LinuxWorld Toronto:Wiki、ゲートウェイ、Garbee氏の話題

トロント発 ― LinuxWorld Conference & Expo Torontoの2日目は、この日始まった展示フロアを見学し、基調講演2件を聞き、興味深くはあるがLinuxにはあまり関係のない多くのセッションに顔を出した。

最初に出たのはTWikiのPeter Thoeny氏によるセッションで、Wikiとは何か、なぜ実際の現場で役立つのかという内容だった。Wikiには利用できる実装がいくつかあり、中にはネットワークにつなげてすぐに実行可能な内部構造のわからないものもある、とThoeny氏は話している。一般的なWikiとしては、MediaWikiが最もよく知られている。有名なインターネットリソースWikipediaのエンジンである。Wikipediaというのは、インターネット上にいて貢献したい人なら誰でもメンテナンスに参加できる百科事典だ。現時点で英語のエントリが100万あり、10万人の登録ユーザがいる、とThoeny氏は述べる。彼は、その機能を実演するために、その場でWikipediaのページを開き、ログイン処理もせずにある記事にちょっとした訂正を加えてみせた。

Thoeny氏は、次のような少し大げさな質問を投げかけた。誰もが編集できるとなると、途方もなく無秩序な状態にWikipediaが陥ってしまうことはないのだろうか。この問いにThoeny氏は「ノー」と答える。Wikipediaでは、ほとんどの領域に専門家がいて、自らの分野に関連した項目に目を光らせており、 事実に反した記載がされると、たいていは数分以内に修正されるという。内容が難解だったり、わずかな人しか興味を持たない項目を扱ったページの場合は、そこまで目が行き届かないので、誤りが正されるまでにもう少し時間がかかることもある。またWikipediaでは、著作権の侵害が起こらないように十分な管理が行われている。

Wikipediaのコンテンツは、GNU Free Documentation License(GFDL)の下で公開されている。このライセンスは、ライセンスの告知を含めるという条件でWikipediaコンテンツの自由な再配布を認めており、プログラムの配布に関するGNU General Public License(GPL)の許諾と要件に非常によく似ている。

また、Wikiにアクセス制限を設けることは可能かと尋ねられ、Thoeny氏は、誰でもどこからでも書き込めるようにデザインされているが、たとえば、企業の環境では必要に応じて比較的容易にロックダウンが行える、と答えた。

Wikipediaでは、いたずら書きやスパムの問題も直ちに解決されることが多い、とThoeny氏は話した。というのは、容易に見つけられ、リビジョンコントロールによって以前のバージョンのリカバリや再投稿が割と簡単にできるからだ。一般向けのWikiの場合、スパムやいたずら書きは珍しくないが、企業内のWikiの場合、そうした内容は誰からも参照されないのでこの問題は起こらない、と彼は述べている。

また、Thoeny氏は、用語の名前によってほかの記事へのリンクを自動生成するWikiWordsなど、Wikiの多くの機能について説明し、ほとんどのWikiが特殊な文字や機能を備えた各種プラグインに対応していることにも触れた。

Thoeny氏自身は、Wiki指向の企業向け環境TWikiの主任開発者をしている。TWikiの開発は、中心になる開発者5人のほか、書き込みの権限を持つ開発者20名以上と、100名以上の協力者によって行われている。

実は、さまざまな種類のWikiシステムには標準規格がない。今年8月にデンマークで開かれるカンファレンスでは、この話題が議論される予定だ。読者が編集できる点を除いて、すべてのWikiに共通の特徴といえば、入力テキスト中の空白行によって新しいパラグラフが作られることくらいである。特殊なテキストやテキストを太字にする方法は、それぞれのWikiサーバによって異なるという。

Thoeny氏はTWikiの機能をデモを通じて幅広く紹介し、このプログラムは1日に350〜400本もダウンロードされている、と語った。

遺伝地理学に関する基調講演

3日間のカンファレンスも半ばに差しかかり、展示の部のオープニングを飾る発表がIBM Computational Biology Centerの研究者Ajay Royyuru氏によって行われた。興味深い内容だが、Linuxやオープンソースにはほとんど関係のない講演だった。

簡単に言うと、世界各地の人々から集めた遺伝子を使って近代以前の人類の移住の軌跡を明らかにしようとする、National GeographicとIBMの共同プロジェクトの話題だった。ホールの正面に設置されたスクリーンに映し出されたスライドの1枚によると、データの分析はIBMが用意したLinuxシステムで行われたようだが、このカンファレンスとの関連性はやはり薄い。

