティがこうした取り組みをありのままに認め、オープンソースおよび自作ソフトウェアの関係者たちに対してBlackboardが伝えようとしている真意をわかってくれることを私は期待している。また一般の人々には、この業界全体の動きに目を向け、我々が彼らの意見に耳を傾けて対応を行っていることを理解してもらいたい。我々は、コミュニティにとってもそして自分たちBlackboardにとっても最善のことをしていると信じ、今後は相互運用性とオープン性についての活動を強化しようと考えている」

Blackboardが失われた企業イメージの回復を望んでいることは明らかだ。しかし、今回の反応を見る限り、イメージが向上したとしてもそれは限定的なものだろう。たとえこの公約にその他の複雑な点や憂慮すべき点がなかったとしても、オープンソースと教育の両コミュニティがBlackboardをどのように見るかについては、引き続き同社特許の権利請求範囲が大きな鍵を握っていると言える。また、Blackboard自らとその批判者の双方が認めているように、今回の公約が同社特許の再審査に影響を与えることはない。

「我々は、Blackboardの特許は無効であり、Blackboardには特許を受ける権利がないと主張し続けている」とFontana氏は語る。また、NewsForgeがコンタクトをとった関係者の全員が彼と同じ意見を述べた。彼らに意見を求めた今回の公約はこの特許とは直接的な関係がないのにである。

事実、Small氏は、Sakaiの反応を同組織の理事がさまざまな派閥に対応する必要性があることに起因する必然的な結果と見なしているが、Blackboardと協力して取り組んできた末に同社の期待を裏切るような反応をSakaiが見せることは、今後のBlackboardとの交渉に水をさすことにもなりかねない。

とはいえ、今回の公約が何らかの形で、Blackboardが同社の特許権を守り抜こうとするのではないか、との差し迫った懸念を解消する方向に動く可能性はある。また万一Blackboardの特許権が、現状の権利範囲が維持されるにせよ縮小されるにせよ、最終的に守られたとしても、この公約はオープンソースのeラーニングプロジェクトに対する何らかの保護を継続して提供するはずだ。あとはただ、Blackboardが自らの生み出した曖昧性と複雑性の問題を解決してくれることを願うばかりである。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文