プロプライエタリな電子納税ソフトウェアで窮するブラジル政府

FSF Latin America(フリーソフトウェア財団ラテンアメリカ、FSFLA)は、納税のために非フリーソフトウェアの使用を一部の市民に強いるブラジル政府のやり方に反対する運動を進めている。FSFLAは「税」および「課金」を意味するポルトガル語をもじって「Softwares Impostos」と呼ばれるこのソフトウェアを取り上げ、政府の要求は現在の社会政策とブラジル憲法の双方に反すると主張して、抗議の書簡を送る運動を起こしている。

独占的ソフトウェアでしかアクセスできない行政サービスについての不満は、世界共通のものになりつつある。たとえば米国では一時、連邦緊急事態管理局(FEMA)のWebサイトがハリケーン・カトリーナの被災者による被災申請をWindowsおよびInternet Explorer経由でしか受け付けていなかった。また、この春のカナダにおけるオンライン国勢調査は、WindowsまたはMac OS Xを通じてのみアクセスできるものだった。ブラジルの状況が異例なのは、フリーソフトウェアの受け入れが増加している背景に逆行した措置であることと、これに反対する憲法上の議論が存在することである。

Red Hatと受託契約を結び、FSFLAの事務局としても活動しているAlexandre Oliva氏によると、ブラジル政府はWindowsおよびSunのJava 1.4ベースの納税用プログラムをいくつか市民に提供している。これらのプログラムのうち最も広く利用されているIRPF2006は、データ処理に携わるブラジルの公的な連邦組織でおそらくブラジル最大の電子サービスプロバイダであるSERPRO S.A.によって開発されたものだ。紙の納税帳票には必要な一覧表が含まれていないため、ブラジルの多くの高所得納税者は税金の計算および納付にIRPF2006を使用するように求められている。このソフトウェアの使用が必要になるのは、種類を問わず収入が10万レアル(47,000ドル)を超えるか、農業収入が69,840レアル(32,000ドル)を超える者、もしくは商品、諸権利、株式、先物の売却または農業によって利益を上げた者である。

当初IRPF2006にはWindows版しかなかったが、2004年以降はJava版も利用できるようになっている。Oliva氏は次のように話している。「Java版はマルチプラットフォーム化を意図したものだが、Sunによる実装とその派生版にしか存在しないJava仕様外の内部クラスに依存したものになっている。クリーンルーム方式でのフリーソフトウェアの実装では、これらのクラスの提供が強制されるべきではない。こうした内部実装クラスを直接参照するプログラムはJava互換のプログラムとはいえない」。この依存性は、Java 1.4仕様のみを要件とし、SunによるバージョンのJavaは要件ではないとするReceita Federal(国税庁)の仕様に反している、ともOliva氏は述べている。

フリーソフトウェアの発展を促す背景

多くの国々では、政府が独占的ソフトウェアの使用を強制している事実がまだ大きな問題になっていない。しかしブラジルでは、公共政策によってフリーソフトウェアへの配慮や支持まで行う傾向が高まりつつある。「フリーソフトウェア以外は使わないという人はあまりいないが、ブラジル政府にはその傾向が強く見られる」と語るのは、ブラジルの代表者としてGPLv3の策定プロセスに加わっている弁護士、Omar Kaminski氏である。また、ブラジル大学(University of Brazil)で教育学を研究するLucio Teles教授によると、ブラジルの教育ではフリーソフトウェアがいよいよ標準になってきているという。同様にOliva氏も、フリーソフトウェアをリリースする企業の数は増加している、と述べている。

さらに、ブラジルの都市の多くと27の州ではフリーソフトウェアへの取り組みを奨励する法案が可決されている。たとえばパラナ州は、州政府が提供するすべてのソフトウェアを対象としたフリーライセンスの策定を現在進めている。こうした法律や政策の主なねらいは、極度な貧困地域がまだ数多く残る国内にコンピュータ・インフラストラクチャの構築を促すことである。確かに現在、そのような法律や政策の合憲性がリオデグランデドスル州で問われているが、こうした反対に会ってもフリーソフトウェア発展の勢いは弱まりこそすれ止まってはいないようだ。「合憲性の議論は急速に拡大している」とKaminski氏は言う。

Kaminski氏によると、Conselho Nacional de Justiça(国家司法評議会)は連邦裁判官にフリーソフトウェアの使用を推奨しており、最高裁判所長官のEllen Gracie Northfleet氏もフリーソフトウェアに好意的なことだけは確かだ。またOliva氏は、低所得層によるコンピュータの購入を可能にするComputadores para Todos(全国民にコンピュータを)という連邦政府の計画では、一定の価格より安くコンピュータを販売し、フリーソフトウェアだけがインストールされたマシンを購入する人々に低金利のローンを提供するメーカーには減税措置を取ることで、フリーソフトウェアを奨励している。

