ハッカーと懸賞金

オープンソース開発に懸賞金をかけると言うと、真っ先に思い浮かぶのがGoogle Summer of Codeだ。とは言え数年前にはGNOME(というかNovell)も似たようなことをやっていたし、他にもいろいろある。

Bounty Sourceもそうしたオープンソースに懸賞金をかける試みの一つで、SourceForgeライクなホスティングサービスを提供する一方、ユーザからプロジェクトにリクエストを出すことが出来る。このリクエストに対してそれをやって欲しい人たちが好きなだけ懸賞金をかけ、解決するとプロジェクトにその金が渡るという仕組みだ。これまた別にBounty Sourceの専売特許というわけでもなく、最近では本家SourceForge.netでもMarketplaceという名前で似たようなことをやっている。我らがSourceForge.JPでやるのかどうかは知りません。要望が多ければやるかも。

そういえば、ずっとAGPLをプッシュしてくれている奇特なモバイルサービスプロバイダのFunambolも、ちょっと前からCode Sniperという懸賞金プログラムをやっている。最近加わったのはGNOME Evolution用のFunambolプラグインを書くというタスクで、達成すれば750ドルもらえるそうである。750ドルというのが高いか安いか微妙だが、知識と根性があれば数時間で書けそうなものだ。腕に自信がおありの方は挑戦してみてはいかがか。

実際問題として、例えばSIerが必要なコードをすべてインハウスで書く必要はないだろうし、いくらか出してでもこの機能を実装して欲しいというユーザは決して少なくないはずだ。そして、学生に限らずハックで小銭を稼ぎたい人はいっぱいいる。現状こうした需要と供給のマッチングは、コネでもない限りなかなか成立しない。そもそもどこに需要があるのか外から分かりにくいのと、価格交渉や進捗管理が難しいからだ。公開のオープンソース懸賞金プログラムが一般化すると、こうした問題はある程度解決する可能性がある。懸賞金の価格決定に関しては(逆)オークションを使うという手も考えられるだろう。さらに発展して、プロのテニスプレーヤやチェスプレーヤのように、キーボード一本サラシに巻いて(別に巻く必要はありませんが)やりがいのあるハックで懸賞金を稼ぎながら諸国を放浪するバウンティハッカーなんて人々が出てくると、なかなかかっこよいじゃありませんか。まあ、本当にそういう暮らしをしている人は必ずしも皆無ではないようだが…。また、相変わらずプログラマの世界というのは男社会であるが、家事の合間にハックする主婦/産休ハッカーなどというのも、こうした仕組みがあれば従来よりも容易に成立しるうように思う。

ただ、相変わらずボランティア作業という性格の強いオープンソースにおいては、あまり札束の力を過信するのも考え物である。というのも、一部の経済学/経営学や心理学の研究では、ボランティアに金を出すとやる気が落ちて却って作業が滞ることがあるという結果も出ているからだ。現実のボランティアは口を開けば「金をくれればもっとよろこんでやるのに」「金があればもっと専念できるのに」などと言うことが多いので、これはやや意外な結果である。例えば独チューリヒ大の行動経済学者FreyとJegenのモチベーション・クラウンディングアウト理論(ワーキングペーパー)によれば、ようするに金をもらうと自己決定や自己尊厳の感覚、プライドが損なわれて、やる気が減る、ということらしい。すなわち、金をもらうと金銭以外の動機が薄れ、しかも金だけでモチベーションを保つのは難しい、ということだ。もちろん、この種の話に関してはフリーソフトウェア運動の理論的支柱の一つであるアルフィ・コーンの古典的業績も忘れてはならない。

まあ、こうした見方には批判もあるようで、まだまだ結論は出ていないのだが、個人的にも、ボランティア・プロジェクトの進捗を早めようとして金を出すのは、相当うまくやらないと逆効果になることが多いように思う。私が見たもので、一部に金をやったせいで他の人がやる気を無くし、結果として進捗は滞るやらプロジェクト全体の人心がガタガタになるやらでろくなことにならなかったというケースもあった。プロジェクトの人的構成として、一握りのハッカーが作業の大半をこなしていて後の大多数はあまり開発に寄与していないという場合なら、ハッカーに金を出すのはうまく行くことも多いのだが(その極端な例がプロジェクトの企業化である)、大規模なプロジェクトで、多くの人が重要度に高低はありつつも必要不可欠な作業を分担している場合、不用意な金銭的動機付けは致命的な失敗になりうるのである。このへんは別にオープンソースに限らず、いわゆる成果主義が一般的に内包する問題で、今後より一層の検討が期待される分野と言えるだろう。