「100万羽のペンギン」プロジェクトがもたらすもの
「新たなメディア・ライティングにおける世界的実験」と称した A Million Penguins プロジェクトは、Penguin UKによる公式な実験的取り組みであり、このプロジェクトが「社会的価値」と呼ぶオープンソースソフトウェアに見られる利点を採り入れ、それらを想像力に富んだ小説の執筆活動に適用しようとするものだ。
Penguinの編集者Jon Elek氏は、同社ではデ・モンフォート大学(De Montfort University)と協力して活動を進めていると話す。同学の創造的ライティングおよび新メディアのオンライン修士号(Online Master of Arts in Creative Writing and New Media)制度に登録した学生が、このプロジェクトに取り組むことにより、学位に必要な単位を取得し、その成果が公表されるという仕組みになっている。このサイトでは、ペンネームを使って誰でも原稿を寄せることができる。原稿の登録に必要なのは有効な電子メールアドレスのみで、投稿された文章や編集内容は直ちにオンライン原稿に反映される。Elek氏によると、この取り組みは大きな反響を呼んでいるという。
「これほど多くの人々が参加してくれていることにとても驚いている。彼らが誰なのか知りたくてたまらない」
多数の参加者のなかには、例えば英国文学のFay Weldon女史のような著名な小説家も数名いる、とElek氏は語る。「少し前、出版社のJeremy Ettingausen氏が公園で作家のNick Hornby氏に出会ってぜひ作品を見てほしいと言ったそうだが、もしかすると彼自身も関与しているかもしれないのだ」
プロジェクトが始まったのは数週間前だが、近いうちに完成が期待されている作品が1つあり、その執筆作業は3月中旬までの予定になっている。
「非常に壮大なプロジェクトを予定通りに完了させようとする人々にとって、インターネットはとてつもなく役に立っている」と話すのは、昨年は80,000人近くのオンライン参加者を集めた全国小説執筆月間(National Novel Writing Month:NanoWriMo)の発起人で責任者でもあるChris Baty氏だ。Baty氏は、インターネットと、PenguinのWiki小説を裏で支える協調ソフトウェアによって「何十万とまではいかないが何万という人々が同時に1つのプロジェクトに取り組むという新たな可能性が生まれたのだ」と語る
A Million Penguinsプロジェクトは、標準的なWebベースのフリーソフトウェアで運用されている。サーバではApacheとPHP5が動作し、データ保持にMySQLを用いたWikiソフトウェアには、同じくGPLライセンスのソフトウェアでWikipediaの制作にも使われているMediaWikiが採用されている。
このプロジェクトの実現は容易だったとElek氏は話しているが、それはコストがほとんどかからず ― せいぜいサーバの管理費用くらい ― コンセプトの採用と始動がたやすく行えたからだという。また、ソフトウェアが高い要求に耐えられるものだったこともある。
「2月の初日以来、我々のプロジェクトには120か国から75,000人が訪れ、1,300件のアカウント作成と8,500件の編集があり、400ページ分以上のコンテンツが作成されている」とPenguinのデジタル出版担当者Jeremy Ettingausen氏は語る。
問題の発生も最小限に抑えられている。「その1つとして、1秒に10件ものアクセスがあってサーバが対処しきれなかったことがあった」とEttingausen氏は説明する。「その日のうちに、コンテンツを一切失うことなくプロジェクトを専用のサーバに移したが、その2、3時間のあいだは一時的にサイトにアクセスできなくなった」
MediaWikiにはコンテンツの破壊行為に対処するための操作用インタフェースが組み込まれているが、Ettingausen氏もElek氏もそうした大きな問題は起きていないと話している。
「全般的にMediaWikiは非常に使いやすく、信頼性が高い。それに、破壊的行為も当初想定していたほど大きな問題にはなっていない」とEttingausen氏は言う。
そうした行為が実際に起きていたとしてもわけもなく修正できる、とElek氏は話す。「MediaWikiでは、とても簡単にページを破壊前の状態に戻せる」
このオープンソースソフトウェアの存在がなかったらプロジェクトは起こり得なかっただろう、という点で両氏の意見は一致している。Elek氏によると、Penguinでは、著名な作家何名かによる共同執筆など、MediaWikiにほかの使い途がないかの検討を既に進めているという。
Ettingausen氏は「私にとって非常に興味深いテーマの1つに、このソフトウェアがどのように執筆に利用されているかの調査がある」と語る。彼は自らがこのWikiで気に入っている箇所の一例として、兵法書『孫子』からの引用が記されたスレッドにとぶ多数のリンクからなる1行のハイパーテキストを挙げている。「変更内容の一覧を見て気付いただけが、私の知る限り、かの偉大な思想家がWiki小説に貢献した例はこれ以外には見当たらない」
明らかにそれとわかるペンギンのモチーフ、そしてLinus Torvalds氏までが登場するという事実にもかかわらず、このWiki小説の本文は本来のオープンソースではない。各執筆者が自らの原稿の著作権を保持しながら、作品の使用、修正、出版に対する非排他的なライセンスをPenguinに与える形がとられている。
Ettingausen氏は次のように語る。「プロジェクトのサイトの所有権はもちろん、さらにそこで生み出されたコンテンツの所有権も法的にはPenguinに帰属する。だが、このサイトにはDRMのような制限はなく、我々はそこから収入を得ようとは考えていない。どうすればこのWiki小説を製本して出版できるかはわからないが、最終的にPenguinで電子書籍に仕立て上げる方法を私は考えている。そうなれば、無料で配布することになるだろう」
Ettingausen氏は、米国の姉妹会社がLaurence Lessig氏の『Free Culture』を出版したこと、また、将来的にはそのような形でいくつかのプロジェクトを公表するのは「間違いなく可能である」ことも付け加えている。
ただし、オープンソース的な小説は、Penguinのものが初めてではない。この分野では、もう10年以上も前から同様の実験的取り組みが行われている。なかでも2002年に注目を集めたのが小説家Douglas Rushkoff氏によるもので、彼はWebを利用して自身の作品『 Exit Strategy 』に対する注釈を加えた。
「A Million Penguinsは面白そうな取り組みだが、まだまだ明瞭な表現力や総合的な能力のある人が少なく、単に執筆者の数が多いだけのように思える」とRushukoff氏は言い、どんな本にもきちんとした作者が必要だと指摘する。
今のところ、シェイクスピアに匹敵するものはもちろん、いかなる作品も猿やペンギンからは生まれていない。その点は、あたま数が100万になって互いに力を合わせたところで変わらないだろう。
NewsForge.com 原文