マルチホーミング冗長化によるネットワークのバックアップ

Shaw Cableの傘下にあるBig PipeのBurhan Syed氏が昼前に行った講演では、Border Gateway Protocol(BGP)とLinuxを絡めたマルチホーミングによるネットワークルーティングのソリューションが紹介された。

多くの企業はネットワーク接続が切れては困ると考えている、とSyed氏は述べた。あるeビジネス企業の場合、ネットワークがダウンすると1時間ごとに約37,000ドルの損害を被ることになるという。この問題に対処すべく各企業が見出した多くの解決策を、彼は話してくれた。最もコストがかからず一般的なのは、インターネット回線を1社で2本用意することだという。1本でサーバを稼働させて主回線とし、もう1本は主回線の障害に備えて接続せずにフロアに残しておく。障害が起こったら、できるだけ速やかに技術要員に登場してもらい、障害の起きた主回線から予備の回線へと接続を切り換え、新たにつながった予備回線を用いるようにネットワークを再構成するのだ。

ただ、Webサイト中心の事業を行っている企業の場合、この方法では痛手が大きい。別のインターネットサービスプロバイダ(ISP)を利用するために自社のネットワークを再構成しなければならなくなるほか、新たな場所でWebサーバへのアクセスを可能にするために自社のDomain Name Service(DNS)テーブルを再伝搬させる必要もある。DNSによって、ブラウザその他のサービスは、IPアドレスを解釈してサーバを特定可能な数に変換できる。IPアドレスは各種サービスプロバイダによって割り当てられており、このように複数のサービスプロバイダを使う場合は、IPアドレスが変わるため、接続しようとする者は皆、首尾よく接続するためにその時点での情報を取得する必要があるのだ。

多少はマシだがやはり同じようなその他の解決法の紹介の後、Syed氏は、インターネット接続を適切に冗長化する方法を説明してくれた。

この方法には、American Registry for Internet Numbers(ARIN)から企業に対して割り当てられたIPアドレスの集合、BGP対応のルータ、そしてこれもARINによって割り当てられたAsynchronous System Number(ASN)が必要になる。ただ、すべて揃えるにはかなりの費用がかかり、IPアドレスとASNは数に限りがある。ASNの場合は、全世界でおよそ65,000しか利用できないという。

BGPはネットワーク間のルーティングプロトコルとして機能する、とSyed氏は説明する。各BGPルータは、インターネット上にある任意の2つのネットワーク間の最短ルートを求めるために、ほかのBGPルータとルーティングテーブルの交換を行う。この方法で求まるのは、まさしく最短の経路であって、必ずしも最速またはコスト最小になるわけではなく、現実のネットワークでのみ考慮されるネットワークの実際のホップ数や向こう側の状況は考慮されない。

この方法を事業に適用するには、少なくとも254以上のIPアドレス区分(/24)が必要になる。でなければ、小さすぎてほかのBGPネットワークから無視される、とSyed氏は言う。次に、自社のIPアドレスを使って2つ以上のISPに接続するのだが、これはASNによって可能だ。もう1つのBGPルータを使ってそれぞれのISPに接続する。またBGPルータどうしは互いに直接通信を行うことによって、接続が切れたことを検知し、BGPルーティングテーブルの交換を行うことができる。

ここからがLinuxの出番なのだが、とSyed氏は説明を続ける。Ciscoなどのハードウェアルータだと何千ドルもかかり、大きなBGPルーティングテーブルを保持するにはメモリ容量が足りないという。BGPルーティングテーブルは、ルーティングエントリ数136,000に対して約128MBにもなるが、多くのルータは64MBのメモリしか使えないのだ。Linuxシステムを使い、その上でZebraというルーティングプログラムを実行すれば、多額の費用を節約できるそうだ。なお、このZebraはCiscoのコマンドを使って管理できるという。

Syed氏は、ISPサービス経由でのBGPへのアクセスに対してISP業者は課金を行うべきではない、と警告し、そうした業者に目を光らせている。Syed氏自らのISPでは、こうしたサービスの提供のほか、より安価な解決策として、ISPが内部で割り当てたASNを利用するBGPベースの内部システムを用意しているそうだ

企業主催のランチ

これまで一度も行ったことはなかったが、今回初めてIBMが主催するMedia Lunchに立ち寄ってみた。数少ないほかの報道関係者に交じって、グルメフェアに出てくるような機内食風味のサンドイッチ2切れという食事を取りながら、IBMの発表者の言葉に耳を傾けた。