こうした背景にもかかわらず、政府とのやりとりのために独占的ソフトウェアの使用をブラジル国民に強制することは、行政政策の趨勢に逆行しているように見える。

憲法上の議論

おそらくもっと重要なのは、納税手続きに関するブラジル政府の要求に反対する激しい憲法上の議論が起こる可能性があることだ、とOliva氏は語っている。こうした議論の多くが妥当なものかどうかは、著作権法および市場経済との関係でフリーソフトウェアの原則に対する法的解釈がどこまでなされるかに依存するが、納税用ソフトウェアの使用を強制することは、ブラジル憲法の少なくとも2つの条文に明らかに反している可能性がある。

ブラジル憲法第37条により、ブラジルにおけるすべての階層の政府機関はいくつかの原則に従う必要がある。これらの原則には、法案の可決によってのみ国民に義務が課される「合法性」と、個人間および法人間での公平を期す「非個人性」が含まれている。特定のソフトウェアの利用を求める法案が可決されたことはないため、ブラジル政府は合法性の原理に反している可能性がある。同じく、一部の国民にだけこのソフトウェアの使用を要求し、特定の法人によって開発されたソフトウェアを利用することから、ブラジル政府は非個人性の原理にも反している可能性がある。また、独占的ソフトウェアの更新や修正に必要な追加コストも ― 入札手続きに含まれていない隠れた費用であることは言うまでもない ― 特定のソフトウェアメーカーの優遇につながることから、この議論はさらに発展する可能性がある、とOliva氏は述べている。

同様に憲法第170条には、いかなる政府活動であっても尊重しなければならない、ブラジル国民が有する一連の経済的な権利が列挙されている。こうした権利には、自由な市場競争、消費者の保護、宗教的および社会的不平等の抑制、ブラジルに本社を置く小規模企業の優遇措置などが含まれる。国民に独占的ソフトウェアの使用を強制する政府のやり方は、そうしたソフトウェアの開発企業の大半がブラジル国外にあり、その価格が多くの国民にとって手の届かないものであることから、これらすべての権利に反するとの主張が起こっても不思議ではない。

第170条には「法律で定められている場合を除き、任意の経済活動を政府の許可なしに自由に行えることがすべての人に保証される」とも記されている。税金の納付がブラジルの法律の下で経済活動として定義されていると仮定すると、政府による納税用ソフトウェア利用の強制はこの保証に反することになり、違法である。

他国におけるフリーソフトウェアの支持団体とは異なり、ブラジルのFSFLAはプロプライエタリな思想を支持する政策への反対表明を行う際に倫理上の議論にまったく基づく必要がないのである。だからといって、FSFLAのWebサイトではこうした倫理上の議論が十分に行われていないかというとそうではない。むしろブラジルでは、プロプライエタリな思想への反対運動が、直接的な憲法上の議論というおそらく他に類を見ない形で起こっているのだ。FSFLAは、こうした議論を納税用ソフトウェアとリオデグランデドスル州におけるフリーソフトウェア支持の法律の双方に関して続けているが、この議論は説得力のあるものになりそうだ。

Kaminski氏は次のように語っている。「ブラジルの憲法解釈に持ち込むのは今までにない優れたやり方だと思う。自由を理解する新たな方法として、インターネット利用者や今回の場合はフリーソフトウェアの利用者の視点から見て、これはe-democracyの流れを作るすばらしい方法だ」

この新たな憲法論議が発展していくかどうかはまだわからない。フリーソフトウェアがブラジルで開発されたという進展が見られるにも関わらず、独占的ソフトウェアは依然として公的な機関において確固たる足場を維持している。たとえば、ブラジルの電子投票ではWindows CEが必要になっている。その結果、こうした議論の意味合いは、十分な吟味なしに独占的ソフトウェアが受け入れられることがなくなるほどの大きな影響力を持ちつつある。しかし万一こうした憲法上の主張が通らなくても、FSFLAには最後の切り札が残されている。納税用ソフトウェアにはライセンスが付随していない、とOliva氏は述べている。実はそれ自体が違法なのだ。「ブラジルの法律によると、ソフトウェアの利用にはライセンスまたは購入証明書が必要とされている」とOliva氏は説明する。したがって納税者が誰であろうと納税用ソフトウェアの使用は著作権違反になる。納税の義務を果たすことが可能なこうしたソフトウェアの利用を納税者に求めることは、ブラジル政府が国民に法律違反を求めることになるのだ。

Oliva氏は感情を抑えながら「これほど的外れなことはない」と付け加えた。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文