最初の発表者は基調講演にも登場したAjay Royyuru博士で、先ほどの講演を10分に短縮した内容だった。続いて、Bank of Canada、University of Toronto、iStockphoto.comの発表者がそれぞれ同じような、LinuxベースのIBMシステムで成功した事例を語っていた。

オープンソースの恩恵に預かる

Bdale Garbee speaks about open source at HP
HPのオープンソースへの取り組みを語るBdale Garbee氏

あからさまなIBMの宣伝イベントの後、階段を降り、この日2つ目の基調講演へと向かった。Hewlett-PackardのLinux Chief Technologistであり前Debian Project LeaderのBdale Garbee氏の講演だ。

Garbee氏の基調講演は興味深い内容だったが、聴衆は少なめで100人に満たなかった。Garbee氏は、Linuxとオープンソースのコミュニティにおいて市場の世話役としてHPが果たしている役割を自らの視点から紹介した。HPの務めは、企業がLinuxシステムを導入するのを支援することにある、と彼は語る。

HPは、Linuxをサポートしている大企業の中で自らのオープンソースライセンスを記述していない唯一の企業だ、と彼は述べている。それどころか、GPL、BSD、Artisticをはじめとするライセンスを調べ、その内容と影響、その枠組みの範囲でHPにできることを理解するのがHPの方針だという。

企業はなぜLinuxを使うべきなのかについて、Garbee氏はその理由を1つ挙げた。企業は、大規模なロールアウトを決定する前に、インターネットからLinuxをダウンロードし、Linuxやその関連ソフトウェアを試用することができる。だが、多くの商用プログラムは、ロールアウトの前にまず購入しなくてはならないのだ、と。オープンソースのソフトウェアを使えば、特定のベンダに束縛されずに済む、とも付け加えた。

続いてGarbee氏が取り上げたのは、悪意のある人々がコードを読んで未解決の弱点を発見できるという理由でLinuxとオープンソースは安全面で劣るのか、という問題だ。オープンソースは良い方向にも悪い方向にも作用する、と彼は答えている。確かにコードを見る人の数は増えるが、彼らの多くは善人なので、悪用されるケース以上に多くの弱点が発見され、修正されている。

商品にLinuxを採り入れることについては、それが簡素なDHCPやDNS、Webサーバであるか、全社規模のデータベースシステムであるかに関係なく、ほぼすべての企業が少なくともある程度は注力して進めているLinux活用のレベルに我々はようやく到達しようとしている、とGarbee氏は述べた。社内にLinuxが存在することをCIO(最高情報責任者)は知らなくても、たいていの場合、現場の技術者に聞けばその存在が明らかになる。

オープンソースのミドルウェアはまだ導入の初期段階にあるが、HPの環境に完全に特価したアプリケーションでは、オープンソースが最先端の技術になりつつあるという。

サーバ市場では、LinuxとWindowsが共にUnixからシェアを奪っている。Linuxには、サポートの責任についての不満が尽きないなど、彼の言う「痛い部分」があるにもかかわらず、シェアの伸びはLinuxのほうが大きいという。従来のIT部門では、特定の問題に備えて所有権を持つグループを明確にする必要があり、多くの場合、そうしたグループは問題を解決するベンダになる。Linuxとオープンソースの場合、この問題に答えを指すのはもっと難しいかもしれない。

HPでは、Linuxは単なるホビーではなく、利益を生み出しつつあるビジネス戦略だ、とGarbee氏は語る。LinuxとHPは共生の関係にある、と彼は述べ、コミュニティにおけるHPの関わりを数字で示した。HPは、OSS関連のサービス部門に6,500人、オープンソースソフトウェアの開発者として2,500人を置き、オープンソースソフトウェアをベースとした200もの製品を有し、少なくとも60のオープンソースプロジェクトを立ち上げ、膨大な数のプリンタドライバをオープンソースでリリースしているという。

Garbee氏は、講演に続き、時間を延長してフロアからの質問を受けた。質問の中には、コンシューマ向けデスクトップおよびノートPCでのLinuxのサポートについて尋ねたものがあった。Garbee氏は、その方面での事業ではあまり収益が得られないのだが、と説明し、そうした製品でももっとLinuxをサポートするように社内から働きかけている、と答えた。ただし、ワークステーションやノートPCも含め、同社のビジネス向けのコンピュータについては、優れたハードウェアを使っているので通常はLinux互換になっている、と語っていた。

展示フロア

Garbee氏の基調講演が終わった後、どんなものが出ているのだろうか、と短時間で展示フロアを見て回ったが、それほど盛況ではなかった。フロアの様子を数枚写真におさめながら歩いたが、特に見逃したものがないことに満足して見学を終えた。

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